かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

ぶらりインドその36 マトゥラー考古学博物館その1

2011年11月25日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan
nose3昨日は、システムトラブルのせいか、サーバーにつながらなくて、更新できなかった。ごめん。
もうすぐ年の瀬。寄り道ばかりしていると、ぶらりインドも、年を越えてしまうので、ピッチをあげたい。



アグラーを出てから、マトゥラーを経由して、デリーから帰国。アグラーから、デリーへの道はずいぶん整備されたように思った。
これは、途中で、見たヒンドゥ教のお寺。できて10年ぐらいというが、前通った時は、あったのだろうか?



アグラーとデリーを結ぶ幹線道路から、入ったところにマトゥラーはある。クリシュナの生誕の地として有名だが、仏教徒としては、仏像が、ガンダーラとほぼ同時期、しかもブッダが入滅されてから五百年以上経ってから作られ始めたところとして知られる。
マトゥラーの町中に入ったら、凄い渋滞で、全く動かない。町の目抜き通りが工事中のようだが、何の配慮もなく、押し合いへしあい。アジアらしく、皆譲らず前に進もうとするから動かない。らくだも交通渋滞に巻き込まれている。



ミニバスらしき車に、女性のみ20人ぐらい乗っていただろうか。ギネスに載せたいぐらいだ。これが渋滞に巻き込まれて動かないのだから、世話ない。砂埃もひどい。



渋滞を抜けたら、あっという間にマトゥラー考古学博物館についた。ほぼ町の中心にあるようだ。本当は、クリシュナの生誕地などにも行って見たかったのだが、この渋滞もあり、本博物館に集中することにした。
素朴だが、充実した博物館。あっという間に予定時間を過ぎてしまった(それでも、当初予定時間より、30分延長したのだが)。
日本で、あまり紹介されていないようなので、撮影した収蔵物をなるべく多く紹介したい。
ご興味のない人には申し訳ないのだが、自分のメモの整理代わりの意味もあるので、我慢いただきたい。



Great Emperor Kanishka, Greatest of the Kushana Monark, 1AD

これは、有名。カニシュカ王の即位年代は、78AD ~278ADと諸説あるが、中央アジアに遊牧のせいかつを送っていた月氏族の一派と言われる。クシャーン王朝の第三代の王、第二のアショカ王とも称えられる。
”インド美術史”に紹介されており、それには、”カニシュカ王立像、マート出土、高さ163cm”とある。
”この像は、残念ながら頭と両腕を失っているが、「大王、諸王の王、天子、カニシュカ」の銘をもっている。長い外套を羽織り、どっしりした長靴をはいて両足を大きく開いて外に向け、威風堂々と立つ。右手はマカラの装飾をつけた棍棒の上にのせ、左手は長剣の柄をしっかと握っている。衣紋線は陰刻の強い線条で表されるが、彫像の堅固で無機的な量塊表現に服している。この正面性の強い、威厳を強調する様式は、アアフガニスタンのスルフ・コタルのカニシュカ神殿址から出土した王像と著しい類似を示していて興味深い。”と解説されている。



Kushana Emperor Wiwa Kads Phises on the throne, Mathura 1AD
"インド美術史”に紹介されており、それには、”ヴィマ・カドフィセス(?)王倚像、マート出土、高さ208cm”とある。
”マトゥラー郊外のマート神殿址から出土したクシャーン王侯の像は、そのテーマのみならず、正面性の強い堂々たる造形感覚からいっても、パルティア美術に通じる新しいイラニズムが顕著に認められる。ヴィマ・カドフィセスとみられる王像で、頭部を欠くが、筒袖の遊牧服に身をかため、大きな長靴をはいて、獅子を両端に配した椅子に威儀を正しく腰かけている”と解説されている。



Buddha in Meditation, Late Kushana



Slab showing Scenes of Buddha Life: birth, enlightment, decent from Heaven and passing away, Mathura 2AD

このレリーフは、1984年に来日しているので、図録の説明を載せる。

仏伝図
クシャーン時代 2-3世紀
マトゥラー出土
赤砂岩 68X107X15cm
 
マトゥラー市の仏教寺院を飾っていたもので、仏陀の生涯の一部を表現した石板である。この框(かまち)は、向かって右から、ルンビニー園でのマーヤー夫人からのシャキャムニ誕生、花壇は童子シャキャムニが「天上天下唯我独尊」と宣言し、竜王が潅頂しているところ。次は、菩提樹下での降魔成道の場面、下段に悪魔の男女神が描かれている。次は、兜卒天マーヤー夫人に説法した後、宝梯で降下してきがシャキャムニ、梵天、帝釈天を三本の梯子の中に造形している。次は、舎衛城の神変図で、シャキャムニが舎衛城の郊外で火遁、空中飛翔の魔術を用いて大衆を教化した故事が表現されている。



Relief showing the extinction of Buddha 2AD
コメント
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