Annotated Critique of United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation (UNSCEAR) October 2013 Fukushima Report to the UN General Assembly
http://www.psr.org/assets/pdfs/critique-of-unscear-fukushima.pdf
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の国連総会への2013年10月のフクシマ報告書についての注釈付き論評
http://fukushimavoice2.blogspot.jp/2013/10/unscear201310.html
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の国連総会への2013年10月のフクシマ報告書についての注釈付き論評
社会的責任を果たすための医師団(PSR)、米国
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、ドイツ
社会的責任を果たすための医師団/核戦争防止国際会議、スイス
核戦争防止医師協会、フランス
核戦争防止医師協会、イタリア
人類の福祉のためのナイジェリア医師会
社会的責任を果たすための医師団、マレーシア
オランダ医学戦争学協会、オランダ
Independent WHO−原子力と健康への影響
「骨に癌ができ、血液は白血病を患い、肺に毒が入ってしまった子供たちや孫たちの数は、自然由来の健康被害と比べると統計的に小さいと思えるかもしれない。しかし、これは自然由来の健康被害ではない。さらに、統計的な問題でもない。人間の命が1人分でさえも失われるということ、あるいは、赤ちゃんが1人でも奇形を持って生まれてくるということは、例えその赤ちゃんが、我々が皆死んでしまったずっと後に生まれて来るかもしれなくても、我々全員にとって重要なことであるべきだ。我々の子供たちや孫たちは、我々が無関心を装ってもよいような、単なる統計ではない。」
ジョン・F・ケネディー、1963年7月26日
「リスクモデルによる推定は癌リスクの増加を示唆するが、放射線誘発性の癌は、現時点では、他の癌と区別がつかない。ゆえに、この集団における、事故による放射線被ばくのせいである癌発症率の識別し得る増加は予期されない。」
UNSCEARの国連総会への報告書、2013年10月25日
概要
I.
はじめに
II.
考慮すべき10の問題
1) 日本でより大きな大惨事を防いだ主要因は風向きだった
2) 原子力災害は進行中であり、放射性物質を放出し続けている
3) 放射性物質の放出と放射線への被ばくの推定は、中立的な情報源に基づくべきである
4) 福島産の農作物の推奨は、放射線被ばくのリスクを増加させる
5) ホールボディーカウンターは、内部被ばく量を過小評価する
6) 東電の作業員の線量評価は信頼できない
7) 胎児の放射線への特別な脆弱性が考慮されていない
8) 甲状腺癌や他の癌は何十年もモニタリングする必要がある
9) 非癌疾患や放射線の遺伝的影響も、またモニタリンングされるべきである
10) 放射能フォールアウトと自然放射線との比較は誤解を招く
III.
結論
*****
I) はじめに
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、より健康的で、より安全で、より平和な世界を目指して活動する医師達の世界的な連盟である。IPPNWの支部は、60ヶ国以上で、核廃絶を支持し、核のない世界を提唱する団体として活動している。IPPNWの活動は、1985年にノーベル平和賞を授賞した。この論評は、IPPNWの米国支部、ドイツ支部、フランス支部、オランダ支部、マレーシア支部、ナイジェリア支部、イタリア支部、およびスイス支部によって提出された。
2011年に、IPPNW役員会は、核兵器がない世界というゴールに向けて、核の連鎖の中の軍事部門と民生部門の間の強い相互依存性を指摘することで、より包括的なスタンスをとることに全会一致で同意した。核兵器が存在しない世界は、我々が原子力から手を引かなければ可能ではない。医師として、我々はまた、ウラン採掘や放射性廃棄物処理場の公衆衛生への影響、世界中で高濃度放射性の核分裂性物質を処理および輸送することに伴う危険、原子力の民生利用に伴うコントロール不能のリスク、核分裂性物質の民生および軍事での重複利用の可能性とその結果である核兵器拡散のリスクから、核兵器実験の世界的な健康影響と解決されていない核廃棄物の問題などの核の連鎖のすべての側面による環境および健康影響を深く懸念している。地球上に存在するすべての人間は、軍および工業による放射能汚染が存在しない、健康と幸せと一致した環境に住む権利を持つ。
2011年3月のフクシマの炉心溶融の後で、IPPNWの医師達は、福島県の被災した多くの家族、地元の政治家や医師達から連絡を受け、放射能フォールアウトによる健康影響についての専門的知識を求められた。これまでの2年半で、IPPNWの医師達は、汚染地域の住民が有効な科学的情報を収集し、子供達を放射線の有害な影響から守るのを支援してきた。
多くの場合、IPPNWは、原子力産業とロビー団体による、大惨事の影響を隠そうとする試みに批判的に立ち向かい、公的に非難しなければいけなかった。子供の年間放射線被ばく許容量を1mSvから20mSvに上げるという政府の法令に反対した家族、医師や科学者らを支え、放射線被ばくの増加は有害ではなく、健康被害は予測されないと公的に宣言した日本の原子力ムラの支持者に対して、強い姿勢を取った。
2012年5月と2013年2月に、我々は、WHO/IAEAのフクシマに関する報告書についての批判的評価を公表した。そして、福島および日本各地の市民社会、医師、活動家や影響を受けた家族らと連絡を取り続けている。2012年8月に広島で開催されたIPPNWの第20回世界大会では、IPPNWの医師達は、これらの繋がりを深めるために、福島県の汚染区域を訪問し、また、科学会議、市民集会や大学の講義に参加した。
国連人権理事会の「健康に対する権利」特別報告者のアナンド・グローバー氏のように、我々は、フクシマの放射能フォールアウトに影響を受けた人達が、健康と幸せを保てるような生活水準への権利を系統的に奪われていると懸念している。
10月25日に、UNSCEARは、国連総会に年次報告を提出する。フクシマ原子力災害に関しては、この報告書は、「被ばくした人達において、放射線由来の健康影響の発症の識別し得る増加は予期されない。」と述べている1。これは、2013年5月31日のUNSCEARプレスリリース2で述べられた、「福島第一原子力発電所事故後の放射線被ばくは、即時に健康に影響を及ぼさなかった。一般市民と作業員のほとんどにおいて、将来、いかなる健康影響でも起こるとは考えにくい。」の繰り返しである。
健康と健康な環境への人権を懸念する医師や科学者として、我々は、謹んで反対の意を表明する。フクシマについての科学文献や現在の研究からは、そのような楽観的な仮定は正当化されない。広範囲に渡る複雑なデータの評価に尽力されたUNSCEAR委員会のメンバーに感謝の念を表し、原子力災害の公衆衛生と環境への影響の評価において役立つ情報が含まれていると信じてはいるが、この報告書は、また、大惨事の真の影響を隠蔽することを助長している。
UNSCEARの仮定の多くは、2012年5月と2013年2月に公表された WHO/IAEA報告書3,4に基づいているが、これらの報告書は、真の放射線被ばく量を正しく伝えておらず、不完全な仮定に従っており、過去2年半以上に渡って継続している放射能放出を無視し、放射線の非癌影響を除外していた5,6。
現在のUNSCEAR2013年10月報告書に関して、10の重要な問題に注意を促したい。これは事前にUNSCEARに送られ、総合的なフクシマ報告書の起草において考慮するように委員達に依頼してある。下記で、この10の重要な問題について詳述し、なぜ我々がUNSCEAR報告書はフクシマ原子力災害による健康影響の系統的な過小評価であると考えるのかについて、我々のコメントが一般市民と政治家の理解を促すことを望む。
II) 考慮すべき重要な10の問題
1) 日本でより大きな大惨事を防いだ主要因は風向きだった
炉心溶融による放射能フォールアウトの約80%が太平洋に運ばれ7、大都市部に届かなかったために、日本国民が最悪のシナリオを回避できたということを認識することが重要である。この理由は、入念に練られた救助計画や技術的知識のおかげではなく、むしろ、風向きが南ではなく北東に向かったために、3,500万人以上が住む首都圏が激しく汚染される危険をもたらさなかったという、単なる幸運のせいである。しかし、ある1日に、風が沿岸方面に向かって吹いたために、破壊された発電所から何十kmもの内陸部に多くの放射性物質が到達してしまい、小さな町や村から何万人もの住民が避難せざるを得なくなった。フクシマ事故は、日本のような高度の工業先進国でさえも、原子力につきものの危険をコントロールすることができなかったのを明白に示した。
日本のほとんどは幸運にも大きな放射能フォールアウトを免れたが、福島県だけが影響を受けたわけでもない。日本全国の住民は、大気中または水や食物中の放射性物質に晒されただけでなく、これからも、主に汚染食品を通して被ばくをし続けるであろう。それ故に、個人および集団被ばく線量の推計が、千葉県、群馬県、茨城県、岩手県、宮城県と栃木県の近隣6県のみならず、2011年3月15日と21日両日にかなりのフォールアウトがあった都道府県でも行なわれることが重要である。これには、千葉県と同じく南関東に位置する東京都、神奈川県と埼玉県、そして東海地方の静岡県が含まれる8。東京から140km南の静岡県の茶葉でさえ、放射能フォールアウトによって汚染されていたのが見つかっている9。
「被ばくした人達において、放射線由来の健康影響の発症の識別し得る増加は予期されない。」というような発言が、原子力事業者や原子力規制当局が将来の事故やメルトダウンを心配しなくても良いというシグナルとして理解されるのではないかと我々は懸念している。また、我々は、UNSCEAR報告書の結論が、放射線安全基準や緊急対応ガイドラインに影響を与え、将来の世代により大きな被ばくリスクがもたらされるのではないかとも懸念している。
我々は、日本中の住民が、放射能レベルの増大によって直接影響を受けるであろうということを強調することが重要だと感じる。最大の実効線量がみられたのは、作業員と福島県の汚染区域の住民だったとは言え、最終的には、福島県外の大集団における慢性の低線量被ばくが、癌と非癌疾患の過剰発生のほとんどを引き起こすことになるのである。これは、将来の原子力安全ガイドラインや推奨を考慮するにあたって重要な問題である。
また、日本がもう少しでもっと重大な災害にみまわれる所だったということ、2011年3月中旬に風向きが南もしくは西向きであったなら、より優れた緊急計画や、より効率的な避難や除染でさえも、二次的な役割しか果たせなかっただろうということを忘れてはいけない。
2) 原子力災害は進行中であり、放射性物質を放出し続けている
フクシマ原子力災害は、しばしば、2011年3月の当初の炉心溶融後から継続している放射能放出を無視し、単独の出来事であると誤って描写されている。特に、福島第一原発で進行中の作業や福島県内の除染作業による放射性粒子の継続した拡散、放射能汚染水貯蔵タンクや損傷した炉心からの土壌や地下水への漏えい、そしてまた、野原や森林や都市部の居住地から洗い流される放射性同位体による土壌と地下水の放射能汚染を考慮することが大切である。除染の試みは、雨期には森林や野原などの自然の蓄積場所から、またや風の強い日や春には花粉の飛散が放射性粒子の拡散に寄与したりして、放射能が以前に除染された地域に再分布されるために、市町村によっては一時的な対策にしかならないということが証明されて来た10, 11。
フクシマ原子力災害は、特にセシウム137やストロンチウム90などの半減期が長い放射性核種を考慮すると、汚染の蓄積量の再評価が絶えず必要となる、進行中の大惨事であると認識されなければいけない。将来、地下水や海に放射性核種の放出が起こらないとは言いきれない。現に、UNSCEARの国連総会への報告で「海洋への低量水準の放出は、2013年5月の時点で持続していた。」と述べられている12。 将来的に、このような地下水と海への漏えいは、地下水源と食物連鎖からの放射性核種を通して、一般住民の内部被ばくの増加に繋がるであろう。このシナリオは、バーバリア地方さえも含む欧州東部と中部のいたる所で、きのこや野生鳥獣に含まれている放射性セシウム137が、チェルノブイリ炉心溶融から25年も経った今でさえも公衆衛生に懸念をもたらしていることを考えると、現実的な評価である13, 14。
フクシマの個別の事例としては、放射性廃棄物の地下水と海への継続した漏えいと流出が、固有の問題となる。日本政府の公式報告15によると、東電は、2011年4月4日から10日の間に、10,393トンの放射能汚染水を意図的に海に放出した。海洋汚染全体の当初の推定は、東電によると4.7 Pbq (ペタベクレル= 1015ベクレル)だった。しかし、過去最大の太平洋汚染は、最初の炉心溶融直後の何週間かの放射能フォールアウトから起こっており、これは、東電の推定には含まれていない。京都大学の科学者達が太平洋の放射能フォールアウトの度合いを測定しようとし、最終的に、ヨウ素131とセシウム137両方からの海洋汚染の合計が15 PBqだと計算した16。しかし、この推計値でさえも低過ぎることが分かった。海洋汚染を測定するにあたり、UNSCEARは、2011年8月の川村氏らによる研究論文を主に用いたが、この研究論文17では、海洋汚染の合計が、ヨウ素131が68 PBqでセシウム137が9 PBqであると決定された。
これらの推計値は、フクシマの炉心溶融後にあり得た海洋汚染の範囲の概要としては十分ではあるとは言え、いくつかの誤差要因を考慮する必要がある。川村氏は、「モニタリングデータがなかったので、3月21日の前に海への直接の放出はなかったと仮定した。」と述べている18。また、この研究での計算は、「4月6日以降に大気に放出された量の情報はない。故に、4月6日以降には放射性物質が大気へ放出されなかったと仮定した。」と、現実主義的な立場から、4月6日以降の大気への放出を考慮していない19。最も不可解なのは、東電が先日明らかにしたように、事故の当初から毎日約300トンの放射能流出が海に到達しており、過去31ヶ月での合計が290,000トンになるにも関わらず、2011年4月30日以降の放射能流出がすべて無視されていることである。川村氏らでさえも、「おそらく、将来のある時点で、海洋および大気への放出のソースタームの推定をより正確に行なう事が必要となるだろう。」と渋々と認めている20。
まとめると、これまでに説明した不確定さと過小評価すべてを合わせても、UNSCEARは、海洋汚染を77 PBqかそれ以上であると仮定していると言え、これは、京都大学の推定の5倍以上、そして東電の最初の計算の15倍以上にもなる。これらの数字を見ると、フクシマのフォールアウトは、これまでに記録された中でも唯一無二の最大の海洋への放射能流出を構成すると、明確に述べられなければいけない21,22。IAEAの包括的な報告によると、フクシマの放射能フォールアウトは、既に、大気圏核兵器実験、チェルノブイリからのフォールアウト、およびセラフィールドやラ・アーグなどの核燃料再処理工場に並ぶ、世界の海の主要な放射性汚染物質であると位置付けられている23。
UNSCEAR報告書には、米国西海岸の住民にとって興味深い事実が含まれている。直接流出した放射能の約5%のみが、福島第一原子力発電所から半径80km以内に沈着したのである。残りは、太平洋に分布された。環太平洋地域の3−Dシミュレーション24が行なわれており、放出された放射能は5−6年以内に北米沿岸に到達すると言われているが、食品の安全性や地元住民の健康への影響は不確定である。
3) 放射性物質の放出と放射線への被ばくの推定は、中立的な情報源に基づくべきである。
科学的研究のいくつかは、フクシマの「ソースターム」、すなわち、原子力事故で放出された放射性物質の総量の計算を扱った。福島第一からの放射性物質の放出が現在でも続いており、また、出回っているソースタームの推計値が事故直後の数週間の放出のみを扱っているという事実を考慮する間でもなく、集団ベースの健康影響を計算する場合にどのソースターム推計値を用いるかと言うのは重要なことである。UNSCEARのソースタームの計算は、日本原子力研究開発機構(JAEA)の推計値に基づいているが、JAEAとは、フクシマ事故の国会事故調査委員会で、原子力業界からの独立性や安全分野での不注意を厳しく批判された組織である25。
有名なノルウェー大気研究所(NILU)によると、、セシウム137の放出はJAEAの推定の3倍26だった。もしも、主な懸念が住民への健康影響の可能性を十分に評価することであれば、なぜ、UNSCEARが、批判のあるJAEAの、中立的な国際機関よりも低いソースターム推計値に頼るのか不明である。日本の原子力業界でなく、中立的な国際機関のデータに頼れば、選択的なデータサンプリングに対する非難を減らすことができる。また、大気放出の評価には、JAEAのようにヨウ素131とセシウム137だけを考慮するのでなく、福島県の土壌、地下水および河川の堆積物から検出された27、ヨウ素133、ストロンチウム89/90や、プルトニウム同位体のような放射性核種も含めることが重要である。
ソースターム推定値と同様に、食物と飲料水からの放射性物質の摂取の推定は、原子力災害後の個人の放射線被ばく量全量にかなりの影響を及ぼす。どれほど専門的に行なったとしても、内部被ばくによる健康リスクの評価は、それが基づく仮定よりも正確ではあり得ない。さらに、どのような線量計算も、食物サンプルの選択およびサンプルサイズの決定の方法に左右される。選択的なサンプリング、歪曲や省略などの理由で妥当性に疑問が持たれるデータに基づく推計値は、(健康影響の)予測や健康政策の推奨を行なう際の根拠として容認できない28。
食物内の放射線量に関しては、UNSCEARは唯一無二の情報源として、国際原子力機関(IAEA)のデータベースを用いている。IAEAは、「原子力技術の安全、安心で平和的な利用を推進」し、「原子力の世界中での平和、健康および繁栄への貢献を加速および拡大する」という特定のミッション29の下に設立されたため、 甚大な利益相反がある。IAEAの食物サンプルデータに頼ることは、内部被ばく量評価の信用を落とし、評価結果が操作されているという非難を受けやすいために、賢明ではない。さらに、食物サンプルがどこで誰によって集められたかということを特定することは、選択的サンプリングの疑惑を避けるために得策である。
最後に、客観的に測定された低線量被ばくの人間以外の生物相への影響を理解すれば、人間への真の影響の理解に役立つ可能性がある。UNSCEARは、実際の放射線の影響を決めるのに、最新の生物学的科学的野外調査にあまり頼っているように見えない。その代わりに、1996年と2008年の放射線の人間以外の生物相への影響に関する独自の報告書に言及している。これは、ムソー、マラーやリンドグレンらのような科学者による多くの研究30,31が、チェルノブイリとフクシマでの放射能フォールアウトの影響を調べたにも関わらず、UNSCEARはそれらの報告書以降、新しい知見を得ていないことを暗に示している。
4) 福島産の農作物の推奨は、放射線被ばくのリスクを増加させる
しばしば、日本国民のほとんどがスーパーマーケットから食品を購入すると仮定されている。これは論理的に見えるかもしれないが、被災地のかなりの部分が農業地域であり、多くの住民が青空市場や自家菜園から食物を調達しているという事を無視している。「地産地消」、すなわち、「地元で生産された食物の消費」という主義は、福島県で広く奨励され、市町村が地元産の農作物を学校給食で使うことを奨励あるいは命じる所まで行った32, 33,34。それに加えて、日本全国で、政府が「食べて応援」キャンペーンを実施し、福島県産の食べ物の購入と消費が連帯行動の一環として推進された。福島県民が日本全国で流通している食物を摂取するという仮定は、おそらく、実際の放射能汚染された食物の摂取の過小評価に繋がることになる。最後に、この原子力災害が発生した当初には、地震と津波のために住民には新鮮な食物と飲料水が不足していたことを思い出す必要がある。この期間中、農作物の放射能検査を行なうことはできなかった。故に、適切な検査や規制が実施された前に、住民が高濃度に汚染された地元の食物や飲料水を摂取したかもしれない。この事実は、UNSCEAR報告書で言及されていないが、内部被ばく線量の計算における誤差要因のひとつとなる可能性がある。
5) ホールボディーカウンターは、内部被ばく量を過小評価する
チェルノブイリの経験によると、吸入あるいは経口摂取された放射性物質による内部被ばくは、被ばくした集団においての将来の健康影響の最も重要な決定要因の1つである。多数の要素があるため、原子力災害後の内部被ばく量の評価が難しい事は共通理解の下にある。公衆衛生の疫学で一般的に行われるのは、注意深い仮定に基づいて影響を受けた集団の健康リスクの可能性を適切に考慮すると言う保守的な推定である。簡単に言うと、「安全を確保し、後悔しないようにする」(備えあれば憂いなし)である。WHO/IAEAの健康リスク評価35は、放射能放出、分布および取り込みの科学的評価を日本国民の被ばく量推計に用いることにより、この原則に従おうとした。我々は、WHO/IAEA報告書内の計算の多くの科学的根拠を批判する一方で、この保守的な取り組み方が被ばくした集団の健康に対する懸念と対処する正しい方法であるとみなしている。
しかし、UNSCEAR報告書は、ホールボディーカウンター(WBC)によって得られたデータに基づいて内部被ばく線量を推定することにより、このアプローチを阻んだ。、単独のパラメータの測定結果に基づいて、広範囲にわたる医学的な勧告を行なうことは、根本的な誤りである。さらに、ホールボディーカウンターの検出限界値は通常セシウム134/137両方で300 Bqほどであり36、それ以下の被ばく量は、健康に影響があるかもしれなくても、無視されている。また、ホールボディーカウンターが測定できるのはガンマ線だけである。セシウム134や137のような放射性核種のベータ崩壊は、ガンマ線の量から概算しなければならない。これは、ホールボディーカウンターを、ある特定の放射性核種で校正しなければならないという意味である。ベータ放射線やアルファ放射線を放出する他の放射性物質の影響は、ホールボディーカウンターでは評価ができない。その上、ホールボディーカウンターは、測定時のガンマ線量のみを検知するのであり、過去の放射線被ばく量に関しての情報は得られない。セシウム137の生物学的半減期が70日であるのは分かっているが、その期間が過ぎると、約半分の放射性物質が体内から排出されていることになる。過去2年半に渡って継続された放射性物質の経口摂取および吸入による取り込みのために、放射線被ばくの真の度合いの評価がより困難となり、過小評価の可能性がさらに高まることになる。最後に、ベクレル単位で測定された放射能の、シーベルトの等価線量推計値への変換に関わる不確実性は、UNSCEAR報告書では言及されていないが、エラー要因のひとつである37。
6) 東電の作業員の線量評価は信頼できない
既に述べたように、ロビー活動の影響が疑われない、独立した機関によるデータを提示することは重要である。これまでの福島第一原子力発電所の24,500人の作業員の健康評価は、東電そのものから提供されたデータのみに基づいている。UNSCEARは、ヨウ素132とヨウ素133の影響が無視されているために、作業員の内部被ばく量が20%過小評価されていると正しく批判した。しかし、これは氷山の一角に過ぎない。東電は、公式統計に含まれない日雇い労働者を雇用する多くの下請業者と契約していると報告されている38,39。これらの下請には、雇用している労働者の医療検診を全く行なっていない業者もあると非難されている。また、線量計の紛失、線量計をわざと鉛のケースに入れて測定できないようにした意図的な操作や、放射線測定機器の不具合などの報告も多数である40,41,42。これらの理由によって、東電から提供されたデータを、予測値を算出するための代表的で妥当な根拠として受け止めるのは困難である。
被ばくした作業員において、「放射線由来の健康影響の発症の識別し得る増加は予期されない43。」と述べるのは間違いである。慢性の低線量放射線被ばくに関しては、ウラン鉱山労働者44,45,46,47,48,49、核実験場の風下の住民50,51,52、核工場の労働者53,54,55,56、原子力発電所近辺の住民57から、チェルノブイリの清掃作業員58,59,60,61までもを含む非常に多様な集団において重要な健康影響がみられたことが、多くの研究で示されている。これは最終的には、研究デザインと、科学研究の原理の厳守の問題である。東電の場合は、これまでの意図的な操作の試みの回数から判断して、これが厳守されていると仮定できない。
7) 胎児の放射線への特別な脆弱性が考慮されていない
UNSCEARは、胎児の放射線感受性が1歳児と同じだと認識したWHO/IAEAの健康リスク評価62に頼っている。この慣行は、UNSCEARの推計にも取り入れられているが、新生児の生理学と放射線生物学の原理を否定するものである。胎児と子供には、電離放射線への感受性という観点では、大きな違いがある。母親の皮膚、腹筋と子宮によって遮断されるために、胎児の外部被ばく量が子供や大人に比べると低いことが知られている一方、これは、原子力災害においてより関連性が高い要因である内部被ばくには当てはまらない。胎児は、臍帯静脈を通して摂取する放射性物質に被ばくし、母親の膀胱に溜った核種からのガンマ線の照射を受ける可能性もある。母親が経口摂取あるいは吸入したヨウ素131は、胎児の甲状腺に蓄積し、誕生後に甲状腺疾患や甲状腺癌の発現に繋がる可能性がある。また他の放射性核種であるセシウム137は、胎盤を自由に通り抜けて胎児に入り込み、また、羊水や膀胱にも溜まり、誕生前の胎児をあらゆる方向からベータ線とガンマ線で照射する。さらに重要なのは、一定の放射線量は、もっと年上の子供においてよりも、胎児においての危険性が高い。すなわち、胎児では、体組織の代謝と細胞の有糸分裂率が高いため、ゲノムの突然変異の機会が増えるのである。胎児は、免疫システムと細胞修復メカニズムがまだ完全に発達していないため63、悪性腫瘍の発達を十分に防ぐことができない。科学界では、「電離放射線への胎内被ばくは、催奇性、発癌性、突然変異誘発性である。この影響は、被ばく量と胎児の発達段階と直接相関する。胎児は、器官形成期(受精後2−7週間)と初期の胎児期において放射線への感受性が最も高い64。」と一般的に認められている。胎児と成長した子供の間での生理学的な差異を考慮しないと、この、特に脆弱性のある集団においての健康リスクを深刻に過小評価することになる。電離放射線への被ばくひとつひとつが定量化できるリスクを伴うが、これは、1950年代後半から多くの研究で示されてきたように、胎児での方が、もっと大きな子供や成人でよりも、はるかに大きい。
•
アリス・スチュワート博士は、レントゲンの胎内被ばくに起因した小児癌の最初の疫学研究65, 66に携わった。スチュワートは、妊婦の腹部が一度レントゲン照射を受けたら、小児癌の発症が50%増加したと示すことができた。また、スチュワートの研究は、直線的な影響が15 mGyという低線量まで見られたのを確認したが、これは、小児癌リスクがレントゲンへの胎内被ばくの量に比例して増加すると言うことを意味する。これらの影響についての他の説明となる交絡因子を見つけることはできなかった。
•
1997年に、ドールとウェイクフォードは次のように結論づけた67。「様々な国々での多くのケースコントロル研究で、一貫した関連性が見つかっている。これらの研究結果を合わせて得られた過剰相対リスクは統計的有意性が高く、過去に、妊婦の腹部のレントゲン検査が約40%の比例したリスク増加に繋がったことを示唆する。(中略)胎児が胎内で10 mGyの放射線被ばくを受けると、結果として小児癌のリスクが増えると結論付けられる。」
•世界中での多くの大規模研究68, 69, 70により、スチュワートらの研究結果が確認され、生前の放射線被ばくに対して、より注意深いアプローチが取られるようになった。
8) 甲状腺癌や他の癌は、今後数十年間に渡ってモニタリングする必要がある
チェルノブイリ事故後、最も顕著に見られた癌のタイプは甲状腺癌だった。福島県での悪性疑惑のある甲状腺生検の有病率は、現在、18歳以下の小児10万人中22.3人(絶対数:43人)であり、甲状腺癌が確定した症例の有病率は、10万人中9.3人(絶対数:18人)である71。日本の小児(19歳未満)における2000年から2007年の間の甲状腺癌の発生率は、10万人中0.35人にすぎなかった72。スクリーニング検査で検出された有病率をフクシマ事故前の発生率と直接比較することはできないにしても、これは、懸念される人数であり、これほど多い症例数は、誰も予期していなかった。UNSCEARの国連総会への報告書73は、「福島県の小児において明らかに増加している検出率は、放射線被ばくと無関係である。」と示唆している。実際、福島県での甲状腺異常の状況はまだ展開中であり、将来の傾向について現時点で語れることは非常に少ない。いくつかの国際研究によると、小児における甲状腺結節の悪性率は成人よりはるかに高く、おおよそ25%(2−50%)である74,75,76。
さらに、福島県のより遠方の地域の約10万人の子供達は、まだ甲状腺検査の一次検査を受けておらず、一次検査で重要な結果(例:普通より大きな甲状腺結節や嚢胞)が出た子供達の約半数が、二次検査を受診していない。これに関連しては、日本政府の緊急対策本部が安定ヨウ素剤投与を指示せず、多くの子供達を、事故後3ヶ月まで牛乳、水道水、野菜や果物に危険な高濃度レベルで含まれていた放射性ヨウ素131に被ばくさせた可能性があることを思い出すことが重要である。旧ソビエト連邦では現代的な超音波機器がなく、政府規制や資金不足のために炉心溶融直後の数年の精密検査が制限されたので、チェルノブイリとの比較は困難である。
また、原子力災害後に甲状腺癌が顕著となるのは、疫学調査の選択バイアスのせいである可能性があり、稀な小児癌の突然の増加を検出するのは簡単であるが、他の固形癌、リンパ腫や白血病などはベースラインの発症率が比較的高いか、潜伏期がより長いために検出しにくいことを、記憶に留めておくことが重要である。甲状腺エコー検査の他に、今後は、白血病、リンパ腫と固形癌のスクリーニングも開始されるべきである。これらはすべて、チェルノブイリ原子力災害の被ばく者や、原子力発電所周辺の住民で見つかっている77,78。
9) 非癌疾患や放射線の遺伝的影響も、また、モニタリングされるべきである
循環器疾患、不妊症、子孫における遺伝子突然変異や流産などの非癌健康影響は医学文献で報告されてはいるが、UNSCEARが計算の基盤としているWHO/IAEAの健康リスク評価79では考慮されていない。UNSCEAR報告書は、胎内被ばくによって、自然流産、流産、周産期死亡率、先天性の影響、あるいは知能低下の発症率は増加しないだろうと述べている。また、著者らは、放射線の非癌影響が確定的影響に違いないと仮定しているが、その一方で、非癌影響は、放射線の発癌影響同様に、本質的に確率的影響かもしれないと仮定することも妥当である。電離放射線の循環器系への確率的リスクを示唆する研究論文は多数存在するが、これは、血管内皮の放射線による損傷の可能性があり、高血糖症、高コレステロール血症、高脂血症、高血圧症や他の独立したリスク要因の影響と似ている。リトルらは、低線量電離放射線への分割した被ばくによる循環器系疾患の妥当なモデルを提案した80。 また、ロシアの研究者数名が、チェルノブイリ原子力災害後に被ばくした集団における非癌影響についての研究論文を発表した81, 82。
10) 放射能フォールアウトと自然放射線との比較は誤解を招く
UNSCEARの国連総会への報告書では、「福島第一原子力発電所事故による実効線量の推計値は、自然由来の放射線源(宇宙放射線や食物、大気、水や環境の他の部分での放射線源)への被ばく線量と比較することにより、総合的な視野で捉えることができる。」と述べられている。このような比較は、度々、低線量放射線の健康影響を軽視するために例として挙げられ、誤解を招くだけでなく、原子力災害の公衆衛生への影響を系統的に過小評価する結果を招く。日本人が1年間で受ける自然バックグラウンド放射線量の平均値は約1.5 mSvであり、その内訳は、約0.3 mSvが宇宙線、約0.4 mSvが地殻内の放射性核種からの地殻放射線、年間約0.4 mSvが大気中の放射性核種の吸入(ほとんどが家屋内のラドンガス)、そして、ほとんどの飲食物には元々いくらかの放射線が含まれているために、年間約0.4 mSvが経口摂取からである83。
この自然バックグラウンド放射線は無害ではなく、これは、宇宙線への高線量被ばく(例:頻繁な長距離フライト)や、家屋内あるいは土壌のラドンレベルの高数値の癌発症率への影響に見られる84,85,86,87。「自然」発生している癌の一定割合は、「自然」バックグラウンド放射線への絶え間ない被ばくに起因すると仮定できる。ラドン含有量が少ない建築素材の使用、ある種の食物に関しての公衆衛生上の警告や、飛行機での旅行を控えるなどの自然バックグラウンド放射線への被ばくを減らす対策を実施することは困難とは言え、人工放射線への被ばくは、大抵の場合コントロールできる。CTスキャンやレントゲンからの不必要な医療被ばくを避けることは、重要な公衆衛生対策であり、過剰な癌発症を防ぐことができる。放射能フォールアウトからの過剰な放射線を避けることは、現時点で、福島県民にとって最も重要な側面である。
国際的な科学的コンセンサスによると、それ以下では放射線が害を及ぼさない閾値はない。むしろ、放射線量と癌発症率には直線的関係がある。例えば、10,000人が1 mSvの放射線の全身照射を受けたら、確率的にはこの集団で過剰癌が1症例出る。すなわち、1 mSvの全身照射量に被ばくした人では、この被ばくによって発癌する可能性が10,000人に1人ということになる。10 mSvでは、このリスクは既に1,000人に1人に増え、100 mSvでは100人に1人、または1%に増える。WHO/IAEAのフクシマ事故の健康評価88は、この古いモデルの2倍のリスク係数(線量・線量率効果係数またはDDREF)を用いている4。最終的にどちらのリスク係数が使われても、このリスク計算は、自然バックグラウンド放射線、医療被ばく、および原子力災害の結果の放射能フォールアウトすべてに当てはまる89。
III) 結論
UNSCEARの国連総会への報告書は、「リスクモデルによる推定は癌リスクの増加を示唆するが、放射線誘発性の癌は、現時点では、他の癌と区別がつかない。ゆえに、この集団における、事故による放射線被ばくのせいである癌発症率の識別し得る増加は予期されない。」と述べている。癌には何由来かというラベルが表示されていないので、これは、確かに正しい。しかし、電離放射線が発癌物質であり、人間や動植物の健康に独特のリスクをもたらすのは周知の事実である。電離放射線への長期にわたる低線量の被ばくの影響についての15カ国の合同コホート研究90では、520万人年の追跡調査が行なわれたが、放射線量と線量に依存した癌死の増加に、有意な関連が見られた。
また、一定の放射線量から癌の発症率と死亡率を予測する方法が確立されており、国際的に認知もされている。米国科学アカデミーの電離放射線の生物学的影響に関する諮問委員会は、BEIR VIIリポートで、放射線損傷には閾値が存在せず、ごく微量の放射性物質でさえも体組織の有害な損傷や遺伝的突然変異を引き起こすと証明した。故に、大集団における低線量放射線被ばくは、小集団における高線量放射線被ばくと同様の影響を起こす。標準的な国際BEIR VII線量リスクモデルを用いれば、10,000人の集団への平均1 mSvの被ばくの結果、1人が発癌することになる。これは、10人への1,000 mSvの被ばくと同様であり、この場合も結果として1人が発癌の過剰ケースとなる91。最後の章で述べた通り、WHOのフクシマ健康評価は、これの2倍のリスク係数が用いる強い論証となっている。
日本における特別の状況に適用すると、この科学的事実は、明確な結果を示す。フクシマ原子力災害による日本のほとんどの住民での過剰な放射線被ばくは比較的少ないようにみえるが、この過剰の放射線被ばくを受ける人数が大変多いと言うことは、この集団で予測される癌の過剰発生が最大数になると言うことになる。チェルノブイリ事故後にWHOに関連した国際ガン研究機関が研究を行い、2006年に国際がんジャーナル誌で論文を発表したが、この研究92では、チェルノブイリから放出されたヨウ素131への被ばくにより、欧州で甲状腺癌の過剰発生が16,000件起こるだろうと計算した。これらの地域では、個人の平均生涯被ばく量はわずかにみえるかもしれないが、最終的には、これは確率的問題であり、人々は、個々の癌と放射能フォールアウトとの因果関係が分からなくても、チェルノブイリ災害の結果として癌を発症したことになる。
数字で比較すると、特に比較的高い日本のベースライン発癌率93(年間10万人の内、約494人が新規診断、あるいは、絶対数では、2000年から2008年の間に、すべての年齢層と性別でのすべての癌において、約63万の新規診断)と比べると、フクシマの放射能フォールアウトによる癌の過剰発症は、重要ではないとみえるかもしれない。しかし、個人の観点から見れば、癌の症例はたとえひとつでも多過ぎるのであり、そして我々医師は、癌がその人の身体的および精神的健康および家族全体の状況にもたらす悲劇的な結果を知っている。
「被ばくした人達での、放射線由来の健康影響の発症の識別し得る増加は予期されない。」と述べて、フクシマ原子力災害の何千もの家族にとっての怖ろしい影響を単なる統計学的問題に狭めてしまうのは皮肉である。その代わりに、より中立的なデータを使用し、被ばく線量推計につきものの不確かさを認めて指摘し、特定の集団においては脆弱性が高いことを考慮し、可能性のある被ばく線量の範囲全体を発表し、進行中の放射能放出の最新データを取り入れることにより、UNSCEARは、これから数十年の間に放射能フォールアウトからどのような影響が予期されるかという現実的な状況を描くことができるはずである。これには、チェルノブイリ原子力災害の影響を受けた集団でも見られている、甲状腺癌、白血病、固形癌、非癌疾患や先天性奇形などすべての疾患に関する予測だけでなく、さらに、原子力災害が全国民にもたらした精神的および社会的影響の評価も含まれるべきである。この件に関しては、精神的影響は、圧倒的に、放射能汚染とそれによって必要となった避難の結果の社会的混乱と崩壊のせいであり、原子力ロビーが度々示唆するような、放射能に対する過剰な恐怖心や、被ばくのリスクに伴う恐怖と負のレッテルのせいではない。
いわゆる、国家の原子力、特に原子力発電を中心とする原子力の平和利用への「不可譲の権利」は、世界中の人々を無差別に放射能汚染のリスクにさらすことを伴う。それは、将来の世代の健康と権利を蝕み、核兵器拡散に向けての手段を提供することにより、核戦争の危険とその破壊的・人道的影響を増大させる。安全で再生可能なエネルギー源への移行は、人権と健康を促進することができる。日本の原子力発電所を永久停止することは、日本国民にとってのさらなる破滅的な放射能放出のリスクを、現在と将来にわたって軽減するのに最も効果的な方法である。フクシマでの大半の放射能フォールアウトが、東京のような大都市部でなく海に流れたことは、日本国民にとって幸運なことだったと言うべきである。しかし、フォールアウトが大都市で起こると言うことはあり得たし、日本が、原子力エネルギー生産からの段階的撤退を国のエネルギー政策指針として既に宣言した他の国々の後に続くことを選ばない限り、将来においても起こり得る現実的なシナリオであり続ける。日本が震災以降2年以上もの間、ほぼ全部の原子炉が予期なく停止された状況下において電力不足の回避に成功したことは、これが実行可能であることの証明である。
原子力災害に影響された人々の健康を主に懸念している医師として、我々は、国連総会と日本政府に、被ばくした住民には、これ以上の被ばくからの防護が必要だと認識するように勧告する。日本が大きな国際的支援なしでこの惨事をコントロールできないであろうことは明らかになった。故に、今後の膨大な作業には、外部の専門的意見が含まれるべきである。最も重要なことには、炉心損傷した原子炉と使用済み核燃料プールからの進行中の放射能放出を最小限に留めるだけでなく、将来のより大きな放出を防ぐためのさらなる努力が必要である。また、放射能汚染された市町村に居住し、汚染が少ない地域に移住したい若い家族達への移動サポートおよび経済的支援も、将来の健康影響リスクの軽減に役立つだろう。
日本のほとんどの都道府県においての効率的な癌登録制度と、長期的な健康影響の評価に使える被ばく量推計値を伴う、被ばく者の包括的な登録制度の、どちらも存在しないと言う事は、多くの可能な影響が検知されないままであるかもしれないことを意味する。政府が放射能汚染による将来の健康影響をモニタリングして対応する気が本当にあるのなら、そのような登録制度が設置されるべきである。
福島県民にとって、健康影響が予期されないという主張や安心感は、何の助けにもならない。必要なのは、正しい情報、健康モニタリングや支援であり、何よりも、住民の不安や懸念をきちんと聞く耳である。UNSCEAR報告書の著者らは、汚染地域の住民達への将来的な治療や支援を減らす可能性を持つような報告書を草案する前に、自ら汚染地域を訪問し、住民と話をすれば良かったのかもしれない。それを変えるのには、まだ遅くない。国連総会と日本政府においては、アナンド・グローバー氏の福島県での経験についての報告書を検討し、彼の建設的な提言を留意するように願いたい。多分、そうすれば、健康と幸せと保てるような生活水準への権利を、福島県民が取り戻すことができるであろう。
我々が放射線被ばくの真の影響を理解することは、放射能フォールアウトを受けた人達全員が適切な医学的モニタリングを受けるためには、大変重要なことである。最終的に問題となるのは、健康と幸せを保てるような生活水準へのすべての人間の普遍的権利なのである。これこそが、原子力災害による健康影響の評価においての指針となるべきである。
「人間の命が1人分でさえも失われるということ、あるいは、赤ちゃんが1人でも奇形を持って生まれてくるということは、例えその赤ちゃんが、我々が皆死んでしまったずっと後に生まれて来るかもしれなくても、我々全員にとって重要なことであるべきだ。我々の子供たちや孫たちは、我々が無関心を装ってもよいような、単なる統計ではない。」
ジョン・F・ケネディー、1963年7月26日