ファイル共有ソフトWinny製作・提供は、著作権侵害罪の幇助犯に該当するか?
最高裁は、平成23年12月19日に決定で、検察側の上告を棄却し、幇助犯にあたらない(幇助犯の故意なし)としました(大谷剛彦裁判官の反対意見あり)。
判決文が長いため、理由の部分のみを抜き出します。
*****************最高裁ホームページより***************************************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111221102925.pdf
4 所論は,刑法62条1項が規定する幇助犯の成立要件は,「幇助行為」,
「幇助意思」及び「因果性」であるから,幇助犯の成立要件として「違法使用を勧
める行為」まで必要とした原判決は,刑法62条の解釈を誤るものであるなどと主
張する。そこで,原判決の認定及び記録を踏まえ,検討することとする。
(1) 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,
無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁
昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1
629頁参照)。すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それ
と認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。原判
決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供とい
う本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な
用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に
限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可
能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使
- 6 -
用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難
く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。
(2) もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するよう
に,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,
これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利
用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをイ
ンターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴
取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異
なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトに
は社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも
考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないため
にも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者にお
いて認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行
われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。
かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超
える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認
識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者にお
いて,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認
識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合
や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを
入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する
蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフ
- 7 -
トの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたと
きに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たる
と解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている
具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行った
ものでないことは明らかである。
次に,入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権
侵害に利用する蓋然性が高いと認められ,被告人もこれを認識,認容しながら本件
Winnyの公開,提供を行ったといえるかどうかについて検討すると,Winn
yは,それ自体,多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを
可能とするソフトであるとともに,本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利
用する場合にも,摘発されにくく,非常に使いやすいソフトである。そして,本件
当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトに
よる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,
本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用
する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割
程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであっ
たというのである。そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法な
ファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつ
つ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償
で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によってい
る。これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,
- 8 -
客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性
が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。
他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公
開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者が
いることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認め
られるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用す
る者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,
提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然
性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。
確かに,①被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(以下「開発スレッ
ド」という。)には, Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いと
いえる者が多数の書き込みをしており,被告人も,そのような者に伝わることを認
識しながらWinnyの開発宣言をし,開発状況等に関する書き込みをしていたこ
と,②本件当時,Winnyに関しては,逮捕されるような刑事事件となるかどう
かの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等にお
いて多数流されており,被告人自身も,これらの雑誌を購読していたこと,③被告
人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイル
を大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。これらの点からすれ
ば,被告人は,本件当時,本件Winnyを公開,提供した場合に,その提供を受
けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識
していたことは明らかであり,そのような者の人数が増えてきたことも認識してい
たと認められる。
- 9 -
しかし,①の点については,被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込み
には,自己顕示的な側面も見て取れる上,同スレッドには,Winnyを著作権侵
害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけで
はなく,Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており,被告人自
身も,同スレッドに「もちろん,現状で人の著作物を勝手に流通させるのは違法で
すので,βテスタの皆さんは,そこを踏み外さない範囲でβテスト参加をお願いし
ます。これはFreenet 系P2P が実用になるのかどうかの実験だということをお忘れ
なきように。」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書
き込みをしていたと認められる。これによれば,被告人が著作権侵害のために利用
する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開,提供していたとはいえない。被告
人が,本件当時,自らのウェブサイト上などに,ファイル共有ソフトの利用拡大に
より既存のビジネスモデルとは異なる新しいビジネスモデルが生まれることを期待
しているかのような書き込みをしていた事実も認められるが,この新しいビジネス
モデルも,著作権者側の利益が適正に保護されることを前提としたものであるか
ら,このような書き込みをしていたことをもって,被告人が著作物の違法コピーを
インターネット上にまん延させて,現行の著作権制度を崩壊させる目的でWinn
yを開発,提供していたと認められないのはもとより,著作権侵害のための利用が
主流となることを認識,認容していたとも認めることはできない。
また,②の点に
ついては,インターネットや雑誌等で流されていた情報も,当時の客観的利用状況
を正確に伝えるものとはいえず,本件当時,被告人が,これらの情報を通じてWi
nnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認
められるとしても,Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわ
- 10 -
けではないのであるから,著作権侵害のために利用する者の割合が,前記関係証拠
にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを
認識,認容していたとまでは認められない。
③の被告人自身がWinnyのネット
ワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点につい
ても,当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠
としては薄弱である。むしろ,被告人が,P2P技術の検証を目的としてWinn
yの開発に着手し,本件Winnyを含むWinny2については,ファイル共有
ソフトというよりも,P2P型大規模BBSの実現を目的として開発に取り組んで
いたことからすれば,被告人の関心の中心は,P2P技術を用いた新しいファイル
共有ソフトや大規模BBSが実際に稼動するかどうかという技術的な面にあったと
認められる。現に,Winny2においては,BBSのスレッド開設者のIPアド
レスが容易に判明する仕様となっており,匿名性機能ばかりを重視した開発がされ
ていたわけではない。そして,前記のとおり,被告人は,本件Winnyを含むW
innyを公開,提供するに当たり,ウェブサイト上に違法なファイルのやり取り
をしないよう求める注意書を付記したり,開発スレッド上にもその旨の書き込みを
したりして,常時,利用者に対し,Winnyを著作権侵害のために利用すること
がないよう警告を発していたのである。
これらの点を考慮すると,いまだ,被告人において,本件Winnyを公開,提
供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性
が高いことを認識,認容していたとまで認めることは困難である。
(4) 以上によれば,被告人は,著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざ
るを得ず,被告人につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定した原判決は,結論
- 11 -
において正当である。
5 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官大谷剛彦の反対
意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
*********************************
事件番号
平成21(あ)1900
事件名
著作権法違反幇助被告事件
裁判年月日
平成23年12月19日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
決定
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第65巻9号1380頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
平成19(う)461
原審裁判年月日
平成21年10月08日
判示事項
適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,幇助犯の故意が欠けるとされた事例
裁判要旨
適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,被告人において,(1)現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながらWinnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである上,(2)その公開,提供に当たり,常時利用者に対しWinnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることも困難であり,被告人には著作権法違反罪の幇助犯の故意が欠ける。
(反対意見がある。)
参照法条
刑法62条1項,著作権法(平成16年法律第92号による改正前のもの)23条1項,著作権法(平成16年法律第92号による改正前のもの)119条1号
刑法
(幇ほう助)
第六十二条 正犯を幇ほう助した者は、従犯とする。
2 従犯を教唆した者には、従犯の刑を科する。
著作権法
(公衆送信権等)
第二十三条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
2 著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。
(昭六一法六四・平九法八六・一部改正)
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
一 著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者又は第百十三条第三項の規定により著作者人格権、著作権、実演家人格権若しくは著作隣接権(同条第四項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第三号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)
二 営利を目的として、第三十条第一項第一号に規定する自動複製機器を著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となる著作物又は実演等の複製に使用させた者
(昭五九法四六・全改、平四法一〇六・平八法一一七・平一一法七七・平一四法七二・一部改正)
最高裁は、平成23年12月19日に決定で、検察側の上告を棄却し、幇助犯にあたらない(幇助犯の故意なし)としました(大谷剛彦裁判官の反対意見あり)。
判決文が長いため、理由の部分のみを抜き出します。
*****************最高裁ホームページより***************************************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111221102925.pdf
4 所論は,刑法62条1項が規定する幇助犯の成立要件は,「幇助行為」,
「幇助意思」及び「因果性」であるから,幇助犯の成立要件として「違法使用を勧
める行為」まで必要とした原判決は,刑法62条の解釈を誤るものであるなどと主
張する。そこで,原判決の認定及び記録を踏まえ,検討することとする。
(1) 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,
無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁
昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1
629頁参照)。すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それ
と認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。原判
決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供とい
う本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な
用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に
限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可
能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使
- 6 -
用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難
く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。
(2) もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するよう
に,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,
これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利
用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをイ
ンターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴
取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異
なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトに
は社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも
考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないため
にも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者にお
いて認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行
われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。
かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超
える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認
識,認容していることを要するというべきである。すなわち,ソフトの提供者にお
いて,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認
識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合
や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを
入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する
蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフ
- 7 -
トの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたと
きに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たる
と解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている
具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行った
ものでないことは明らかである。
次に,入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権
侵害に利用する蓋然性が高いと認められ,被告人もこれを認識,認容しながら本件
Winnyの公開,提供を行ったといえるかどうかについて検討すると,Winn
yは,それ自体,多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを
可能とするソフトであるとともに,本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利
用する場合にも,摘発されにくく,非常に使いやすいソフトである。そして,本件
当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトに
よる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,
本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用
する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割
程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであっ
たというのである。そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法な
ファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつ
つ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償
で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によってい
る。これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,
- 8 -
客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性
が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。
他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公
開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者が
いることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認め
られるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用す
る者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,
提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然
性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。
確かに,①被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(以下「開発スレッ
ド」という。)には, Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いと
いえる者が多数の書き込みをしており,被告人も,そのような者に伝わることを認
識しながらWinnyの開発宣言をし,開発状況等に関する書き込みをしていたこ
と,②本件当時,Winnyに関しては,逮捕されるような刑事事件となるかどう
かの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等にお
いて多数流されており,被告人自身も,これらの雑誌を購読していたこと,③被告
人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイル
を大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。これらの点からすれ
ば,被告人は,本件当時,本件Winnyを公開,提供した場合に,その提供を受
けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識
していたことは明らかであり,そのような者の人数が増えてきたことも認識してい
たと認められる。
- 9 -
しかし,①の点については,被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込み
には,自己顕示的な側面も見て取れる上,同スレッドには,Winnyを著作権侵
害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけで
はなく,Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており,被告人自
身も,同スレッドに「もちろん,現状で人の著作物を勝手に流通させるのは違法で
すので,βテスタの皆さんは,そこを踏み外さない範囲でβテスト参加をお願いし
ます。これはFreenet 系P2P が実用になるのかどうかの実験だということをお忘れ
なきように。」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書
き込みをしていたと認められる。これによれば,被告人が著作権侵害のために利用
する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開,提供していたとはいえない。被告
人が,本件当時,自らのウェブサイト上などに,ファイル共有ソフトの利用拡大に
より既存のビジネスモデルとは異なる新しいビジネスモデルが生まれることを期待
しているかのような書き込みをしていた事実も認められるが,この新しいビジネス
モデルも,著作権者側の利益が適正に保護されることを前提としたものであるか
ら,このような書き込みをしていたことをもって,被告人が著作物の違法コピーを
インターネット上にまん延させて,現行の著作権制度を崩壊させる目的でWinn
yを開発,提供していたと認められないのはもとより,著作権侵害のための利用が
主流となることを認識,認容していたとも認めることはできない。
また,②の点に
ついては,インターネットや雑誌等で流されていた情報も,当時の客観的利用状況
を正確に伝えるものとはいえず,本件当時,被告人が,これらの情報を通じてWi
nnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認
められるとしても,Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわ
- 10 -
けではないのであるから,著作権侵害のために利用する者の割合が,前記関係証拠
にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを
認識,認容していたとまでは認められない。
③の被告人自身がWinnyのネット
ワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点につい
ても,当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠
としては薄弱である。むしろ,被告人が,P2P技術の検証を目的としてWinn
yの開発に着手し,本件Winnyを含むWinny2については,ファイル共有
ソフトというよりも,P2P型大規模BBSの実現を目的として開発に取り組んで
いたことからすれば,被告人の関心の中心は,P2P技術を用いた新しいファイル
共有ソフトや大規模BBSが実際に稼動するかどうかという技術的な面にあったと
認められる。現に,Winny2においては,BBSのスレッド開設者のIPアド
レスが容易に判明する仕様となっており,匿名性機能ばかりを重視した開発がされ
ていたわけではない。そして,前記のとおり,被告人は,本件Winnyを含むW
innyを公開,提供するに当たり,ウェブサイト上に違法なファイルのやり取り
をしないよう求める注意書を付記したり,開発スレッド上にもその旨の書き込みを
したりして,常時,利用者に対し,Winnyを著作権侵害のために利用すること
がないよう警告を発していたのである。
これらの点を考慮すると,いまだ,被告人において,本件Winnyを公開,提
供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性
が高いことを認識,認容していたとまで認めることは困難である。
(4) 以上によれば,被告人は,著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざ
るを得ず,被告人につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定した原判決は,結論
- 11 -
において正当である。
5 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官大谷剛彦の反対
意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
*********************************
事件番号
平成21(あ)1900
事件名
著作権法違反幇助被告事件
裁判年月日
平成23年12月19日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
決定
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第65巻9号1380頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
平成19(う)461
原審裁判年月日
平成21年10月08日
判示事項
適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,幇助犯の故意が欠けるとされた事例
裁判要旨
適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,被告人において,(1)現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながらWinnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである上,(2)その公開,提供に当たり,常時利用者に対しWinnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることも困難であり,被告人には著作権法違反罪の幇助犯の故意が欠ける。
(反対意見がある。)
参照法条
刑法62条1項,著作権法(平成16年法律第92号による改正前のもの)23条1項,著作権法(平成16年法律第92号による改正前のもの)119条1号
刑法
(幇ほう助)
第六十二条 正犯を幇ほう助した者は、従犯とする。
2 従犯を教唆した者には、従犯の刑を科する。
著作権法
(公衆送信権等)
第二十三条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
2 著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。
(昭六一法六四・平九法八六・一部改正)
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
一 著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者又は第百十三条第三項の規定により著作者人格権、著作権、実演家人格権若しくは著作隣接権(同条第四項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第三号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)
二 営利を目的として、第三十条第一項第一号に規定する自動複製機器を著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となる著作物又は実演等の複製に使用させた者
(昭五九法四六・全改、平四法一〇六・平八法一一七・平一一法七七・平一四法七二・一部改正)