事案:
未成年者Xは、Y(Xの父親であるとされ、Xの母親でありかつ法定代理人である訴外Aと内縁関係にある)に対して、Yが自分の父であることを認める認知請求訴訟を提起した。
Xが第1審で、勝訴。
Y控訴。
訴え提起された後も、Yは内縁関係の継続と訴えの取り下げを求めて、A宅に押しかけていた。
Yの態度に腹を立てたXの母親Aは、ある日、Y所有の自動車にYを誹謗する言葉を書き付けてYの車に傷をつけた。
すると、Yは、これを奇貨として、真意では告訴する気はないにも関わらず、訴えを取りさげなければ、器物損壊罪で告訴すると母親Aに告げた。
Aは、告訴され、警察に取り調べを受けたり、刑事処分を受けたりすることになれば、幼児であるXの養育が困難になることをおそれて、Yの持参した訴え取り下げ同意書に署名押印した。
Yが同書面を裁判所に提出した。
Aは、弁護士に相談して、これは、民法(96条1項)に定める強迫による意思表示によってなされたものであり、これを取り消す旨を記載した上申書を裁判所に提出した。
控訴審、Yの訴え第1審を維持して棄却。
Y上告。
Y側の言い分
〇訴訟行為には、無効はない。
〇仮に刑事上罰すべき他人の行為による取り下げの無効を認めるとしても、有罪判決の確定、または少なくとも当該行為についての告訴が必要である。
裁判所は、訴えの取り下げの意思表示についてどのように判断すべきか。
*****民法*****
(詐欺又は強迫)
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
*****民事訴訟法上の問題点*******************
訴訟行為への私法規定の適用
Q、訴訟行為に対して、民法など実体私法の規定を適用して、その無効・取り消しを主張することはできるか。
A、
否定説(判例・通説)
肯定説
折衷説
************************
(旧民訴法420条1項5号→現行338条1項5号)
現行 民事訴訟法
(再審の事由)
第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
四 判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
六 判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七 証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九 判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十 不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2 前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3 控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。
***********最高裁の考え方******************************
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52039&hanreiKbn=02
事件番号
昭和46(オ)243
事件名
認知請求
裁判年月日
昭和46年06月25日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第25巻4号640頁
原審裁判所名
高松高等裁判所
原審事件番号
昭和43(ネ)96
原審裁判年月日
昭和45年10月20日
判示事項
刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下の効力
裁判要旨
詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下は、民訴法四二〇条一項五号の法意に照らし、無効と解すべきである。
参照法条
民訴法236条,民訴法420条1項5号
********************************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120448032562.pdf
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人佐野孝次の上告理由について。
訴の取下は訴訟行為であるから、一般に行為者の意思の瑕疵がただちにその効力
を左右するものではないが、詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為により
訴の取下がなされるにいたつたときは、民訴法四二〇条一項五号(現行338条1項5号)の法意に照らし、
その取下は無効と解すべきであり、また、右無効の主張については、いつたん確定
した判決に対する不服の申立である再審の訴を提起する場合とは異なり、同条二項(現行338条2項)
の適用はなく、必ずしも右刑事上罰すべき他人の行為につき、有罪判決の確定ない
しこれに準ずべき要件の具備、または告訴の提起等を必要としないものと解するの
が相当である。そして、被上告人法定代理人のした本件の訴の取下が、上告人の刑
事上罰すべき強要行為によつてなされたものであるとした原判決の事実認定・判断
は、挙示の証拠に照らして肯認することができる。したがつて、本件訴の取下は無
効であるとして本案につき審理判断をした原判決は正当であつて、その認定・判断
に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 岡 原 昌 男
裁判官 色 川 幸 太 郎
裁判官 村 上 朝 一
裁判官 小 川 信 雄
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未成年者Xは、Y(Xの父親であるとされ、Xの母親でありかつ法定代理人である訴外Aと内縁関係にある)に対して、Yが自分の父であることを認める認知請求訴訟を提起した。
Xが第1審で、勝訴。
Y控訴。
訴え提起された後も、Yは内縁関係の継続と訴えの取り下げを求めて、A宅に押しかけていた。
Yの態度に腹を立てたXの母親Aは、ある日、Y所有の自動車にYを誹謗する言葉を書き付けてYの車に傷をつけた。
すると、Yは、これを奇貨として、真意では告訴する気はないにも関わらず、訴えを取りさげなければ、器物損壊罪で告訴すると母親Aに告げた。
Aは、告訴され、警察に取り調べを受けたり、刑事処分を受けたりすることになれば、幼児であるXの養育が困難になることをおそれて、Yの持参した訴え取り下げ同意書に署名押印した。
Yが同書面を裁判所に提出した。
Aは、弁護士に相談して、これは、民法(96条1項)に定める強迫による意思表示によってなされたものであり、これを取り消す旨を記載した上申書を裁判所に提出した。
控訴審、Yの訴え第1審を維持して棄却。
Y上告。
Y側の言い分
〇訴訟行為には、無効はない。
〇仮に刑事上罰すべき他人の行為による取り下げの無効を認めるとしても、有罪判決の確定、または少なくとも当該行為についての告訴が必要である。
裁判所は、訴えの取り下げの意思表示についてどのように判断すべきか。
*****民法*****
(詐欺又は強迫)
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
*****民事訴訟法上の問題点*******************
訴訟行為への私法規定の適用
Q、訴訟行為に対して、民法など実体私法の規定を適用して、その無効・取り消しを主張することはできるか。
A、
否定説(判例・通説)
肯定説
折衷説
************************
(旧民訴法420条1項5号→現行338条1項5号)
現行 民事訴訟法
(再審の事由)
第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
四 判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
六 判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七 証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九 判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十 不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2 前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3 控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。
***********最高裁の考え方******************************
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52039&hanreiKbn=02
事件番号
昭和46(オ)243
事件名
認知請求
裁判年月日
昭和46年06月25日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第25巻4号640頁
原審裁判所名
高松高等裁判所
原審事件番号
昭和43(ネ)96
原審裁判年月日
昭和45年10月20日
判示事項
刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下の効力
裁判要旨
詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下は、民訴法四二〇条一項五号の法意に照らし、無効と解すべきである。
参照法条
民訴法236条,民訴法420条1項5号
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http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120448032562.pdf
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人佐野孝次の上告理由について。
訴の取下は訴訟行為であるから、一般に行為者の意思の瑕疵がただちにその効力
を左右するものではないが、詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為により
訴の取下がなされるにいたつたときは、民訴法四二〇条一項五号(現行338条1項5号)の法意に照らし、
その取下は無効と解すべきであり、また、右無効の主張については、いつたん確定
した判決に対する不服の申立である再審の訴を提起する場合とは異なり、同条二項(現行338条2項)
の適用はなく、必ずしも右刑事上罰すべき他人の行為につき、有罪判決の確定ない
しこれに準ずべき要件の具備、または告訴の提起等を必要としないものと解するの
が相当である。そして、被上告人法定代理人のした本件の訴の取下が、上告人の刑
事上罰すべき強要行為によつてなされたものであるとした原判決の事実認定・判断
は、挙示の証拠に照らして肯認することができる。したがつて、本件訴の取下は無
効であるとして本案につき審理判断をした原判決は正当であつて、その認定・判断
に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 岡 原 昌 男
裁判官 色 川 幸 太 郎
裁判官 村 上 朝 一
裁判官 小 川 信 雄
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