一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

九州旅行2・産業遺産と記憶遺産に圧倒される

2012-05-06 00:06:01 | 旅行記・G.W.編
「いったん改札を出ましたよ!」
私は気色ばんで応える。キセルの疑いを掛けられそうだが、事実なのでやむを得ない。と、私の迫力に押されたのか、職員はそのまま下がってくれた。
さて10時52分発の田川線に乗るが、乗客が平成筑豊鉄道の運転手さんに何かクレームをつけている。JRと第3セクター。会社が違うゆえにそれぞれの対応が異なり、乗客が混乱してのクレームだった。
けっきょく2分遅れで発車。1両のみの車内はロングシートだが、「優先席」として、左右にひとつずつボックス席が設けられている。ここに座って景色を眺めたいが、そうはいかない。おとなしくロングシートに座る。
初めて踏み入れる鉄路は興奮する。沿線は住宅街あり、山の中腹あり、可もなく不可もない、平凡な景色だ。しかしそれがいいのである。この線がもし廃止になっていたらと思うと、いっそう愛おしい。
小駅で止まっているとき、運転手さんが「ちくまるキップ」を持ってきてくれた。パンフレットの一部が切符になっていて、それが沿線案内も兼ねている。なるほどこれでは、自動券売機で発券できなかったわけだ。
運転手さんが「24・05・03」と記入した。5や3の前に0を付けるのは、あとで1や2を書き加えて再利用されないためだ。
車内アナウンスだが、駅名の前に、へんてこなコピーが入る。どこかの企業がおカネを出して、放送してもらっているのかもしれない。
11時18分、源じいの森、下車。平成7年開業の新駅である。駅の造りは簡易で、いかにも駅の中途にひとつ設けました、という感じだ。
書き遅れたが、きのうに続いて、きょうも小雨がパラついている。私の旅行に雨はつきものなので、別にどうということもない。
ここから少し歩いたところに温泉施設があるのは調べておいた。その名も「源じいの森温泉」である。通常は600円だが、「ちくまるキップ」持参で100円引きの500円。
内風呂は木造建築で天井が高く、一部吹き抜けになっていて、開放感があった。温度は41.6度で、適温だった。
森の中に建てられているから、もちろん露天風呂もある。これがまた広々としていて、開放感いっぱいである。温泉といえば中倉宏美女流二段である。彼女なら…と妄想したいが、周りの景色がちょっと渋いので、植山悦行七段あたりが似合いそうだ。残念。
風呂上がりに体重計に乗ってみる。濡れたタオルともども、95.4kg。ヒトとしてどうなのか、という重さである。昨年の秋は85kgまで落ちたのに、完全にリバウンドしてしまっている。
結局、人間がだらしないのだ。大して仕事もせず、食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返しているから、こんな醜い体になるのだ。
それでも食事は摂る。ダイエットは旅行を終えてからでよい。施設内にも食事処はあったが、近くにヘルシーメニューを売り物にしている食事処があったので、そこに入る。
「ごちそうプレート」なるものを頼む。麦ごはん、魚のフライ、さつまいもの甘煮、じゃがいものサラダ、豆乳豆腐、玉ねぎのサラダ、豚汁風味噌汁に、ランチだから食後のコーヒーが付いて1,050円。ここも割引が利いて、945円。これは久々に、鉄道愛好者にうれしい特典となった。
食後、かわいらしいウェイトレスさんから、ご旅行ですか? と聞かれた。先ほど料理を運んでくれた女性で、メニューの説明もしてくれた。
私は
「東京から来てるんですけど、きょうは平成筑豊鉄道を乗りつぶしに来ました。
この先の田川伊田に石炭記念公園があって、世界記憶遺産もあるというので、そこは行こうと思ってます」
といった。東京で「乗りつぶし」といったら鉄道オタクにされるが、旅先ではこの限りではない。ありがたいお客様である。
会計のとき、その彼女が
「石炭記念公園の隣には歴史博物館もあって、そこで世界記憶遺産になったた山本作兵衛さんの炭坑記録画も見られるらしいですよ」
といった。私は感激して、おつりの55円を、レジ横の東日本復興募金箱に入れた。
13時18分、源じいの森発。20分で、田川伊田に着いた。ここで7分の待ち合わせだが、私は降りる。ここまでが田川線である。
田川伊田の駅舎はオシャレながら威風堂々としており、撮影意欲が湧いた。数枚撮ったあと、地下通路を通って、石炭記念公園に向かう。ここ一帯は炭鉱の跡だ。炭鉱跡は北海道の美唄に訪れたことがあるが、かつての栄華がそこはかとなく偲ばれて、虚しい気分になった。
ここはどうかと思いきや、排煙用の煙突が2本と、高さ数十メートルの竪抗櫓が遺されていた。ここに炭鉱があったことを示す、圧倒的な存在感だ。なおこれらは、近代化産業遺産に認定されている。
さらに進むと、静態保存された石炭列車と、炭鉱夫の一部住居(復元)もあった。これらは金網の向こう側、つまり「石炭・歴史博物館」の敷地内にある。
当然私も、入る。ここからは社会科見学である。観覧料は210円だが、ここでも割引が利いて150円。ありがたくて、涙が出そうだ。
受付の先では、スタッフのおじさんが館内の説明をしていたが、それに付き合うと長くなってしまうので、マイペースで回る。
採炭現場のジオラマや記録映画に見入った後、屋外展示場に出る。炭鉱住宅が映画のセットのようだ。部屋に展示されている生活用品が生々しい。この感じ、松尾香織女流初段の故郷である、下蒲刈島の古民家を訪れたときや、島原城資料館を見学したときの感慨に似ていた。
田川線・伊田線の日中の休日ダイヤは1時間ヘッドなので、次の発車は14時45分である。できればそれに乗りたいので、名残惜しいが館内に戻り、2階に上がる。ここは炭坑夫を50年務めた山本作兵衛の炭坑記録画が、多数展示されている。これらが作年、国内で初めて、ユネスコの世界記憶遺産に登録されたのだ。
記録画は細密に描かれ、当時の風俗を物語る貴重な資料となっていた。これも思わず見入ってしまうが、これでは本当に14時45分の列車に乗れない。
廊下では先ほどのおじさんが、客相手に炭坑節を歌っている。その先にはもうひとつ小部屋があるようだが、ちょっと、そのおじさんを無視して先には行けない雰囲気だ。
よし! もう少し見たいな、というところで博物館を出るほうが味がいい。私は覚悟を決め、駅に向かった。田川伊田駅に着いたのは、発車の5分前だった。
(つづく)
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