ケイの読書日記

個人が書く書評

倉知淳 「壺中の天国」 角川書店

2019-12-18 14:50:29 | 倉知淳
 地方都市で起こる連続殺人事件。2カ月の間に4人の男女が殺されただけでも静かな田舎町は大騒ぎなのに、殺人のたびに電波怪文書が出されて、それが全く意味不明なのでますます混沌としていく。

 4件の殺人事件は同一犯と断定されたが、なにせ4人の被害者の繋がりが全くない。完全な無差別通り魔殺人かとも思えるが、何かの基準で犯人は被害者を選んでいるフシもある。その基準は犯人の妄想世界の基準なんだろうが…。
 4人の被害者に、それぞれ4通の電波怪文書。その電波怪文書が、また読みにくいったらありゃしない。句読点がない文章って、本当に異様だ。

 
 全宇宙規模に跨る天然の叡智が私のみに地球惑星での使命を伝える一時指令の重圧を忘却し一般的の平凡な人間の如く振舞うのも悪くなく気分転換のためにも散策し人込みの町を歩いていると問題の若い女を発見しどうやら私の妨害をしている人間であるらしい少し乱暴な解決策かとも感じたが殺害を思い切って実行した今度この様な邪魔をする妨害者が現れぬことを伏してお願いする次第である


 だ・か・ら・アンタ(犯人)の妨害って、何をすれば妨害になるのか、なんで書いてないのさ!! だから町中がパニックになってしまう。 

 フィギュア大好きな白オタク男が、4人目の被害者が出たところで被害者たちの共通項に気づき、この黒オタク男の妄想暴走をストップさせる。一種の白オタクVS黒オタクの闘いですな、これは。

 4人の被害者たちも、それぞれ記号ではなく生きた人間として描かれる。1人目の女子高生は、占いに夢中で、恋愛運を占ってもらうため駅ビルに行く。人気占い師は半年たてば恋愛は良い方向に行くと言ったのに、殺されてしまった。よく当たると評判の占い師だけど、なんの役にも立たないね。
 2人目は摂食障害に苦しんでいる21歳の女性。大学受験に失敗し、食べないと勉強がはかどるような気がして拒食になり、次に過食になる。味覚など関係ない。すべてを食いつくす勢いで胃の中に食べ物を収め、あとで罪悪感に苛まれ、吐くを繰り返す。
 3人目は、新聞に投書するのが生きがいの45歳の主婦。投書ってこんなにねつ造や誇張が必要なんだろうか?
 4人目は、高齢のおじいちゃん。子どもや孫に恵まれ、幸せな老後を送っている。ただちょっとボケが始まっていて…。

 ミスリード箇所もあちこちにあって、よく書けてると思う。作者のオタク考も素晴らしい。
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倉知淳 「夜届く 猫丸先輩の推測」 創元推理文庫

2019-11-18 13:40:00 | 倉知淳
 そう、推測なんです。推理じゃないんです。6つの不思議なちょっとした事件(殺人事件ではない)が起きて、それぞれに猫丸先輩が「いくつかの仮説は立てられるよ」なんて、すました顔でのたまうもんだから、その他登場人物が、猫丸先輩の仮説を謹聴するハメになり、その話が「確かにそう考えると、つじつまが合う。さすが猫丸先輩!」という、いつもの猫丸ワールドが展開する。

 その可能性というか仮説が、しっかりしてるんだ。刑事事件になりにくいモノばかり(1話だけひったくりがある)なので、警察が介入しないから、本当にその推測が当たってるかどうか分からないけど、こんがらがったロープがストンと解けるみたいにスッキリする。

 こういった日常の謎を題材にした話は、北村薫の落語家探偵(円紫さんだったっけ?)シリーズが有名だけど、この猫丸先輩の方がユーモアがあって面白い。登場人物のキャラが立ってるからかな?
 すごく小柄で、ふっさりと垂れた前髪とまん丸い目が仔猫のような猫丸先輩は当然として、『失踪当時の肉球は』に出てくる、ペット探偵・郷原も濃い。彼曰く「探偵は職業ではない。生き方だ。」いやあ、私も人目があるにもかかわらず、爆笑しました。暑い時期なのに、トレンチコートを着てるんだ。熱中症で倒れなければいいが…。彼をメインにしたスピンオフ作品を書いてもらいたい。
 『カラスの動物園』に出てくるキャラクターグッズデザイナー葉月も癖があるなぁ。彼女のデザイン帖に載ってる「どざえもんくん」「できしたいちゃん」を一目見てみたいよ。どっかの会社が、商品化してくれないかしらん?

 表題作は『夜届く』 冬の夜に家族の病気を知らせる電報が届き、あわてて家に電話すると全員無事。そんな事が何度も続く。いったい誰がこんなイタズラを? そもそも、このケータイ全盛の時代に電報なんて通信手段がまだあるんだ!! 祝電や弔電以外、利用したことなんてない。お金が結構かかるのに、誰が何の目的でやってるの?嫌がらせ? でも心当たりは全くない。その謎を、猫丸先輩がズバリ解く。(推測だけど)

 表題作もいい作品だけど、私は『たわしと真夏とスパイ』の方が好きだね。よくこんな発想するなって感心する。
 寂れた商店街が、ライバルの大型スーパーに負けじと、納涼夜店大売り出しを敢行する。しかし、2日目に、屋台に次々とトラブルが起こる。これって大型スーパーの妨害?
 猫丸先輩の説明の途中から、「独自のタイムリミット」「潜伏期間」とかの言葉があって、いったい何をいってるんだろう?怪訝に思っていたが、最後は…なるほど、こういった事だったんだ!と膝を打つ。

 この短編集は、今まで読んだ倉知淳の中で、一番いいね。
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倉知淳 「こめぐら」 東京創元社

2019-11-07 17:15:12 | 倉知淳
 倉知淳のノンシリーズ短編を2冊同時刊行ということで、もう1冊の「なぎなた」の方は、もうすでに読んだ。うーーーん、この「こめぐら」より、以前読んだ「なぎなた」の方が出来がいいような気がするなぁ。だから、こっちの「こめぐら」にボーナス・トラックとして猫丸先輩の話が1話載ってるのか。バランスを取るために、などと出版社の思惑を想像してしまう。

 その中で印象に残ったのは『真犯人を探せ(仮題)』。バカミスといえばバカミス。なるほど、こういう構造のアパートがあるかもしれないね。でも犯人あて懸賞ラジオ推理劇場の話で、シナリオ形式になっており、読みやすいし、登場人物の性格が台詞にハッキリ表されているので楽しい。
 大喜びで事情聴取されるミステリオタクの公務員とか、妙に時間にキッチリしている植物園の飼育係とか、イヤに色っぽいホステスさんとか、こういう隣人がいると面倒だよね。
 私、バカミスという言葉は使わないようにしてるんだけど、先回読んだ小谷野敦氏が「このミステリーはひどい!」の中でバカミスを連発しているので、ついつい使ってしまった。気を付けます。

 一番出来がいい作品は、猫丸先輩が登場する『毒と饗宴の殺人』。有名写真家が賞を受賞したので開催されたパーティで、殺人事件が起こる。受賞者とパーティの発起人2人の計3人が、大勢の来客の前で、事前に用意されたカクテルをそれぞれ飲み干したら、受賞者が倒れ大騒ぎになった。カクテルの中に毒が入っていたらしい。
 容疑者は、カクテルを用意したボーイと、死んだ写真家と一緒に壇上でカクテルを飲んだ2人の発起人。
 ボーイが一番毒を入れやすいが、動機がない。発起人2人は、有名写真家の友人という事だが、同業者で彼の受賞を妬んでいた。しかし、もし発起人がカクテルに毒を入れたとしても、死んだ写真家がどのグラスを選ぶのかは分からない。ひょっとして無差別殺人???

 実は、有栖川有栖の国名シリーズ「モロッコ水晶の謎」にも、同じようなトリックがあった。私、それを読んだとき、えらく感心したんだ。なるほど、こういう事もあるのかって。
 あまりにも緻密に計算するより、この方が成功するんだろうね。

 『あとがき』は、結構なボリュームで、クスクス笑って読める。得した気分!!
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倉知淳 「皇帝と拳銃と」 東京創元社

2019-09-18 09:30:41 | 倉知淳
 この前読んだ『なぎなた』の中の1編『運命の銀輪』が再掲載されている。あの時、あとがきで作者は、死神のような乙姫警部をシリーズ化したいと書いていた。それが実現。この『皇帝と拳銃と』では、死神警部が探偵役の倒叙ミステリ4話が収められている。

 表題作の『皇帝と拳銃と』も秀作だが、『恋人たちの汀』のほうが、もっと出来がいいと思うな。
 殺された男は、悪徳高利貸し。だらしない性格か、机やソファー、書棚の中にはぐちゃぐちゃに物や書類がつっこまれている。でも神経質な所もあって、強迫神経症的に、消臭スプレーを部屋中にまきちらす。それだけでは足りず、自分のお口のニオイも気になって、口臭スプレーも盛大にシュッシュ。
 読んでいると、このスプレーが犯人を追いつめるカギになるという事はうすうす分かってくる。でも、具体的にどうやれば犯人の特定に結び付く? そこが読ませどころ。 いろいろ考えさせられる。
 なんせ倒叙ミステリなんだから、最初から犯人は分かっているんだ。

 死神警部が注目したのは、ソファーの前のローテーブルの上にある血しぶき跡が残っていない部分。被害者は刺殺され、大量の血液がローテーブルやその上に載っていた新聞紙、ティッシュの箱、雑誌、はがき、リモコン、のど飴の缶などに降り注ぐが、その中の一か所、血が飛び散ってないA4サイズのスペースがある。
 どうも、そこに何かを置いていたようだ。それは部屋中探しても見つからなかったので、犯人が持ち去ったらしい。犯人にとっては重要なもの。犯人を特定できるものだろう。高利貸しからの借用書? そんな当たり前のものを置いてどうする!

 この『恋人たちの汀』、なかなかの力作だと思う。一読あれ。

 この作品の中に、小劇団の内情が色々出てくる。へぇ、詳しいんだな。興味あるのかしらん?と思っていたら、倉知淳って、日大の芸術学部演劇学科卒なんだ。へーーーーっ!!もともとは脚本を書きたかったんだろうか?
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倉知淳 「なぎなた 倉知淳作品集」 東京創元社

2019-08-30 14:58:50 | 倉知淳
 猫丸先輩の短編が載ってるかもと思って、楽しみに読み始めたが、残念ながら無かった。でも、面白い作品ばかりだったよ。もともと倉知淳はキャラで読ませる人じゃない。正統派のトリックで読ませる人だから、ノンシリーズも十分楽しめるのだ。

 うーん『幻の銃弾』が一番、本格っぽいかな。『闇ニ笑フ』もなかなか捨てがたい。『運命の銀輪』も、刑事コロンボみたいな倒叙形式でいいぞ!! 死神のような警部もキャラが立ってる。

 でも、この本の一番の読みどころは、筆者が自分で書いた「あとがき」じゃないかな? 7編の短編の丁寧な解説で、倉知淳のちょっとしたエッセイみたいな雰囲気がある。
 倉知さんは1962年生まれ。ということは、私より4歳年下で、ほぼ同世代と考えていい。そういう人の作品を読むと、あちこちに出てくるんだよなぁ。「そうそう、そうだった」「あの時、クラスでもすごく流行ってて」という部分が。

 『刑事コロンボ』と横溝映画ブームの洗礼をもろにかぶって成長した世代って書いてあるが、激しく同意!
 特に『刑事コロンボ』は本当に面白かったなぁ。ボロボロの車に乗って、よれよれのコートを着て登場する、風采の上がらないヤブにらみの中年刑事。口癖は「ウチのカミさんが…」そして、しつっこくネチッこく犯人を追いつめていくんだ。
 横溝映画ブームもすごかった。(すごいのは角川春樹かもしれないが) 江戸川乱歩はまだまだビッグネームだったけど、横溝正史はだんだん忘れ去られていた。そこに角川が、横溝正史映画のムーブメントをおこして…。
 めったに映画館に行かない私も、友達と行きました!

 倉知先生「たまにサインを頼まれることがある。まるで作家にでもなった気がして面映ゆいのだけど」って書いてある。えっ?! 倉知先生って作家じゃないの? こっちが驚いた。確かに売れっ子ではないかもしれないが、猫丸先輩シリーズは固定ファンがついているし、『星降り山荘の殺人』は売れたと思うよ。
 そうそう、『壺中の天国』って読んでみたいと思ってたんだ。この機会に読もうっと!

 倉知先生の座右の銘は『増刷』『重版』らしい。これまた正直な。作家さんは、皆、この2単語が大好きだよね。
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