京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

奇跡のりんご

2009年01月08日 | こんな本も読んでみた
『虫への警告!これ以上、畑に害をすると、強力な農薬を使用する!』
100パーセント不可能と言われたリンゴの無農薬栽培の夢を追った人間の苦闘。

農薬のかわりになる物質だけを探し続けた日々から、リンゴの木の命を支えるのは豊かな土壌であることに気づかされるまでにかかった膨大な時間。八年目の春、やっと七つの花が咲き、二つのリンゴを収穫。九年ぶり、涙で見た満開の花見。

不可能の代名詞「青いバラ」を咲かせたサントリーグループの成功談を脳裏で重ねていた。一つのものに狂えばいつか必ず答えに巡り合うことを感じさせてくれる。
人が生きていくためには不可欠な経験や知識だが、新しいことに挑むとき、しばしばそれらが最大の壁にもなる。「バカになればいいんだよ」。この言葉の重み。

その昔、生活に馴染めずとまどい苛立つ私に、夫が「無になることよ」と、つぶやいたことを記憶している。「我」や先入観、しかもつまらぬプライドがよく邪魔していたものだった。一つつまづいて、一つの常識を捨てる。一つひとつ我・欲を削っていく。欲もプライドも人からの評価や賞讃も、生きるエネルギーではあろう。
人間再生のような道のりは続く。

無数の命が関わり支え合って生きるこの世で、名利も見返りも求めず、自分のしたいことを黙々と嬉々として続けていく木村秋則氏。
私もこう生きてみたい……と、小さな声でつぶやいてみたい。

『本当に長い時間がかかったなあ』
人生、どうしていつも回り道をしてしまうのだろう。
万策尽き、死の道を選び再生するのには必要な時間だったに違いない。
無垢な心で向き合うまでに辿らねばならなかった道のりなのだろう。
誰しもに用意された道があるのかもしれない。

新年、息子から娘、私へと回し読んだ一冊、『奇跡のリンゴ』(NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班=監修)。
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知的好奇心、3歳児…

2009年01月05日 | JESSICAの日本滞在記
バケツ・シャベル・くまで・ふるい…お砂場セット一式を抱えて母親と帰宅した3歳児。
数日前、厳しい冷え込みの夕方になって、公園に行きたいと駄々をこね、うまくかわされてしまったのだが、夕食後「あっ、マミィチャン、公園行くの忘れた!」と言い放った。

あふれる活力をもてあまし気味。
「あした、なに行くの?」(どこ行くの?)。毎日口にする。
「どこへ行こうか」
「Jessie公園行きた~い」
この繰り返しに“進展”が見られた。ここに天気予報が活用され始めた。じっと聞いているのだ。
「明日のお天気どーかなあ」
「きょーと、あめ ふらなーい」

「なんで?」「なんで?」「なんで?」攻勢をかけてくる知的好奇心に対し、「なんでも!」と返したら最後、「負けーっ!!」と、周囲から声が飛ぶ。
「なんで?」「どーして知ってるの?」「にゅーす」

日々最大の関心事、公園行きは、まさにJessieが今を生きることなのだ。
大人も子供も、自分の興味・やりたいことで、自分の今を満足したものにしていきたいと思うことは変わらない。心のぜいたく。
遊びのうちで徘徊する公園界隈。自然の多様な要素で包まれてほしい。
「日本の冬は寒いなあ!」
Jessieからの返事はない。凍えているのは母親だが、将来への長いスパンで、耕し、種をまいていこうじゃない。

若い者に負けまいとするガッツはさほどないのだけれど、自分の関心事に向けては、学ぶ意欲を高めようーっと。
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三が日遊びて躍る…

2009年01月03日 | 日々の暮らしの中で
去年今年、午前零時を境に一瞬で年が変わることの感概。
この境によって何が変わるわけでもないのに、バタバタと“新年”を迎える。
迎えた“お正月”は、また特別な月として祝意を籠めて寿ぐ。めでたさもひとしお…と言いたいところだが……。
まずは風習にのっとって、時間に乗っての三が日が過ぎた。

めでたさの一方で、仕事や住まいを奪われて、東京の「年越し派遣村」で毛布にくるまる方々の写真。「おめでとう」と言えない…胸の痛む記事である。

今般、人が軽んじられ過ぎ、他者に対して鈍感になっているのを感じる。
誰もが、それぞれの価値観や密度で「人生」を生きているのだから、「お互いさま」と言えるゆとりを持ちたいものだ。「情けは人のためならず」。
「牛さん」のように歩みは遅くたって、頑張り屋さんはいっぱいいるのに。
要領の良さには一歩引けを取っても、自分の人生を生きるのには何が大切なのかと思う。

要領よく、人のせいにすることも知っている?3歳児。
折り紙をセロテープでつなぎ合わせ、♪「穴あいたれんこんさん」と口ずさむ。
夕食後、突如、れんこん作りに精を出すJessie。「すじのとおった…」がうまく言えずだが。
そこら中が折り紙の切りかすだらけ。「来た道」。
「せっかくJessieがつくったの、????」とか言いつつ。

“Uncle○○ちゃん”が東京へ戻っていった。パワフルな姫。大胆な遊びを仕掛けてくれる相手がいなくなり寂しそう。「いつ来るのいつ来るの」と待っているのだが。

お正月気分もちょっと落ち着いたというところか。よい三が日だった。

   (写真は、「穴のあいたれんこん」だそーな)
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新しき年の初めに

2009年01月02日 | 日々の暮らしの中で
新しい年を迎えた。
突然新たな時間が流れ始めたわけではない。昨日が今日に受け継がれ明日へと続く。
連綿と巡る時間の輪の中で、「一年」という程よい長さで仕切り直し、自らの人生を更新する契機とする。
またひとつ、『人生の扉』を開いた。

  春がまた来るたび ひとつ年を重ね
  目に映る景色も 少しづつ変わるよ
  陽気にはしゃいでいた 幼い日は遠く
  気がつけば五十路を越えていた

 …I feel it’s nice to be 50
  I say it’s fine to be 60
  You say it’s alright to be 70
  And they say still good to be 80 
  But I’ll may be live over 90

  I still believe it’s worth living
 
弱くなるのは悲しい
…生きてゆくのは無意味と言う人もいるけれど
私は生きてゆく価値があると信じている

自分の年齢や価値観に従った「一年」をセットし直してみよう。
今年こそは世のため人のために…
ひいては自分を育てるために…
ひそかに心に描くデザインを、形に変えよう…、
そんなことを思いながら、心新たに新年を迎えた。つもりなのだが…

試練は人を磨く、“辛抱は人を練る”んだったなあ。


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