では、令状主義の精神を没却する重大な違法とは、どのようなものを言うのか。
捜査段階で、令状主義の精神を没却する重大な違法があったため、その捜査で得られた証拠を、裁判で使えないとした唯一の最高裁判所の判例があります。
平成15年2月14日第二小法廷判決です。
どのような違法な捜査がなされたか。
この判例を読んだとき、はっきりいって驚きました。
ものすごく特異なケースだとは思いますが。
1、逮捕状が出されているにも関わらず、警察官は、携行し忘れて逮捕の現場に行った。
2、逮捕状の携行がなかったとしても「緊急執行」の方法がとれたのに、それをしなかった。
3、逮捕状を携行して現場で適正な逮捕手続きをしたと、警察はうその報告書を作成した。
4、逮捕状を携行して現場で適正な逮捕手続きをしたと、警察はうその証言を法廷でした。
何重にも、警察官は、ミスを隠ぺいしようとしています。
この違法逮捕によって得られた証拠は、「将来の違法捜査の抑制の見地から」、その犯人の裁判で用いてはならないと証拠排除がなされることとなりました。
ここで、私達が、知らなければならないことは、ある警察官が違法捜査をしたという単なる一事件で終わらせるのではなく、普遍的に解釈する必要があります。
すなわち、権力は、都合によりうそをつくということ、今回は幸いにして裁判所が見抜きましたが、そのうそを見抜く何重もの仕組みが必要であるということです。
「公益」「公の秩序」の名の下で、権力は、なんでもありなことをしうる点に注意をせねばなりません。
今回は、覚せい剤をとりしまる正義のためであり、その点はよしとしても。
事実関係を、判決文から見てみます。
なお、たとえ警察官でも、法廷で、うその証言をすることは、罰せられます。
刑法
(偽証)
第百六十九条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。
***判決文****
1 原判決の認定及び記録によれば,本件捜査及びその後の経過は,次のとおり
である。
(1) 被告人に対しては,かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕
状」という。)が発付されていたところ,平成10年5月1日朝,滋賀県大津警察
署の警部補横山寛外2名の警察官は,被告人の動向を視察し,その身柄を確保する
ため,本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に
赴いた。
(2) 上記警察官3名は,被告人方前で被告人を発見して,任意同行に応ずるよ
う説得したところ,被告人は,警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応
じず,突然逃走して,隣家の敷地内に逃げ込んだ。
(3) 被告人は,その後,隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追い
かけられて,更に逃走したが,同日午前8時25分ころ,被告人方付近の路上(以
- 1 -
下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され,片手錠を掛けられて捕縛
用のロープを身体に巻かれ,逮捕された。
(4) 被告人は,被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したもの
の,上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ
,同車両で大津警察署に連行され,同日午前11時ころ同署に到着した後,間もな
く警察官から本件逮捕状を呈示された。
(5) 本件逮捕状には,同日午前8時25分ころ,本件現場において本件逮捕状
を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり,さらに,同警察
官は,同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。
(6) 被告人は,同日午後7時10分ころ,大津警察署内で任意の採尿に応じた
が,その際,被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について
滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ,覚せい剤成分が検
出された。
(7) 同月6日,大津簡易裁判所裁判官から,被告人に対する覚せい剤取締法違
反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され,
既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せ
て同日執行され,被告人方の捜索が行われた結果,被告人方からビニール袋入り覚
せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。
(8) 被告人は,同年6月11日,「法定の除外事由がないのに,平成10年4
月中旬ころから同年5月1日までの間,三重県下若しくはその周辺において,覚せ
い剤若干量を自己の身体に摂取して,使用した」との事実(公訴事実第1),及び
「同年5月6日,同県上野市内の被告人方において,覚せい剤約0.423gをみ
だりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され,同年10月15日,
本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
- 2 -
(9) 上記被告事件の公判において,本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争わ
れ,被告人側から,逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張
がされたのに対し,前記3名の警察官は,証人として,本件逮捕状を本件現場で被
告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は,上記
証言を信用せず,警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし,逮捕時
に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に,採証法則
違反の違法は認められない。)。
****判決文抜粋終わり*****
*******判決文全文 最高裁ホームページより********
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115333247524.pdf
主 文
原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関す
る部分を破棄する。
前項の部分を大津地方裁判所に差し戻す。
原判決中,その余の部分につき本件上告を棄却する。
理 由
検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用する
ものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反の主張であって,刑
訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,以下のとおり,原判
決のうち,覚せい剤使用に関する部分は是認することができるが,覚せい剤所持及
び窃盗に関する部分は破棄を免れない。
1 原判決の認定及び記録によれば,本件捜査及びその後の経過は,次のとおり
である。
(1) 被告人に対しては,かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕
状」という。)が発付されていたところ,平成10年5月1日朝,滋賀県大津警察
署の警部補横山寛外2名の警察官は,被告人の動向を視察し,その身柄を確保する
ため,本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に
赴いた。
(2) 上記警察官3名は,被告人方前で被告人を発見して,任意同行に応ずるよ
う説得したところ,被告人は,警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応
じず,突然逃走して,隣家の敷地内に逃げ込んだ。
(3) 被告人は,その後,隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追い
かけられて,更に逃走したが,同日午前8時25分ころ,被告人方付近の路上(以
- 1 -
下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され,片手錠を掛けられて捕縛
用のロープを身体に巻かれ,逮捕された。
(4) 被告人は,被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したもの
の,上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ
,同車両で大津警察署に連行され,同日午前11時ころ同署に到着した後,間もな
く警察官から本件逮捕状を呈示された。
(5) 本件逮捕状には,同日午前8時25分ころ,本件現場において本件逮捕状
を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり,さらに,同警察
官は,同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。
(6) 被告人は,同日午後7時10分ころ,大津警察署内で任意の採尿に応じた
が,その際,被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について
滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ,覚せい剤成分が検
出された。
(7) 同月6日,大津簡易裁判所裁判官から,被告人に対する覚せい剤取締法違
反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され,
既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せ
て同日執行され,被告人方の捜索が行われた結果,被告人方からビニール袋入り覚
せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。
(8) 被告人は,同年6月11日,「法定の除外事由がないのに,平成10年4
月中旬ころから同年5月1日までの間,三重県下若しくはその周辺において,覚せ
い剤若干量を自己の身体に摂取して,使用した」との事実(公訴事実第1),及び
「同年5月6日,同県上野市内の被告人方において,覚せい剤約0.423gをみ
だりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され,同年10月15日,
本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
- 2 -
(9) 上記被告事件の公判において,本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争わ
れ,被告人側から,逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張
がされたのに対し,前記3名の警察官は,証人として,本件逮捕状を本件現場で被
告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は,上記
証言を信用せず,警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし,逮捕時
に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に,採証法則
違反の違法は認められない。)。
2 以上の事実を前提として,原審が違法収集証拠に当たるとして証拠から排除
した被告人の尿に関する鑑定書,これを疎明資料として発付された捜索差押許可状
により押収された本件覚せい剤,本件覚せい剤に関する鑑定書について,その証拠
能力を検討する。
(1) 【要旨1】本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執
行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過
から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は
,その手続的な違法を糊塗するため,前記のとおり,逮捕状へ虚偽事項を記入し,
内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をして
いるのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的
に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却する
ような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そ
して,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来におけ
る違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定す
べきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・
刑集32巻6号1672頁参照)。
(2) 前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿
- 3 -
は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証
拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきも
のである。
したがって,原判決の判断は,上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り
,相当である。
(3) 次に,【要旨2】本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし
,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた
捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記
(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と
関連性を有する証拠というべきである。
しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状に
よってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗
事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件
の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は
密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関す
る鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,
これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することは
できない。
そうすると,原判決は,上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適
用の誤りがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
(4) なお,原判決が維持した第1審判決は,被告人の尿に関する鑑定書,本件
覚せい剤,これに関する鑑定書をいずれも違法収集証拠として排除した結果,本件
公訴事実中,覚せい剤使用及び所持の点については,犯罪の証明がないとして,い
ずれも無罪とし,窃盗の点についてのみ有罪として,懲役1年6月の刑を科したも
- 4 -
のであるところ,前記のとおり,覚せい剤使用の事実については第1審判決の無罪
の判断を維持すべきであるが,覚せい剤所持の事実については,第1審判決の無罪
の判断は破棄を免れず,覚せい剤所持の事実が認められれば,その罪と窃盗の罪と
は刑法45条前段の併合罪となり得るので,上記の両事実に関する部分を破棄し,
更に審理を尽くさせる必要がある。
よって,原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関する部分について
は,刑訴法411条1号によりこれを破棄し,同法413条本文により,更に審理
を尽くさせるため,上記破棄部分を大津地方裁判所に差し戻し,原判決中,その余
の部分については,検察官の上告は理由がないことに帰するので,同法414条,
396条により,これを棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとお
り判決する。
検察官山田弘司 公判出席
(裁判長裁判官 梶谷 玄 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山
継夫 裁判官 滝井繁男)
捜査段階で、令状主義の精神を没却する重大な違法があったため、その捜査で得られた証拠を、裁判で使えないとした唯一の最高裁判所の判例があります。
平成15年2月14日第二小法廷判決です。
どのような違法な捜査がなされたか。
この判例を読んだとき、はっきりいって驚きました。
ものすごく特異なケースだとは思いますが。
1、逮捕状が出されているにも関わらず、警察官は、携行し忘れて逮捕の現場に行った。
2、逮捕状の携行がなかったとしても「緊急執行」の方法がとれたのに、それをしなかった。
3、逮捕状を携行して現場で適正な逮捕手続きをしたと、警察はうその報告書を作成した。
4、逮捕状を携行して現場で適正な逮捕手続きをしたと、警察はうその証言を法廷でした。
何重にも、警察官は、ミスを隠ぺいしようとしています。
この違法逮捕によって得られた証拠は、「将来の違法捜査の抑制の見地から」、その犯人の裁判で用いてはならないと証拠排除がなされることとなりました。
ここで、私達が、知らなければならないことは、ある警察官が違法捜査をしたという単なる一事件で終わらせるのではなく、普遍的に解釈する必要があります。
すなわち、権力は、都合によりうそをつくということ、今回は幸いにして裁判所が見抜きましたが、そのうそを見抜く何重もの仕組みが必要であるということです。
「公益」「公の秩序」の名の下で、権力は、なんでもありなことをしうる点に注意をせねばなりません。
今回は、覚せい剤をとりしまる正義のためであり、その点はよしとしても。
事実関係を、判決文から見てみます。
なお、たとえ警察官でも、法廷で、うその証言をすることは、罰せられます。
刑法
(偽証)
第百六十九条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。
***判決文****
1 原判決の認定及び記録によれば,本件捜査及びその後の経過は,次のとおり
である。
(1) 被告人に対しては,かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕
状」という。)が発付されていたところ,平成10年5月1日朝,滋賀県大津警察
署の警部補横山寛外2名の警察官は,被告人の動向を視察し,その身柄を確保する
ため,本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に
赴いた。
(2) 上記警察官3名は,被告人方前で被告人を発見して,任意同行に応ずるよ
う説得したところ,被告人は,警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応
じず,突然逃走して,隣家の敷地内に逃げ込んだ。
(3) 被告人は,その後,隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追い
かけられて,更に逃走したが,同日午前8時25分ころ,被告人方付近の路上(以
- 1 -
下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され,片手錠を掛けられて捕縛
用のロープを身体に巻かれ,逮捕された。
(4) 被告人は,被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したもの
の,上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ
,同車両で大津警察署に連行され,同日午前11時ころ同署に到着した後,間もな
く警察官から本件逮捕状を呈示された。
(5) 本件逮捕状には,同日午前8時25分ころ,本件現場において本件逮捕状
を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり,さらに,同警察
官は,同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。
(6) 被告人は,同日午後7時10分ころ,大津警察署内で任意の採尿に応じた
が,その際,被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について
滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ,覚せい剤成分が検
出された。
(7) 同月6日,大津簡易裁判所裁判官から,被告人に対する覚せい剤取締法違
反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され,
既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せ
て同日執行され,被告人方の捜索が行われた結果,被告人方からビニール袋入り覚
せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。
(8) 被告人は,同年6月11日,「法定の除外事由がないのに,平成10年4
月中旬ころから同年5月1日までの間,三重県下若しくはその周辺において,覚せ
い剤若干量を自己の身体に摂取して,使用した」との事実(公訴事実第1),及び
「同年5月6日,同県上野市内の被告人方において,覚せい剤約0.423gをみ
だりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され,同年10月15日,
本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
- 2 -
(9) 上記被告事件の公判において,本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争わ
れ,被告人側から,逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張
がされたのに対し,前記3名の警察官は,証人として,本件逮捕状を本件現場で被
告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は,上記
証言を信用せず,警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし,逮捕時
に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に,採証法則
違反の違法は認められない。)。
****判決文抜粋終わり*****
*******判決文全文 最高裁ホームページより********
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115333247524.pdf
主 文
原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関す
る部分を破棄する。
前項の部分を大津地方裁判所に差し戻す。
原判決中,その余の部分につき本件上告を棄却する。
理 由
検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用する
ものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反の主張であって,刑
訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,以下のとおり,原判
決のうち,覚せい剤使用に関する部分は是認することができるが,覚せい剤所持及
び窃盗に関する部分は破棄を免れない。
1 原判決の認定及び記録によれば,本件捜査及びその後の経過は,次のとおり
である。
(1) 被告人に対しては,かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕
状」という。)が発付されていたところ,平成10年5月1日朝,滋賀県大津警察
署の警部補横山寛外2名の警察官は,被告人の動向を視察し,その身柄を確保する
ため,本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に
赴いた。
(2) 上記警察官3名は,被告人方前で被告人を発見して,任意同行に応ずるよ
う説得したところ,被告人は,警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応
じず,突然逃走して,隣家の敷地内に逃げ込んだ。
(3) 被告人は,その後,隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追い
かけられて,更に逃走したが,同日午前8時25分ころ,被告人方付近の路上(以
- 1 -
下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され,片手錠を掛けられて捕縛
用のロープを身体に巻かれ,逮捕された。
(4) 被告人は,被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したもの
の,上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ
,同車両で大津警察署に連行され,同日午前11時ころ同署に到着した後,間もな
く警察官から本件逮捕状を呈示された。
(5) 本件逮捕状には,同日午前8時25分ころ,本件現場において本件逮捕状
を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり,さらに,同警察
官は,同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。
(6) 被告人は,同日午後7時10分ころ,大津警察署内で任意の採尿に応じた
が,その際,被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について
滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ,覚せい剤成分が検
出された。
(7) 同月6日,大津簡易裁判所裁判官から,被告人に対する覚せい剤取締法違
反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され,
既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せ
て同日執行され,被告人方の捜索が行われた結果,被告人方からビニール袋入り覚
せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。
(8) 被告人は,同年6月11日,「法定の除外事由がないのに,平成10年4
月中旬ころから同年5月1日までの間,三重県下若しくはその周辺において,覚せ
い剤若干量を自己の身体に摂取して,使用した」との事実(公訴事実第1),及び
「同年5月6日,同県上野市内の被告人方において,覚せい剤約0.423gをみ
だりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され,同年10月15日,
本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。
- 2 -
(9) 上記被告事件の公判において,本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争わ
れ,被告人側から,逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張
がされたのに対し,前記3名の警察官は,証人として,本件逮捕状を本件現場で被
告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は,上記
証言を信用せず,警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし,逮捕時
に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に,採証法則
違反の違法は認められない。)。
2 以上の事実を前提として,原審が違法収集証拠に当たるとして証拠から排除
した被告人の尿に関する鑑定書,これを疎明資料として発付された捜索差押許可状
により押収された本件覚せい剤,本件覚せい剤に関する鑑定書について,その証拠
能力を検討する。
(1) 【要旨1】本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執
行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過
から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は
,その手続的な違法を糊塗するため,前記のとおり,逮捕状へ虚偽事項を記入し,
内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をして
いるのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的
に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却する
ような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そ
して,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来におけ
る違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定す
べきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・
刑集32巻6号1672頁参照)。
(2) 前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿
- 3 -
は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証
拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきも
のである。
したがって,原判決の判断は,上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り
,相当である。
(3) 次に,【要旨2】本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし
,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた
捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記
(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と
関連性を有する証拠というべきである。
しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状に
よってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗
事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件
の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は
密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関す
る鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,
これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することは
できない。
そうすると,原判決は,上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適
用の誤りがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
(4) なお,原判決が維持した第1審判決は,被告人の尿に関する鑑定書,本件
覚せい剤,これに関する鑑定書をいずれも違法収集証拠として排除した結果,本件
公訴事実中,覚せい剤使用及び所持の点については,犯罪の証明がないとして,い
ずれも無罪とし,窃盗の点についてのみ有罪として,懲役1年6月の刑を科したも
- 4 -
のであるところ,前記のとおり,覚せい剤使用の事実については第1審判決の無罪
の判断を維持すべきであるが,覚せい剤所持の事実については,第1審判決の無罪
の判断は破棄を免れず,覚せい剤所持の事実が認められれば,その罪と窃盗の罪と
は刑法45条前段の併合罪となり得るので,上記の両事実に関する部分を破棄し,
更に審理を尽くさせる必要がある。
よって,原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関する部分について
は,刑訴法411条1号によりこれを破棄し,同法413条本文により,更に審理
を尽くさせるため,上記破棄部分を大津地方裁判所に差し戻し,原判決中,その余
の部分については,検察官の上告は理由がないことに帰するので,同法414条,
396条により,これを棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとお
り判決する。
検察官山田弘司 公判出席
(裁判長裁判官 梶谷 玄 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山
継夫 裁判官 滝井繁男)