17日に「相棒Season7」第6話「希望の終盤」が再放送された。初放送は2008年11月26日。当時は私も見たが、内容はすっかり忘れてしまった。当ブログではまだ取り上げていなかったので、今回見た感想を記そう。なおネタバレ全開なので、未見の方は以下を読まないほうがいいでしょう。
村田隆龍馬(竜王・王座)19歳(演・松澤傑)と西片幸男名人(王将)35歳(水橋研二)による第46期龍馬戦(りゅうばせん)は第7局までもつれ、対局場である東京・青梅市の旅館前では、朝からテレビ中継がされていた。
その矢先、旅館の陰から西片名人の転落死体が発見された。このテレビ中継を見ていた特命係の杉下右京警部(水谷豊)と亀山薫巡査部長(寺脇康文)らは、現地に向かう。
西片名人の部屋は何者かによって荒らされていた。床の間が濡れていたが、そこにあったであろう六寸盤は綺麗に拭かれ場所を移されており、この侵入者は将棋に理解がある、と右京は睨む……。
脚本は「科捜研の女」の櫻井武晴、監督は「あぶない刑事」の長谷部安春。なお長谷部監督は2009年6月14日逝去。テレビ版「相棒」は本作が遺作となった。ご子息は脚本家のハセベバクシンオーで、相棒にも何度か脚本を提供している。
「相棒」で将棋が取り上げられたのはこれが初。当時は気にも留めなかったが、いま冷静に見るとツッコミどころ満載である。順番に見ていこう。
まず、西片名人の部屋の六寸盤は旅館が用意したものだろうが、実際の世界でも将棋盤が用意されているのだろうか。このあたりはよく分からない。
また、西片の部屋はオートロックであろう。どうやって犯人は侵入したのだろう。もし2人が部屋にいたら騒ぎになっただろうし、どの展開になっても割り切れない。
事件前夜、会場には真剣師の大野木亮(松田賢二)が出入りしていた。出入りはともかく、奨励会三段まで昇った男が、真剣師に身を落とすだろうか。それに「真剣師」は、もう絶滅しているのではないか? もはやこの設定が時代遅れだ。
立会人の里見二三一九段(石濱朗)によると、この最終局までの展開は村田龍馬の「○○○●●●」だった。この第1局で西片名人が二歩を打ってしまったという。
ドラマでは、これで負けを認めたのが武士(棋士)らしい潔さ、武士は二歩は指さない、みたいに述べていたが、二歩は見る聞くなしに即負けで、武士道もへったくれもない。
また西片名人がマスコミ嫌いで、将棋新聞社の畑一樹記者(蟹江一平)にしか取材を許さなかった、というのも解せない。名人たる者、マスコミには広くオープンでなければならない。
右京らは畑に話を聞く。西片名人と大野木、畑はかつて奨励会の同期で、三段リーグもいっしょに戦った仲だった。3人とも29歳で最後の三段リーグに臨んだが、大野木と畑は最終局を前に退会が決まり、昇段を狙う西片と大野木が最終局で当たったが、西片が勝ち四段昇段が決まったのだった。
右京は大野木が根城にしている将棋道場に行き、大野木にも話を聞く。大野木は右京らに「西片は俺が遺した希望なんだ」と語った。
でも最終局を前に、大野木が西片名人に会いに行った理由が分からない。同じ行くなら、名人戦の時だったのではないか? なぜこの龍馬戦だったのだろう。
右京らは将棋新聞社に出向き、6年前の西片-大野木戦を調べる。「将棋新聞」バックナンバーにはこの棋譜が載っていたが、指し手の表記が「▲○○○△○○○……」だった。しかしここは「☗○○○☖○○○……」と印字すべきだろう。
将棋は大野木の二歩で終わっており、この「片八百長的ニオイ」が西片の棋士人生に大きな影を落としたのではないか、と右京は見る。
ただ、二歩で四段昇段が決まれば、当時の専門誌は確実に話題にしたはずだ。少なくとも西片は、専門誌「四段昇段の記」で、このことに触れたはずである。でもそれはなかったのだろう。
とはいえ四段になってからの西片は順風満帆である。すなわち、最短でも5年かかる名人戦に登場し、名人位を奪取しているのだ。ほかに王将位も取っている。
龍馬戦第1局の前日、大野木は西片名人に電話を入れたと言った。これに西片名人が動揺し、第1局の二歩に繋がったと右京らは見るのだが、どうなのだろう。名人の地位にある者が、前夜の電話に動揺して二歩を打つだろうか。しかもそれが尾を引いて、3連敗するだろうか。
というかそもそも、19歳で三冠の村田龍馬のほうが、実力的に一枚上だろう。そして彼が、現在の藤井聡太二冠なみに大フィーバーになっていなければおかしい。だがドラマでは、村田龍馬にちっともスポットが当たっていない。それどころか警察は、一度は村田龍馬を怪しんだのだ。これはあんまりである。
ただこの七番勝負も、西片名人がそのまま土俵を割ると思いきや、その後3連勝している。やはり西片名人も強かったのだ。
三段リーグに話を戻すが、畑は最終局に早々と負け、その場で将棋新聞社の関係者に西片―大野木戦の取材を任されたという。だけど退会が決まった奨励会員に、ほかの対局の取材を依頼するだろうか。そんなことは絶対にない。
「花の里」で右京と薫、妻の美和子(鈴木砂羽)が一服する。ここで右京は「将棋を指しつつ……」と言った。ちゃんと「指しつつ」と述べているのに、どうして4年後の事件(Season11「棋風」)では、「将棋を打つ」と言ってしまったのだろう。
捜査は進み、西片名人が消臭剤代わりに10円玉を靴に入れていたことが分かり、これによって事件の全貌が判明する。だがこれも微妙で、西片名人はこんな貧乏臭い方法を採らず、消臭スプレーを利用すればよかったのではないか?
ラストの場面で大野木は、三段リーグ最終局の二歩は、片八百長ではなく、本当にうっかりして打ってしまったことを吐露する。これはその通りだと思う。なぜならこの将棋は、142手で終局していたからだ。これは相当な熱戦である。ドラマでは右京が「これはひどい将棋です」とつぶやいたが、ここでは熱局と判断し、大野木の本気を感じ取らねばならなかった。
ところがのちの西片名人の述懐では、「早々と決着がついた」だった。これは何の錯覚だろう。
ともあれ大野木は、精一杯戦ったことを声を大にして言うべきだった。ここで妙なダンマリを決めこんだから西片名人に疑心暗鬼が残り、最悪の事態になってしまったのだ。
百歩譲って大野木の二歩が故意だったとしても、それは大野木が勝手にやったことと、割り切ればよかったのだ。西片名人も一度はそう努めたのに、なぜ貫けなかったのだろう。
……というわけで、今回の櫻井武晴脚本は70点。ちょっと突っ込みどころが多かった。
じゃあお前が脚本を書け、と言われても書けないけれど。
今回は金井恒太六段と伊藤真吾五段が将棋協力をした。伊藤五段は画面で確認できなかったが金井六段の対局シーンはあり、投了の仕種がカッコよかった。これは当時も感じたことである。ただ棋士諸氏は、脚本には一切口出しはしていないと思う。
なお今回の話に直接関係はないが、亀山刑事は、第9話の事件解決後に警視庁を退職、美和子とともに、サルウィンに旅立った。
村田隆龍馬(竜王・王座)19歳(演・松澤傑)と西片幸男名人(王将)35歳(水橋研二)による第46期龍馬戦(りゅうばせん)は第7局までもつれ、対局場である東京・青梅市の旅館前では、朝からテレビ中継がされていた。
その矢先、旅館の陰から西片名人の転落死体が発見された。このテレビ中継を見ていた特命係の杉下右京警部(水谷豊)と亀山薫巡査部長(寺脇康文)らは、現地に向かう。
西片名人の部屋は何者かによって荒らされていた。床の間が濡れていたが、そこにあったであろう六寸盤は綺麗に拭かれ場所を移されており、この侵入者は将棋に理解がある、と右京は睨む……。
脚本は「科捜研の女」の櫻井武晴、監督は「あぶない刑事」の長谷部安春。なお長谷部監督は2009年6月14日逝去。テレビ版「相棒」は本作が遺作となった。ご子息は脚本家のハセベバクシンオーで、相棒にも何度か脚本を提供している。
「相棒」で将棋が取り上げられたのはこれが初。当時は気にも留めなかったが、いま冷静に見るとツッコミどころ満載である。順番に見ていこう。
まず、西片名人の部屋の六寸盤は旅館が用意したものだろうが、実際の世界でも将棋盤が用意されているのだろうか。このあたりはよく分からない。
また、西片の部屋はオートロックであろう。どうやって犯人は侵入したのだろう。もし2人が部屋にいたら騒ぎになっただろうし、どの展開になっても割り切れない。
事件前夜、会場には真剣師の大野木亮(松田賢二)が出入りしていた。出入りはともかく、奨励会三段まで昇った男が、真剣師に身を落とすだろうか。それに「真剣師」は、もう絶滅しているのではないか? もはやこの設定が時代遅れだ。
立会人の里見二三一九段(石濱朗)によると、この最終局までの展開は村田龍馬の「○○○●●●」だった。この第1局で西片名人が二歩を打ってしまったという。
ドラマでは、これで負けを認めたのが武士(棋士)らしい潔さ、武士は二歩は指さない、みたいに述べていたが、二歩は見る聞くなしに即負けで、武士道もへったくれもない。
また西片名人がマスコミ嫌いで、将棋新聞社の畑一樹記者(蟹江一平)にしか取材を許さなかった、というのも解せない。名人たる者、マスコミには広くオープンでなければならない。
右京らは畑に話を聞く。西片名人と大野木、畑はかつて奨励会の同期で、三段リーグもいっしょに戦った仲だった。3人とも29歳で最後の三段リーグに臨んだが、大野木と畑は最終局を前に退会が決まり、昇段を狙う西片と大野木が最終局で当たったが、西片が勝ち四段昇段が決まったのだった。
右京は大野木が根城にしている将棋道場に行き、大野木にも話を聞く。大野木は右京らに「西片は俺が遺した希望なんだ」と語った。
でも最終局を前に、大野木が西片名人に会いに行った理由が分からない。同じ行くなら、名人戦の時だったのではないか? なぜこの龍馬戦だったのだろう。
右京らは将棋新聞社に出向き、6年前の西片-大野木戦を調べる。「将棋新聞」バックナンバーにはこの棋譜が載っていたが、指し手の表記が「▲○○○△○○○……」だった。しかしここは「☗○○○☖○○○……」と印字すべきだろう。
将棋は大野木の二歩で終わっており、この「片八百長的ニオイ」が西片の棋士人生に大きな影を落としたのではないか、と右京は見る。
ただ、二歩で四段昇段が決まれば、当時の専門誌は確実に話題にしたはずだ。少なくとも西片は、専門誌「四段昇段の記」で、このことに触れたはずである。でもそれはなかったのだろう。
とはいえ四段になってからの西片は順風満帆である。すなわち、最短でも5年かかる名人戦に登場し、名人位を奪取しているのだ。ほかに王将位も取っている。
龍馬戦第1局の前日、大野木は西片名人に電話を入れたと言った。これに西片名人が動揺し、第1局の二歩に繋がったと右京らは見るのだが、どうなのだろう。名人の地位にある者が、前夜の電話に動揺して二歩を打つだろうか。しかもそれが尾を引いて、3連敗するだろうか。
というかそもそも、19歳で三冠の村田龍馬のほうが、実力的に一枚上だろう。そして彼が、現在の藤井聡太二冠なみに大フィーバーになっていなければおかしい。だがドラマでは、村田龍馬にちっともスポットが当たっていない。それどころか警察は、一度は村田龍馬を怪しんだのだ。これはあんまりである。
ただこの七番勝負も、西片名人がそのまま土俵を割ると思いきや、その後3連勝している。やはり西片名人も強かったのだ。
三段リーグに話を戻すが、畑は最終局に早々と負け、その場で将棋新聞社の関係者に西片―大野木戦の取材を任されたという。だけど退会が決まった奨励会員に、ほかの対局の取材を依頼するだろうか。そんなことは絶対にない。
「花の里」で右京と薫、妻の美和子(鈴木砂羽)が一服する。ここで右京は「将棋を指しつつ……」と言った。ちゃんと「指しつつ」と述べているのに、どうして4年後の事件(Season11「棋風」)では、「将棋を打つ」と言ってしまったのだろう。
捜査は進み、西片名人が消臭剤代わりに10円玉を靴に入れていたことが分かり、これによって事件の全貌が判明する。だがこれも微妙で、西片名人はこんな貧乏臭い方法を採らず、消臭スプレーを利用すればよかったのではないか?
ラストの場面で大野木は、三段リーグ最終局の二歩は、片八百長ではなく、本当にうっかりして打ってしまったことを吐露する。これはその通りだと思う。なぜならこの将棋は、142手で終局していたからだ。これは相当な熱戦である。ドラマでは右京が「これはひどい将棋です」とつぶやいたが、ここでは熱局と判断し、大野木の本気を感じ取らねばならなかった。
ところがのちの西片名人の述懐では、「早々と決着がついた」だった。これは何の錯覚だろう。
ともあれ大野木は、精一杯戦ったことを声を大にして言うべきだった。ここで妙なダンマリを決めこんだから西片名人に疑心暗鬼が残り、最悪の事態になってしまったのだ。
百歩譲って大野木の二歩が故意だったとしても、それは大野木が勝手にやったことと、割り切ればよかったのだ。西片名人も一度はそう努めたのに、なぜ貫けなかったのだろう。
……というわけで、今回の櫻井武晴脚本は70点。ちょっと突っ込みどころが多かった。
じゃあお前が脚本を書け、と言われても書けないけれど。
今回は金井恒太六段と伊藤真吾五段が将棋協力をした。伊藤五段は画面で確認できなかったが金井六段の対局シーンはあり、投了の仕種がカッコよかった。これは当時も感じたことである。ただ棋士諸氏は、脚本には一切口出しはしていないと思う。
なお今回の話に直接関係はないが、亀山刑事は、第9話の事件解決後に警視庁を退職、美和子とともに、サルウィンに旅立った。