ケイの読書日記

個人が書く書評

桐野夏生「燕は戻ってこない」集英社

2024-05-11 17:27:54 | 桐野夏生
 NHKでドラマの予告編を見て興味を持った。東京で暮らす29歳の独身女性で地方出身の非正規労働者。彼女が困窮し、東京で「代理母」をやることになった経緯を書いてある。

 うーーーーん、後味の悪い話だなぁ。ほとんどの登場人物に良い感情を持てない。代理出産を頼む側の夫と妻、夫の母親、妻の友人、そして1000万円貰って引き受けることになったリキ。皆、勝手なことばかり考えていると思う。
 唯一、リキの友人テルには、少し親近感を感じている。テルは名古屋近郊の市に生まれ、貧しい家庭だったが奨学金を借りて地元の四大に進学している。しかし新卒で就職した会社で上司と上手くいかず、退職。心機一転、東京に出てきて頑張ろうとしたが、契約社員にしかなれず、生活はカツカツ。それどころか奨学金の返済があるので、風俗の仕事もしてダブルワークで働いているが、全く余裕はない。
 そのテルが、こんなに生活が厳しいのは、奨学金で大学に進学したせいだと愚痴る。テルの親が奨学金を借りる時、親の生活費も上乗せして600万円借り、その返済をテルはしているのだ。金利が安いから借りたんだろうが、この親も酷いよね。
 「大卒ったって地方の名もない大学じゃ、全然意味ないよ」とテルは言うが、本当にその通りだと思う。
 で、テルの選択は、東京での生活に見切りをつけ、地元に帰り、元カレと同棲を始める。私もそれが良いと思うよ。地元の名古屋は製造業が強いので、仕事はいっぱいある。東京に比べ家賃は安いし、実家が近ければなにかと助けてくれるだろう。

 一方、リキは東京で「代理母」になる事を決意する。リキの故郷は、北海道の北東部の過疎の町で、短大を出て実家近くの介護施設へ就職するも、仕事になじめず、なんとか200万円貯めて、それを持って上京した。素晴らしい出会いがあるような気がして。
 しかし29歳になった今、貯金はとっくに無くなり、仕事は続かず、出会った男はクズだ。金のない女には金のない男しか近づいてこないよ。
 でもねぇ、介護職だったら正社員になれるだろうし、昇給やボーナスがあるだろう。目標の仕事があるならともかく、無いなら、東京近郊で介護の仕事を探してみたら?

 リキの家は金持ちではないが、子どもに借金を背負わせるほどひどい親でもない。貯金はないが借金もない、それなら前は開けていると思うけどなぁ。
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桐野夏生 「ジオラマ」 新潮社

2021-08-27 16:17:32 | 桐野夏生
 9つの作品が収められている短編集。実は前回UPした「捩れた天国」も「黒い犬」も、この短編集の中の作品なんだ。

 「ジオラマ」は表題作だから面白いだろうと読んだが、イマイチ。
 グレードの高いマンションの9階に住む銀行員の溝口は、真下の8階に住む髪の赤い女に惹かれていく。溝口の勤める銀行が倒産したことにより、溝口はますます女への依存を深めていく。
 髪の赤い女と溝口の関係よりも、地元ではナンバーワン銀行だった勤め先が潰れ、失業者になり、今まで見向きもしなかった会社の求人に応募する溝口の気持ちの方が知りたいな。

 そういえば昔、北海道拓殖銀行という北海道では最大手の銀行が、バブル期の不良債権がもとで経営破綻し、うんと格下の北洋銀行に営業が譲渡されたことがあった。それを思い出すね。
 学生が就職する時、金融を目指すなら、あちこちの銀行の就職試験を受けるだろう。北洋銀行から内定をもらっても、北海道拓殖銀行が受かれば、皆、そっちに行っちゃっただろうね。そういう人がいっぱいいただろうに、どのツラ下げて北洋銀行で再就職するんだろうか?

 まあ、この辺の心の葛藤を書くのは桐野先生ではなく、経済小説を専門にする作家さんだろう。

 他には「井戸川さんについて」が、ちょっと桐野夏生にしてはコメディチックで面白い。
 空手道場で一緒だった井戸川さんが突然亡くなり、その原因がハッキリしないので、ボクは調べることにする。すると…カッコいいと思っていた井戸川さんには別の顔があり…
 男でも女でも、井戸川さんみたいなタイプっている。異性を追いかけるのが大好きで情熱を燃やすが、その相手が少しでも自分に興味を向けると、情熱が急激に薄れ…。厄介な人たちなんだ。決して幸せにならない。
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桐野夏生 「捩れた天国」「黒い犬」 新潮社

2021-08-21 13:09:09 | 桐野夏生
 母親が日本人、父親はドイツ人のハーフ青年が主人公。2作品ともおなじ。 日本名は有里(ユウリ)という素晴らしい美青年。4歳下に、真理(シンリ)という弟がいる。二人とも周囲が驚くほどの美貌の持ち主で、周囲の女の子たちから騒がれていた。
 そういえば、木原敏江の名作マンガ「摩利と新吾」の摩利も日独のハーフだったなぁ、なんて事を思い出す。
 桐野夏生は、私より少し年上だろうけど、私も含めて、この年代の女は、美青年・美少年というとハーフになるんだ。もちろん美女・美少女も。そうそう、桐野夏生の代表作「グロテスク」にもハーフの美少女と美青年が出てきたっけ。

 だけど、今の時代、若い人達からすると、ヨーロッパ人とのハーフだから美しい、という感覚は昭和的なんじゃないかな。芸能人を見ても、西洋人とのハーフは老けるのが早いような気がする。それよりもフィリピンとか韓国、台湾とか他のアジア人との混血の方が、美しさや若さが長持ちするようなカンジです。
 全く、小説の内容とは関係ない事を延々と書いてしまった。

 「捩れた天国」は、主人公のユウリが日本の高校ベルリンの大学を卒業し、フリーのツアーガイドをやっている時の話。ツアー会社からの依頼で、ワケアリそうな日本人女性をベルリン観光に連れて行くが、彼女は観光名所に全く興味を示さず、道行く人の顔ばかり見ている。彼女の目的は?

 「黒い犬」では、29歳になったユウリが、母親が再婚するので何年かぶりに日本に帰ってきた時の話。ユウリが10歳の時、父母が離婚し、父は弟を連れてドイツに戻り、ドイツ人と再婚した。そのためユウリは、自分と母親は父から捨てられたと恨んでいたが、実は…。
 忘れていた父親の弟を思い出したことが発端となって、次から次へ記憶が引き出されていく。思い出さなくて良い事まで…。

 2作品ともミステリ仕立てで、桐野夏生らしい作品。
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桐野夏生 「夜の谷を行く」 文藝春秋社

2017-11-24 18:03:58 | 桐野夏生
 連合赤軍事件は1971年、私が中学生の時におきた。新聞もろくに読まず、ニュース番組も見ない中学生だったが、それでもハッキリテレビの映像を覚えている。過激派が立てこもった雪のあさま山荘を、ものすごく大きな鉄の球で打ち壊し、放水したり催涙弾を打ち込んでいる様子を。

 連合赤軍事件は、大きく分けて二つある。『山岳ベース事件』と『あさま山荘事件』と。興味のある人は自分で調べて。私なりに大雑把に言うと、追い詰められた過激派が、山中に拠点を移し軍事訓練をするが、そこで総括という名のリンチがまかり通り、わずか2か月の間に12人が殺される。
 逮捕者も脱走者も相次ぎ、山岳ベースのことが警察にもれると恐れた過激派は、その拠点を捨て、長野県に逃げようとし、あさま山荘の管理人を人質に取り、立てこもる。

 山岳ベースの当初の参加者は29人いたそうだが、あさま山荘に逃げ込んだときは、わずか5人。その間2か月。いかにハイピッチでリンチが行われていたか分かる。山岳ベースの参加者の中には事実婚の夫婦も多く、妊娠している人もいた。妊婦もリンチの対象になり殺される。夫は妻も子も守らない。自分が総括要求をされるのを恐れて、かえってリンチを主導する。
 社会正義を実現しようと集まった人たちが…どうしてこうなるんだろうね。

 総括というのは処刑ではなく、反革命的な言動をした本人の自覚反省をうながす、という意味らしいが、実際はリンチ。食事を与えず、縛り付けて雪の中に放置する。暴力をふるう。自分の顔を殴るよう強要するなど。
 この総括の名を借りたリンチを主導するのが森(拘置所で自殺)永田洋子(死刑判決が出たが、脳腫瘍で死亡)。


 この本『夜の谷を行く』の主人公・西田啓子は約40年前、この山岳ベースにいた元女性兵士。彼女は永田洋子に気に入られていたので、自分がリンチにかけられることはなかったが、11人目が死んだ後、脱走。山を下りたところで捕まった。刑期を終え、出所し、できるだけ目立たず生きて行こうとする。
 親は心労で早くに他界。実の妹は姉の事件のおかげで離婚においこまれた。他の親せきからは縁を切られている。
 そんな時、妹の娘が結婚することになり、かつて自分が関係していた山岳ベース事件の事を、姪に伝えなければならなくなる…

 この西田啓子さんは、モデルはいるだろうが架空の人物だろう。この本は、連合赤軍事件を題材にしたフィクションなのだ。
 でも、この本を読むと、本当の当事者たちの書いたものを読みたくなるね。

 永田洋子の『16の墓標』を読んでみようかと思っている。
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