こうしたパーティーでは食事がつきものである。今回も会場の中央に豪華な料理が用意されている。頃合いを見ていただこうと思う。
「STUFF」の名札を首から提げた関係者氏が、「ブログ見てます」と私に言った。
このフレーズは将棋ペンクラブの集まりなどで言われることがあるが、こうした席では珍しい。
「あ、どうも。私、分かりました? ネットなどで顔バレしてますか?」
「いえ、LPSAのイベントとかで大沢さんの名前が呼ばれたことがあるので……」
「おおー、それはそれは」
「大沢さん、文章がお上手で」
「いやいや、そんなことはありません」
これは本音で、私は我が文章を上手いと思ったことはただの一度もない。「でも、昔の文章を見て、直すことはあるんですよ。読者が見ても分からないくらいの、小さなところだけど。そう直したくなるということは、当時から文章力が上達してるってことなんでしょうね」
「写真もお上手で」
写真? これは文章以上に、ホメられたことはない。
「いやいや、写真も下手クソですよ。もうカメラ任せのオートで撮ってるんですから」
何だか知らないが、ホメ殺しに遭ってしまった。いずれにしても、ありがたいことである。男性氏とは名刺交換をさせていただいた。
和田あき女流初段がまた来てくれた。
「先日の花みず木女流オープンの時、大沢さんいらしてましたよね? ワタシ、挨拶に行こうとしたんですけど、機会がなくて……」
4月29日のことだ。その日の午前中に私は某社で面接し、その足で二子玉川に向かったのだ。和田女流初段はその日優勝し、私はその会社に就職したわけだ。
「いやいやどうも。挨拶なんかいいんですよ。それよりもあきちゃん、私と話してていいの? ホレみんな貴重な時間だからサ、あきちゃんと話したいヒトがいっぱいいるんじゃないの」
「いいです」
「Hanaちゃんはどうなの? 女流棋士になるの?」
「どうなんでしょう」
「Hanaちゃんが女流棋士になったら、姉妹棋士で話題になるね」
和田女流初段と話しているのに、妹さんの話をしたのは味が悪かったか。いずれにしても、和田女流初段の今後の活躍を祈る。
ほかに足を伸ばしてみると、壁際に中村太地七段らの姿があった。有料のツーショット撮影だろうか。私は無料でもツーショット写真はイヤなので(自分が写るのがイヤなのだ)関係ないが、2万円も払っているのだから、「2ショット撮影券」1回分くらい無料で付けてくれてもいいと思う。
その手前、すなわち出入口の左手には、将棋グッズが売られていた。ここに顔を出すと買いたくなるので、自制しておく。
「席上ペア対局・次の一手名人戦」が始まった。5年前は俳優の渡辺徹とつるの剛士がゲストとして登場し、つるの剛士が対局者、渡辺徹が聞き手だったと記憶する。
しかし高いギャラを払って芸能人を呼ばなくても、スター揃いの女流棋士で将棋ファンは十分満足する。そうした経費を削って、参加費を安くしてほしいのだ。
今回女流棋士会が芸能人を呼ばなかったのは賢明である。だがそれが参加費に反映されるどころか、5,000円も値上げになった意味がよく分からなかった。
それにしても、あれから5年も経ったのかと思う。その5年で何人も女流棋士になり、新たにタイトルを獲った女流棋士が出て、結婚した女流棋士、出産した女流棋士が続出した。
然るに私ときたら会社は廃業し、頭はいよいよ薄くなり、肉体的老化が顕著になって、人生の坂をハイスピードで下らざるを得なかった。今回の「定点調査」で、私は厳しい現実を見つめ直すことになった。
ペア将棋の対局者は上田初美女流四段・室田伊緒女流二段ペアVS伊藤沙恵女流三段・石本さくら女流初段ペア。記録・記譜読み上げは、藤井奈々女流1級と小高佐季子女流2級。一行が右手のステージに位置した。解説は正面ステージで、リレーで行われるようだ。
ところで時刻は12時47分で、プログラムから17分も遅れている。これから遅れを取り戻すのだろうか。
私は料理を取りに行き、食す。一流シェフがこしらえた一流の料理で美味いことは間違いないのだが、こうした場で食べる料理は、画一的な味に感じるのはなぜだろう。
結局私はバカ舌なのだ。
次の一手の解答者は私たち。解答は3択で、パンフレット表紙の「赤」、裏表紙の「青」、中面の「白」で意思表示する。
解説は中村七段と関根紀代子女流六段。LPSAに蛸島彰子女流六段がいれば、女流棋士会には関根女流六段がいる。
「関根先生とペアで解説をさせていただけるとは光栄です……」
と中村七段。さすがに如才ないコメントだ。NHKが中村七段を将棋フォーカスの司会に抜擢した理由がよく分かる。
将棋は上田・室田ペアの居飛車に、伊藤・石本ペアの四間飛車となった。
先手番で次の一手。「赤・▲5七銀左」「青・▲5七銀右」「白・その他」が中村七段と関根女流六段の挙げた候補手。▲3六歩が突いてあるから▲5七銀右は筋が悪い。よって私は自信を持って「赤」を挙げた。
正解は「赤」。参加者は意外に少なく、これで数十人に減った。
ここで解説者が交代。斎藤慎太郎王座と西山朋佳女王である。
西山女王「こういう場では、2回目の解説になります」
西山女王、緊張しているようだ。
局面は駒がぶつかり、後手ペアが△1五歩と突いた局面。ここ、私ならぶつかっている歩を取る▲4四歩だ。しかし斎藤王座と西山女王は、その前に飛車の走りを作る「▲2四歩」の突き捨てを第一候補とする。なるほど言われてみればそうで、これが大本命である。
対抗は穏やかに「▲1五同歩」。ほかには黙って▲2六飛もある。
整理すると、「赤・▲2四歩」「青・▲1五同歩」「白・その他」となった。
正解は赤だと思う。しかしこの調子で勝っていったら、私は優勝しちゃうんじゃないか?
だが囲碁将棋チャンネルが取材に来ているというし、そうなったら私のハゲ散らかした頭を全国の皆さんに晒してしまうことになる。それはちょっと耐え難かった。
解答者への秒読み(5秒)は読まれてゆく。私は出す色を決めた。
これが重大な運命の分かれ道になろうとは、この時の私は知る由もなかった。
(25日につづく)
「STUFF」の名札を首から提げた関係者氏が、「ブログ見てます」と私に言った。
このフレーズは将棋ペンクラブの集まりなどで言われることがあるが、こうした席では珍しい。
「あ、どうも。私、分かりました? ネットなどで顔バレしてますか?」
「いえ、LPSAのイベントとかで大沢さんの名前が呼ばれたことがあるので……」
「おおー、それはそれは」
「大沢さん、文章がお上手で」
「いやいや、そんなことはありません」
これは本音で、私は我が文章を上手いと思ったことはただの一度もない。「でも、昔の文章を見て、直すことはあるんですよ。読者が見ても分からないくらいの、小さなところだけど。そう直したくなるということは、当時から文章力が上達してるってことなんでしょうね」
「写真もお上手で」
写真? これは文章以上に、ホメられたことはない。
「いやいや、写真も下手クソですよ。もうカメラ任せのオートで撮ってるんですから」
何だか知らないが、ホメ殺しに遭ってしまった。いずれにしても、ありがたいことである。男性氏とは名刺交換をさせていただいた。
和田あき女流初段がまた来てくれた。
「先日の花みず木女流オープンの時、大沢さんいらしてましたよね? ワタシ、挨拶に行こうとしたんですけど、機会がなくて……」
4月29日のことだ。その日の午前中に私は某社で面接し、その足で二子玉川に向かったのだ。和田女流初段はその日優勝し、私はその会社に就職したわけだ。
「いやいやどうも。挨拶なんかいいんですよ。それよりもあきちゃん、私と話してていいの? ホレみんな貴重な時間だからサ、あきちゃんと話したいヒトがいっぱいいるんじゃないの」
「いいです」
「Hanaちゃんはどうなの? 女流棋士になるの?」
「どうなんでしょう」
「Hanaちゃんが女流棋士になったら、姉妹棋士で話題になるね」
和田女流初段と話しているのに、妹さんの話をしたのは味が悪かったか。いずれにしても、和田女流初段の今後の活躍を祈る。
ほかに足を伸ばしてみると、壁際に中村太地七段らの姿があった。有料のツーショット撮影だろうか。私は無料でもツーショット写真はイヤなので(自分が写るのがイヤなのだ)関係ないが、2万円も払っているのだから、「2ショット撮影券」1回分くらい無料で付けてくれてもいいと思う。
その手前、すなわち出入口の左手には、将棋グッズが売られていた。ここに顔を出すと買いたくなるので、自制しておく。
「席上ペア対局・次の一手名人戦」が始まった。5年前は俳優の渡辺徹とつるの剛士がゲストとして登場し、つるの剛士が対局者、渡辺徹が聞き手だったと記憶する。
しかし高いギャラを払って芸能人を呼ばなくても、スター揃いの女流棋士で将棋ファンは十分満足する。そうした経費を削って、参加費を安くしてほしいのだ。
今回女流棋士会が芸能人を呼ばなかったのは賢明である。だがそれが参加費に反映されるどころか、5,000円も値上げになった意味がよく分からなかった。
それにしても、あれから5年も経ったのかと思う。その5年で何人も女流棋士になり、新たにタイトルを獲った女流棋士が出て、結婚した女流棋士、出産した女流棋士が続出した。
然るに私ときたら会社は廃業し、頭はいよいよ薄くなり、肉体的老化が顕著になって、人生の坂をハイスピードで下らざるを得なかった。今回の「定点調査」で、私は厳しい現実を見つめ直すことになった。
ペア将棋の対局者は上田初美女流四段・室田伊緒女流二段ペアVS伊藤沙恵女流三段・石本さくら女流初段ペア。記録・記譜読み上げは、藤井奈々女流1級と小高佐季子女流2級。一行が右手のステージに位置した。解説は正面ステージで、リレーで行われるようだ。
ところで時刻は12時47分で、プログラムから17分も遅れている。これから遅れを取り戻すのだろうか。
私は料理を取りに行き、食す。一流シェフがこしらえた一流の料理で美味いことは間違いないのだが、こうした場で食べる料理は、画一的な味に感じるのはなぜだろう。
結局私はバカ舌なのだ。
次の一手の解答者は私たち。解答は3択で、パンフレット表紙の「赤」、裏表紙の「青」、中面の「白」で意思表示する。
解説は中村七段と関根紀代子女流六段。LPSAに蛸島彰子女流六段がいれば、女流棋士会には関根女流六段がいる。
「関根先生とペアで解説をさせていただけるとは光栄です……」
と中村七段。さすがに如才ないコメントだ。NHKが中村七段を将棋フォーカスの司会に抜擢した理由がよく分かる。
将棋は上田・室田ペアの居飛車に、伊藤・石本ペアの四間飛車となった。
先手番で次の一手。「赤・▲5七銀左」「青・▲5七銀右」「白・その他」が中村七段と関根女流六段の挙げた候補手。▲3六歩が突いてあるから▲5七銀右は筋が悪い。よって私は自信を持って「赤」を挙げた。
正解は「赤」。参加者は意外に少なく、これで数十人に減った。
ここで解説者が交代。斎藤慎太郎王座と西山朋佳女王である。
西山女王「こういう場では、2回目の解説になります」
西山女王、緊張しているようだ。
局面は駒がぶつかり、後手ペアが△1五歩と突いた局面。ここ、私ならぶつかっている歩を取る▲4四歩だ。しかし斎藤王座と西山女王は、その前に飛車の走りを作る「▲2四歩」の突き捨てを第一候補とする。なるほど言われてみればそうで、これが大本命である。
対抗は穏やかに「▲1五同歩」。ほかには黙って▲2六飛もある。
整理すると、「赤・▲2四歩」「青・▲1五同歩」「白・その他」となった。
正解は赤だと思う。しかしこの調子で勝っていったら、私は優勝しちゃうんじゃないか?
だが囲碁将棋チャンネルが取材に来ているというし、そうなったら私のハゲ散らかした頭を全国の皆さんに晒してしまうことになる。それはちょっと耐え難かった。
解答者への秒読み(5秒)は読まれてゆく。私は出す色を決めた。
これが重大な運命の分かれ道になろうとは、この時の私は知る由もなかった。
(25日につづく)