一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

加藤一二三×高橋道雄戦に、男の戦いを見た。

2012-05-04 00:05:42 | 男性棋士
富士通杯達人戦は「40歳・八段以上」から選抜された10人の棋士で争う、週刊朝日主催のシニア棋戦である。回を重ねて今年で20回。それなりに歴史はあるのだが、「シニア棋戦」と謳っていながら、最近は森内俊之名人や羽生善治王位・棋聖が出場するなど、ちょっと首をひねりたくなる人選がある。まあそれはともかく、1日(火)、2回戦第1局で、加藤一二三九段と高橋道雄九段が激突した。
ふたりは第25期と26期の王位戦七番勝負で激闘を演じている。25期は加藤九段が2勝3敗から連勝して奪取。翌26期は高橋九段が挑戦し、4連勝で取り返した。なかなかに因縁のある対決なのである。
加藤九段についてはいまさら説明するまでもない。18歳でA級八段、20歳で名人に挑戦し、「神武以来の天才」「1分将棋の神様」の異名を持つ。対局中の食事は何年間も同じ食べ物。5手目に2時間以上の長考をする。タイトル戦では宿の滝を止めさせた、など数々のエピソードを持つ。得意戦法はいわずと知れた「棒銀」。相手に研究されていてもどこ吹く風、真正面から受けて立ち、ときには完敗し、ときには快勝してきた。
前期は14勝15敗と堂々の成績。公式戦通算勝利は1,307を数え、歴代2位タイまであと1勝と迫っている。御歳72歳だがその闘志は衰えることなく、いまなお燃え盛っている。加藤九段の名声は年を追うごとに高まり、いまや「リアルタイムで見られる、生きた伝説」と呼ぶべき存在なのである。
高橋九段もまた愛すべきキャラクターだ。ふだんは無口で必要以上のことはしゃべらない。しかし解説を「書かせる」と途端に饒舌になり、ユーモアあふれる文章で私たちを楽しませる。若手のころだが、お茶を飲むときは湯飲みを持たず、茶托を持って飲んだという。扇子の帯封(「責め」という)を解かないで指すのも高橋流。高橋九段もまた、種々のエピソードの持ち主なのである。腰の重い将棋で、50歳をすぎても堂々A級に君臨する、押しも押されもせぬスーパースターだ。
今回の将棋、リアルタイムでネット観戦することはできず、某サイトで加藤九段の勝利が報告されていたので、それを承知した上で両者の将棋を鑑賞した。
将棋は加藤九段の先手で「横歩取り△8五飛戦法」に進行した。
余談だが、この日は「棋士立会人」として、高田尚平六段が担当していたそう。「棋士立会人」は今月から発足したもので、その日行われる将棋を見守る役目を持つ。高田六段には3年前の夏、石垣島でたいへんお世話になり、以後応援している。しかし植山悦行七段といい大野八一雄七段といい安西勝一六段といい櫛田陽一六段といい、私が応援する棋士はどうして、フリークラスばかりなのだろう。
話が脱線した。将棋は空中戦特有の飛車が横にコチョコチョ動く将棋になった。典型的な手将棋で、私から見れば何がなんだかわからない。しかしふたりの将棋は若々しいと思った。将棋の強さを保つ秘訣、それは若い将棋を指すことではないだろうか。
とはいえ本局、加藤九段が飛車角交換を余儀なくされ、▲8八銀と後手を引くようでは、つらいと思われた。
事実、高橋九段は敵陣の一段目に飛車を打ち、△9九竜~△1九竜と、インベーダーのように香を取る。まことに目障りな竜で、私なら暴発してしまうところだが、加藤九段は▲5六歩と懐を拡げ、じっと馬を作る。これにて形勢はむずかしい、というのだから、本当に将棋はむずかしい。
95手目、加藤九段が▲7六馬と寄る。この局面、ネット中継によると、感想戦で加藤九段は「こちらの方がいいよね」と高田六段に話しかけている。しかし先手が銀損しているのである。それで先手が十分とは、本当に将棋は分からない。
数手進んで、120手目、高橋九段が△7七金と馬取りに打つ。駒割は飛金銀香と角桂の交換で、後手が得している。これはどう考えたって、後手が優勢と思う。事実この手の前まで、ネット中継では「再び高橋が優勢」と書かれていたのだ。
ところが121手目、先手が▲2六銀と打ったところで、「(これで)ハッキリ勝ちですね」という加藤九段の感想があるので驚いた。これはなんとしたことだ。
加藤九段はときどき楽観的な感想をもらすことがあるが、これだけ駒損をしていて形勢がいいということがあるのだろうか。
そこで数手後の局面を見てみると、加藤陣が一枚の遊び駒もなく捌けているのに対して、高橋陣は△7一銀や△8八金など、遊び駒が多い。レベルは違うが、先日の植山七段と私の指導対局に生じた局面を見てるようであった。
投了後、高橋九段は感想戦なしで席を立ったそうだが、スタッフブログによると、終局後先に席を立ったのは加藤九段らしい。
もちろんその後戻ってきたのだが、その非礼?に高橋九段がカチンときたのかもしれない。
しかしこの将棋を負かされちゃ高橋九段だってアツい。こんな感想戦やってられっか、と、席を立ちたくなる気持ちも分かるというものである。
とにかく本局、これぞ将棋という、面白い戦いだった。
最近の将棋は研究ばかりが先行して、人間同士の戦いの臭いが感じられない。いまの若手が高橋九段や加藤九段の年齢になったとき、これだけ人を惹きつける将棋が指せるだろうか。恐らく、無理だと思う。
とすれば、加藤-高橋戦のような将棋が見られる私たちは、幸せだということになる。
コメント
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