
今日の千葉は、小雨。夜には雨の音も聞こえていました。皆さんの住んでいる所はどうでしたか。
はるか昔の、その昔。
私が中学一年生のバレンタインの朝、誰も来ていない学校の校舎は、深い霧の向こう側にありました。校門の前で友人Hと待ち合わせをしていた私は、目の前が見えないと言う霧の深さに驚きながらも、感激していました。
そんな霧は、生まれて初めて経験したからです。そしてバレンタインも。
でも、このバレンタインの経験は、私のではありません。友人Hに頼まれたのです。
Hが小学生の時から好きだったOにチョコを渡す為に、誰も来ていない学校にやってきたのです。あんまり早く来ると、昇降口に鍵がかかっていることを初めて知りました。
それで、どうしたのかっていうと、開いている窓を探して、忍び込んだのですよ。
今だったらセコムか何かに、通報が行ってしまいますかしら。
この頃、バレンタインなんて全然流行っていなかったのですよ。そんなことするのは、クラスで一人ぐらいです。その物好きな一人がHです。そして、その物好きに付き合って、窓から忍び込んでいたのが私です。
チョコレートに付ける手紙を私に書けとHは、私に言いました。私は字に自信なんかはありませんでしたが、Hは絵のような字を書く人だったので、代筆を引き受けることにしました。
「何て書くの?」と聞くと、考えてくれと言います。モンゴメリーかぶれの私になんか頼んじゃぁいけませんよ。
―あなたをずっと、ずっと尊敬しています― みたいなことを書いちゃいましたよ。中学一年生で。
「名前はどうするの?」と聞いたら、書かないと言います。書かないって、・・・いいのかな・・・でも、HがOを好きなのは有名だし、こんなことしそうなのも分かりそうなものだから、書かないのがいいのかもと思ってしまいました。
二人でOの机の中にそっと忍ばせました。
きっと、あの時Hはドキドキしていたでしょうね。私はワクワクしていましたよ。いいナァ、H。こんな事出来る相手がいてと、羨ましくなりました。私にはOのよさが分かりません。いいのは顔だけですよ。Hは面食いだったのですね。
Hは、その日、Oのクラスにそっと様子を伺いに行きました。友達にも探りを入れていたみたいです。私は放課後そっとHにどうしたのか聞きました。
Hは、すっかり落ち込んでいました。
なぜなら、Oは休み時間にチョコレートに気付き、大きな声で
「なんだー、これ」と言って、その場で開封し、
「誰だよー」とか言いながら、周りの席の男の子たちとその場で、ムシャムシャ食べてしまったのだそうです。
今思い出しても「バカなの、あなたって。」とか言ってやりたくなりますよね。
名前はやっぱり書けばよかった、もっと気の効いた事を書けばよかったとかHは嘆いていました。
―ちょっと、何か、私に八つ当たりしてない―と、思ったかどうか、あまりに昔のことで忘れました。
でも、こいつには名前を書いても、たぶん同じだったかなと私は思いましたよ。名前なんか書いていたら、大変な目にあっていたと思いますよ。クワバラクワバラ。
私の一番最初のバレンタインの思い出は、「霧のバレンタイン」です。
だけど、O君、あの時のチョコレートは美味しかったですか。Hのきらきらハートの味はしませんでしたか?