ケイの読書日記

個人が書く書評

小峰元 「アルキメデスは手を汚さない」 講談社文庫

2020-01-27 13:45:28 | その他
 第19回江戸川乱歩賞受賞作品(1973年) この小説を高校生の東野圭吾が読んで感激し、いままで小説などほとんど読まなかったのに、自分で書いてみようと思ったらしい。

 成金土建屋の一人娘が堕胎手術の失敗で死亡。彼女は最後まで相手の名を明かさなかったが、どうやら同級生らしい。娘の両親はなんとか相手の名を知ろうと調べ始めたが、同級生たちの口は重く、何も分からない。その上、日照権の問題の対応を巡って、娘が親を深く恨んでいたことを知る羽目になる。
 調査が膠着する中、同級生の弁当に毒が入れられたり、別の同級生の家で殺人事件が起こったり、事件は意外な展開を見せる。

 推理小説というより青春小説。年代は、学園紛争が吹き荒れたその少し後あたり(小説内にも連合赤軍事件の話が出てくる)で、受賞の1973年ごろの高校が舞台だろう。つまり、私や東野圭吾のほぼ同世代か少し上の世代の高校生の話。その時代の空気がうっすら感じられる。

 死んだ女生徒は仲良し4人組に所属していて、すごく弁の立つリーダー格の女の子がいた。このリーダー女子は10年早く生まれていたら、間違いなく学園紛争の当事者になっていただろうが、今は時代が違う事を知っていて、合法的に不正を正そうとする。というか、不正を行った者に合法的に罰を与えようとする。
 しかしそれだけだろうか…。その真意は最後に分かるが、他の女生徒たちが何のリアクションを起こさないのが不思議。どんなに正義を口にしても、分かってしまうものなのだ。同じ年頃の同性には…ね。

 この死んだ女生徒の心理もよく理解できない。親の経営する建築会社がマンションを建てる時、近隣の住民と日照権の事でもめ、クラスメートの祖母が失意のうちに亡くなったことを聞き、義憤にかられ親に反発心を持つのは分かるが、その感情がなぜSEXに向かうのか、よくわからない。
 それなら義務教育じゃないんだから、高校を中退し働きだした方が、親への反発心を表現できるんじゃないかな?
 あなたの生活費も授業料も遊びに行くお金も、すべて違法ではないが汚い手段を使って稼いだ親のお金なんだよ? それを何の躊躇もなく手にして、SEXで親への反抗心を表現するのはおかしくない?いくら親が大事にしている娘の貞操を踏みにじる事が親への罰になるとしてもね。
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「はじめての哲学」 石井郁男著・ヨシタケシンスケ画 あすなろ書房

2020-01-22 17:05:40 | その他
 哲学に興味がある訳ではないが、ヨシタケシンスケの絵があまりに可愛いので借りてしまった。本当に可愛いね。

 第1章「古代ギリシアの哲学」タレス、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの4人を紹介している。そういえば世界史の教科書に、ソクラテスの弟子がプラトンで、プラトンの弟子がアリストテレスで、アリストテレスはアレキサンダー大王の家庭教師をしていたといった事が書いてあったなぁ。
 彼らの思想はあまりにも高邁で、よく分からない。古代ギリシアは労働は奴隷がやり市民は暇だったから、哲学が発達したんだろう。

 第2章「イギリス経験論と大陸合理論」ベーコン、デカルト、カントの3人を紹介している。ここらも世界史や倫理の教科書でおなじみの名前だが、その思想もよく分からないよ。カントが、生涯自分の生まれ故郷を出た事が無いのに、大学で世界地理の授業をやっていて、しかも学生たちに大変好評だったと書いてあり笑った。カントの愛読書は旅行記。彼の蔵書の大半は旅行記だったそうだ。だったら実際に旅に出ようと思わなかったんだろうか?不思議な人だ。

 第3章「ドイツ哲学の全盛期」ヘーゲル、ショーペンハウエル、ニーチェの3人を紹介。この頃のヨーロッパでは1789年のフランス革命、その後の恐怖政治、そして英雄ナポレオンが登場する。これらは当然のことながら、哲学者にも大きな影響を与えた。考えるだけではなく実行しようとし始める。
 ヘーゲルの方がショーペンハウエルよりもかなり年上だが、2人は一時期ベルリン大学で同じ時間帯に講座を開いた。学生たちはヘーゲルの教室に押し寄せ、ショーペンハウエルの教室はガラガラだったため、間もなく彼は辞職する。こういう所は予備校みたいだね。
 ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語り』はすごく有名だけど、読んだことないし、実際に読んだ人を私は知らない。読みたいとは思わない。ツァラトゥストラって何のことだろうとずーっと思っていたが、拝火教の教祖ゾロアスターのドイツ語名らしい。なぜにドイツ人がゾロアスター?!よく分からない。ただ、ヒトラーが好みそうな哲学者だとは思う。

 第4章「現代世界への挑戦」ではダーウィン、マルクス、デューイ、サルトルを紹介している。皆ビックネーム。私はデューイの「プラグマティズム、多様性こそ進歩の原因である」に共感します。プラグマティズムは理論から出発するのではなく、実験・経験を重視し、すべて試行錯誤であって当然という哲学。フリースクールで取り入れればいいのに。
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畑野智美 「感情8号線」 祥伝社

2020-01-16 14:08:37 | 畑野智美
 著者・畑野智美さんは、以前『神さまを待っている』という作品を読んで、印象に残っていた。書架で名前を見つけ、読んでみる。

 私は東京の地理が全く分からないが、車で行けばすぐなのに電車で行くと回り道という荻窪・八幡山・千歳船橋・二子玉川・上野毛・田園調布に住む6人の女性の6つの不幸せな恋のお話。
 その中の第2話『八幡山在住・絵梨』の話に、強く考えさせられる。
 絵梨は新宿のデパートの中にあるインテリアショップでアルバイトしている。2年前、同じバイト仲間から貴志を紹介してもらい、お互い気に入って、すぐ同棲を始めた。貴志は銀座にある不動産関連会社の経理部で働いていて、いわゆるエリートサラリーマン。実家も裕福だ。友達からは羨ましがられている。ただ、貴志には裏の顔があった。DV男。
 付き合って3か月ごろから暴力を振るうようになった。激昂しているようにみえて、計算して殴っている。痕が残っても隠せるところを狙って、殴ったり蹴ったりしている。
 貴志も、最初の頃は「ごめん、もうしないから」と謝ったが、今では気が済むまで殴ったり蹴ったりして、気が済むと何も言わず書斎に入る。
 絵梨も、黙って暴力が終わるのを待つ。殴られるのも蹴られるのも、自分がいなくならないか怯えている貴志の愛情表現だと、絵梨は思い込もうとしている。

 こういった貴志みたいな人は、家にいる時は、母親に暴力を振るっていただろう。殴っても蹴っても大変なことにならない相手を選んで。次は恋人に、奥さんに、子どもに、暴力を振るう。DVは治らない。逃げるしかない。

 結局、絵梨は逃げ出し、バイト仲間の所に身を寄せる。貴志は泣いてすがって「もう決して暴力は振るわないから、戻って来てほしい」と哀願しているようだ。こういう時は黙って熱が冷めるのを待つより、刑事事件として訴えた方が良いと思う。そして慰謝料をもらう。当たり前だ。そうじゃないと、この男はまた新しい相手に同じことをするだろう。なにしろ、結婚相手の条件としては、本当に良い男なのだ。
 貴志の母親も、息子に殴られたことを外に漏らさなかっただろう。もし貴志の結婚相手が「お義母さん、貴志さんが暴力を振るうんです」と訴えても、「大したことじゃない。上手く受け流せばいいのよ」なんて言いそう。


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群ようこ 「ネコの住所録」 文春文庫

2020-01-10 18:38:58 | 群ようこ
 群さんは家族全員が動物好きで、幼い時から小鳥やハツカネズミ、モルモット、熱帯魚、猫、犬などを飼っていたという事は、いままで読んだエッセイから知っていた。(それでも猫13匹というのは多すぎじゃない?)
 それ以外にも、アリやハエ、ハチにまでシンパシイを感じているのがスゴイ! 特にハチの話には驚かされる。
 群さんが20代後半「本の雑誌社」に勤めていたころの話。
 梅雨時の蒸し暑い日、窓を開けて仕事をしていると、一匹のハチがやってきた。緑が多い住宅地に会社はあるので、気にもせずほかっておいた。土日休んで、月曜に出社すると、群さんの机の上に、ハチがこてっと仰向けになって転がっていた。死んでいるのかと思ったが、かすかに6本の足がひくひく動いている。とりあえず水を飲ませようと、切手を貼る時に使う事務用スポンジに水を含ませてハチのそばに持って行くと、半死状態のハチは、スポンジに頭を突っ込むようにして水を飲み始めた。(オーストラリアの山林火災から逃げ出したコアラが、レスキュー隊員の水筒から水をごくごく飲むみたいに)
 生き返ったハチは、しばらくして窓の隙間からブーンと飛んで行ったが、驚くべきことに、その後毎日やって来るようになった。午前11時ごろから午後2時3時ごろまで。おい!!花の蜜を集める仕事はどうしたよ!?
 そのハチに、群さんは「ハッちゃん」と名前を付けて、話かけていたそうだ。いやあ、野良猫に勝手に名前を付けちくわをやる事はあるが、ハチに名前を付けて、部屋に入れるように窓を少し開けておくとは…。すごい人だな。群さんは。
 私だったら、自分の机の上にハチがこてっと仰向けになっていた時点で、ゴミ箱行きだよね。

 こんな動物好きな家なら、さぞ人間も好きだろうと思うと違うんだ。群さんが実家にいた頃は、お父さんVSお母さん+群さん+弟さんの3人組だったが、群さんが高校生の時、お父さんが離婚して出て行き、仲良し3人組が残った。さぞ楽しい毎日を送っているのかと思いきや、そうではない。
 この動物エッセイではあまり触れられていないが、その後、群さんVSお母さん+弟さん という対立になったそうだ。
 群さんが子どもの頃は、貧しくても陽気な一家だったのにね。お父さんだって、たしかに家庭を顧みなかったかもしれないが、優しい所もあった。公園に捨てられていた老シェパードを背負って、自宅の押し入れで面倒見て、2ヵ月後に死んで号泣した。
 群さんが服装のセンスがいいのも、画家であったお父さん譲りの才能だろう。お母さんは肝っ玉母さんタイプ。弟さんとはすごく仲が良かった。お姉ちゃんに命じられて国旗の絵を粛々と描いていた。

 思うに、群さんが売れっ子になりすぎたからだと思う。弟さんは一流大学を出て一流企業に勤めているが、やっぱり裕福なお姉ちゃんを頼ってしまうし、お母さんは、今まで苦労してきたんだからと娘のカードで着物をバンバン買うし。
 お金が無かったら、今でも肩を寄せ合って暮らす仲のいい家族だったかもしれない。
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村上春樹 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 文藝春秋

2020-01-05 10:04:40 | その他
 数年前の話題作。まあ、村上春樹の小説は、すべて話題になるけど。

 多崎つくるという青年が、大学生の時、高校時代からの親友男女4人から「もう、つきあわない」と拒絶される。その原因も知らされなかった彼は、その疎外感と孤独感に一時は死の淵に立たされ、その危機を脱した後も苦しめられている。
 36歳になったつくるは、恋人から、4人から拒絶された理由を、彼らを訪ねて行って今こそ知るべきだと強く勧められ、やっと巡礼の旅に出かけていく…。

 ざっと、こんなあらすじ。その拒絶の理由は、あまりにも理不尽なものだったが、問題はそこではない。つくるの件が無かったとしても、完全に調和のとれた5人組は、大学生・社会人となるにつれて、解体していっただろう。
 だから、小説の後半にはさほど興味を惹かれない。私が興味を惹かれるのは、恋愛関係にあった相手ではなく、強い信頼で結ばれていると信じていた相手からの拒絶。

 実は最近、ニコニコ動画でMMD動画を見ているのだ。その中で『あんさんぶるスターズ』【あんスタ】の動画が特に気に入っている。このあんスタは、元々スマホゲームらしく、人気が出て深夜枠のアニメになったり、あんステとして声優さんたちがステージで歌ったりしているらしい。
 私はスマホゲームをやらないし、アニメも見ていない。ただ【あんスタ】のMMDを見ているだけだが、何度も見ていると、画面からそれなりに情報が入ってくる。
 夢の咲学園という男子アイドル養成高校のお話で、36人の男子生徒が在籍。各自、何人かでユニットを組んで競い合っている。その中のValkyrieというグループの斉宮宗(いつきしゅう)と言うキャラに心惹かれる。
 もとは二兎なずなと影片みか(両方とも名前は女っぽいが男子高校生)と3人でユニットを組んでいたが、なずなが退団し、他のユニットに移った。Valkyrieは人形師と人形というコンセプトで活動して人気があった。宗が人形師で、なずなとみかは操られる人形。でもそのパターンに、なずなは違和感を持ち始める。「まるで自分は生きていないみたいだ」
 その違和感はどんどん大きくなり、最終的に宗と決裂。他のユニットに移る。

 宗は、なずなのその不満を気づきもしなかった。宗は天才肌の少年で、自分の美しい世界を作り上げることに夢中になっていた。なずなを自分の作った美しい芸術作品と思っていた。
 なずなの不満や疑問については、外部からの悪意のある唆しがあったが、なかったとしても、結局は壊れなければならない関係だったんだろう。
 
 そして宗は深い沼に沈む。自分の美しい芸術作品だと思っていたものに拒絶されて。その宗を救ったのは、一緒に沼に沈んでくれた影片みかだった。

 宗はもちろん架空の人物。でも、こういった恋よりも強く想っていた相手からの拒絶の傷は、簡単には癒えない。たぶん一生。ぱっと見ただけでは傷はふさがっている。傷跡も分からない。でも、その奥でいつまでも血を流し続ける。
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