▲一公
△七段 佐藤紳哉
(角落ち)
初手からの指し手。△6二銀▲7六歩△5四歩▲2六歩△4二玉▲2五歩△3二玉▲2四歩△同歩▲同飛△5三銀▲3六歩△2三歩(第1図)
佐藤紳哉七段は1997年10月四段。デビュー時は「歌って踊れる棋士」を標榜したが、運命は残酷である。神は佐藤七段の髪を徐々に奪っていった。
しかし佐藤七段はカツラを着用することでピンチをチャンスに変えた。2012年のNHK杯で豊島将之七段(当時)と当たった時は、事前のインタビューで豊島七段の棋風を挑発的に表現し、そのフレーズはそのまま定着した。
そんな佐藤七段の指導対局である。井道ちゃんとの指導対局は叶わなかったが、棋界のエンターテイナーに教えていただけるのは、誇らしいことであった。
対局開始。私は居飛車明示で、相居飛車。第1図で飛車の引き場所はどこか。

第1図以下の指し手。▲2五飛△4二金▲3七桂△8四歩(第2図)
ちょっと迷ったが、▲2五飛とひとつ引いた。当ブログでもお馴染みの「一公流▲2五飛戦法」である。ただ本局はじっくり指したくもあったので、▲2八飛もあった。
▲2五飛としたからには、▲3七桂は継続手。△8四歩にはどうするか。

第2図以下の指し手。▲4五桂△6四銀▲5六歩△8五歩▲4八銀△8六歩▲同歩△同飛▲7八金(第3図)
元気よく▲4五桂と跳んだ。「おっ、来ましたね!」と佐藤七段が目を見開く。これに△6二銀は元気がないから上がる一手だが、△4四銀なら▲4六歩で下手十分。佐藤七段は△6四銀と上がったがこれが最強で、次に△5五歩~△4四歩の狙いがある。
それを防いで私は▲5六歩と突いたが、ちょっとおかしい。同じ突くなら▲6六歩で、△4四歩なら▲6五歩△同銀▲4四角のような手を狙ったほうがよかったか。
本譜▲4八銀には△8六歩から飛車先の歩を切られ、上手は普通の手しか指してないのに、もう下手が苦しくなった。

第3図以下の指し手。△5五歩▲2四歩△2二銀▲2三歩成△同銀▲2四歩△3四銀▲2八飛△2二歩(第4図)
△5五歩と、角道を遮断された。これには▲2四歩と合わせれば2筋を凹ませられると見たが、△3四銀が飛車に当たるのが痛い。▲2八飛に△2二歩とガッチリ受けられ、いよいよ▲4五桂が危うくなった。

第4図以下の指し手。▲8七歩△7六飛▲5五歩△4五銀▲6九玉(第5図)
下手は▲9六歩が突いてあれば、▲9七角~▲7七桂~▲6五桂の狙いがあるのだが、突いてないんじゃしょうがない。とはいえ▲9六歩は、▲4五桂の前に指せば上手のどの手に替わっても有効だったはずで、私は心の余裕がなかったというよりない。
▲8七歩には△8二飛でも下手が悪かったと思うが、佐藤七段は△7六飛。これでも下手が悪いのかとクサッタ。
▲5五歩には△4五銀で桂損になり、戦意を喪失した。

第5図以下の指し手。△5六歩(投了図)
まで、41手で佐藤七段の勝ち。
△5六歩が次に△5七桂を見て厳しい。▲5八金と防いでも△6五桂で、やはり駒損が確定する。下手が銀損になれば、駒のハンディはほとんどなし。それでは勝てぬから、ここで投了した。

「▲4五桂が早すぎましたか」
「いま早い▲4五桂が流行ってますけどねー」
「でも今跳ねないと△4四歩と突かれて、跳ねる時期を逸すると思いまして…」
「でも△4四歩は▲4六歩~▲4五歩で下手がいいでしょう。△4四歩は指しません」
「……」
とすると、敗着は18手目の▲4五桂か。佐藤七段に教えていただくせっかくの機会だったのに、またももったいないことをした。
気を取り直し、交流対局に戻る。7局目はミスター中飛車氏と。氏には昨年の同会で苦杯を喫し、今回は雪辱戦だ。
振ってもらってまたも私の後手。ミスター中飛車氏は当然中飛車。私は角道を開けず右銀を前線に繰り出したが。ドリブルのあと△6七銀不成と突っ込んだものの、存外この銀の処置が難しい。
その後は私が微妙に優位のまま終盤に向かったが、第1図の△4七歩が亀の歩みのごとき攻め。当然「ゼット」で、すこぶる感触が悪い。ここで先手にいい手を指されたら負けだ。

第1図以下の指し手。▲4三銀成△同金▲同竜△同玉▲4四金△3二玉(第2図)
以下、一公の勝ち。
第1図では▲5三銀が嫌だった。△4八歩成なら▲5二銀成△同金▲4三銀成△同金▲4一銀△2二玉▲4三竜で相当あぶない。
▲5三銀ではいったん▲5七銀もあり、△同馬には▲4八歩(参考A図)で先手玉は詰まぬから、先手に角が1枚入ることになる。これも大きいだろう。

本譜、ミスター中飛車氏は▲4三銀成と突撃したが、これなら私が残していそうである。
ただ▲4四金の局面も考えどころで、ここで△5二玉は▲5四金を気にした。これでも後手勝ちと思うが、こちらも最多勝がかかっているので、小さな変化も気にするのである。
実戦は△3二玉。この後もミスター中飛車氏の猛追を食ったが、最後は一手余し、私の勝利となった。

だが感想戦で私は、意外な結論を聞く。すなわち第1図でA▲5三銀なら、後手は△4八歩成でなく△4八馬寄!(参考B図)とする手がある。これは▲同歩で先手に角が入ると思いきや、そこで△同竜!(参考C図)が、私が読めていなかった絶妙手。


参考C図で▲4八同金は、△3九銀▲同玉△4八馬以下後手勝ち。
またB▲5七銀△同馬▲4八歩(参考A図)も、やはり△同竜!(参考D図)があるとのこと。▲同金にやはり△3九銀▲同玉△4八馬である。

どの変化も、△4八同竜と竜で行くのがミソ。ミスター中飛車氏はここまで読んで、▲4三銀成と突撃せざるを得なかったのだ。
「いや~、大沢さんならここまで読んでいると思って」
「……」
いやいや、私はそこまで読めない。本局は、ミスター中飛車氏の深い読みに助けられた形となった。
(つづく)
△七段 佐藤紳哉
(角落ち)
初手からの指し手。△6二銀▲7六歩△5四歩▲2六歩△4二玉▲2五歩△3二玉▲2四歩△同歩▲同飛△5三銀▲3六歩△2三歩(第1図)
佐藤紳哉七段は1997年10月四段。デビュー時は「歌って踊れる棋士」を標榜したが、運命は残酷である。神は佐藤七段の髪を徐々に奪っていった。
しかし佐藤七段はカツラを着用することでピンチをチャンスに変えた。2012年のNHK杯で豊島将之七段(当時)と当たった時は、事前のインタビューで豊島七段の棋風を挑発的に表現し、そのフレーズはそのまま定着した。
そんな佐藤七段の指導対局である。井道ちゃんとの指導対局は叶わなかったが、棋界のエンターテイナーに教えていただけるのは、誇らしいことであった。
対局開始。私は居飛車明示で、相居飛車。第1図で飛車の引き場所はどこか。

第1図以下の指し手。▲2五飛△4二金▲3七桂△8四歩(第2図)
ちょっと迷ったが、▲2五飛とひとつ引いた。当ブログでもお馴染みの「一公流▲2五飛戦法」である。ただ本局はじっくり指したくもあったので、▲2八飛もあった。
▲2五飛としたからには、▲3七桂は継続手。△8四歩にはどうするか。

第2図以下の指し手。▲4五桂△6四銀▲5六歩△8五歩▲4八銀△8六歩▲同歩△同飛▲7八金(第3図)
元気よく▲4五桂と跳んだ。「おっ、来ましたね!」と佐藤七段が目を見開く。これに△6二銀は元気がないから上がる一手だが、△4四銀なら▲4六歩で下手十分。佐藤七段は△6四銀と上がったがこれが最強で、次に△5五歩~△4四歩の狙いがある。
それを防いで私は▲5六歩と突いたが、ちょっとおかしい。同じ突くなら▲6六歩で、△4四歩なら▲6五歩△同銀▲4四角のような手を狙ったほうがよかったか。
本譜▲4八銀には△8六歩から飛車先の歩を切られ、上手は普通の手しか指してないのに、もう下手が苦しくなった。

第3図以下の指し手。△5五歩▲2四歩△2二銀▲2三歩成△同銀▲2四歩△3四銀▲2八飛△2二歩(第4図)
△5五歩と、角道を遮断された。これには▲2四歩と合わせれば2筋を凹ませられると見たが、△3四銀が飛車に当たるのが痛い。▲2八飛に△2二歩とガッチリ受けられ、いよいよ▲4五桂が危うくなった。

第4図以下の指し手。▲8七歩△7六飛▲5五歩△4五銀▲6九玉(第5図)
下手は▲9六歩が突いてあれば、▲9七角~▲7七桂~▲6五桂の狙いがあるのだが、突いてないんじゃしょうがない。とはいえ▲9六歩は、▲4五桂の前に指せば上手のどの手に替わっても有効だったはずで、私は心の余裕がなかったというよりない。
▲8七歩には△8二飛でも下手が悪かったと思うが、佐藤七段は△7六飛。これでも下手が悪いのかとクサッタ。
▲5五歩には△4五銀で桂損になり、戦意を喪失した。

第5図以下の指し手。△5六歩(投了図)
まで、41手で佐藤七段の勝ち。
△5六歩が次に△5七桂を見て厳しい。▲5八金と防いでも△6五桂で、やはり駒損が確定する。下手が銀損になれば、駒のハンディはほとんどなし。それでは勝てぬから、ここで投了した。

「▲4五桂が早すぎましたか」
「いま早い▲4五桂が流行ってますけどねー」
「でも今跳ねないと△4四歩と突かれて、跳ねる時期を逸すると思いまして…」
「でも△4四歩は▲4六歩~▲4五歩で下手がいいでしょう。△4四歩は指しません」
「……」
とすると、敗着は18手目の▲4五桂か。佐藤七段に教えていただくせっかくの機会だったのに、またももったいないことをした。
気を取り直し、交流対局に戻る。7局目はミスター中飛車氏と。氏には昨年の同会で苦杯を喫し、今回は雪辱戦だ。
振ってもらってまたも私の後手。ミスター中飛車氏は当然中飛車。私は角道を開けず右銀を前線に繰り出したが。ドリブルのあと△6七銀不成と突っ込んだものの、存外この銀の処置が難しい。
その後は私が微妙に優位のまま終盤に向かったが、第1図の△4七歩が亀の歩みのごとき攻め。当然「ゼット」で、すこぶる感触が悪い。ここで先手にいい手を指されたら負けだ。

第1図以下の指し手。▲4三銀成△同金▲同竜△同玉▲4四金△3二玉(第2図)
以下、一公の勝ち。
第1図では▲5三銀が嫌だった。△4八歩成なら▲5二銀成△同金▲4三銀成△同金▲4一銀△2二玉▲4三竜で相当あぶない。
▲5三銀ではいったん▲5七銀もあり、△同馬には▲4八歩(参考A図)で先手玉は詰まぬから、先手に角が1枚入ることになる。これも大きいだろう。

本譜、ミスター中飛車氏は▲4三銀成と突撃したが、これなら私が残していそうである。
ただ▲4四金の局面も考えどころで、ここで△5二玉は▲5四金を気にした。これでも後手勝ちと思うが、こちらも最多勝がかかっているので、小さな変化も気にするのである。
実戦は△3二玉。この後もミスター中飛車氏の猛追を食ったが、最後は一手余し、私の勝利となった。

だが感想戦で私は、意外な結論を聞く。すなわち第1図でA▲5三銀なら、後手は△4八歩成でなく△4八馬寄!(参考B図)とする手がある。これは▲同歩で先手に角が入ると思いきや、そこで△同竜!(参考C図)が、私が読めていなかった絶妙手。


参考C図で▲4八同金は、△3九銀▲同玉△4八馬以下後手勝ち。
またB▲5七銀△同馬▲4八歩(参考A図)も、やはり△同竜!(参考D図)があるとのこと。▲同金にやはり△3九銀▲同玉△4八馬である。

どの変化も、△4八同竜と竜で行くのがミソ。ミスター中飛車氏はここまで読んで、▲4三銀成と突撃せざるを得なかったのだ。
「いや~、大沢さんならここまで読んでいると思って」
「……」
いやいや、私はそこまで読めない。本局は、ミスター中飛車氏の深い読みに助けられた形となった。
(つづく)