「詰んだ!」
R氏が頓狂な声を上げる。やったか、R氏! 植山悦行七段も対局に戻り、ほどなく投了。R氏、大殊勲の指導対局2連勝となった。
さて、ここからいよいよ将棋三昧である。この旅館は持ち込みはヤバイのだろうが、私たちは飲み物とお菓子を、恐る恐る持ち込んだ。
私はHon氏とリーグ戦。Hon氏は自他ともに認める将棋バカだが、仕事のほうが忙しく、将棋の勉強に時間を割けないはずだ。それなのにHon氏は、戦うたびに強くなっている。これはどういうわけだろう。
Hon氏の後手変態三間飛車穴熊に、私は玉頭位取りに出る。中盤、Hon氏は△5五歩▲同歩△3六歩。私は▲同歩の前に▲2四歩だが、これが疑問。Hon氏に△同角と取られて参った。ここで予定の▲3六歩は、△同飛▲3七歩△7六飛(と銀を取る)▲同金△5七角成(と銀を取る)で先手敗勢。
やむなく私は▲2四同飛△同歩▲3六歩△同飛▲1七角(△4四金取り。金が逃げれば▲3七歩)だが、こんな角を打つようではつらい。以下もずぅっとむずかしい戦いだったが、最後は私が幸いした。
キリのいいところで温泉に行く。浴室はそれほど大きくはないが、綺麗だった。
体を洗っていると、Hon氏も入ってきた。私は頭を洗うが、鏡に映った頭髪がひどいことになっている。また薄毛が進行したんじゃないか!?
「Honさん、どうしよう!」
湯船につかり、Hon氏にわが窮状を訴える。Hon氏は、この歳になれば誰にでも起こりうること、と前置きしたうえで、養毛剤を使うなりすれば、まだ改善の余地はある、と慰めてくれた。
助からないと思っていても、助かっているのだろうか。
脱衣所で浴衣を着る。廊下で、きらびやかな女性とすれ違った。奥を見ると、そんな女性が何人もいる。となりの部屋の某企業が雇った温泉コンパニオンであろう。そんな身分になってみたいが、私たち将棋仲間には、コンパニオンは不要だ。
大広間に入る。時刻は9時半。今度は大野八一雄七段に角落ちで教えていただく。
居飛車でスタートしたが、△6四歩に▲6六歩と受けなかったため、△6五歩と位を張られて苦しくした。私は6筋の歩を切り、矢倉城を構築する。
これで持ち直したと思ったのだが、▲3七角と上がったのが悪手。すかさず△3五歩と突かれ、今度こそホントに苦しくなった。以下も頑張ったが、形勢を挽回することはできなかった。
感想戦では、私がずーっ作戦負けだと思っていたのに、大野七段は自分が悪いと思っていたそうで、それが意外だった。▲3七角に換わる正着は▲4六歩。これで徐々に盛り上がっていけば、下手が十分とのこと。指摘されれば当たり前の手だが、まったく浮かばなかった。要するに、これが私の実力ということだ。
中井広恵女流六段が温泉から上がってきた。しかしふつうのトレーナーを着ているので、肩透かしを喰った。スポーツ選手がグランドに出るときはユニフォームを着る。海に入るときは海水パンツを履く。温泉旅館に泊まったら、浴衣を着るのがスジというものだろう。
温泉といえば中倉宏美女流二段だが、宏美女流二段ならどうだったか。髪をアップにして、浴衣を着てくれたのではないだろうか。そんで私たちがヒューヒュー、とやってスマホを構えたら、オホホホ、と笑って、おずおずとポーズを取ってくれたような気がする。
いずれにしても中井先生、ガッカリであった。
その中井女流六段に、再び教えていただく。この合宿では、限度はあるが、何局教わってもいいのだ。風呂上がりの中井女流六段と将棋。この瞬間、たしかに私は幸せだった。
将棋はひねり飛車模様。しかし中井女流六段に△7四歩とされ、むりやり▲7五歩と動いたが、以下角を圧迫され、気がついたらこちらの指す手がなくなっていた。無念の投了。
続いてR氏とのリーグ戦。R氏とは私が香か角を引く手合いなのだが、R氏は平手を望む。その代わり持ち時間にハンデを持たせ、R氏の35分に対し、私の5分切れ負けになった。
将棋は私の後手四間飛車。R氏の急戦表示に私は△3二飛だが、▲4六歩にまた△4二飛と戻した。後手番のうえに2手損を重ねては、さすがに悪い。R氏に仕掛けられ、早くも私が指しづらくなった。
ここで迎えた終盤、R氏▲4八銀、▲5九金、▲8八玉、私△1九竜、△4六馬・持駒角、金の局面で、私は2分の考慮時間を使い、△7九角。以下▲7七玉△6八角成▲同金△7九竜で、私の勝ちになった。
しかし5分切れ負けは厳しい。ほとんど考えることができなかった。…と弱音を吐くと、中井女流六段が異議を唱える。プロから見ると、5分切れ負けはそれほど厳しくないらしい。
それならと、私と中井女流六段が、そのルールで指すことになった。本日中井女流六段と3局目である。もう、こんな幸せがあっていいのかと思う。
対局開始。5分で切れる中井女流六段は文字どおりノータイム指し。私も少しは考えるが、やはり指し手は早い。将棋は矢倉模様に進み、中井女流六段は△5三銀と上がった。
中井女流六段は後手番のとき、あまりガップリ四つの矢倉にはしない。私は流れ矢倉の布陣になったが、相手の早指しにつられ、私もノータイム指しになっていた。これはよくない。
△8六歩▲同歩△8五歩▲同歩△7三桂。ここで私は自信を持って▲8七歩と打った。△8五桂なら、▲8六角と出て下手も戦える。
ところがこの瞬間、周りから悲鳴が上がった。
「(▲8七歩は)二歩!!」
「ああっ!!」
何をやってるんだナニを!!
「二歩」は昨年6月、LPSAマンデーレッスンSで、植山七段相手にやって以来。そのときは2枚の歩は離れていたが、今回は一間飛びである。これはヒドイことをやったものだ。
もちろん歩を戻して再開したが、二歩をやるようでは先が見えている。中井女流六段に端を攻められ、攻防ともに見込みなし。私は潔く投了した。
それにしても…である。同じ負けるにしても、もう少し中井女流六段を苦しめてもいいのではないか。私は中井女流六段に、泣きの再戦を申し込む。実に本日、4局目である。
今度の戦形は横歩取り。中井女流六段は△8四飛型に構える。中井女流六段は意外とこの型が多い。
序盤はまずまずだったが、徐々に形勢が傾き、順当に私の敗勢。最後、中井女流六段がわざと危険なところに逃げてくれたので、見せ場を作ることができた。その最終盤が下の局面である。
上手・中井女流六段:1一香、1三歩、2二銀、3四玉、4三歩、5三歩、5四香、5六銀、6二金、6三歩、7四歩、8九馬、9一香、9三歩 持駒:飛、角、桂、歩6
下手・一公:1六歩、1九香、3六桂、3七桂、3八銀、4七歩、4九金、5七桂、5八玉、6七歩、7六歩、7八金、7九銀、8一竜、8七歩、9七歩 持駒:金
ここで私は▲2四金の形作りに出る。△3五玉▲2五金△3六玉に、万策尽きて私は投了した。
ところが…。
(つづく)
R氏が頓狂な声を上げる。やったか、R氏! 植山悦行七段も対局に戻り、ほどなく投了。R氏、大殊勲の指導対局2連勝となった。
さて、ここからいよいよ将棋三昧である。この旅館は持ち込みはヤバイのだろうが、私たちは飲み物とお菓子を、恐る恐る持ち込んだ。
私はHon氏とリーグ戦。Hon氏は自他ともに認める将棋バカだが、仕事のほうが忙しく、将棋の勉強に時間を割けないはずだ。それなのにHon氏は、戦うたびに強くなっている。これはどういうわけだろう。
Hon氏の後手変態三間飛車穴熊に、私は玉頭位取りに出る。中盤、Hon氏は△5五歩▲同歩△3六歩。私は▲同歩の前に▲2四歩だが、これが疑問。Hon氏に△同角と取られて参った。ここで予定の▲3六歩は、△同飛▲3七歩△7六飛(と銀を取る)▲同金△5七角成(と銀を取る)で先手敗勢。
やむなく私は▲2四同飛△同歩▲3六歩△同飛▲1七角(△4四金取り。金が逃げれば▲3七歩)だが、こんな角を打つようではつらい。以下もずぅっとむずかしい戦いだったが、最後は私が幸いした。
キリのいいところで温泉に行く。浴室はそれほど大きくはないが、綺麗だった。
体を洗っていると、Hon氏も入ってきた。私は頭を洗うが、鏡に映った頭髪がひどいことになっている。また薄毛が進行したんじゃないか!?
「Honさん、どうしよう!」
湯船につかり、Hon氏にわが窮状を訴える。Hon氏は、この歳になれば誰にでも起こりうること、と前置きしたうえで、養毛剤を使うなりすれば、まだ改善の余地はある、と慰めてくれた。
助からないと思っていても、助かっているのだろうか。
脱衣所で浴衣を着る。廊下で、きらびやかな女性とすれ違った。奥を見ると、そんな女性が何人もいる。となりの部屋の某企業が雇った温泉コンパニオンであろう。そんな身分になってみたいが、私たち将棋仲間には、コンパニオンは不要だ。
大広間に入る。時刻は9時半。今度は大野八一雄七段に角落ちで教えていただく。
居飛車でスタートしたが、△6四歩に▲6六歩と受けなかったため、△6五歩と位を張られて苦しくした。私は6筋の歩を切り、矢倉城を構築する。
これで持ち直したと思ったのだが、▲3七角と上がったのが悪手。すかさず△3五歩と突かれ、今度こそホントに苦しくなった。以下も頑張ったが、形勢を挽回することはできなかった。
感想戦では、私がずーっ作戦負けだと思っていたのに、大野七段は自分が悪いと思っていたそうで、それが意外だった。▲3七角に換わる正着は▲4六歩。これで徐々に盛り上がっていけば、下手が十分とのこと。指摘されれば当たり前の手だが、まったく浮かばなかった。要するに、これが私の実力ということだ。
中井広恵女流六段が温泉から上がってきた。しかしふつうのトレーナーを着ているので、肩透かしを喰った。スポーツ選手がグランドに出るときはユニフォームを着る。海に入るときは海水パンツを履く。温泉旅館に泊まったら、浴衣を着るのがスジというものだろう。
温泉といえば中倉宏美女流二段だが、宏美女流二段ならどうだったか。髪をアップにして、浴衣を着てくれたのではないだろうか。そんで私たちがヒューヒュー、とやってスマホを構えたら、オホホホ、と笑って、おずおずとポーズを取ってくれたような気がする。
いずれにしても中井先生、ガッカリであった。
その中井女流六段に、再び教えていただく。この合宿では、限度はあるが、何局教わってもいいのだ。風呂上がりの中井女流六段と将棋。この瞬間、たしかに私は幸せだった。
将棋はひねり飛車模様。しかし中井女流六段に△7四歩とされ、むりやり▲7五歩と動いたが、以下角を圧迫され、気がついたらこちらの指す手がなくなっていた。無念の投了。
続いてR氏とのリーグ戦。R氏とは私が香か角を引く手合いなのだが、R氏は平手を望む。その代わり持ち時間にハンデを持たせ、R氏の35分に対し、私の5分切れ負けになった。
将棋は私の後手四間飛車。R氏の急戦表示に私は△3二飛だが、▲4六歩にまた△4二飛と戻した。後手番のうえに2手損を重ねては、さすがに悪い。R氏に仕掛けられ、早くも私が指しづらくなった。
ここで迎えた終盤、R氏▲4八銀、▲5九金、▲8八玉、私△1九竜、△4六馬・持駒角、金の局面で、私は2分の考慮時間を使い、△7九角。以下▲7七玉△6八角成▲同金△7九竜で、私の勝ちになった。
しかし5分切れ負けは厳しい。ほとんど考えることができなかった。…と弱音を吐くと、中井女流六段が異議を唱える。プロから見ると、5分切れ負けはそれほど厳しくないらしい。
それならと、私と中井女流六段が、そのルールで指すことになった。本日中井女流六段と3局目である。もう、こんな幸せがあっていいのかと思う。
対局開始。5分で切れる中井女流六段は文字どおりノータイム指し。私も少しは考えるが、やはり指し手は早い。将棋は矢倉模様に進み、中井女流六段は△5三銀と上がった。
中井女流六段は後手番のとき、あまりガップリ四つの矢倉にはしない。私は流れ矢倉の布陣になったが、相手の早指しにつられ、私もノータイム指しになっていた。これはよくない。
△8六歩▲同歩△8五歩▲同歩△7三桂。ここで私は自信を持って▲8七歩と打った。△8五桂なら、▲8六角と出て下手も戦える。
ところがこの瞬間、周りから悲鳴が上がった。
「(▲8七歩は)二歩!!」
「ああっ!!」
何をやってるんだナニを!!
「二歩」は昨年6月、LPSAマンデーレッスンSで、植山七段相手にやって以来。そのときは2枚の歩は離れていたが、今回は一間飛びである。これはヒドイことをやったものだ。
もちろん歩を戻して再開したが、二歩をやるようでは先が見えている。中井女流六段に端を攻められ、攻防ともに見込みなし。私は潔く投了した。
それにしても…である。同じ負けるにしても、もう少し中井女流六段を苦しめてもいいのではないか。私は中井女流六段に、泣きの再戦を申し込む。実に本日、4局目である。
今度の戦形は横歩取り。中井女流六段は△8四飛型に構える。中井女流六段は意外とこの型が多い。
序盤はまずまずだったが、徐々に形勢が傾き、順当に私の敗勢。最後、中井女流六段がわざと危険なところに逃げてくれたので、見せ場を作ることができた。その最終盤が下の局面である。
上手・中井女流六段:1一香、1三歩、2二銀、3四玉、4三歩、5三歩、5四香、5六銀、6二金、6三歩、7四歩、8九馬、9一香、9三歩 持駒:飛、角、桂、歩6
下手・一公:1六歩、1九香、3六桂、3七桂、3八銀、4七歩、4九金、5七桂、5八玉、6七歩、7六歩、7八金、7九銀、8一竜、8七歩、9七歩 持駒:金
ここで私は▲2四金の形作りに出る。△3五玉▲2五金△3六玉に、万策尽きて私は投了した。
ところが…。
(つづく)