“教授”がはるばる東京からやって来られた。
世界文化遺産で『源氏物語』を公演するためだ。
雅楽の調べで開演。基調講演は冷泉貴実子さん。パネルディスカッションもある。
一学年後輩、柔らかな笑顔が素敵だった彼に、貫禄が備わっている。和服姿で、淡々とマイペースで講読もされるという、「静」の教授のようだ。
彼の風貌、声に学生時代が蘇ってくる。
当時の私は、中古の文学に傾倒しており、とりわけ王朝人の暮らしへの関心が高かった。四年間を『源氏物語』と共に過ごしたといっても決して過言ではない。民俗学を背景に据えて物語を考察していたのだった。
「折口学」、出雲神話「いろごのみの道徳」・「説話」・「須磨」「明石」の「貴種流離譚」…、忘れかけていた言葉の数々、懐かしい響きに思い出が重なる。
夏の合宿での餅つき、冬の源氏万葉旅行。春日大社の若宮の御祭りでは深夜の外気の厳しさに泣け、詠めずに苦心した歌会、奈良の日吉館、当麻寺、新薬師寺に泊まったこと…。
貴重な体験の数々の記憶と共に眼に浮かぶのが、「今の教授」ではなく、数十年前の彼の穏やかな笑顔であるのがやはり嬉しい。
『秋の深さが深まってくると、ああ、今年もまた万葉旅行の時期が近づいてきたな、と思う。十二月の下旬に、研究会の学生たち二、三十人と、一週間の旅をするのが二十年来の習わしになっている。』
―中略―
『冬空の下に蒼く広がる琵琶湖を見ながら、近江万葉の世界を歩く日の近いことを思うと、私の胸はときめく。』
かなり以前のものとなってしまったO教授の文章。
万葉の和歌をいくつも挿入した大好きな随筆文だが、教え子たちを悩ます入試問題となってしまった。
もう一度、今度は情愛の機微に触れながらこの物語の世界に遊ぼう。
捨てがたい原文のリズム。
「そりゃあ、原文で読まなければ」と言うだろうか。“寂聴さん版”で良しと言ってくれるのだろうか。これからの楽しみ方を模索しよう。
予期せぬ出会いは、私に思いがけない可能性を感じさせてくれる機会となった。
自分と異なる日常を生きる人の力だ。
―「教授!」感射です。ご活躍を!―
(百万遍に近い知恩寺境内にて、秋の古本まつり)