ケイの読書日記

個人が書く書評

佐藤亜紀 「スウィングしなけりゃ意味がない」 角川書店

2019-02-28 09:44:05 | その他
 久しぶりに、こんな面白い本を読んだ!!と少し興奮気味。
 ナチ政権下のドイツ・ハンブルグ。大儲けしている軍需工場の経営者のドラ息子が、敵性音楽のジャズが大好きで、同好のドラ息子ドラ娘たちとジャズパーティを開き、ゲシュタポに捕まって殴られたり、鑑別所送りになる。
 懲りずに自分たちでジャズレコードをコピーして、地下で売りさばき大儲け。いくらアーリア人種はワーグナーを聴け!と言っても、アメリカ文化や音楽が好きな人は、相当数いるのだ。
 戦局はどんどん悪化し、ハンブルグも何度も空襲にあう。ノルマンディーに連合軍が上陸し、パリが解放され、ついには川向うに連合軍が現れ…。

 こういった大金持ちや上流階級の人たちは、外国の事をよく知っている。ナチの党員バッチを持っていても、それは生きて行く上での便宜的なもので、ヒトラーの信奉者という訳じゃない。ヒトラーが破竹の勢いで勝ち進んでいる時は、それに乗っかろうと思ってるだけで、心の中では「このチョビ髭の伍長あがりが」とバカにしている人が多いだろう。
 でも庶民は違う。心の底から信奉している。明日食べるパンにも事欠く貧農の小せがれが「あなたはアーリア人種だ。世界の支配層となる人種なのだ。」と吹き込まれれば、そう思い込んでしまう。なんて甘美な言葉。

 だから、こういったドラ息子たちの「高貴な放蕩」には、胸がざらつく。例えば、主人公のエディは、ゲシュタポに捕まり、収容所で強制労働させられたが、軍隊には行っていない。経済界の大立者の父親が守ってくれたのだ。汚ったねーーー!

 どうしてこうも胸がざわつくかと言うと、たぶん、この本を読む少し前に、『ちいさな独裁者』という映画を観たからだと思う。
 これは実話を基にしているというから驚く。
 ドイツ敗戦まで1カ月。(ヒトラーは1945年4月30日に自殺した) ドイツでは脱走兵が相次いでいた。その一人ヘロルドは、道に打ち捨てられていた車の中で軍服を発見。それを着て大尉になりすまし、ヒトラー総統の命令と称する架空の任務をでっちあげ、途中で出会ったはぐれ兵たちを部下にし、軍規違反した兵士たちの収容所を訪れる。

 そりゃ、入隊した軍が食べ物をくれなきゃ、近郊の農家を襲って略奪するだろうね。当たり前だ。生きて行かなきゃならないんだもの。
 爆弾で自分の隣の兵士が肉片になったら、恐怖で逃げ出すだろう、誰だって。
 そういった軍規違反した兵士たちを、大尉の軍服を着た脱走兵ヘラルドは「イギリス軍に寝返るかもしれないから処刑する」と宣言。実行させる。
 あと1か月しないうちに戦争は終わるというのに、縄に繋がれ集団で銃殺される脱走兵たち。死ぬ前に、自分たちで堀った穴に投げこまれ、消毒用の白い粉を撒かれる。

 反ナチと叫べるのは、高貴な放蕩なんだよ。貧乏人からすれば。
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倉知淳 「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」 実業之日本社

2019-02-20 16:44:45 | 倉知淳
 倉知淳といえば、猫丸先輩。6編が収められているこの短編集を読めば、猫丸先輩にいっぱい会えるかも、と楽しみに読み始めたが、結局、最終の第6話『猫丸先輩の出張』に登場したのみ。
 そういった意味では期待外れだったが、ノンシリーズもそれなりに面白い。特に『変奏曲・ABC殺人事件』は秀作だと思う。

 クリスティの名作『ABC殺人事件』は、よく知られているので、読んでいなくても内容は知っている人が多いと思う。それを逆手にとって、ある男が弟殺しをもくろむが…。

 最初、足立区青原の路上で朝嶺久美という女性が撲殺される。どうも通り魔殺人らしい。2週間後、番祥寺町の馬場茂昭という男性が自宅で撲殺されているのが見つかった。金目当て、怨恨という類ではないらしい。どうも通り魔殺人っぽい。
 これらの記事を偶然、目にした男は、かねてからの計画を実行しようとするが…。

 機会があれば人を殺してみたい。連続通り魔事件に紛れ込まして、本命を殺したいと思っている人が、いかに多いか分かる。


 『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』は、タイトルは面白いが、中身はイマイチ。マッドサイエンティストみたいな博士が出てきて、荒唐無稽な兵器を作ろうとする。3人の兵隊が手伝いに駆り出され、そのうちの1人が撲殺される。そばには、鍋と血がついて角が潰れた豆腐が転がっていて…。状況からすると、豆腐の角に頭をぶつけて死んだように見えるが…。

 もちろん『猫丸先輩の出張』も面白い。が、猫丸先輩のキャラが面白いのであって、トリックは平凡。でも、出入りする時に部外者はもちろん、研究員も徹底的に調べられる研究所で、どうやって内部の機密情報を外に持ち出すか、の視点から考えれば、秀作かも。
 三本松研究員の陰気なキャラもgood! またどこかで登場してもらいたい。

 猫丸先輩をイメージするとしたら誰だろう? すごく小柄で目がクリっとしているらしいので、爆笑問題の田中はどうだ?! でも性格は太田の方が近い。あれ? 田中と太田、どっちがどっちだったかな? 二人ともよくある名前だから、頭の中で混じっちゃうよ。
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有栖川有栖 「幻坂」(まぼろしざか)  メディアファクトリー

2019-02-14 10:12:56 | 有栖川有栖
 子供の頃、大阪の子と文通していて(文通!!!時代を感じるね)大阪には2回ほど行った事がある。駅からすぐ、その子の家に行って、その後、吉本新喜劇や宝塚を観に連れて行ってもらったなぁ。
 そうそう、大阪駅に大きな金色のひょうたんが飾ってあった。金のひょうたんって、秀吉の印なんだね。秀吉は大阪城をつくったから。その時は知らなくて、なんでこんな瓢箪がここにある?!って思ってたけど。

 近くの市場にも一緒に行って、お店のおじさんに「はい、そうです」なんて緊張して標準語で受け答えしていたら、そのおじさんに「あんた、東京の子?」って言われたことがあったなぁ。45年位前だけど。違いますよ。私はバリバリの名古屋弁の名古屋の子です。
 大阪の人って、大阪がすごく好き、という雰囲気があった。

 有栖川有栖も(大学は京都だけど)大阪で生まれ育った。奥さんもそうなんだろう。この小説も「大阪を愛する義父母に」献じられている。
 この本の舞台となった七つの坂(真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染坂、清水坂、天神坂、逢坂)は、天王寺七坂と呼ばれているらしい。ここら辺は、古くからの神社仏閣が集まっていて、最も古い大阪の雰囲気を残しているようだ。
 本の巻末に簡単な地図があって、こういうのを見ると、ああ、行ってみたいなぁ、私もこの坂を散歩してみたい、としみじみ思う。

 そういえば、同じ筆者の『鍵のかかった男』でも、作品の舞台となった大阪・中之島あたりの地図が載っていて、著しく旅ごころを刺激されたなぁ。ああ、大阪に行って『鍵のかかった男』の舞台となったこの地を歩いてみたい。火村やアリスにどこかですれ違えるかも…と期待しちゃう。
 有栖川有栖は、こういった紀行文っぽいものも得意なんだろうか?


 この『幻坂』に、「枯野」という短編が収められている。これは天王寺七坂の事ではなく、松尾芭蕉の最晩年について書かれている。芭蕉って、大阪で亡くなったんだね。知らなかった。
 俳句で、わび・さびを追求した人だけど、実生活では高尚な事ばかりを言っておれず、弟子たちの仲たがいを仲裁したりして、気苦労が多かったらしい。なんといっても、芸事のお師匠さん。お金がある有力な弟子には、リップサービスしなければ生活が成り立たない。
 ある程度、世間ずれしなければ、やってられないだろう。
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島田荘司 「鳥居の密室」 新潮社

2019-02-09 10:06:41 | 島田荘司
 1964年のクリスマスイブ、スクリュー錠とクレセント錠でしっかり戸締りされた密室に、殺人者とサンタだけが出入りした。サンタは、当時8歳の楓ちゃんの枕もとにプレゼントを届けるため、そして殺人者は楓ちゃんのお母さんを絞殺するため。

 その密室の謎を11年たってから、京大医学部に在籍している御手洗が解く。
 このトリックは秀逸。偶然が重なれば、こういった事が起きるかも…と思う。荒唐無稽ではない。
 
 ただ、これを読んで何か引っかかる。スッキリしない。ここに書かれている家族観のせいだと思う。

 楓ちゃんは1964年に8歳だったというと、1956年生まれ。つまり私より2歳年上なのだ。その当時、クリスマスプレゼントをもらえないって、そんなに悲劇的な事なんだろうか? 私事で恐縮だが、私は親にクリスマスプレゼントをもらった事ないし、そもそもサンタクロースなんて信じちゃいなかった。それって、そんなに悲しい事? お前の家が貧しかっただけだろ!と言われそうだが、私の周囲も似たようなものだったんじゃないかな? もちろん、素晴らしいプレゼントを貰った子もたくさんいるだろうが。

 楓ちゃんのお父さんの工場で働いていて、楓ちゃんのお母さんに好意を持っている国丸という25歳の青年がいた。プレゼントを貰えない楓ちゃんを可哀そうに思い、高島屋のおままごとセットを買って渡そうとする。
 この国丸君は、優しい青年だが、今の基準で考えると、身内でもないのに、あまりにも8歳の楓ちゃんの面倒をみすぎて、周囲から女児を好む性癖があると思われるよ。ちょっと気持ち悪い。
 楓ちゃんのお母さんは、仕事が上手く行かず金欠の亭主に愛想を尽かしていて、自分に好意を持ってくれている国丸と、ゆくゆくは一緒になりたいと思っている。たいして悪気があるわけじゃない。男好きで尻軽なだけだ。
 楓ちゃんのお父さんは、親から受け継いだ鋳物工場の経営が上手く行かず、借金が膨らんで自暴自棄になっている。
 こんな時、支えてくれるはずの女房・子どもは、国丸の方ばかり見て自分に関心を示さない。いずれは離婚を切り出され、女房や子供は国丸のもとに行くだろう。甲斐性がない自分が情けない。大酒を飲んで暴れる自分が悪い事は分かっている。でも…。

 このお父さんの立場とか気持ち、よく分かるなぁ。この話の中で、お父さんが一方的に悪者にされて、すごく可哀そう。

 国丸青年も、自分が楓ちゃんのお父さんを追い込んでいる事に気が付かないんだろうか? 楓ちゃんにも、もう少しお父さんの大変さを分かってあげてほしかった。
コメント (2)
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「7人の名探偵」 講談社NOVELS

2019-02-02 09:01:59 | その他
 麻耶雄嵩  「水曜日と金曜日が嫌い   大鏡家殺人事件」
 山口雅也  「毒饅頭怖い  推理の一問題」
 我孫子武丸 「プロジェクト・シャーロック」
 有栖川有栖 「船長が死んだ夜」
 法月綸太郎 「あべこべの遺書」
 歌野晶午  「天才少年の見た夢は」
 綾辻行人  「仮題・ぬえの密室」

 新本格30周年記念アンソロジーというサブタイトルがついている。綾辻が『十角館の殺人』を講談社ノベルスで発表したのが1987年。それが呼び水となって「新本格ミステリムーブメント」が起こり、続々と新本格ミステリの作家さんがデビューした。それから30年、それを記念して、7人の作家が7編の短編を書いている。


 いやあ、やっぱり、新本格ミステリの双璧は、有栖川有栖と法月綸太郎だなぁ、という事がよく理解できる競作集。ベタだが、心底そう思う。
 もちろん、ブームの火付け役は綾辻だから、このアンソロジーのトリである第7話に彼の作品が載ってはいるが、本人も、ぼくは本格ミステリというよりホラー寄りの作家と自認していらっしゃる。だから「仮題・ぬえの密室」はミステリというより、謎解きスパイスを効かせたエッセイ。彼の青春グラフティ。ただ、そのエッセイが心に染みるんだ。しみじみと。

 綾辻は1960年生まれで、京都大学ミステリ研出身。当時の京大ミステリ研がまたスゴイんだ! 我孫子武丸、法月綸太郎、麻耶雄嵩といった著名作家を次々輩出。このミステリ研には、後に綾辻の奥さんになる小野不由美も在籍していた。ものすごいラインナップ!!
 そしてこの時期の京都には、大学は違うが、有栖川有栖がいた!(彼は同志社) すごいね京都!!!! いくら古都とはいえ学術都市とはいえ、一介の地方都市になんでこんな才能の持ち主が集まったのか?!
 デビューは綾辻の方が早いが、実年齢は有栖川の方が1つか2つ上。大学時代、面識があったかどうかは、私は知らない。
 でも、有栖川がデビュー以来、次々と新本格ミステリを書き続けているのが気にならないはずはない。
 国名シリーズなんて、本当に見事です。
 綾辻の「仮題・ぬえの密室」には、有栖川有栖へのリスペクトがあふれている。
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