「いま詰んでたよね」
後ろで観戦していたIs氏に言われ、私は振りむいた。「▲8五竜と引いて…」
「あっ!!」
▲2四金△3五玉に、▲2五金が文字通りの敗着。ここで▲8五竜と引けば上手の合い駒が悪く、上手玉が詰んでいた。一例を挙げれば、△7五桂▲同竜△同歩▲2五金△3六玉▲4八桂まで。竜は横に使うことばかり考えていて、縦に使うことが視野に入っていなかった。
「私も読んでいるうちに気づきました」
と中井広恵女流六段。
まさかこの将棋に勝ちがあったとは…。将棋は最後の最後まで諦めてはいけない、と教えられた。
中井女流六段、内容は完璧だっただけに「5分切れ負け」は上手に負担なし、の主張は変わらなかった。やはり下手の考慮中に、上手が考えられるのが大きいらしい。しかし私は、下手が上手のペースに惑わされなければ、下手が有利に指せると思う。
隣りの某企業は宴会も終わり、部屋に戻ったようである。まあ、ふつうはそうであろう。深夜まで将棋を指している私たちがバカなのだ。
19日午前1時すぎ、植山悦行七段が就寝。その30分後、中井女流六段も席を立った。ついに就寝である。
「反省してほしい!」
浴衣を着なかった中井女流六段の背中に、私は切実に投げかける。明日の夜、私の願いは届くのだろうか。
私たちはまだ将棋を続ける。Hon氏とFuj氏はリーグ戦の真っ最中。お互い穴熊に囲っており、いつ終わりが来るのか想像もつかない。
私はR氏と練習将棋。私は再び5分切れ負けである。将棋は相横歩取りに進む。定跡どおり指したつもりが、いつの間にか私が悪くなっている。よくよく考えたら、△2八歩▲同銀の交換を入れず指し手を進めていたのだ。
Hon-Fuj戦は、これだとお互い時間を使い切っちゃうから、切れ負けはなしにしましょう、とか言っている。それをやったら切れ負けの意味がないと思うのだが、ふたりは意に介さない。
私とR氏との対局は、私の逆転勝ちになった。R氏、やや焦ったか。
Hon氏とFuj氏の将棋が終わり、Hon氏も床に就いた。Is氏も部屋に戻っている。これで残りは6人になった。と、W氏が「(大野先生、)じゃあ将棋を教えてください」と、大野八一雄七段の前に座った。W氏、冗談ではなく、本当に将棋が好きなんじゃないか? まさかまさかの、将棋バカなんじゃないか??
His氏に請われて、私はまだ将棋を指す。しかし35分切れ負けのリーグ戦は指せないので、10分切れ負けの練習将棋にした。
将棋はHis氏のゴキゲン中飛車。序盤で作戦負けになったが中盤で盛り返し、こちらの模様がよくなった。しかしそこからHis氏の指し回しが巧みで、私が負けた。
横を見ると、W氏の対局相手がR氏に変わっており、局後の感想戦もそこそこに、ゴキゲン中飛車の研究に入っていた。もちろん大野七段の講義つきである。W氏、こんなに将棋が好きだったとは…。
とはいえこの研究が面白く、つい私も聞き入ってしまう。時計を見ると、3時半である。こんなことをやっていたら、マジで夜が明けてしまう。私がギブアップ宣言して、合宿1日目はここでお開きとなった。
2日目は朝8時から朝食。私は旅先において、朝食がなくても厭わないが、あればあったでしっかり摂る。バランスの取れた食事が美味かった。
一服したあと、9時10分からHis氏とリーグ戦。His氏の▲7六歩に私は△8四歩。△3四歩だと角を換わって筋違い角に来られるから、それを避けた。
His氏の三間飛車に私は玉頭位取りに出るが、▲2七銀から▲3八飛~▲3五歩の逆襲が好着想だった。△3五の位を奪還され、3四の地点にカナケを打ちこまれて後手敗勢。とくに反撃のスジもなく、私の完敗となった。
10時からはペア(リレー)将棋の趣向となる。中井女流女流六段・植山七段(飛車落ち)-W・Hon、大野七段・R・一公-His・Is・Fujの2局である。
こちらの将棋はHis組の三間飛車。大野七段が早々と▲4六歩と突いたので、それを継承して▲4五歩と突いたが、桂が参加していない攻めではいかにも軽かった。
大野七段は、作戦の骨子となる▲4六歩を先に突けば、あとで私たちが▲5六歩~▲3六歩~▲3七桂と進めてくれるものと思っていたらしい。お互いのことを考えるがゆえに、指し手がチグハグになる。ここがリレー将棋の奥深いところである。
結果は大野チームの勝ち。序盤の作戦で少し乱れたが、あとは指し手も一貫しており、まるでひとりで指しているかのようだった。
ところできょうは女流王座戦一次予選の対局日。何局か中継が用意され、そのうちの一局は午前10時からの長谷川優貴女流二段-中倉彰子女流初段戦である。長谷川女流二段の圧勝になると思うが、将棋は何が起こるか分からない。
私たちはスマホで中継を見る。後手・長谷川女流二段のゴキゲン中飛車に、彰子女流初段の作戦は居飛車穴熊。しかし飛車のコビンを開けた▲3六歩が不用意で、△5五角と飛びだされては、一遍に彰子女流初段の模様が悪くなった。どうも男性プロ的には、ここで「終わった」らしい。
▲5七角▲5九飛、△5六金・持駒歩2の局面で、△5八歩▲同飛△4七金▲5九飛△5八歩が決め手。こんな教科書どおりの攻めが炸裂しては、彰子女流初段、もういけない。長谷川女流二段の完勝となった。
さて、きょうは昼からKun、Kazの両氏が合流する。私たちはクルマに乗って、彼らを西武秩父駅に迎えに行った。駅に着くと、すでにふたりは到着していた。
きのうから参加の生徒7人は、三度のメシより将棋が好きという変わり種だが、Kun氏とKaz氏はそれ以上だ。聞くと特急電車の中で、「レッドアロー杯」を戦っていたという。いくら私だって、電車に乗れば車窓を楽しむ。何が楽しくて、あの狭いシートで将棋を指さねばならんのだ。彼らが加わって将棋色が薄くなるどころか、さらに濃くなった。
西武秩父の駅前は、「仲見世通り」と称して、ミニ商店街になっていた。小鹿野は「わらじかつ丼」が有名らしいので、それを食べさせる店に入った。
といっても私が頼んだのは天ぷらうどん。ちょっとお腹がもたれて、かつ丼はキツかったから。
私のナナメ向かいには中井女流六段が座った。きょうはサッパリ系のいでたちで、テレビ局に勤めるやり手のプロデューサー、という感じだ。
「中井先生、私のスマホの待ち受け画面、そろそろ新しいのにしたいんですけど…」
言うまでもないが、私のそれは、中井女流六段である。昨年12月、大野七段の「竜王戦昇級記念・焼肉大パーティー」のときに撮らせていただいたものだ。今回はその第二弾というわけである。
私がスマホを構えると、中井女流六段が素晴らしい笑顔を見せてくれた。
何枚か撮ったあと、中井女流六段に待ち受け画面の切り替え作業をやってもらう。被写体にここまでやらせてしまうのが私流である。
作業終了。あらためてスマホの画面を見ると、中井女流六段が穏やかに微笑んでいた。
(30日につづく)
後ろで観戦していたIs氏に言われ、私は振りむいた。「▲8五竜と引いて…」
「あっ!!」
▲2四金△3五玉に、▲2五金が文字通りの敗着。ここで▲8五竜と引けば上手の合い駒が悪く、上手玉が詰んでいた。一例を挙げれば、△7五桂▲同竜△同歩▲2五金△3六玉▲4八桂まで。竜は横に使うことばかり考えていて、縦に使うことが視野に入っていなかった。
「私も読んでいるうちに気づきました」
と中井広恵女流六段。
まさかこの将棋に勝ちがあったとは…。将棋は最後の最後まで諦めてはいけない、と教えられた。
中井女流六段、内容は完璧だっただけに「5分切れ負け」は上手に負担なし、の主張は変わらなかった。やはり下手の考慮中に、上手が考えられるのが大きいらしい。しかし私は、下手が上手のペースに惑わされなければ、下手が有利に指せると思う。
隣りの某企業は宴会も終わり、部屋に戻ったようである。まあ、ふつうはそうであろう。深夜まで将棋を指している私たちがバカなのだ。
19日午前1時すぎ、植山悦行七段が就寝。その30分後、中井女流六段も席を立った。ついに就寝である。
「反省してほしい!」
浴衣を着なかった中井女流六段の背中に、私は切実に投げかける。明日の夜、私の願いは届くのだろうか。
私たちはまだ将棋を続ける。Hon氏とFuj氏はリーグ戦の真っ最中。お互い穴熊に囲っており、いつ終わりが来るのか想像もつかない。
私はR氏と練習将棋。私は再び5分切れ負けである。将棋は相横歩取りに進む。定跡どおり指したつもりが、いつの間にか私が悪くなっている。よくよく考えたら、△2八歩▲同銀の交換を入れず指し手を進めていたのだ。
Hon-Fuj戦は、これだとお互い時間を使い切っちゃうから、切れ負けはなしにしましょう、とか言っている。それをやったら切れ負けの意味がないと思うのだが、ふたりは意に介さない。
私とR氏との対局は、私の逆転勝ちになった。R氏、やや焦ったか。
Hon氏とFuj氏の将棋が終わり、Hon氏も床に就いた。Is氏も部屋に戻っている。これで残りは6人になった。と、W氏が「(大野先生、)じゃあ将棋を教えてください」と、大野八一雄七段の前に座った。W氏、冗談ではなく、本当に将棋が好きなんじゃないか? まさかまさかの、将棋バカなんじゃないか??
His氏に請われて、私はまだ将棋を指す。しかし35分切れ負けのリーグ戦は指せないので、10分切れ負けの練習将棋にした。
将棋はHis氏のゴキゲン中飛車。序盤で作戦負けになったが中盤で盛り返し、こちらの模様がよくなった。しかしそこからHis氏の指し回しが巧みで、私が負けた。
横を見ると、W氏の対局相手がR氏に変わっており、局後の感想戦もそこそこに、ゴキゲン中飛車の研究に入っていた。もちろん大野七段の講義つきである。W氏、こんなに将棋が好きだったとは…。
とはいえこの研究が面白く、つい私も聞き入ってしまう。時計を見ると、3時半である。こんなことをやっていたら、マジで夜が明けてしまう。私がギブアップ宣言して、合宿1日目はここでお開きとなった。
2日目は朝8時から朝食。私は旅先において、朝食がなくても厭わないが、あればあったでしっかり摂る。バランスの取れた食事が美味かった。
一服したあと、9時10分からHis氏とリーグ戦。His氏の▲7六歩に私は△8四歩。△3四歩だと角を換わって筋違い角に来られるから、それを避けた。
His氏の三間飛車に私は玉頭位取りに出るが、▲2七銀から▲3八飛~▲3五歩の逆襲が好着想だった。△3五の位を奪還され、3四の地点にカナケを打ちこまれて後手敗勢。とくに反撃のスジもなく、私の完敗となった。
10時からはペア(リレー)将棋の趣向となる。中井女流女流六段・植山七段(飛車落ち)-W・Hon、大野七段・R・一公-His・Is・Fujの2局である。
こちらの将棋はHis組の三間飛車。大野七段が早々と▲4六歩と突いたので、それを継承して▲4五歩と突いたが、桂が参加していない攻めではいかにも軽かった。
大野七段は、作戦の骨子となる▲4六歩を先に突けば、あとで私たちが▲5六歩~▲3六歩~▲3七桂と進めてくれるものと思っていたらしい。お互いのことを考えるがゆえに、指し手がチグハグになる。ここがリレー将棋の奥深いところである。
結果は大野チームの勝ち。序盤の作戦で少し乱れたが、あとは指し手も一貫しており、まるでひとりで指しているかのようだった。
ところできょうは女流王座戦一次予選の対局日。何局か中継が用意され、そのうちの一局は午前10時からの長谷川優貴女流二段-中倉彰子女流初段戦である。長谷川女流二段の圧勝になると思うが、将棋は何が起こるか分からない。
私たちはスマホで中継を見る。後手・長谷川女流二段のゴキゲン中飛車に、彰子女流初段の作戦は居飛車穴熊。しかし飛車のコビンを開けた▲3六歩が不用意で、△5五角と飛びだされては、一遍に彰子女流初段の模様が悪くなった。どうも男性プロ的には、ここで「終わった」らしい。
▲5七角▲5九飛、△5六金・持駒歩2の局面で、△5八歩▲同飛△4七金▲5九飛△5八歩が決め手。こんな教科書どおりの攻めが炸裂しては、彰子女流初段、もういけない。長谷川女流二段の完勝となった。
さて、きょうは昼からKun、Kazの両氏が合流する。私たちはクルマに乗って、彼らを西武秩父駅に迎えに行った。駅に着くと、すでにふたりは到着していた。
きのうから参加の生徒7人は、三度のメシより将棋が好きという変わり種だが、Kun氏とKaz氏はそれ以上だ。聞くと特急電車の中で、「レッドアロー杯」を戦っていたという。いくら私だって、電車に乗れば車窓を楽しむ。何が楽しくて、あの狭いシートで将棋を指さねばならんのだ。彼らが加わって将棋色が薄くなるどころか、さらに濃くなった。
西武秩父の駅前は、「仲見世通り」と称して、ミニ商店街になっていた。小鹿野は「わらじかつ丼」が有名らしいので、それを食べさせる店に入った。
といっても私が頼んだのは天ぷらうどん。ちょっとお腹がもたれて、かつ丼はキツかったから。
私のナナメ向かいには中井女流六段が座った。きょうはサッパリ系のいでたちで、テレビ局に勤めるやり手のプロデューサー、という感じだ。
「中井先生、私のスマホの待ち受け画面、そろそろ新しいのにしたいんですけど…」
言うまでもないが、私のそれは、中井女流六段である。昨年12月、大野七段の「竜王戦昇級記念・焼肉大パーティー」のときに撮らせていただいたものだ。今回はその第二弾というわけである。
私がスマホを構えると、中井女流六段が素晴らしい笑顔を見せてくれた。
何枚か撮ったあと、中井女流六段に待ち受け画面の切り替え作業をやってもらう。被写体にここまでやらせてしまうのが私流である。
作業終了。あらためてスマホの画面を見ると、中井女流六段が穏やかに微笑んでいた。
(30日につづく)