ケイの読書日記

個人が書く書評

三浦しをん 「あの家に暮らす四人の女」 中央公論新社

2018-10-12 11:58:45 | 三浦しをん
 三浦しをんの小説って、拍子抜けするほど、女のドロドロしたところ毒々しい所が書かれてない。三浦さんの小説を全部読んだわけじゃないから断定はできないが、代表作の『舟を編む』にしても、登場人物があまりにもサラリとしていて、驚かされる。この人自身が、きわめて恋愛に対して低体温の人なんだろう。
 そういう部分は、群ようこさんを思い出すなぁ。
 その反対に、女の内面のいやらしさをMAXに書く作家さんもいて、それはそれで自分の心を覗き込まれているようで、読むのは結構シンドイ。

 『あの家に暮らす四人の女』というタイトルなので、若草物語や細雪のような4人姉妹を思い出す人も多いだろうが、この小説内では、牧田家の母親と娘、娘の友人とその後輩という4人組が主要キャスト。(作者は、細雪をイメージしてるみたい)
 JR阿佐ヶ谷駅から徒歩20分の閑静な住宅街。150坪の庭のある豪邸に4人は住んでいる。しかし、なんといっても戦後すぐ建てられたので、古くてボロい。ただ、部屋の数だけはあるので、娘の訳ありの友人たちが転がり込んできた。

 ストーカー事件や強盗押し込み事件などはあったが、もっぱら4人の日常生活を淡々と記述してある。それに牧田家の母親のダンナ(つまり娘の父親)が家を出て行った経過がからめてあり、ハラハラもドキドキもせず、ゆったりと読める。陽だまりの中で、うつらうつらしながら読むのに最適。


 でも、こういった血縁で無い人が混じった女の共同生活って、一種のユートピアだよね。
 古くて隙間風は入るが都心に近い一軒家に下宿。庭が広く、家庭菜園をしているので新鮮な野菜が食卓に並ぶ。家賃は友達価格。炊事や掃除は当番制。洗濯は各自が自分の分をする。仕事から帰ってくる時、誰かがいて「おかえり」と言ってくれる。食事やお風呂の準備は当番の人がやる。翌日が休みだと、誰かの部屋に集まってガールズトーク。ほんっと!!夢みたい。

 作中で娘が物思いにふけるシーンがある。「先のことなど、誰にも分からないのだから、いずれ1人になってしまうかもしれないなどと、不安や怖れに溺れるばかりなのは馬鹿げている。いま、友達とそれなりに楽しく暮らしていて、季節は夏だ。その幸福と高揚をささやかに満喫しない手があるだろうか」
 なるほど、至言ですなぁ。
 初出を見ると『婦人公論』の連載。やっぱり、中年の女って、こういう夢を見たいんだよね。私も含めて。
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三浦しをん「三四郎はそれから門を出た」 ポプラ文庫

2017-12-05 16:18:50 | 三浦しをん
 みっしり詰まった読書エッセイ。三浦しをんが読書家だという事は知っていたが、そうとう重度の活字中毒者だ。
 彼女が1日のうちにする事といったら「起きる。何か読む。食べる。何か読む。食べる。仕事をしてみる。食べる。何か読む。食べる。何か読む。寝る。」らしい。
 あとがきにも記述がある。「オシャレの追及に励むのは来世にまわし、今生では思う存分、読書しようと思う。…世の中にこんなに本があるのに、顔なんか洗ってる場合じゃない。」そうだ。すごいなぁ。


 本を文章を文字を読みたい、というだけでなく、本を手元に置いておきたい人らしいので、本がどんどん増殖する。夜中にこっそり本のヤツ、子どもでも産んでるんじゃないか?!と疑いたくなるほど。
 文筆業だから本の増殖は宿命で、あとは古本屋に売るなり、廃品回収に出すなり、背の高い機能的な本棚を買うなりするのが正解だろうが、三浦さんはしない。本で家具をつくるらしい。同じ幅や厚みの本をキュッと縛り、並べてベッドにしたりテーブルにしたりするらしい。ホントかよ!!!!!
 彼女は本棚ではなく、押し入れの中に、束ねた本を重ねて収納する。この方がたくさん本が入るそうだ。しかし…読みたい本を取り出す時が一苦労だろうね。


 もちろん本の収納という番外編よりも、本の読書エッセイの方に、うんとページはさかれている。さすが、三浦しをん、エッセイを読んで、ああ、この本を読んでみたいと思わされる率が高い。
 特にこの本、ヘルガ・シュナイダー著『黙って行かせて』は絶対に読みたい!これは自伝的小説らしく、ヘルガは第2次大戦が終わった時、10歳にもなってなかった。でも彼女は、戦争は大人たちがやったことで私には関係ないといえなかった。彼女の母親はナチで、かってアウシュヴィッツの看守としてユダヤ人を殺しまくっていたから。
 ユダヤ人側から見たアウシュヴィッツはよくあるが、旧ナチ党員からみたアウシュヴィッツってどうなんだろうか?自己弁護一色なんだろうか?

 青木富貴子「731」も紹介されている。これは…日本人として読まなきゃいけないとは思うが、度胸が無い。731部隊が満洲でいったい何をしたのか? 戦争が終結した後、彼らは戦犯になるのを避けようと何をしたのか? あと10年くらいしたら読めるかもしれない。


 他にも、三浦さんの身辺雑記エッセイも多数。彼女の家族って仲が良いんだ。ご両親と三浦さんと弟さん。特に弟さんはエッセイや小説のネタによくなってくれてるみたいで、ありがたいだろう。そうだ、群ようこさんも、弟ネタで稼いでいたなぁ。独身の弟って、イジりやすいんだろうな。
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三浦しをん 「舟を編む」

2016-07-19 16:35:52 | 三浦しをん
 数年前に大変話題になったこの本をやっと読む。別に読みたくなかった訳じゃないが、話題の本って、なんか気恥ずかしいよね。

 馬締(まじめ)という、変わった名前の辞書編集部員は、新しい辞書『大渡海』を作る仕事を、定年間近のベテラン編集者から託される。
 日本語研究に人生を捧げる老学者や、辞書には興味ないが交渉能力に優れた同僚、愛想はないが仕事はキッチリやる年上の契約女性社員、そして後の妻になる女性とも出会う。
 個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭していく。

 辞書って、すごくお金と労力と時間がかかるから、大手の出版社しか作れないんだ。なるほど!確かにそうだ!
 つまり辞書を出版できるという事は、ステイタスなんだ。なにせ、この『大渡海』も、完成までに15年かかっている。
 ここまで時間が経過すると、15年前に使われていた言葉が、出版時には死語になっているケースも多々あるだろうね。だから、新しい言葉を採用すると同時に古い言葉を外していく。その選択が難しい。
 だいたい辞書を使うのは高齢者が多いだろうし。電子辞書といったって、ベースとなる辞書はちゃんとあるだろうし。


 「辞書は、言葉の海を渡る舟」。いいなあ、感動しちゃう。この小説を読むと、辞書を編纂するのに、いかに莫大な金と膨大な時間がかかるか分かるので、自宅にある辞書を粗末に扱えなくなるよね。書き込みや赤線がいっぱい付いている汚い辞書、逆に全く使ってないのでキレイだから、ブックオフに売りに行きたい辞書、処分に困っちゃう。


PS.馬締のチャラい同僚が、夏目漱石の「こころ」について疑問に思っている事、全く私と同じなので驚いた。いや、ほとんどの人がそう思っているよ。
 「こころ」は、先生の遺書という体裁になっているが、あんな長大な遺書があるか!あっても人に送るか!あんな大長編の遺書なんか書いてたら、死ぬ気がなくなるよ。
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