ケイの読書日記

個人が書く書評

綾辻行人「暗黒館の殺人」

2007-03-27 10:29:37 | Weblog
 長い。とにかくひたすら長い。上下巻総原稿枚数2500枚。京極夏彦より長い。平易な文章だから読みやすいが、途中で面白さが薄くなってくる気がする。

 
 九州の山深く、外界から隔絶された湖の小島に建つ異形の館―暗黒館。光沢の無い黒一色に塗られたこの屋敷を、そこの当主の息子に招かれて訪れた大学生・中也は<ダリヤの日>の奇妙な宴に参加する。


 デビュー作「十角館の殺人」(1987年)では新本格派として意欲に満ち溢れていたが、この「暗黒館の殺人」(2004年)では作風があまりにも奥さんの小野不由美に似ているので驚いた。
 やっぱり夫婦だとだんだん似てくるんだろうか?

 殺人事件は起こるが、犯人探しはさほど重要ではない。それよりも、舞台になったこの暗黒館の不気味さ、家族関係のいびつさ、遺伝性の病気の特異さ、永遠に去ることの無いように思われる嵐の中、作品のいたるところで狂気が渦巻いている。


 しかし、猟奇性では綾辻行人は小野不由美に遠く及ばないね。小野不由美のむごたらしさには、気持ちが悪くなる事がある。


 それにしても、すごく広大なお屋敷です。私が読んだ講談社ノベルズには、暗黒館の見取り図がちゃんと付いている。
 西館(当主用)、北館(家族用)、東館(来客用)、南館(使用人用)。こんなお城みたいなお館が、ちっぽけな湖に浮かぶ小島に建てられているが、大雨が降り続いて湖の水位が上がったら、いったいどうするつもりだろう。
 そうじゃなくても、だんだん地盤が沈下していくんじゃないだろうか、などと想像するのも楽しい。

 「黒死館殺人事件」でも、こういった見取り図が付いていたら10倍楽しめただろうに。
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石井政之編「文筆生活の現場」

2007-03-22 11:51:51 | Weblog
 ちょっと古いルポ(2004年出版)でしたが、作家の生活(ここではノンフィクションライターに限定している)の生活に興味があり、読んでみました。
 「ライフワークとしてのノンフィクション」という副題が付いています。

 群ようこさんとか岸本葉子さんとか、日常の事を題材にエッセイを書く人はさほど取材費が掛からないせいか、いい生活をしていると思われるが、この本の中に出てくるノンフィクション作家たちは…確かに大変そうです。

 大泉実成氏は2003年は\3,112,263の売り上げだったそうです。これは売り上げであって収入ではない。確定申告をしたら赤字だったとか。
 本当に、どうやって生きているのか不思議です。
 
 彼の場合、ノンフィクション作家になって16年。黒字の確定申告だったのは2回だけだったとか。もちろん奥様と10歳のお子さんとの3人暮らし。奥様が公務員か何か安定した職業をお持ちでしょう。そうじゃなければ、やっていける訳が無い。

 佐野眞一と編者の石井との対談の中で「フリーの物書きとしては稼ぎ頭の永江朗は原稿料で家を買ったし、日垣隆は2人のお子さんを大学に通わせている」という箇所があるが、それが特筆するほどの出来事っていうのは、やはりノンフィクションライターは所得が低い、ということでしょう。

 この中に取り上げられている人はゴーストライターではなく自分の署名入り記事を書けるライター12人ですが、安定しない生活のため結婚しない子どもは要らない、という事をハッキリ言っている人が何人もいる。
 また、子どもの数も1人というのが多いみたいだ。何といっても子どもはお金が掛かるし責任もある。

 まあ、ノンフィクションライターという不安定な職業に就くつもりなら、自分だけでやっていくか、配偶者にはきわめてしっかりした人を見つけるべき、という事ですね。
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ヘミングウェイ「老人と海」

2007-03-17 20:46:05 | Weblog
 最近、読みやすい本ばかり読んでいるので、ここらで純文学を、と思って有名な「老人と海」を読んでみる。


 最初の方の、老サンチャゴと少年の会話は、おじいさんと孫息子のようで心がなごむ。少年は何才だろう? 12才ぐらい? 老サンチャゴにすごくなついている。
 2人の会話の中に、大リーグの話がよく出てくる。ヤンキースだの大ディマジオだの。
 この小説は1952年に発表されたようだが、この時代のキューバが舞台だろうか? でも、その時キューバはもうカストロ政権で、アメリカと敵対しているんじゃないだろうか?
 地元のベースボールの話は出てこず、海の向こうのアメリカ大リーグの話で盛り上がるとは、ちょっとヘンな気がする。


 まったく不漁になってしまって、手助けしてくれる少年もいなくなった老サンチャゴは、かなり遠出して、いままで見た事も無いような大物のカジキマグロを捕まえることに成功する。
 しかし、戻ってくる途中、サメに何度もおそわれ食い尽くされ頭と骨としっぽだけを港に持ち帰る。


 ざっとこんな話だが、結構おもしろい。映画化された事もあると言う短篇だが、サメと老サンチャゴが闘うところなど本当に見ごたえがあるだろう。
 私のように釣りをまったくやらない人間が読んでも面白いと感じるのだから、釣り好きが読めば、たまらなく興奮するだろう。

 "この魚が一匹あれば、一人の人間が一冬食っていける"という大物を私も見てみたいです。

 それに、食料を船に積み込んでいけなかったサンチャゴが、海でトビウオやら小エビやらシイラを獲って食べている所は、なかなか美味しそう。
 サンチャゴはレモンや塩を持ってこなかったことを後悔しているが、レモンはともかく塩はすぐそこにある海水をかければ用は足りると思うけど。


 とにかくサンチャゴは巨大なカジキマグロとの闘いには勝ったが、帰りにその獲物はみるみるサメに食いちぎられ、結局は一文にもならなかった。
 それに、この漁で網やナイフやオールを失くしてしまい、大きな損害を受けた。

 ああ、老サンチャゴはこれからどうやって暮らしていくんだろうか? 心配です。漁師仲間は結束が固く、色々助けてくれると思うけど。
 
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冨田香里「それでも吐き続けた私」

2007-03-12 17:00:33 | Weblog
 「過食症を克服した29歳の記録」というサブタイトルがついている。
 摂食障害については私も興味があって、手記のようなものを他にも読んだことがあるが、この『それでも吐き続けた私』というノンフィクションがあまりにも明るいので驚いた。

 それは、この香里さんが母親の公認のもとに過食嘔吐を繰り返していたからかもしれない。
 なにしろ中2の時、お母さんにダイエットについて相談したら「いっぱい食べて庭で吐いちゃいなさい。ママもそうしているから」とアドバイスされたと言う。
  ビックリ!!

 この香里さんは1965年生まれ、お母さんは28歳で香里さんを産んでいるようだから1937年生まれ。つまり戦前生まれなのだ。その人でも過食嘔吐しているなんて。
 私は、摂食障害は飽食時代の仇花だと思っていたから、本当に驚いた。

 でも、北朝鮮でも美女軍団にいる人など、太りたくないと食べたものを嘔吐している人がいると聞いたことがある。
 外見への強いこだわり、やせていなくては美しくないという思い込みは、飢餓国家・北朝鮮の女さえも支配しているのか、と思うと恐ろしい。


 何にせよこの本の中には「私はヘンな事をしている」という精神的プレッシャーには触れられているが、具体的なデメリットは書かれていない。
 過食症のデメリットは色々あるだろうが、まず歯がぼろぼろになるという事。嘔吐する時、胃酸もいっしょに出てくるのですぐ歯がやられてしまうようだ。

 そして最大の問題は、お金がかかりすぎること。
 例えば筆者の香里さんのレストランのはしごや、コンビニで大量に食料品を買いあさる行為から考えるに、1人で1ヶ月10万~20万円ぐらい食費に使うんじゃないだろうか?
 斎藤学という摂食障害に詳しい精神科医は「患者本人は言わないが7~8割くらいが食料品の万引きの経験があるんじゃないか」と述べている。
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小栗虫太郎「完全犯罪」

2007-03-07 10:38:41 | Weblog
 「黒死館殺人事件」のスケールを一回り小さくしたという感じの作品。
 もちろん「黒死館―」ほどのページ数はないし「黒死館―」ほど衒学趣味は強くないので、ちょっぴり読みやすいが、やはり最初から最後まで小栗虫太郎です。


 193x年、南支那の湖南の西端にある異人館で奇妙な事件が起こる。
 売笑婦くずれの女の部屋から狂ったような笑い声がおこり、彼女一人しかいないはずなのに男の忍び笑いがする。女の笑い声が不意にやんだので、不思議に思い部屋に入ってみると、男はおらず彼女は死体となっていた。
 死因は自然死を目的にした他殺。
 しかし、部屋の扉の前には4人の男がマージャンをしていたし、窓の外には見張りの者がいた。つまり完全な密室。


 トリックは、現実には不可能だろうが、なかなか独創的。
 色んな医学用語や薬品名が飛び交っているが、これって本当だろうか? ちょっと信憑性が低いような…。


 戦前の作品なので、固有名詞が非常にわかりにくいし、その時代の中国南部の政治状況がどうなっているのかも、私にはサッパリわからない。

 なにしろ、探偵役のザロフという男はウズベクユダヤ人らしいのだが、モスクワ大学を出て秘密警察に入り「プラウダ」誌幹部毒殺事件を解決したらしい。
 つまりソ連の人なんだが、どうして中国南部にいるの? 中国南部を共産化しようということなんだろうか? でも中国には毛沢東がいただろうし…。 

 「黒死館―」の時も感じたが、どうして注釈をつけないんだろうか? 注釈ばかりになってしまうから? いいじゃない。ヴァン・ダインもそうです。

 
コメント (2)
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