第3図以下の指し手。△8二銀▲6八銀△2四飛成▲6五桂△5四竜▲6六歩△7三桂▲同桂成△同角▲4八金△4二銀(第4図)
私はこの局面の時だけ、AbemaTVで観た。しかしその前後の局面はまったく知らないので、本局の進行は新鮮な目で見ることができた。
ここで佐藤天彦名人の△8二銀が意表を衝いた。
鈴木大介九段「これがすごい手でした。ふつうは△7二銀ですよね。8二に上がったのは、▲8三歩と打たれる筋がないからかな」
銀は千鳥に使えというが、私には絶対浮かばない手である。「これもコンピューターが指したの?」
梶浦宏孝四段「これは名人のオリジナルだと思います」
まあ、そろそろ人間らしい手が出ないと面白くないところである。
▲6五桂△5四竜。この竜は▲2五歩△5四竜▲2四飛で竜を消されるので、その先受けだという。
「だけどこれ、やがて▲4五桂があるんで、△5四竜では△4二銀と受けたくなります。梶浦君はどう?」
「私は△3三桂です」
「ほう、そうやって桂を跳ばさないということ? これは勉強になったね。でも皆さんは、△6二金と指してください」
アマは無難な手を指せということか。
△7三同角の局面で、「ここは形勢の見解が分かれるところです」と鈴木九段が言う。試しに会場で決を採ってみると、後手のほうが挙手が多かった。私も後手持ちにしたが、どちらを持ってもよい。ちなみに鈴木九段と梶浦四段は、先手持ちだった。
盤面は▲4八金△4二銀と、自陣の整備だ。
第4図以下の指し手。▲4六歩△同角▲4七銀△7三角▲5六銀△2四竜▲2五歩△4四竜(第5図)
▲4六歩が、歩損するだけに指しにくい手。鈴木九段は「▲4七銀から活用していこう、ということでしょう」と解説する。相掛かりの将棋で△7四歩と突き、この歩をオトリに右銀の進出をスムーズにする手があるが、あれと同じ意味か。いずれにしても、この手も私には思い浮かばない。
しかし▲5六銀と上がった形は、さすがに堂々としている。
佐藤名人は△2四竜で▲2五歩と打たせ、△4四竜。次の手に、鈴木九段がまた唸った。
第5図以下の指し手。▲5九銀(第6図)
豊島将之二冠は▲5九銀と引いた。
鈴木九段「これがいい手。ここは▲4七歩とか打ちたくなるけど、それは歩切れになるからいけません」
ここから鈴木九段の講義が始まる。「歩は、いっぱいあって使える時は、どんどん使うのがいいんです。
でも1歩だけは残してください。歩切れになると、相手が歩をくれないんですよ。だけど1歩だけでも手持ちにしていると、相手が歩をくれるんです」
これは初めて聞く理論である。むかし芹沢博文九段が、「歩切れになっても、常に1歩を補充できるようにしておくのがよい」と語ったが、この鈴木理論もそれに近い。「歩切れは喉の渇き」は私の名言だが、そのくらい歩切れには神経質でありたい。
鈴木九段「持ち駒も、同じ種類の駒が2枚あったら、それから使っていくのがいいんです」
鈴木九段の解説はアマチュアに参考になるものが多く、分かりやすい。それにしてはNHK杯の解説にはあまり登場しないが、理事の仕事で忙しいのだろうか。
第6図の次の手が波紋を呼んだ。
第6図以下の指し手。△2六歩(第7図)
△2六歩に鈴木九段が驚いた。
「名人らしい手ですね。だけど……佐藤名人は博多出身だけど、博多ではこの歩は間に合うのかな。東京では間に合わないんだけど」
鈴木九段らしい表現で、この歩を否定する。「世界ではどうなの?」
「いや~、世界各国同じだと思います」
と梶浦四段も同意した。
「梶浦君がさっきいいこと言ったよね。相手を追い込みすぎるのはよくないと。こういう手を指すと、先手が怒って暴れてくるんですよ」
窮鼠猫を噛む、みたいなものだろうか。「△2六歩ではホワーンと△7五歩くらいでどうだったのかな」
「ホワーンですか」
と、藤森奈津子女流四段が続けた。
鈴木九段の見解は厳しいが、私は△2六歩を味のある手だと思った。何だか大山康晴十五世名人が指しそうな手で、私は、1964年2月11日~12日に指された第13期王将戦七番勝負第3局、▲二上達也八段対△大山王将戦での、大山王将の△2六歩を思い出したのだ。
もちろん本局と当時の手では意味合いが異なるが、相手を焦らせるという意味では、ココロは同じだと思う。
いずれにしても、もう豊島二冠は攻めるしかない。
第7図以下の指し手。▲6五桂△6四角▲3五角△同竜▲同歩△4四歩(第8図)
豊島二冠は▲6五桂と打った。やはり5三の地点が急所のようだ。△6四角に▲3五角。
「先手は、△2七歩成の時に▲4五桂と跳ねたいんです」
と鈴木九段。先崎学九段著「駒落ちのはなし」の四枚落ち編で、▲9一歩成の時に△7三桂と跳ぶ味がいい、の一節があったが、あれと同じ理屈であろう。
△3五同竜▲同歩に、佐藤名人は△2七歩成としたかったが、かようなわけで△4四歩と我慢した。しかし△2七歩成と行けないようでは、△2六歩の価値が半減している。
「ここで▲2九飛では、△2七歩成▲同飛に△3六角があり終わります。皆さんも(安易に)自陣飛車は打たないように」
と鈴木九段。「(△4四歩に代えて)△2七歩成に▲4五桂は、藤森(哲也)五段の得意な手でしょう。次△3七とには▲5八金と逃げておく」
藤森女流四段「△3七とは、桂を取りながら指したいですよね」
残り時間は「豊島二冠1時間59分、佐藤名人40分」と、藤森女流四段。名人、持ち時間ではずいぶん追いこまれた。
(つづく)