ケイの読書日記

個人が書く書評

辻村深月 「噛みあわない会話と ある過去について」 講談社

2019-04-04 10:25:08 | 辻村深月
 オビに「怒りは消えない。それでいい。あのころ言葉にできなかった悔しさを辻村深月は知っている。共感度100%」と書かれている。100%どころか120%。あまりに深く共感しちゃうので胸が苦しい。息がしづらい。

 第2話「パッとしない子」では、今をときめくアイドルと、彼の小学校時代の図画工作の担任の、噛み合わない会話が書かれている。教師の方は、自分はいろいろ力になってあげたので感謝の言葉があると期待していたが、実は全く逆で…。
 でも、こういう事ってあるだろうね。別にこの教師が特別に悪い人だった訳じゃない。教師に懐く生徒と懐かない生徒がいるだけの話で、懐かない生徒の印象が薄くなるのは、人間として当たり前。残念な事態になってしまったが、仕方ないだろうな、とも思う。

 印象が強すぎて、胸がえぐられそうな話は第4話「早穂とゆかり」。
 アラフォーの早穂は、県内情報誌のライター。会社員の夫と仲良く暮らしていて子どもはいない。最近メディアでたびたび取り上げられるようになった日比野ゆかりは、中学生向けの個人塾の経営者だ。成功して堂々として美しく、カリスママダムのような雰囲気がある。夫と子どもがいる。
 そのゆかりを、早穂は取材することになった。実は、早穂とゆかりは小学校時代の同級生。その当時は仲がいいわけではなく、今は全く音信不通。まあ、小学校時代の同級生と大人になってからも仲良くしてる人は、そんなに多くないよね。
 ただ、早穂は小学校時代のゆかりが、地味でパッとしない子だったので、今、教育評論家みたいにTVでコメントするような有名人になっているゆかりに、内心驚いている。というか(小説の中にはこの表現を使ってないが)嫉妬している。
 小学校の時は、私がスクールカーストの頂点で、あなたは私たちの明るい女子グループに近づきたくて、周りをウロチョロしてたじゃないの! と表立っては言わないが、自分の夫や同僚たちにしゃべっている。
 その早穂が、ゆかりにインタビューを申し込み、会うことになった。そしてインタビュー当日…。

 こういった逆転は、よく起こると思う。それが人生の面白さ。60年生きてきて感じる。江戸時代のように、人が土地に縛り付けられていれば、小学校時代の人間関係が大人になっても続くだろうけど、今は人はどこにでも行ける。まだまだゲームセットじゃない。
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辻村深月 「鍵のない夢を見る」 文藝春秋社

2019-03-25 15:22:40 | 辻村深月
 犯罪をモチーフにした6編の中短編集。辻村深月はこれで直木賞を受賞した。
 いろんなタイプの犯罪者がいるなぁ。その中でも、第5話「芹葉大学の夢と殺人」が一番人気があり映像化しやすいと思うが、私は「美弥谷団地の逃亡者」の二人連れが印象に残った。
 陽次と美衣。世間的な尺度で言えば、陽次は加害者で、美衣は被害者だが、そんな簡単に分類できないんだ。この2人は。
 
 美衣は高校を卒業して、バイトをしたりしなかったり。出会い系サイトで陽次と出会う。陽次は相田みつをが好きなプータロー。美衣は、ホテルで相田みつをの詩集を陽次から貸してもらった。カバーがヨレヨレになっている。そうとう読み込んでいるらしい。
 「しあわせは いつも じぶんのこころがきめる」
 相田みつをの言葉を、自分の生きる指針としているピュアな男のはずなのに、陽次はだんだん美衣のストーカーとなっていった。ただ束縛するだけではない。骨が鳴るほど、歯がぐらぐらするほど殴られる。
 それもDV男によくあるパターンで、蹴ったり殴ったりした後で、陽次は泣きながら謝り、氷で冷やしてくれる。でも美衣が本気で陽次と別れようと思ったのは、同じ出会い系サイトで、新しい彼氏が出来そうだったから。
 母親に相談し、警察に被害届を出す。そしてその後…。陽次は大きな取り返しのつかない事件を起こし、美衣を連れて逃げる。
 陽次の頭の中では、自分たちは心から愛し合っている恋人同士なんだろう。


 この陽次って男は、ヘンな所で礼儀正しいんだ。食堂の中で、帽子をかぶったままカレーを食べようとする美衣に「お前、部屋の中なんだから、帽子とれば?行儀悪いよ」と言う。ああん?数日前に自分の付き合っている女の母親に何をした? 行儀悪いどころの話じゃないぞ!!! と怒鳴りつけてやりたい。

 この陽次の言動を読んでいると、千葉県野田市で起きた、小4女児を虐待死させた父親を思い出す。この父親も外面はすごく良かった。職場では、理想的な父親だと思われていた。陽次も、この父親も、自分の中に絶対的な正義や真理があるんだろう。親しくない人が、その正義に反しても別に平静でいられるが、自分の近しい(と思い込んでいる)家族や恋人がそれに反すると逆上する。
 何とか暴力をふるってでも、徹底的に自分の思い通りに矯正しなければ気が済まない。
 暴力反対男が「暴力はやめろ」とケンカの仲裁に入っても、なかなか殴り合いが止まないとイライラして、「おい! 暴力はやめろと言ってるじゃないか!」と相手を殴りつけるのと似ている。
 DVと児童虐待が、根は同じだというのは本当だと思う。
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