《ショートショート》※ 少し書き加えました。
未来のある日。
私は大きな門の前に立っていました。
「ああとうとう、私もこの門の前に来たんだな。」
ほんの少しの悲しみと虚しさを感じながらも、なぜか一つの仕事をやり遂げたような、そんな気持ちにさえなっていました。
その門は、自分に与えられた時間が無くなってしまった後に辿り着く門でした。
そこには無口な門番が立っていました。
「私が来ました。」
そのように門の前で堂々と言うと、その門番は黙ったまま私の背後を指さしたのでした。
振り向くと、果てなく続く丘が目に飛び込んできました。
そしてそこには、この門の並びにある狭い入口から中に入ろうと、
人々がずっとずっとひしめき合って、果てもなく続く丘を埋め尽くしていたのです。
ただ人々の丘は、天空からの星々の光が反射しているのか、眩しいほど輝いていて、目を細めなければ見えず、
最初には気が付かなかったのでした。
「私はこちらの門からは入れないのですか。」
驚いてそう聞くと、その門番は黙って頷きました。
ああ、そうなのか。
それがここでの仕組みなんだな。
そう思いました。
ところが意に反して、私は膝をガクンと落とし立てなくなってしまったのです。
そしてハラハラと涙を零しました。
涙が涙を呼んで、
私は激しく嗚咽し、
そして、とうとう大きく声を張り上げて、
泣き女のバンジーのように、悲鳴をあげながら泣くようになってしまいました。
「大丈夫だ。皆ここではそうやって泣く。」
そう声が聞こえたので、驚いて顔をあげると、
先程の門番とは違う別の門番が立っていました。
ただその門番は丘の方に立っていたので、眩しくて顔がはっきりとは見えませんでした。
「悲しいのではありません。」
私はちょっとだけ嘘をつきました。
しっかりと悲しかったのです。
「虚しいからでもありません。」
また私は小さく嘘をつきました。
本当はとても虚しかったのです。
だけど
「恥ずかしいのです。」
と私は言い、それがこの涙の理由である事が分かりました。
「確かにわたくしは、地上にいる時は
何もなさず、また為す力もなく
ちっぽけで
過ぎる時間と季節をただ眺め、虚しく過ごし、
自分に与えられた時間を、ひたすらに通り過ぎてきただけの者かも知れません。
それでもわたくしは感じておりました。
きっとこの扉の向こうにいる方ではないかと思うのですが、
誰かが私を愛し見守り、そして守ってくれているのだと。
だから時には不公平な扱いや理不尽な世の習いにも、耐えてくることが出来たように思うのです。
わたくしは大事な方に愛されている特別な人なのだと信じてきたからだと思います。
それなのに・・・・・・
なんと恥ずかしい事でしょう。
わたくしは何にも特別な者などではなく、
地上にいた時と同じように、何の取り柄もないような惨めな存在だったのですね。
なんと惨めな事でしょう。
何故にわたくしは、自分をそのような特別な人なのだと思い込んでしまったのでしょうか。」
と言って、またさめざめと涙を落したのでした。
「それが真実だからなのではないのか。」
と門番は優しい声で言いました。
「愛されて見守られ、そして守られてきたのだよ。」
私はゆっくりと顔をあげ、その門番の顔を見ようとしました。
だけど門番が
「ほら見てごらん。」
と、丘の方を指さしたので
私は振り向いて、キラキラと光り輝いている人々がひしめき合っている丘の方を見たのでした。
「あの丘にいる人々もまた、同じように愛されて見守られ守られてきた者たちなんだと思うよ。
ある者はたった一度のその者だけの時間を、他者の命を奪うモンスターとなって潰えてしまった。
またある者はそのモンスターに夢半ばで理不尽にも命を奪われてしまった。
例えそのような者たちであったとしても、やはり同じように愛されていたんだよ。」
そう門番は少し悲しそうな声で言いました。
私はようやく立ち上がり、その丘の人々を眺めていました。
あの丘が光り輝いていたのは、星々の光が反射していたからではなかったのだなと気が付きました。
彼らは皆、特別な人だったからー。
神の愛とやらも仏の慈悲とやらも、
誰かを選んで与えられたものではなかったのだなと、私はしみじみと思い直しました。
「それに、」
と、また門番は言いました。
「あの丘に並ぶのは、また違う意味があるんだよ。既に時の概念は止まり、
あの丘の向こうからこの狭い入口にやってくるまでを、長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれだ。
だけど人はその間に、地上にいた時の事を悔やんでみたり思い出しては幸せな気持ちになったりするんだよ。
時には、その悔いの想いでのたうち回り、業火に焼かれる悪夢さえ見る。
または美しき心に反応して、見た事ものない花園をイメージの中で作りだしたりもする。
だけどやがては、」
そう言いかけて、門番は黙ってしまいました。
「怖い。」
そう私は思いました。
業火で焼かれる夢を見るか、それとも美しき花園の夢を見るのか、
私はどちらなのでしょう。
だけど心の奥底では、なんとなく自分の見る夢が分かっているような気がしました。
私はきっと、普通に朝起きて家族のために食事を作り、そして未来の夢を見て本を読んだり絵を描いたりして一日を過ごし、笑ったり怒ったり涙したり、誰かを心を込めて愛したり、そんな地上にいた時と何ら変わらない、そんな夢を見続けるのではないだろうかとー。
「だけど、私は行きますね。
だって私もまた特別な人のひとりなのでしょう。」
だから怖くても大丈夫。
そう自分に言い聞かせると、門番は優しく肩をトントンとたたきました。
「ところであなたは、本当に門番なの。」
そう言って振り向くと、
その者は既に何処にもいませんでした。
驚いて、辺りを見回す私に、
少し離れて立っていた無口な門番は、大きく二回ゆっくりと頷いて見せたのでした。