今年も名人戦七番勝負がやってきた。今期は佐藤天彦名人に豊島将之王位・棋聖が挑戦する。恒例の新橋解説会も開催され、無職の私は皮肉にも、今年も行ける状況になった。4月の就職は半分観念していたこともあり、複雑な心境である。
名人戦2日目の11日は、またも職安に行った。先週4日に行った時、新橋の会社で、就業時間が09:00~17:00、残業は月5時間という求人があった。ところが「毎週週休2日」なのに、よく見ると「土曜日は月1~2回出勤」とあり、それじゃ話が違うじゃねえかと、応募を見合わせた。
だが、ここで贅沢を言うからいけないと考え直し、9日に再び申し込みに行った。
ところがその会社の求人はもうなかった。この会社は3日から掲示されたが、応募者多数の場合、求人を打ち切る場合がある。この会社もそうだったようだ。
まあ実際に就職すれば、事情が違うことも生じるだろうがそこはそれ、とりあえず応募はすべきだった。どうせ落ちるにしても。
以前も似たような状況があり、私は後悔したことがある。どうして同じ過ちを犯すのか。バカは死ななきゃ治らない、とは私のことだ。
新橋解説会は午後6時半からだった。職安からは歩いていったが、5時50分に着いてしまった。先の会社に就職していたら、この解説会も難なく聴けるんだろうなと思ったが、応募すらしなかったんだから、何をかいわんやだ。
ニュー新橋ビル内にある小諸そばで、二枚もりをたぐる。旅先の蕎麦屋でこれが出たら、倍の料金はふつうに出す。それほど小諸そばのクオリティは高い。
6時半になり、関係者が登場した。今回の解説は、鈴木大介九段、梶浦宏孝四段、そして藤森奈津子女流四段である。
まだ第1局ということもあるのか、客は少ない。もっとも、椅子席はすべて埋まっていた。
鈴木九段「いよいよ名人戦の季節ですね。ふだんはあったかいんですが、今日は寒くて弱りました」
藤森女流四段「でも昨日でなくてよかったですね」
昨日だったら雨だワ極寒だワで、客もまばらだったことだろう。
「昨日は序盤で千日手になりました」
と鈴木九段。
私は局面を知らなかったが、どうも先手の佐藤名人が、互角の形勢だったにもかかわらず、千日手に持ち込んだらしい。これが午後3時すぎの話だったのだが、この時刻が微妙で、1日目3時前までの千日手なら当日指し直し。3時以降、封じ手時刻までなら残りの持ち時間を「折半」し、2日目から1日制で指し直し、という規則だったらしい。すなわち今回のケースは、佐藤名人が持ち時間をトクしたことになる(訂正とおわび:持ち時間は折半されず、残り時間はそのまま持ち越される。私の完全な勘違いで、深くお詫びします)。
「タイトル戦の場合、対局者には2週間くらい前に、公式ルールブックみたいなものをくれるんですよ。棋士はそれを読み込む人と読まない人がいる。名人戦4度目の佐藤名人は、細かいルールをいろいろ知っていたということでしょうね」
と鈴木九段。「名人戦は『一局完結型』なんです」
つまり指し直しで手番が変わっても、2局目以降の先後には影響しない。それならよけい、佐藤名人が千日手に持ち込んだ理由が分からないのだが、やはり形勢に自信が持てなかったのだろう。また指し直し後手番の不利は、短期決戦でカバーしようとしたのかもしれない。
ともあれ、指し直し局の解説となった。
▲二冠 豊島将之
△名人 佐藤天彦
初手からの指し手。▲2六歩△8四歩▲7六歩△3四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛(第1図)
指し直し局は、▲2六歩からスタートとなった。4手目△3四歩。
「最近は△3四歩に代えて△8五歩が圧倒的に多いです」
と鈴木九段。梶浦四段も、「(△3四歩は)だいぶ減りましたね」と同意する。
なるほど横歩取りに誘導、が佐藤名人の狙いだろうか。果たして局面は、横歩取りになった。
第1図以下の指し手。△3三角▲5八玉△5二玉▲3六歩△7六飛▲7七角△7四飛▲同飛△同歩(第2図)
△3三角が「内藤流」と呼ばれる定跡だ。
鈴木九段「今は8割以上が△3三角ですね」
そして▲3六歩が今や主流となる一手だ。升田幸三賞にも輝いた、青野照市九段考案の新手である。
「今でもあるのかな、▲3六飛は――」
と鈴木九段。この前までは▲3六飛が定跡だったのに、それすら廃れる。展開が早すぎて、私はついていけない。
「そういえば、藤森さんの息子の哲也五段も、青野流の著書を出してましたよね」
「『絶対退かない横歩取り』ですか……」
藤森女流四段が散文的に答える。
「そうそれ、絶対に退かないで勝てたら気分がいいですね」
佐藤名人は△7六飛から△7四飛と引き、飛車交換に持ち込む。この辺りは双方の研究範囲では、と鈴木九段。「これで先後同形になりました」
第2図以下の指し手。▲3七桂△7七角成▲同桂△8六歩▲8八歩△6四角▲3八銀△2八飛▲6九玉(第3図)
鈴木九段「角換わりなどで先後同形はありますが、横歩取りの将棋では珍しい。でもね、ここは先手がいいはずなんです。▲3七桂と跳びましたよね。これで先手が悪けりゃ、▲3七桂で▲1六歩とでも突きますから」
しかし次の△7七角成も思い切った手で、鈴木九段は「信じられない」と驚く。そして△8六歩。
鈴木九段「ここで▲2二歩か▲6五桂が考えられます。▲6五桂は△8七歩成▲同金△8九飛▲8八角という実戦例があったかな」
本譜は▲8八歩と収め、佐藤名人は△6四角。
「この辺りは、コンピューターではよく指されています」
と、梶浦四段。棋士がコンピューターの序盤の指し手に精通していることに驚きだが、その指し手が名人戦でも登場していることにも驚く。これからは、コンピューターの指し手を棋士が教わる時代になるのだろう。それで棋士という職業が成り立つかどうかは不明だが。
そして梶浦四段、昨年は黒子に徹していたが、今年は積極的に発言している。
豊島二冠は▲6九玉と引く。
「駒を引いちゃいましたよ」
と鈴木九段がおどける。しかしそうでも指さないと、△3七角成がある。
さて第3図、ここで佐藤名人の指し手を当てられる人はいまい。
(つづく)
名人戦2日目の11日は、またも職安に行った。先週4日に行った時、新橋の会社で、就業時間が09:00~17:00、残業は月5時間という求人があった。ところが「毎週週休2日」なのに、よく見ると「土曜日は月1~2回出勤」とあり、それじゃ話が違うじゃねえかと、応募を見合わせた。
だが、ここで贅沢を言うからいけないと考え直し、9日に再び申し込みに行った。
ところがその会社の求人はもうなかった。この会社は3日から掲示されたが、応募者多数の場合、求人を打ち切る場合がある。この会社もそうだったようだ。
まあ実際に就職すれば、事情が違うことも生じるだろうがそこはそれ、とりあえず応募はすべきだった。どうせ落ちるにしても。
以前も似たような状況があり、私は後悔したことがある。どうして同じ過ちを犯すのか。バカは死ななきゃ治らない、とは私のことだ。
新橋解説会は午後6時半からだった。職安からは歩いていったが、5時50分に着いてしまった。先の会社に就職していたら、この解説会も難なく聴けるんだろうなと思ったが、応募すらしなかったんだから、何をかいわんやだ。
ニュー新橋ビル内にある小諸そばで、二枚もりをたぐる。旅先の蕎麦屋でこれが出たら、倍の料金はふつうに出す。それほど小諸そばのクオリティは高い。
6時半になり、関係者が登場した。今回の解説は、鈴木大介九段、梶浦宏孝四段、そして藤森奈津子女流四段である。
まだ第1局ということもあるのか、客は少ない。もっとも、椅子席はすべて埋まっていた。
鈴木九段「いよいよ名人戦の季節ですね。ふだんはあったかいんですが、今日は寒くて弱りました」
藤森女流四段「でも昨日でなくてよかったですね」
昨日だったら雨だワ極寒だワで、客もまばらだったことだろう。
「昨日は序盤で千日手になりました」
と鈴木九段。
私は局面を知らなかったが、どうも先手の佐藤名人が、互角の形勢だったにもかかわらず、千日手に持ち込んだらしい。これが午後3時すぎの話だったのだが、この時刻が微妙で、1日目3時前までの千日手なら当日指し直し。3時以降、封じ手時刻までなら残りの持ち時間を「折半」し、2日目から1日制で指し直し、という規則だったらしい。すなわち今回のケースは、佐藤名人が持ち時間をトクしたことになる(訂正とおわび:持ち時間は折半されず、残り時間はそのまま持ち越される。私の完全な勘違いで、深くお詫びします)。
「タイトル戦の場合、対局者には2週間くらい前に、公式ルールブックみたいなものをくれるんですよ。棋士はそれを読み込む人と読まない人がいる。名人戦4度目の佐藤名人は、細かいルールをいろいろ知っていたということでしょうね」
と鈴木九段。「名人戦は『一局完結型』なんです」
つまり指し直しで手番が変わっても、2局目以降の先後には影響しない。それならよけい、佐藤名人が千日手に持ち込んだ理由が分からないのだが、やはり形勢に自信が持てなかったのだろう。また指し直し後手番の不利は、短期決戦でカバーしようとしたのかもしれない。
ともあれ、指し直し局の解説となった。
▲二冠 豊島将之
△名人 佐藤天彦
初手からの指し手。▲2六歩△8四歩▲7六歩△3四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛(第1図)
指し直し局は、▲2六歩からスタートとなった。4手目△3四歩。
「最近は△3四歩に代えて△8五歩が圧倒的に多いです」
と鈴木九段。梶浦四段も、「(△3四歩は)だいぶ減りましたね」と同意する。
なるほど横歩取りに誘導、が佐藤名人の狙いだろうか。果たして局面は、横歩取りになった。
第1図以下の指し手。△3三角▲5八玉△5二玉▲3六歩△7六飛▲7七角△7四飛▲同飛△同歩(第2図)
△3三角が「内藤流」と呼ばれる定跡だ。
鈴木九段「今は8割以上が△3三角ですね」
そして▲3六歩が今や主流となる一手だ。升田幸三賞にも輝いた、青野照市九段考案の新手である。
「今でもあるのかな、▲3六飛は――」
と鈴木九段。この前までは▲3六飛が定跡だったのに、それすら廃れる。展開が早すぎて、私はついていけない。
「そういえば、藤森さんの息子の哲也五段も、青野流の著書を出してましたよね」
「『絶対退かない横歩取り』ですか……」
藤森女流四段が散文的に答える。
「そうそれ、絶対に退かないで勝てたら気分がいいですね」
佐藤名人は△7六飛から△7四飛と引き、飛車交換に持ち込む。この辺りは双方の研究範囲では、と鈴木九段。「これで先後同形になりました」
第2図以下の指し手。▲3七桂△7七角成▲同桂△8六歩▲8八歩△6四角▲3八銀△2八飛▲6九玉(第3図)
鈴木九段「角換わりなどで先後同形はありますが、横歩取りの将棋では珍しい。でもね、ここは先手がいいはずなんです。▲3七桂と跳びましたよね。これで先手が悪けりゃ、▲3七桂で▲1六歩とでも突きますから」
しかし次の△7七角成も思い切った手で、鈴木九段は「信じられない」と驚く。そして△8六歩。
鈴木九段「ここで▲2二歩か▲6五桂が考えられます。▲6五桂は△8七歩成▲同金△8九飛▲8八角という実戦例があったかな」
本譜は▲8八歩と収め、佐藤名人は△6四角。
「この辺りは、コンピューターではよく指されています」
と、梶浦四段。棋士がコンピューターの序盤の指し手に精通していることに驚きだが、その指し手が名人戦でも登場していることにも驚く。これからは、コンピューターの指し手を棋士が教わる時代になるのだろう。それで棋士という職業が成り立つかどうかは不明だが。
そして梶浦四段、昨年は黒子に徹していたが、今年は積極的に発言している。
豊島二冠は▲6九玉と引く。
「駒を引いちゃいましたよ」
と鈴木九段がおどける。しかしそうでも指さないと、△3七角成がある。
さて第3図、ここで佐藤名人の指し手を当てられる人はいまい。
(つづく)