一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

夢の4週間

2020-06-14 00:10:38 | 男性棋戦
7日放送のNHK杯アーカイブスは、第38回大会の決勝戦・中原誠NHK杯選手権者VS羽生善治五段戦だった。ついにオーラスである。対局日は1989年2月20日、オリジナル放送日は同年3月19日だった。
決勝戦ということで、司会は大沢肇アナウンサーが務める。
「最近の将棋界を象徴するように、世代対決となりました……」
ここまで歴代3名人を倒してきた18歳の若武者に、ラスボスが立ちはだかる図である。まったく、作ってもできないような展開で、私たちは当時から、これは伝説的な対局になると認識していた。
大沢アナが対局者にインタビューをする。
羽生五段「準決勝の谷川先生との将棋は、終盤諦めかけたんですが、そこでいい手が指せました」
スーツ姿である。前回より髪が長くなって、ナナメに流している。さらに現在の雰囲気に近くなってきた。
中原NHK杯「連続優勝が懸かっていますので、盤上に集中していきたいと思います」
こちらは和服姿。当時41歳で、この前年に谷川浩司王位・棋王に名人位を奪われ無冠になったものの、すぐに王座、棋聖と奪還し、トップグループを並走していた。
今回は決勝戦のため、いつもより15分、放送時間が長い。よって歴代NHK杯や解説者の紹介はカットされ、早速対局に入った。棋譜読み上げは蛸島彰子女流五段、記録・秒読みは谷川治惠女流二段である。
先手は羽生五段で、▲2六歩。中原NHK杯は△8四歩と応じ、以下ひねり飛車に進んだ。
解説室にカットが変わり、解説は大山康晴十五世名人、聞き手は永井英明氏である。大山十五世名人はいつも和服だが、今回は解説なので、黒のスーツである。放送日当日は66歳になっていたがもちろん現役バリバリで、この期のA級順位戦は堂々の6勝3敗。そして翌年は中原二冠や羽生六段らを降し、棋王戦の挑戦者になってしまうのである。
局面はまだ序盤だけあって、ふたりは手のことをあまり話さない。
大山十五世名人「棋士の指し盛りは40代半ばまでだから、中原さんもあと5、6年は頑張れますね」
未来の世界を覗けば、中原NHK杯はこの翌年、谷川名人から名人を奪取する。しかし1993年に、米長邦雄九段に名人を奪われ、以後、タイトル戦とは縁がなくなる。そして2000年3月にA級から降級し、2009年3月に引退するのである。大山十五世名人と比べ、意外に「余韻の時代」が短かった。
勝率の話になった。永井氏によると、中原NHK杯は通算.680、羽生五段は.780だという。
すかさず大山十五世名人が、「羽生さんもね、10年、15年やってれば6割台に落ちますよ」。
だがこの「予言」は外れていた。2020年6月現在、羽生九段の通算勝率はまだ7割を越えているのだ(.7055)。もっと書けば、タイトルを99期獲り、永世七冠になり、国民栄誉賞を受賞した。大山十五世名人は、これらの記録をどこまで予想していただろうか。
ちなみに大山十五世名人が勝率7割をキープしていたのは1971年4月(48歳)までで、757勝324敗(.7003)だった。
局面、大山十五世名人は「△2五歩~△3五歩~△3四金」を予想する。対ひねり飛車はいろいろあるところで、例えば△4三金~△5四金として▲6五歩を防ぐ指し方。△3二金~△3三角として、△2二玉と深く囲う指し方などがある。
しかし中原NHK杯は△2五歩~△3五歩~△3四金として、大山十五世名人が言った通りに進めたのにはビックリした。
大山十五世名人は振り飛車党だが若いころは居飛車一辺倒で、「大山やぐら」とも言われた。
この何年か前のNHK杯で解説をやったが、戦型は角換わり腰掛け銀だった。だが解説は明快で、「この手はどうかな…」と言った手がその将棋の唯一の疑問手で、私は大山十五世名人の「明るさ」に恐れ入ったものだった。
ひねり飛車は、先手がいかに攻めるかだ。大山十五世名人は▲7六飛~▲6五歩△同歩▲6四歩の攻めを解説する。ひねり飛車は石田流と似た攻め方があり、昨年黄信号氏から頂戴した「快勝将棋の攻め方」(池田書店)には、同じ攻め方が紹介されている。
本譜もそのように進んだが、中原NHK杯が右金の態度をはっきりさせなかったのが意外。ともあれ▲6四歩△5二銀の局面は先手十分であろう。
「なんでしょ永井さん」が口癖の大山十五世名人は、やわらかい口調だ。
生前の大山十五世名人を知らない将棋ファンがこうした動画を見て、どういう気持ちになるのだろう。つまり、写真でしか見たことのない偉人が、動いて声を発するということに、だ。
たとえば私などは、夏目漱石の動画があったら見てみたいが、見られたら、ある種の不気味さも感じてしまうかもしれない。
羽生五段は▲5五歩と伸ばして▲6五桂と跳び、ますます好調。そして▲5四歩と突き捨てた。大山十五世名人の解説によると、△5四同歩に▲6三歩成△同金▲4二角成△同玉▲6四歩△7四金▲同飛△同歩▲5三歩の攻めがあるという。
最後の▲5三歩が5筋突き捨ての効果で、こうなれば先手優勢。対局者はこの手順をトレースしていく。
そして▲5三歩の局面になってしまった。これが「伝説」といわれた大山解説である。
これを△5三同銀は、▲同桂成でなく▲6三歩成が厳しい。よって中原NHK杯は△6一銀と辛抱したが、やはり▲6三歩成が大きく、この攻めは切れない。
数手進んで、大山十五世名人は▲4三銀を指摘する。これを△同玉は▲4二金までの1手詰なので、△2三玉。数手後▲3二銀打から▲3四銀成と、これも大山十五世名人指摘の順が実現し、羽生五段の勝勢となった。あまりにも流れるような攻めで、何だかこのあたり、大山十五世名人の著書に出てきそうでもある。
中原NHK杯は△2五飛から飛車を転回し、△6九飛成の形作り。そこで
「なにか一手指して投了ですね」
と大山十五世名人のご宣託である。
羽生五段は▲2五桂と打ち、中原NHK杯が投了した。羽生五段は考慮時間を5分余しての快勝、NHK杯史上最年少優勝を飾った。

感想戦は、中原NHK杯の敗者の弁に、大山十五世名人が遠慮気味に口を挟む、という形になった。
序盤、▲6四歩に△5二銀と引かされた形は中原NHK杯が相当つらいと思うが、中原NHK杯はそれほどひどいとは思っていなかったようである。この鈍感力が、中原NHK杯の持ち味である。
終盤は羽生五段の勝勢と思ったが、△2五飛▲3七桂に飛車を見捨てて△2七歩成があったようで、以下▲2五桂△同桂▲2七銀に△3一歩が粘り強い手。
ここで羽生五段の手が止まってしまったので、こう進めば一波乱あったかもしれない。
ただ対局中は、羽生五段が勝つ雰囲気だった。これは容易に覆せないものである。
表彰式。再び大沢アナの登場である。
羽生NHK杯「非常にうれしく思っています」
中原二冠「どんどん来られるとは思わなくて……。もっとねじり合いになると思っていました」

これにて第38回大会は終了である。大山十五世名人、永井氏、米長永世棋聖は、将棋の国に帰ってしまうのだ。
この4週間、私はとてもいい夢を見た。それは私が31年前にタイムスリップしたような、あるいは大山十五世名人らが31年後の未来に遊びに来てくれたような、不思議な感覚だった。
永井氏の司会は名人芸で、私は毎週お会いできるのが楽しみだった。「18歳の羽生五段」も「26歳の谷川名人」も、すべての映像が新鮮だった。

14日のNHK杯から、現実に戻る。現代の棋士は、過去の名棋士に劣らぬ棋譜を残すことができるだろうか。その激闘を楽しみにしている。
コメント (2)
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