やばい。「将棋ペン倶楽部」の原稿を、まだ4行ぐらいしか書いてません。関係者の方、あと2、3日待ってください。分量は1頁ちょっとです。
いまでこそ、沖縄へ行くときぐらいしかユースホステルは利用しないが、若いときは、旅先の宿といえばユースホステルが定番だった。
おカネのなかった学生時代、安月給のサラリーマン時代に、2食付きで3,000円前後という宿代は大きな魅力だったが、それ以上に、同宿の女の子たちと話をする楽しみのほうが大きかった。
あれは私が20代前後半か、30代前半のころのことだったか。旅先のあるユースで、たまたま男ばかりの宿泊だったことがあった。食事のあと、私たちは談話室に集まる。こういう時、「どちらから来ましたか」「交通機関は電車ですか、バイクですか」が、話の呼び水となる。鉄道ファンの私は当然JRの周遊券を利用しており、ほかの何人かも、鉄道利用だった。もちろん、バイクで旅行をしているホステラー(宿泊者)もいた。ところがこの日はそのうちのひとりが、鉄道利用者を蔑むように、こう言った。
「鉄道を使ってる人は、自分の目で景色を観てないでしょ。だって電車で移動するときは、常に電車の窓があるわけだから。だからいつもその窓を隔ててしか、景色を観れない。それに、寝てたって目的地に着いちゃうんだから、気楽なもんだよね。
だけどオレは違う。オレは自分の力で街を走ってる。自分の目で直接、景色を観てる。寝ても目的地に着くような旅はしてないからね」
鉄道利用者はのんびりダラけた旅をしているのに対し、バイク利用者の自分は、自分の力と目で、いつも緊張感を持ったまま旅を満喫している、というわけだ。
ただのライダーがずいぶん大きくでたものだが、彼は少なくとも、ひとつ大きな勘違いをしている。彼は「自分の力で旅行をしている」のではなく、「バイクとガソリンの力を借りて、旅行をしている」のだ。また「直に景色を観ている」という主張も、フルフェイスのヘルメットをかぶれば、強化ガラスを1枚隔てたことになり、自分の目で景色を見たことにはならなくなってしまう。
いまはわりと薄まってきたが、当時鉄道旅行者は、「鉄ちゃん」と揶揄の意味で呼ばれ、異端の扱いをされていた。しかし今回のように、鉄道利用者を前にここまでハッキリ主張するホステラーはいなかった。当然、私たち鉄道利用者とそのライダー(たち)の間に険悪なムードが漂い、「何を…」とつぶやいた鉄道利用者もいた。実際私も、もし言い合いになったら、「あなた、ケンカ売ってんの?」ぐらいのセリフは用意していた。しかしこのときは、別のライダーが、「まあ、どの乗り物を利用しようと、それは本人の自由だからさ…」と言って、その場は収まった。
この件があったからというわけではないが、私が旅に出るとき、旅先の街中を移動するときは、バイクやクルマは使わず、公共の交通機関のみを利用することに決めたのだった。
私と中倉宏美女流二段が、ふたりきりで旅行することは、百万にひとつの可能性もないが、もし実現したならば、鉄道愛好者とハーレー愛好者に分かれるふたりのこと、現地集合・現地解散となろう。いや現地においても、中倉女流二段がハーレーで県道を移動するのに対し、私は路線バスの利用となる可能性が高い。これではせっかくの旅行も、宿で落ち合うだけの味気ないものになってしまう。
さりとてこの旅行スタイルはお互い譲れないだろうから、やっぱり、ふたりきりの旅行は無理のようである。
いまでこそ、沖縄へ行くときぐらいしかユースホステルは利用しないが、若いときは、旅先の宿といえばユースホステルが定番だった。
おカネのなかった学生時代、安月給のサラリーマン時代に、2食付きで3,000円前後という宿代は大きな魅力だったが、それ以上に、同宿の女の子たちと話をする楽しみのほうが大きかった。
あれは私が20代前後半か、30代前半のころのことだったか。旅先のあるユースで、たまたま男ばかりの宿泊だったことがあった。食事のあと、私たちは談話室に集まる。こういう時、「どちらから来ましたか」「交通機関は電車ですか、バイクですか」が、話の呼び水となる。鉄道ファンの私は当然JRの周遊券を利用しており、ほかの何人かも、鉄道利用だった。もちろん、バイクで旅行をしているホステラー(宿泊者)もいた。ところがこの日はそのうちのひとりが、鉄道利用者を蔑むように、こう言った。
「鉄道を使ってる人は、自分の目で景色を観てないでしょ。だって電車で移動するときは、常に電車の窓があるわけだから。だからいつもその窓を隔ててしか、景色を観れない。それに、寝てたって目的地に着いちゃうんだから、気楽なもんだよね。
だけどオレは違う。オレは自分の力で街を走ってる。自分の目で直接、景色を観てる。寝ても目的地に着くような旅はしてないからね」
鉄道利用者はのんびりダラけた旅をしているのに対し、バイク利用者の自分は、自分の力と目で、いつも緊張感を持ったまま旅を満喫している、というわけだ。
ただのライダーがずいぶん大きくでたものだが、彼は少なくとも、ひとつ大きな勘違いをしている。彼は「自分の力で旅行をしている」のではなく、「バイクとガソリンの力を借りて、旅行をしている」のだ。また「直に景色を観ている」という主張も、フルフェイスのヘルメットをかぶれば、強化ガラスを1枚隔てたことになり、自分の目で景色を見たことにはならなくなってしまう。
いまはわりと薄まってきたが、当時鉄道旅行者は、「鉄ちゃん」と揶揄の意味で呼ばれ、異端の扱いをされていた。しかし今回のように、鉄道利用者を前にここまでハッキリ主張するホステラーはいなかった。当然、私たち鉄道利用者とそのライダー(たち)の間に険悪なムードが漂い、「何を…」とつぶやいた鉄道利用者もいた。実際私も、もし言い合いになったら、「あなた、ケンカ売ってんの?」ぐらいのセリフは用意していた。しかしこのときは、別のライダーが、「まあ、どの乗り物を利用しようと、それは本人の自由だからさ…」と言って、その場は収まった。
この件があったからというわけではないが、私が旅に出るとき、旅先の街中を移動するときは、バイクやクルマは使わず、公共の交通機関のみを利用することに決めたのだった。
私と中倉宏美女流二段が、ふたりきりで旅行することは、百万にひとつの可能性もないが、もし実現したならば、鉄道愛好者とハーレー愛好者に分かれるふたりのこと、現地集合・現地解散となろう。いや現地においても、中倉女流二段がハーレーで県道を移動するのに対し、私は路線バスの利用となる可能性が高い。これではせっかくの旅行も、宿で落ち合うだけの味気ないものになってしまう。
さりとてこの旅行スタイルはお互い譲れないだろうから、やっぱり、ふたりきりの旅行は無理のようである。