モンブランの麓の街シャモニー、あるいは、ユングフラウへの麓の鉄道駅付近の、かわいいホテルの景観の記憶。
いずれも観光旅行でのあわただしい思い出ですが、こんなところで1か月ほど過ごしてみたいと思ったことを懐かしく感じます。
スイス中央部のインス村出身で写実主義の画家、アルベール・アンカー展が開催中なので楽しみに足を運びました。
まだ雨が残る時間帯でしたが今日ばかりは気になりません。
サブタイトルに、≪故郷スイスの村のぬくもり≫とあります。
秋から春までパリに暮らし、夏だけ故郷に滞在する生活を30年間送ったそうです。
油彩、水彩、デッサン等、約100点、日本で初めて紹介される回顧展というものです。
≪髪を編む少女≫≪猫をひざに抱く少女≫≪編み物をする少女≫≪鶏に餌をやる少女≫≪スープを飲む少女≫…
描かれている少女は聡明な、理知的な面立ちをしています。少女に限らず子供たちはみなその傾向です。かわいいし、美しいといえば美しいのですが、子どもそのものが発散する、無邪気さを感じ取りにくいのです。なぜでしょう。
おじいさんの腕に抱かれて、気持ち良さそうに寝入っている赤ちゃん。おじいさんの膝に手を載せ、その赤ちゃんの額に唇を寄せている2・3歳の女の子が描かれているのは、≪おじいさんと二人の孫≫です。静かで穏やかな時間です。
部屋の内装、家の外回り、背景の自然、質素な衣装、生活のにおいのする光景…。
新聞を読むおじいさん、ベンチにゴロンと横たわり眠り込んでいる少女。
故郷の村に生きる人々の暮らしぶりを、目の前の確かな現実としてやさしく眼を注いでいるのでしょう。
どれも身近に感じる生活空間です。年代、国こそ違え、人間の営みは大差ないと言えるのでしょう。
スイスの田舎の暮らし、自然をほんのちょっと垣間見る気がしました。
この中から、もし部屋に一枚の絵を飾れるとしたら、どれを選ぶでしょう。
ずっと考えているのですが(会場にいながらでも実は考えたりしていたのですが)、答えが出せません。心が魅かれる子供の表情がないからです。
絵はがきを2枚買いました。
いずれも観光旅行でのあわただしい思い出ですが、こんなところで1か月ほど過ごしてみたいと思ったことを懐かしく感じます。
スイス中央部のインス村出身で写実主義の画家、アルベール・アンカー展が開催中なので楽しみに足を運びました。
まだ雨が残る時間帯でしたが今日ばかりは気になりません。
サブタイトルに、≪故郷スイスの村のぬくもり≫とあります。
秋から春までパリに暮らし、夏だけ故郷に滞在する生活を30年間送ったそうです。
油彩、水彩、デッサン等、約100点、日本で初めて紹介される回顧展というものです。
≪髪を編む少女≫≪猫をひざに抱く少女≫≪編み物をする少女≫≪鶏に餌をやる少女≫≪スープを飲む少女≫…
描かれている少女は聡明な、理知的な面立ちをしています。少女に限らず子供たちはみなその傾向です。かわいいし、美しいといえば美しいのですが、子どもそのものが発散する、無邪気さを感じ取りにくいのです。なぜでしょう。
おじいさんの腕に抱かれて、気持ち良さそうに寝入っている赤ちゃん。おじいさんの膝に手を載せ、その赤ちゃんの額に唇を寄せている2・3歳の女の子が描かれているのは、≪おじいさんと二人の孫≫です。静かで穏やかな時間です。
部屋の内装、家の外回り、背景の自然、質素な衣装、生活のにおいのする光景…。
新聞を読むおじいさん、ベンチにゴロンと横たわり眠り込んでいる少女。
故郷の村に生きる人々の暮らしぶりを、目の前の確かな現実としてやさしく眼を注いでいるのでしょう。
どれも身近に感じる生活空間です。年代、国こそ違え、人間の営みは大差ないと言えるのでしょう。
スイスの田舎の暮らし、自然をほんのちょっと垣間見る気がしました。
この中から、もし部屋に一枚の絵を飾れるとしたら、どれを選ぶでしょう。
ずっと考えているのですが(会場にいながらでも実は考えたりしていたのですが)、答えが出せません。心が魅かれる子供の表情がないからです。
絵はがきを2枚買いました。