一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

6月8日の奇跡

2020-06-08 00:33:02 | プライベート
1976年6月8日、巨人×阪神の6回戦が後楽園球場で行われた。阪神は、同年1月に 江夏豊らとのトレードで南海から入団した江本孟紀が巨人戦初先発。8回まで、巨人打線を原田治明の1安打のみに抑えていた。チームも2点をリードし、阪神の勝利濃厚に思われた。
しかし巨人は9回裏、2アウト1塁から、通算2500本安打目前の張本勲がレフト線に二塁打を放ち、一打同点のチャンスとなった。次のバッターは不世出の4番・王貞治である。
ここで吉田義男監督は江本を諦め、左腕の山本和行をリリーフに送った。
しかし、王に対しては敬遠で満塁策を採った。次は右の末次利光である。王を敬遠するなら江本を続投させ、末次と勝負する手もあったわけで、この吉田采配は、後に問題視されることになる。
末次は以前の名前を「民夫」といった。だが、「夫」の最後の一画が下に下りていくのが末次は不満で、サインを書く時には最後のはらいを上に跳ね上げていた。1974年、「利光」に改名したが、「光」の最後の一画は跳ね上がり、末次にとって満足のいく漢字となった。
なお、現天皇陛下は、学習院初等科時代から末次のファンで、野球で遊ばれた際、「38」の背番号が付いたユニフォームをお召しになった。
また皇后陛下は、高田繁のファンであった。
末次は、江本に続投されたら分が悪いと見ていたので、ピッチャーが山本に代わり、ホッとした。2-2からの5球目、末次はインローのストレートを叩くと、打球は左中間スタンドに飛び込んだ。「逆転満塁サヨナラホームラン」である。
球場内は興奮の坩堝と化し、長嶋茂雄監督はホームベース上で末次のホームインを大歓迎した。
巨人のレギュラーシーズン通算5999勝の中で、この試合はもちろん、十指に入る劇的勝利となった。
この年は巨人が優勝したが、2位の阪神とは2ゲーム差。もしこの勝敗が逆だったら、巨人は勝率の差で負けていたのだ。
ところで私は、末次の打席のとき、級友からどうでもいい電話がかかってきて、ラジオ中継を聴けなかった。翌週、オヤジが買ってきた週刊ベースボールの名物連載「島碩弥(しま・ひろみ)さんの誌上実況中継」を読み、悔しさを紛らわせたものだった。

それから13年後の1989年6月8日、横浜スタジアムで大洋×巨人の10回戦が行われた。
先発は大洋が新浦壽夫、巨人が桑田真澄である。
試合は中盤までに3-3となったがその後は膠着状態が続き、延長戦に入った。そして12回表も2アウトになり、バッターは守備固めで入っていた上田和明である。
上田は1984年オフ、慶應義塾大学からドラフト1位で巨人に入団した。しかし体格が華奢なこともあり一軍には定着できず、出場しても守備固めが多かった。
期待値の少ない上田がなぜ一軍にいるのか。この年から2度目の監督になった、慶應の先輩である藤田元司の計らいともいわれたが、真相は定かでない。
この回が0なら巨人の勝ちはなくなる。ピッチャーは右の欠端光則で、通算打率が1割台の上田は代打が出されると思い、スパイクも守備用のものを履いていた。だが藤田は動かず、上田はそのまま打席に入った。
上田は1-1から欠端のカーブを思いきり叩くと、打球は左中間スタンドに飛び込んだ。起死回生の勝ち越しホームランである。
打った勢いでつんのめった上田は、興奮の面持ちでベースを一周する。5年目の上田、これがプロ初ホームランだった。まるで「野球狂の詩」に出てきそうな展開である。
藤田は上田を迎えると、
「みんな、この試合は絶対に勝つ! 上田をヒーローにしてやれい!!」
と叫んだ。上田はベンチにいても人一倍声を出し、応援団長に徹していた。チームメイトもその「奮戦」を評価していたのだ。
12回裏は、この年からリリーフに転向した広田浩章が締め、上田にとって忘れられない勝利となった。

それから31年後。
第91期棋聖戦五番勝負は慣例的に6月上旬開幕予定だったが、名人戦と叡王戦の七番勝負が6月に延期になったことで、ややこしいことになってきた。
棋聖戦は藤井聡太七段が勝ち進んでいたが、本戦の準決勝から先が行われていない。
名人戦・叡王戦と棋聖戦の対局者が別ならまだしも、名人戦挑戦者は渡辺明三冠である。そこに棋聖戦五番勝負を入れたら、棋聖でもある渡辺三冠のスケジュールが大変なことになってしまう。常識的に考えて、棋聖戦の五番勝負は押し出されると思われた。
しかし産経新聞と日本将棋連盟は、2日に棋聖戦準決勝、4日に挑戦者決定戦を組み、8日に棋聖戦第1局とした。10日が名人戦第1局になり、私の過密日程はどうしてくれる、という渡辺三冠の不満が聞こえてきそうだったが、今は将棋が指せるだけありがたいと考えるべきなのだろう。
ともあれこの特急日程により、藤井七段が棋聖戦の挑戦者になった場合、タイトル戦登場の最年少新記録になるのだった。絶対に棋聖戦第1局は動かさぬ、という主催者の執念が伝わってくるようだった。
といったって、藤井七段の準決勝の相手は佐藤天彦九段、決勝は永瀬拓矢二冠or山崎隆之八段で、いずれも難敵である。
だがここがすごいのだが、藤井七段は誰が相手でも勝ち抜きそうな予感があった。そして周知の通り、藤井七段は4日、挑戦者に名乗りを挙げたのである。
主催者の日程も無謀だったが、それに応えた藤井七段もまた素晴らしい。
かくして今日6月8日、コロナ禍の影響を受けると思われていた棋聖戦第1局に、ミラクルのように藤井七段が登場する。大天才の戦いに注目したい。
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