ケイの読書日記

個人が書く書評

道尾秀介 「ラットマン」  光文社

2017-06-06 10:10:53 | 道尾秀介
 推理作家が読者をミスリードするのは当たり前のことだが、道尾秀介は、それが少しあざとい。どんでん返ししようと思うと、どうしてもアンフェアになるのかな? それでも十分読み応えあり。

 
 アマチュアロックバンドのギタリスト・姫川は、他のメンバーと練習中、スタジオスタッフ・ひかりが機材に押しつぶされ亡くなるという場面にでくわす。実は、亡くなったひかりは、姫川の恋人で他のメンバーの姉だった。
 姫川にも小3の時に事故死した姉がいて、彼は今でもその事故死に疑念をもっている。

 スタジオスタッフ変死事件は、姫川に当時の記憶、秘めてきた過去のトラウマを呼び起こす。不都合な真実を。


 題名の『ラットマン』とは(私は知らなかったけど)心理学で有名な絵らしい。見方によっては、ネズミにもおじさんにも見えるだまし絵。動物と並ぶとネズミにしか見えないし、人の顔と並ぶとおじさんにしか見えない。同じ絵なのに。
 そしてラットマン単独で見るとき「これはネズミだ」と思い込んでしまうと、何度見てもネズミにしか見えない。よほど意図的に見方を変えようとしない限りね。
 
 この小説の中にも、そういった思い込み効果がふんだんに盛り込まれている。カマキリの腹の中から出てきたハリガネムシ(うえっ!気持ち悪い)や、姫川の記憶の中の家族、児童虐待を思わせる描写、世間話の中に出てきた実父の娘への性的虐待。

 真相を追求しようとする姫川たちの行動も読み応えあるが、私が一番印象に残ったのは、元バンドマンたちの行く末。
 姫川たちが練習しているスタジオの経営者は、もちろん元ミュージシャン。若いミュージシャンたちへの思い入れが強すぎるのか、商売が下手なのか、バンド下火の時代なのか、経営は思わしくなくスタジオを閉めるそうだ。
 亡くなったひかりの父親は伝説のドラマーで、ハチャメチャな人生を送り、子供たちを捨てて出て行ったが、子供たちはそんな父に憧れの気持ちも持っていた。しかし…10数年ぶりに会った父は、すっかり落ち着いて再婚、赤ちゃんも生まれ…。こういう場合、子供はどうすれば良い?


 ミック・ジャガーは後期高齢者になってもミック・ジャガーのままでいられるが、その他大勢のミュージシャンたちはどうすれば良いの?光が強いほど陰も濃い。そういえば、角田光代の『くまちゃん』という連作短編集に、少し売れたロックバンドのヴォーカルの引退後の生活が書かれていたな。
コメント
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