京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 ざ~んねん!

2012年08月29日 | 日々の暮らしの中で
  

炎天下を歩いて行くのを嫌だと思った今年は、ウォーキングをする場所まで車で向かうことが多かった。駐車場は満車が多く、場合によっては5分、10分の順番待ちはよくあることだった。エンジンかけっぱなしで昼寝などしている人もいるにはいたが、それでも、それなりに回っていた。街中の路上駐車の多さを思えば、指定以外のスペースに勝手に止めてしまうマナーの悪い車もない。

午後から向かったが、駐車場はガラガラだ。一瞬、今日はお休み?と、見たこともない状況に頭も回らない。現に侵入しているし、どこからでも歩いてなら出入り自由の公園である。奥に2台の車が目に入っただけ。あとから来た車がぐるっと回って一旦は止まったが、すぐ引き返してしまった。

それもそのはず、有料駐車場化していた。先日来、駐車場で工事をしているときに来ていたが完成前で営業されておらず、一昨日から営業開始とのことだった。
先方の料金支払機の前に、「800円」の大きな文字が目に入った。「ええーっ!!」、あほらしい。が、よく見ると100円ともある。30分100円だ。100円か…、せっかく来たことだし…、100円なら…。しかし30分では中途半端、予定をこなすには1時間と少しは必要だ。200円だけと覚悟を決め、止めることにした。

けど、もう行かんぞ! 街中でよく見かける業者の看板があがっていた。なんとなく順番に使っていたのになあ。駐車場が拡張されたわけでもない。憩いの場を奪われたようで残念だなあ…。もう行かんからね~、車では…、多分。

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 風が吹く

2012年08月27日 | 日々の暮らしの中で
早めの目覚めで、外へ出てみたら、清涼という言葉がぴったりの空気の中で、秋の気配!! なんて心地よい風が吹き渡っていたことか。秋の風。季節の移ろいをこれほど嬉しく感じられる朝、一人で感じているには惜しい時間だった。

背中の中央部分に「支離滅裂」の四字熟語がデザインされていたら、平気でそのシャツを着て歩けるだろうか。意味を知らなければ、着ていても一向に気にはならないものだろうか。娘の夫・Jayが読めない・知らないからと言って、選んで贈る気持ちにはなれそうにない。文字の種類も多くはなく、サイズとの関係で少し悩んで、2枚購入したのは今月初めだった。

「切磋琢磨」「順風満帆」。書体はなんというのだったか。紺地に太い白抜きの文字で、躍動感がある。読み方や意味を知りたがるだろうと思って辞書を調べ、書き留めて添えた。ローマ字で読みを記して、例文を。
They studied hard by competing with each other.
人生にもいろいろな風が吹くが、「順風」ってfollowing wind だよ~、 Everything is going well with ・・・youとした。
「私はせっさたくましていま~す」「じゅんぷうまんぱんな人生でーす」と? Jayを包み込んでしまったか。うまく出来すぎの背文字になってしまったろうか。まあ、人生は何かしらの重荷を背負うて生きるもののようだから、こんな前向きな気持ちの表明で歩くなら、それもいいか。

 
この時、姉弟お揃いにカニさんの絵柄で大小を一緒に添えておいた。父子で日本語を身につけて楽しんで!?

誕生日が近づくTylerのために、どんなプレゼントにしようかと外出ついでに見歩いたが、結局は足を棒に振った。あの家には何でもある。もったいないわけではないが、服もおもちゃも絵本も、Jessieのおさがりでいけそうだ。無くて困るものなどないだろう。
近未来で風を切って走り出すだろうTylerに、ここは靴にしようか、歩き初めの靴でも。
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 人は見た目で

2012年08月24日 | 日々の暮らしの中で
オーストラリアのシドニーで暮らしている娘の幼馴染が一歳半になる子を連れて帰国している。娘への頼み事があって訪ねてみた。ご近所でありながら、家のお商売の都合で小学校から一緒になった。入学後、娘が「一緒に帰ろう」と声をかけたのが始まりのようで、それ以来続くお付き合いになる。

    
       花ちゃんのお譲さん
しっかり者の花ちゃんも、幼い頃はかなり逞しかった。我が家に集まる男の子相手にでも負けない腕力、足力?で、「いけないよ」と彼女に向かって口にしたような思い出もある。覚えてはいないだろうな…。中学卒業後の進路は異なり、大学も京都と東京と別れたが親しさは変わらず、偶然にもともにオーストラリアで家庭を築いている。相変わらず、すべてになんとなく心強く感じている花ちゃんの存在。

「うわぁ~!! ご無沙汰~」共に声をあげて久しぶりの再会を喜びあって、娘みたいでもある。
「お嬢様に~」と、ミキハウスで靴を用意して出かけた。「開けていい?」「めっちゃ可愛いよ!!」と私。「14や~! おばちゃ~ん!!」 サイズがようわかったなあと言わんばかり。履かせてあげてね。

「おばちゃん、つやつやしてるやん」
「おばちゃん、うちのお母さんより五つも六つも若いってずっと思ってた」
まあ、なんてこと!? なんてお上手に!? 喜ばせ上手になったこと、花ちゃん!!私にしたら「えーっ!?」であった。
「おばちゃん、ちょっと待ってて」と、帰りには和菓子を包んで持たせてくれるのだった。しっかり者の花ちゃん、店を継いでいる弟の新製品の宣伝も忘れない。

何度も花ちゃんの言葉が蘇り、思わずにんまり~とさせられる。気分いいねえ~。和菓子もおいしいよ。
「おばちゃん、姿勢がいいもんな。絶対若く見られるわ」うん、気持ちは若いんよ~。人は見た目で少し得をすることもあるんだねえ。
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 置き土産

2012年08月21日 | 日々の暮らしの中で

埃っぽいにおいが鼻につき出した。間もなく午後2時になろうかとする頃、外はカンカン照りだった。雨かなと思ってるうちに、サ―ッと軽い音が耳に入った。天気雨だ。狐の嫁入り行列に、雨筋が白く光ってさしかかる絵本の光景が思い浮かぶ…。ほどなく天界でごろごろと、陽が差したままにその強さ勢いはどんどん増していった。

稲光のあと一瞬簾が巻き上げられ、雷鳴がとどろく。北から西へ!そのまま南へと、天空を一気に雷鳴がとどろき渡る。見事なものだ。クーラーなどはコンセントからプラグを抜いてある。窓も締め切り、暑いといったらない。そんな中で、団扇片手に汗だくで、ちょっとした書き物など進めていた。もうちょっと、ひと息ついたところで歩きに出てみようかと思っていたところだったものだから。

限界にも近い2時間後、ようやく雨も上がって青い空が広がった。嫁入りは無事に済んだろうか。

      

近場を軽く歩き回ることにしたが、ひんやりとした空気に変わっていて最高の置き土産であった。路上で見つけたカブトムシ。子どもでもいたらと思ったが声すらしないので、近くの植え込みの樹に放してやることにした。これも一日一善、かな。
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 心の贅沢を

2012年08月19日 | 日々の暮らしの中で

よく眠れるせいか、朝の目覚めが早い。

朝の空気ぐらいだ。気持ちよく過ごせる時間帯は短い。ウォーキングに時間を費やしてしまうなどもったいないと思う今年の夏だった。窓を開け、風を入れながら、用事を済ませているうちに身体も目覚めてくる。日差しが強くなるにつれて、脳の力は弱る。つまり、私の集中力がなくなるのは暑さのせい、だ。なるべく早い時間帯に少しばかり頭を使おうと過ごしてきた。

お盆の終わりとともに気持ちもゆったりとし、気分が少しばかり切り替わってきているのを感じる。夏休みで手を取られる子どもがいない代わりに、時間はある。日々の短い時間を積み重ねていくことでできることはありそうだ。
残暑は厳しいが、これまでとは風が違う。肌に心地よい。夜は気温が下がって涼しくもある。秋はしのびやかに近づいてきている。

蝉しぐれの勢いも減って、桜の木のあちらこちらでアブラゼミを目にする。孫を連れたおじいちゃんが素手で捕まえようとして、すんでのところで取り逃がした。のけぞった大層な驚きようが愉快だった。あんな小さなものが仮にぶつかってきてもどうということないのはわかっていても、確かに驚くものだとおかしい。
補虫網を手にした子どもたちが目立つ昼下がりの公園。午後2時過ぎから久しぶりにウォーキングに集中、汗を流した。今までの速歩のようなスタイルは止めにする。
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 夏も行く

2012年08月16日 | 日々の暮らしの中で

8月16日は、お盆に迎えた祖霊を浄土へ送るという五山の送り火が焚かれる。
京都東山の如意ヶ岳の「大」、松ヶ崎西山東山の妙法、金閣寺裏山の大北山の左大文字、形、西賀茂妙見山の船形、嵯峨曼荼羅山の鳥居型、この五山のお送り火が夜空を焦がす。

京都は、「しるし」への眺めを大切にしている街だといわれる。この五山の「しるし」の眺望をさえぎることがないようにと、建造物の高さも規制して守ってきているのである。

こんなところからも見えると、偶然に発見したビューポイントはあるが、いつもこの時期までには忘れてしまう。昨年はそうして見つけた大文字を眺める場所へと急いでいた。たくさんの人が詰め掛けていたから、付近ではお馴染みの場所だったのだろう。ところが後日通った時は工事現場と化していて、2階建てマンションが楽しみをすっかり奪ってしまっていた。眺めは完全に遮断された。文句の一つも言いたい、絶好のポイントだった。

今夜は以前にJessieとも一緒に来たことがある場所へと急いだ。東山に大文字が点火され、夜空が明るくなったのをを歩きながら眺め、目的地到着。「妙」は眼前だ。北西に「船」が見える。

 
 
我が家には、祖霊を迎えたり送ったりという信仰行事はない。けれど、この世に後ろ髪を引かれながらもあの世へと死者の霊が帰っていくとみる思いも、懐かしい人との別れを惜しんでそれを見送る心情も、私の中に流れている。暗い闇の中で燃え上がる火は、見る人それぞれに様々な思いを抱かせてくれるに違いない。

今年の夏も終わった。大文字がすむと一気に秋の気配が進む、と言われるのだが、果たして実際はどうだろうか。
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 お地蔵さんの耳

2012年08月15日 | 日々の暮らしの中で

年金や介護保険に関する日々の不満から、生活保護を都合よく利用する人々への自立方法論まで、暮らしにくくなったご時世を反映してか、思い思いの言い分が手厳しく、時にはうっぷんを晴らすかのように喋り出したら止まらない人がいます。その一方に、えっ?えっ?そうなん?、いつのこと?知らなんだ…と、いちいち話の流れを止めて水を差す人も混じります。まあまあ、女性ばかりが寄ったしゃべり放題の輪の中にはいろいろなタイプがあるものです。

戦闘態勢まがいの会話では、迂闊に同調のテンポに乗ってしまってはなりません。正しく意図したことが伝わらなければ、ああ言った・こう言ったと噂の花が咲くからです。優柔不断な性格なのか、過去の体験を生かしてのらりくらりと交わしてしまいます。

ところで、どうしてお地蔵さんの耳が長いか知っていますか?それは私たちの苦しいこと悲しいこと、楽しいことなどすべてをしっかり聞いて下さるからだそうです。ふっとこぼす胸の内も上手にすくい取れる聞き役ができたら…。相手の心の中へ、隙間からでも入り込むには…。そんなことも考えます。

笑顔は最高の相づちとのこと。ちょっと心を傾けて、言わんとするところを察しながら相づちを打ったり驚いた気持ちを乗せる言葉にしたりして、わからない話にもついて行っている気がします。昔話中心の、年代の大きく違った人との会話では大抵こんな調子で、今年のお盆も過ぎます。

不満をぶつけ、とうとうとしゃべったあとのむなしさ。感じたことがあります。多くをしゃべり過ぎない知性も必要だなと思ったわけです。
宇野千代さんが「私の小説作法」の中で言っていました。「語り過ぎない。詳しく書き過ぎると大切なものが消える。その大切なものを露出してはならない」と。見えない心の姿勢の様なものに相通じると感じています。
                           
                                          (写真:三千院のわらべ地蔵)





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 オリンピックも閉幕して

2012年08月13日 | 日々の暮らしの中で
1974年8月12日(金)から12日間の日程で、職場の一つ違いの同僚とヨーロッパ旅行を楽しんでいた。古過ぎるほど古くなった思い出の引き出しがオリンピックと共に開けられた。

夏休みだし沖縄にでも行こうか、と軽い気持ちで二人で東京有楽町の旅行会社へ出向いたのだ。それがどんないきさつだったか、行き先は変更になった。若い娘が二人でヨーロッパへ、ツアーとはいえ決めてから父に報告だったので、父としても反対のしようがない。事前に相談したらどうだっただろうか。まあ、しぶしぶながら許してはくれたことだろう。母がその時何を言ったかは全く記憶していない。
一人で飛んでいけるほど子どもの翼が強くなったら、親は身を引くべきだ、とか…。それほどの思いはなかったろうが、なにぶんにも事後承諾を強いられたゆえだろう。

 
      栗ちゃんの帽子が邪魔に

12日、羽田13時55分離陸予定は17時20分とずれ込んで、香港、バンコク、デリー、テヘランを経て最初の国はイタリアへ。レオナルド・ダ・ヴィンチ空港に降り立った。フランスからロンドンへ入ったのが8月17日だった。
ジェントルマンに見惚れ、ゴシックなどの素晴らしい数々の建造物に目を見張ったものだ。
いよいよオリンピックも終了間近かでマラソン競技が始まる頃になってから、ロンドン市内を自由観光をした思い出のアルバムを引っ張り出してみた。

飛行機、バスや列車での移動もあって、はぐれたり集合時間に間に合わなかったりとツアー参加仲間に随分と迷惑と心配をかけてしまった。なんせ、のんびりした相棒の栗ちゃん、時間に間に合わせようという意識があったのかなかったのか…。セーヌ河のほとりを走りに走った二人。何もかもが刺激に満ちていて、何でもかんでも見てやろうとしたのも若さゆえ。随分奔放に飛び回っていた若い頃は、苦い思い出も数々ある。

声援を送りながら感動している自分がいた。勝っても負けてもインタビューでは選手の口からどのような言葉が聞けるのかと興味深かった。
あらゆる機会をとらえて旅には出たいと思う。これからはゆっくりと、立ち止まりながらの旅がいい。


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 納涼古本まつり

2012年08月11日 | 催しごと

なんと様々なジャンルの本があることかと思う。人の興味関心も実にそれぞれで、手を伸ばし手に取って開いてみる本は異なる。見慣れた古本まつりの会場風景だけれど、つくづく感じ入ってしまう。

そうした中に縁があったごくごくわずかな書物から、いろいろな味わいを知り楽しみを得ている。わからなくて投げ出した本もあった。個人的な嗜好では外国文学よりも圧倒的に日本文学だった。偏り過ぎたと思っているし、読書の世界は狭いかもしれない。
何かを探して、ということもなかったが行かずには落ち着かない。覗いてみたいのだ。朝から空模様が不安定で、軽くひと雨来ていた。そのせいか、会場の下鴨神社糺の森は例年より蒸し暑さを生んでいた。午後1時を回ってひどい雷雨に見舞われるよりは一足早く会場を後にしたが、足元どぼどぼでの帰宅となった。

どうしたら読書好きになりますかなどと尋ねられては、みんながみんな本ばかり読んでいてもねえ、などとはぐらかしながら繰り返し自分の読書体験を書いてきた時期があった。とにかく昔から「日本人は本が好き」なようだ。

 
「繰り返し読むことが楽しいような書物を座右に置きたい。繰り返し読む百冊の本を持っていることで、満足している」
ここ最近の私は、こんなオダサクさんの言葉が心にかかっている。とは言っても、未知の書物への関心は高い。そして、いつか読むからと買っておく本もある。楽しみのために読んでいるが、単なる多読ではない、深く読む読書をもっと心がけなくてはと意識してはいる。

「京都の明治文学」「京都の大正文学」「京都の昭和文学」などの著書の傍にいた時、「私の父なんです」と耳に入った。河野仁昭氏の娘さんということだったのには驚かされた。人の話しを耳にしながらもまことにオモシロイ。

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 日盛りに

2012年08月09日 | 日々の暮らしの中で

「大きなナマズがいる!」興奮気味に上がってきたのは3.4歳くらいの子どもと水遊びをしていた父親だった。賀茂川で潜ったり泳いでいる男性が数人、こんなところで?と初めて見る光景だった。岸で見ていて、子どもを抱っこして立つ男性の腰にも達していない深さだと言うのに。

外出の帰り道、運動を兼ねて歩こうと早めに地下鉄を降り川べりに出た。木陰を求めれば、昼寝をしたくなるほどに風は心地よい。ベンチに腰掛けたままぼんやりと時間を過ごしていたのだから、実際はほとんど運動にもならなかった。

橋の上から下を覗くと、悠々と泳ぐ大きな魚の黒い影が水底にくっきりと映っていた。鯉か、それとも鮒なのか、小魚も影を作るほどの陽の強さだった。Jwssieがいたら!?「暑いからやめとこ」と外出を制しているのかもしれないが、いたら…、と仮定形で思えば連れて行ってやりたい所、見せてやりたい風景の候補地はストックしてあるのだった。

           
             道路脇で見たのは卵? 正露丸ほどの大きさで

この飛び石が好きで、両岸を往復しては踏み外しながらも遊んでいた。3歳でこの土手を駈け上がったものだった。夏休みを日本で過ごせたらと思うが、季節も学校事情も異なる両国、それは望めそうにない。理科のコンぺティション締め切り直前、日本で言うところの自由研究に似たものか、まとめをしていると言う。何でもしたがり屋の一年生、いつもならとっくに爆睡中の夜8時、受話器を通して声が聞こえてきた。「Jessieね…、Jessieね、学校でね…」と何やらしきりに報告してくれる。ようわからんかったが、「ふ~ん、Jessieすごいんやねえ~」と応じておいた。聞き直すのも悪いと思ってで、すまんこと。
それなりに充実しているのだろう。こんな調子だから学校を休んでまでは到底無理な話と言うものだった。いたら…、賑やかに張り合いもあることだろうが。

                                  日曜日、神社の境内を流れる川で


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 昭和46年8月10日

2012年08月07日 | 日々の暮らしの中で

「46.8.10」のスタンプが岩手県平泉毛越寺の拝観券に押してある。学生券で80円であった。

戦時中に東京から宮城県の仙台に疎開していた母方だったが、叔父二人は以後東北で暮らし続けた。母は東京へ戻っていた。父との出会いがあって私がいることになる。母と一緒に2度、1度は祖父の容態がおもわしくないという時期に訪れていた。この時は早く家に帰りたくてたまらなかった思いをよく記憶している。今に思えば、寝たきりの祖父がいて、おそらく普通ではない空気が幼な心にも息苦しかったのだろう。

学生時代に一人で叔父を訪ねたのが昭和46年8月だった。その頃は古川に住んでいたが、出迎えてくれた叔父との松島観光で遊覧船に酔い、散々な思いで家に着くなり挨拶もそこそこに倒れこんでしまった。よく陽に焼けた小学生だった従姉妹とトンボを追いかけまわして遊んでいた。
仙台の七夕で商店街を歩いた。青葉山から望んだ明るい市街地、これは今でも一つの風景として眼前に広がってくる。平泉中尊寺や毛越寺、そして山形県立石寺まで一人足を伸ばして、めいっぱい楽しんだ夏休みであった。

一竿に5種類の吹き流しが並ぶのが基本だと言う仙台流の七夕飾り。商売繁盛や無病息災など、東日本大震災からの復興を願う様々な思いを込めた七夕飾り。叔父を訪ねてみたいと思いながら、今年もかなわないでいる。
年月日入りのスタンプは京都奈良の寺社には無い。この頃から何度となく訪れていたが、今とほとんど変わらぬ半券が多数手元に残っているだけだ。40年余も前のことなのに、拝観券のスタンプに懐かしい思い出が次から次と蘇ってくる。
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 お盆の前に

2012年08月06日 | 日々の暮らしの中で

                                           (写真は7月末の大文字山)

青い空が広がった中で、東の如意ヶ嶽の背後に大きな美しい入道雲が立ちあがっていた。いくつも立ち並ぶ様は、まさに「夏雲 奇峯多し」(顧之)といったところ。中国東晋の時代と同じような光景が、眼前に広がっているのだった。
やがて五山送り火の一つ「大」が点される大文字山、「大」は「一人」と書くことから人形(ひとがた)で、無病息災を祈る火と言われているらしい。

お盆を迎える前に、仏具類が研磨剤に藁を用いてピカピカに磨き上げられた。門徒さん方のご協力を得て、花瓶・香炉・火立てなどをはじめとして本堂、内陣のものまで、磨き物は終えることができた。

娘夫婦の誕生日が近づいてもいる。五日違いで二人ともが仲良く八月生まれとあって、一度に送れることはありがたい。希望の品も調えたし、そこに本当にささやかな気持ちを添えて荷造りを始めた。可愛い子どもたちの衣類ももちろん入れ込んである。

お盆を迎えても里帰りしてくる予定もないのは、まことに淋しいことだけれど…。

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 能面・能装束展

2012年08月04日 | 展覧会

          Exhibition of Kongo Family Noh Masks and Noh costumes.

8月4日、5日と金剛家の能面・能装束などを虫干し兼ねて展示しますから、ぜひ見に来てくださいと声をかけていただいた。お声は受講する「絵本で英会話」でのベッキー先生から。50年以上前より続く夏の恒例行事とのことだった。4月の初対面の日から席を隣り合わせているT子さんと、互いに「あなたが行くなら」ということで約束が成立した。

能の主役を勤めるシテ方五流派(観世流・宝生流・金春流・喜多流・金剛流)の宗家の中で、金剛流の26世は唯一京都在住で、金剛能楽堂を所有している。能楽堂は地下鉄の今出川駅から南へ歩いて5分ほどのところ、京都御苑の西側にある。
華麗で優美な芸風から「舞金剛」、装束や面の名品を多く所蔵する事から「面(おもて)金剛」とも呼ばれるそうだ。

       

個々の色が鮮やか過ぎると色が立ち過ぎてしまう。個色が退色して全体が一つに、自然な色合いに馴染んだものを「よい装束」と言うのだと。演目の曲に合わせて、まずは面(おもて)を決める。装束はその後だという宗家のお話があった。能舞台、橋掛りまでを利用して装束や面、扇の数々が並び、ぐるりにもずらっと、手で触れて感触を確かめたくなるほど間近に装束が掛けられていた。モダンに感じる柄も見受けられたが、なんせ知識がない。

能はこれまでに機会はあっても気持ちが向かないことが多く、数えるほどしか見ていない。装束の名前をどう読んだらよいのかわからず、漢字の字面で読みとるしかなかった。多少の解説など添えられてあれば有り難いのだったが。
知ってるでしょ!わかるでしょ! ではなかろうが、これはやはりもっと能楽堂に足を運ばないといけないのかしら。
ベッキー先生から感想を聞かれそうな気がするので、準備しておかなければなるまい。囃子堂のことを付け加えてしまおうか。

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 八月一日の日記に

2012年08月01日 | 日々の暮らしの中で

      
実のつかないビワの大木の葉裏で、蝉の抜け殻が朝日を浴びて輝いていた。ようやく地中から姿を現わして、蝉しぐれの一端をどこかで担っているのだろう。枯れ葉が転がされていく音が耳に届く。時折陰るが日差しは強く、風があるので洗濯物もあっという間に乾いていくようだった。


午前中早めに、英単語の意味調べなどして明日の予習を済ませた。というのも、今夜は3月から参加し出した絵本点訳のメンバーで夕涼み会が計画されていた。好きなだけ楽しんで、帰宅後に予習などとんでもないこと、もったいない、酔いも覚めように~。

楽しいおしゃべり、おいしかったビール。次回は酒どころ伏見へぜひ誘って欲しいと、一言添えておいた。

…と、今日の日記に書いておこう。
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