京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

この世のものじゃなか

2023年08月31日 | 日々の暮らしの中で
昨日も今日も、朝から蒸し暑い。

子息・上野朱氏が綴った『蕨の家』で両親・上野英信と晴子さんの想い出などを拝読した。
晴子さんの夫との会話に見せる、“言の刃”の切れ味の鋭さにスカッ! そしてクスッ!
やはりもひとつ、どうしても英信氏自身の言葉に触れてみたくなる。

自ら労働者として生きようと炭坑に飛び込み、筑豊の中小のヤマの坑内労働者たちの極限状況を内側から追及した記録文学。
『追われゆく坑夫たち』(上野英信)を求めて、河原町三条のMARUZENに行ってみた。


「地獄の炎であぶられるような悲惨」と葉室麟氏が評している(『読書の森で寝転んで』)。


さまざまな思惑が渦巻く石見の銀山町を舞台にした小説『輝山』(澤田瞳子)を思いだす。
間歩(坑道)で鉱山採掘に当たる男たちがこぞって罹患する病を気絶(けだえ)という。
【地中の毒気やそこここの壁から沁み出す水気、更には間歩に持ち込まれた螺灯(らとう。サザエの殻で作った燭台)の上げる油煙や採掘時に出る粉塵を吸い込むうちに罹るもので、これを患うと咳を繰り返し、煤の如きものを吐いた末、10人のうち9人までが死に至るという。40まで生きられぬ境涯で、短い命を終える】
銀を産むことのみが課せられながら、それぞれの場所で懸命に生きた者たちが描かれていた。

小説とドキュメントだけれど…。


明日の花の蕾が膨らんでいる。
心なしか秋の気配を見せる雲が広がる夕べ。

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蛙の月見

2023年08月29日 | 日々の暮らしの中で
二匹棲みついているうちの片割れで、いつもなら水遣りが始まると二手に跳んで身を隠す。
よほど水が恋しかったのか如雨露からの水を気持ちよさそうに浴びていた。


雌雄の判別などつくはずもないが、茶ガマと茶子。見た目がちょっと…だけど、見慣れてみればかわいいやつよ。

蛙といえば思い浮かぶのが、草野心平の詩.

 「秋の夜の会話」
   さむいね
   ああ さむいね
   虫がないているね
   ああ 虫がないているね
   もうすぐ土の中だね
   土の中はいやだね
   痩せたね
   君もずいぶん痩せたね
   どこがこんなに切ないんだろうね
   腹だろうね
   腹とったら死ぬだろうね
   死にたくはないね
   さむいね
   ああ 虫がないてるね

晩秋のある日。寒さと飢えにじっと耐える蛙の会話に託して、現実の生活の厳しさを言っている。


「あついねえ」
夜になってもまだ暑い。虫が鳴いているよ。
まだしばらく地上での日々が続きそうだね。

今夜は雑木林の上に、黄色く丸い大きなお月さんが上がってきた。見上げてごらんよ。
庭は真っ暗だけど、今どこにいる。

眺めてござるか? 

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機嫌よく9月を

2023年08月27日 | 日々の暮らしの中で

後悔や不安はあれこれあっても、そこにとどまっているより楽しみごとを見つけたい。
ちいさくひと跳ねしたい9月はもうそこに…。
そんな思いが美容院に向かわせた。伸びすぎた髪をカットして、軽くパーマを当ててきた。
枯れ木に花咲くよろこびもあるように思えてくる。

 〈 一日をゆっくり見つめて
   ゆっくり歩いて
   ゆっくり書いて
   ゆっくり生きて 〉  (高木護)


海の向こうからは、AFL(オーストラリアン フットボール リーグ)に参加して2度目のシーズンオフを迎えようとしている孫のTyler と、アカデミーのサッカースクールで頑張る末っ子のLukasの様子がLINEを通じて伝えられる。
週末のゲームは両親揃ってTylerの応援に行くそうで、違う場所でのLukasには姉のJessieが付き添っているらしい。
「助かるわー、ほんまに。懇談とかも行ってもらえる年齢だから来年、頼もうかしら」ってお気楽な母親は笑っていう。

  

年の離れた姉弟。母親代わりの守りから見守りまで幼い弟に手を貸してきた姉は、今や保護者の代わりにじっと見守るまでになった。双方の成長が嬉しい。


機嫌よく、笑顔で9月を迎えたい。

夕飯後の洗い物をしていると、どこからかチリチリチリチリ? ヒリヒリヒリヒリ 迷い込んだか秋の虫。
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笑ふて暮らそ ふふふふふ

2023年08月24日 | 日々の暮らしの中で
小さな星形をしたハゼランのピンクの花がかわいいので、“氷中花”にして涼をとろうなどと思いついた。よく考えれば、ずっと閉じ込めておくことはかなわないこと。溶けるからね。
だから子供並みの思いつきだったわけだが、花が3輪付いた茎を切り取って、直径1cm未満の口から水を満たした瓶の中に真っ直ぐに据えた。


もう少し凍らせようと思ったまま失念した。けろっと忘れてしまって、取り出して見れば気に入っていた分厚いガラスの空き瓶がこの通り。
夏休みの自由研究?は失敗に終わった。


「研究」などというのなら、「水中花」を作る知恵が欲しかったかな。
紙や木片などで花をつくり、根に当たる下部に重りをつける。 ・・・ちと、めんどう・・・。

ひとつの失敗で得たものは?? 総身に知恵がまわりかね、ってことだけか。


今日は滋賀県大津市からの帰り道で、すさまじい雨に打たれた。車を打つ雨音でカーラジオも聞こえない。ライトを着けない対向車は視界に入らない。
稲光も激しかった。
30分ほど緊張の連続、疲れるものだわ。
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思い汲みあって

2023年08月22日 | 日々の暮らしの中で
地蔵盆を前にして、普段は町内の祠においでのお地蔵さんを子供たちの手できれいに洗い清めた。
お飾りの道具類も寺から会所へと運び出し、座を移した。

当日の朝に祭壇を整え、各戸で菓子や飲み物を供える。子供たちの居場所づくり、二日間の昼食づくりなどに大人がかかわる。
鉦を鳴らしながら幼い子供たちも年長者と一緒に「じぞさん(地蔵さん)に賽銭あげとくれぇ」と唱え唱えし、町内筋を練り歩く。
と、見知ったおばさんたちが門々から姿を見せ、賽銭箱には白い包みが増えていくのだ。
最後には子供たちで分け合うことになっている。
子どもがいてもいなくても、町内の行事であり、帰省の家族縁者も自由に参加を歓迎している。


百万遍の数珠回しでは「ナムアミダ ナムアミダ」と唱えながら数珠を繰り、大玉が手元に来たらサッと額の高さにいただいて、隣へ送る。
最後の晩、これをもって終わる。(むか~し、昔の写真に、私がいた)

長い(大きい)お地蔵さんの耳のように、苦しいこと悲しいこと、楽しいことなど、聴ける耳を持ちたいと、懸命に心がけてはきたのだわ。
それでも、その時の自分の気持ちのありようで受け止め方は左右してしまい、時には人の心を突き飛ばしたり、またはねっ返されたり…。
どうしても自分の思いで、ものごとを聞いてしまうからだ。勝手に誤解して聞き取ってしまうとなると、それはとても厄介なことだ。

よい聞き手になるには、相手の気持ちに合わせることが大切なのだそうな。
寄り添うってことは相手の心のそばにいることだと誰かが教えてくれた。
町内の長い付き合いではあっても、なにかを一緒にすることで互いに思いを汲みあって、つながることを新鮮に楽しめたらいいと思う。

耳で聴いて、心で聴いて。 
いつも私のそばにいて、言うこと(書くこと)を聴いていてくれるお地蔵さん。
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最初は小さな芽ばえ

2023年08月20日 | こんな本も読んでみた
本日は完全休養日。
ちょっとおおげさな? ただ何も予定がなく、家で気ままに過ごせそうだった。
午前中から気温が上がって暑い。昼を半時ほど回ったころ、暗くなった空からドシャブリの雨となったが、再び晴れあがった。


上野英信という作家の存在を知ったのは『花をたてまつる』(石牟礼道子)が最初だった。
原稿用紙の使い方も十分に知らずにいた頃、すでに交友のあった氏によって『苦海浄土』は校正され、出版へと至ったことなども記されている。
平素その名を思いだすことはない、小さな出会いだった。

それが、今夏の古本まつりで購入した『豆腐屋の四季』文庫版にあったプロフィールで、大分県に生まれた著者の松下竜一は上野英信を知ったことから記録文学に目を見開いたという経緯を知ることとなった。
上野英信の名を改めて刻んだわけだが、まだ何かがもぞもぞ…。少し前、葉室麟氏の著書で『追われゆく抗夫たち』を著した上野英信とのことを読んでいたのだ。

22才の誕生日前日に、広島で被爆したという。1964年、親子3人で筑豊炭田の一隅、福岡県鞍手に移り住んだ。子息の朱(あかし)氏は小学校2年生だった。
〈京大中退という学歴を隠して炭鉱労働者として働いた〉英信。

 

小さな好奇心は作品名をメモさせ、古書店を訪ねる楽しみに拡大した。出会ったのが『蕨の家 上野英信と晴子』だった。子息・朱氏の目から見た両親の後姿で、評伝ではないとある。
生涯ただ一つのエッセイ集『キジバトの記』の原稿を遺して亡くなったという晴子さんは、どんな方だったのだろう。
少しだけ読み進めた。

なにかに導かれるようにめぐり合わせていく運の良さ。
なんでも最初の芽生えは小さなものなのだ。でも、そこから始まる。


〈 桔梗や信こそ人の絆なれ 〉 野見山朱鳥
好きな花の筆頭格。仏に供え奉ろう。
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蝗の顔の見ゆるかな

2023年08月18日 | 日々の暮らしの中で
嵐が過ぎて、なぎ倒された花茎を起こしてやっては支柱を補充などして、自分で自分を笑っている。種が取れるまでもう少し頑張ってもらわなくちゃ、との思いだ。

水嵩の増した賀茂川の流れをぼんやり眺め、周辺を歩いてみると稲も順調に生育していた。
渡る風が心地よい。
稲の花が咲き出そうとしている。しゃがんで目を凝らすと、お米のにおい、などしてやしないのだろうが、鼻いっぱいにそれらしきを感じさせるにおいがあふれる。

 〈先へ先へ行くや螽の草うつり〉 樗堂
2匹ほどが勢いよく飛び立って移動した。なにかと思えば、このお方。


立ち止まり、顔を近づけると、その気配を感じて右へ、左へとわずかに動く。
身を隠そうとでもいうのかしら。
 
 かくれんぼ「蝗の顔の見ゆるかな」


見えてまっせ! 

イナゴだろう、か。螽、蝗、稲子とも書く。

空が真っ黒に塗りつぶされ、日が陰った。と、雨のように空から降って来るイナゴ。渡りイナゴと言って緑色ではなく茶褐色で、足が短く、翅が長い。
イナゴの大群に襲われて、草1本、葉っぱ1枚残らぬ一面枯れた荒れ地になった八丈島での描写を、『無暁の鈴』(西條奈加)で気持ち悪く読んだのを思いだした。

貴重なたんぱく源だったとか。フライパンで炒めた話を坪内稔典氏が書いておられたが、私はいただいた佃煮を食べられなかったことがある。


クサギの花が咲いていた。きれいだなと思う花。青い実が楽しめる。



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魂を招く風(ふう)あり

2023年08月16日 | 日々の暮らしの中で
「おじいちゃん、来年また来るまでお墓の中で元気でいてね」
幼子のことばを聞いた。

墓地では花立てに高野槇や菊の花、竜胆だったりの供花が見られ、線香があたりに匂うのも盆ならでは。
長く無沙汰が続いた思わぬ人に出会うこともある。新仏のご供養にお参りだった。
一人ひとりがいただいてきた寿命とは言え、この世に生きている私たちには別離の悲しみ苦しみは耐え難くもあり、茫然とするものがある。ひ孫さんが成長されていて、何十年ぶりとなる出会いだった。同じ関東出身ということで、何か惹かれるお方だった。


台風一過。これまでは行ったことがなかった無縁仏の供養にむかう住職に同行した。
無縁さんの供養塔に紅いサルスベリの花房が供えられていたのは、どなたの荘厳か。そこに合わせて、生花店でしつらえてきた供花を挿した。

私のところは実家も浄土真宗で、キュウリやナスで作る馬や牛、盆提灯も、未だこの目で見たことがない。門先で焚くという迎え火にしてもそう。
キュウリで作った「馬」には、ご先祖様が少しでも早く里帰りされるようにと願いを込めて。
ナスで作った「牛」は、あの世へゆっくりと無事にお帰り頂くようにとの思いで。そうした細かなことを知ったのは恥ずかしながら最近のことだ。
津々浦々、様々な風習があることを興味深く拝見するが、真宗にはそうした風習がない。

「盂蘭盆に新しき仏ある家は紅白の旗を高く掲げて魂を招く風あり。峠の馬上に於いて東西を指点するに此旗十数カ所あり。村人の永住の地を去らんとする者とかりそめに入り込みたる旅人と又かの悠々たる霊山とを黄昏は徐(おもむろ)に来たりて包容し尽くしたり」
(『遠野物語』自序より)

ナスを舟に見立て、かき豆の上にミョウガを挿した帆柱を立て、湯葉の帆を張った帆掛け船を作る、滋賀県高島市の称念寺薬師堂の法要もある。
豊かな風土、信仰が息づいているのだな。目にしてみたい…。

燃え盛る五山の送り火をテレビで拝見する。
  少しボケた赤トンボ。でも、精霊トンボというのですってね、盆トンボとかとも。
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ほとけの手のままに

2023年08月13日 | こんな本も読んでみた

取り込もうとした干し物に、蝉が飛来していた。羽先が少し傷んでいる。放してやろうとつかんでも鳴かない。それがかえって少し寂しい気がした。
境内にある泰山木には毎年いくつもの抜け殻がしがみついている。虫取り網を持った子供たちの声がかわいかったものだが、何やらこの頃はとんと姿も見えない。
台風一過の折にはこの蝉たちはいかに。蟻たちのお掃除が始まるのだろう。



「管理責任などありませんよ。ただの寿命です」
「年をとって飲み込む力が落ちていた人が、物を詰まらせたんです。寿命以外の何物でもない」

限られた看護士の数に対して、田舎の小さな病院に入院する圧倒的な高齢者の人数。
高齢者医療の現実の中で、違和感や疑念、悩みを感じながら指導医のもとで研修医が成長していく姿が描かれていた。


娘に送ろうと中古本で購入しておいたので、せっかくだし送る前に読んでみることにした
(『勿忘草の咲く町で 安曇野診療記』夏川草介)。
看護士と若い研修医。通俗小説か? か~ぁるい安っぽいドラマのようで面白くもなんともなくゲンナリ!
…していたのだが、著者が医師でもあるという独自性がもたらす医療問題に触れ出してからは、文章がどうのではなく、語ろうとするものに固有性を感じ、一気に読み通した。

生を奪う死はまた生きる意味を与える、とどこかで目にしたが…。

  この手で 
  日々を 
  かきわけているようなれど 
  きづけば 
  仏の手のままに
     念仏詩人 榎本栄一

何一つ 自力なし。お盆にはこんなことも考えてみたい。

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人生をおいしくするもの

2023年08月11日 | こんなところ訪ねて
「うちも自己流やけどな、見栄えよう立てたらいい」のだと言う義母の手元を見ながら、見よう見まねで覚えてきた本堂のお花を立て終えた。

本堂の縁で、阿弥陀様とお脇にそれぞれにお花を立てながら、代代を支えた女(坊守)たちに思いがいくのが常のことなら、ふと自分の来し方を振り返ることもまたいつものことだろうか。

義母と私の実父とは幼馴染みだったが、父の母親(私の祖母)は、やはり真宗寺院の生まれだった。私が嫁いできたころ、この「おみを」さんを知る人もいて、せせこましい世間を煩わしくさえ思ったことがある。
遠く離れた父の郷里は、馴染みもなく縁遠い地だった。それが、この地に来て、自分は知らなくてもよそ様は私を知っているという様々な縁の中で暮らすようになったのだから、やっかいだった。
人との結びつき方を模索しながら日常に根を張る。そんな努力が求められた、今は昔のこと。

やがては自分自身が確実に「先祖」の仲間入り…。けれど、8月13日にはこの世に戻って来るよなんて、おそらくありはしないことなのだろうなあ、と思ったりする。


毎年ちょっと気ぜわしい思いを抱えながらも出向かずにはいられないのが、この時期に糺の森で開催される下鴨納涼古本まつり(~16日)。


講談社学芸文庫で手に入ることを知ってはいたが、現物を前にしてはためらってきた。
この一冊を求めて足を運んだともいえる今回、最後の最後になって、あった!のだ。 800円と半値以下で手に入れた。手元に欲しかったのだ。
「新刊本が売れないだろ」という息子の言葉は、頭の中を通り抜ける。


「よかったですね」「出会いがありましたね」と、私の喜びに店の人たちが言葉を添えて下さった。

「期待とはずみ心は人生をおいしくするためのもの」って田辺聖子さんが言われていたっけ。
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一輪の花の力

2023年08月09日 | こんな本も読んでみた

  「花を奉るの辞」 

 春風萌すといえども われら人類の劫塵いまや累(かさ)なりて 三界いわん方なく昏し まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに なにに誘なわるるにや 虚空はるかに一連の花 まさに咲(ひら)かんとするを聴く ひとひらの花弁 かなたに身じろぐを まぼろしの如くに視れば 常世なる仄明りを 花その懐に抱けり 常世の仄明りとは この界にあけしことなき闇の謂(いい)にして われら世々の悲願をあらわせり かの一輪を拝受して今日(こんにち)の仏に奉らんとす
 花や何 ひとそれぞれの涙のしずくに洗われて咲き出づるなり 花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに 声に出せぬ胸底の思いあり そを取りて花となし み灯りにせんとや願う 灯らんとして消ゆる言の葉といえども いずれ冥途の風の中にて おのおのひとりゆくときの花あかりなるを
 この世を有縁という あるいは無縁ともいう その境界にありて ただ夢のごとくなるも花かえりみれば 目前の御彌堂におはす仏の御形 かりそめのみ姿なれどもおろそかならず なんとなれば 亡き人々の思い来たりては離れゆく 虚空の思惟像なればなり しかるがゆえにわれら この空しきを礼拝す 然して空しとは云わず
 おん前にありてたゞ遠く念仏したまう人びとをこそ まことの仏と念(おも)うゆえなればなり
 宗祖ご上人のみ心の意を体せば 現世はいよいよ地獄とや云わん 虚無とや云わん ただ滅亡の世迫るを共に住むのみか こゝに於いて われらなお 地上にひらく一輪の花の力を念じて合掌す

                    (熊本無量山真宗寺御遠忌のために)

八月は鎮魂の月。
石牟礼道子さんの著書を取り出して、ページを繰る夜がある。
どれだけ繰り返し読んだら、ひそむ思いの底に触れられるのだろうかと思う。それでも、しみじみと心打たれるのを感じながら読み返す。
あれこれの情報やうすっぺらな知識を取り込んだ私には、深みにある人間の心を読み取る力は弱いのかもしれない。

「いくら言葉をつくしましても、人間のその一番深い奥の方にある気持ちの動きは、ほんとうは言葉では表せない。生きているものたちの魂を表現することは難しいと思うんですね」


中でも繰り返し読む「花を奉るの辞」(『花をたてまつる』収)。
 〈われらなお 地上にひらく一輪の花の力を念じて合掌す〉   



孫のLと遊んでいた公園で見つけた花の種。てっきりアサガオのタネだと思ってもらい受けたのだけど。
一人ばえに支えを施しておいたら、直径4センチに満たない花が咲いた。

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「ピカは、ひとがおとさにゃ、おちてこん」

2023年08月07日 | 日々の暮らしの中で
・・・東京、大阪、名古屋など、たくさんの都会が空襲を受け、焼けてしまった。

 【 その朝、ひろしまの空は、からりとはれていました。
   真夏の太陽は、ぎらぎらとてりはじめていました。
   ひろしまの7つの川は、しずかにながれ、
   ちんちん電車が、ゆっくりはしっていました。 】

『ひろしまのピカ』 (丸木俊 え・文)の始まりです。

 

7才のみいちゃんがお父さんとお母さんと朝ご飯を食べていた1945年8月6日、午前8時15分。人類初めての原子爆弾が落とされ、
「かぞえきれないおおぜいの人がしに、そのあとも ぞくぞくとしんでゆきました」
みいちゃんは、いつまでたってもちっとも大きくならないで、7つのときのままです。


この絵本の最後は、髪が白くなったお母さんの言葉で終わります。
「ピカは、ひとがおとさにゃ、おちてこん」

   原爆の日拡声器沖へ向く     西東三鬼
ただただ空しい。大声が返ってこない虚しさ。  ー と、選句した宇多喜代子さんの評が添えられてある。

核のない世界に。しかし人間の欲は恐ろしい。スローガンを掲げるだけならたやすいのだ。「核抑止論は破綻している」。そう思うけれど、拡声器で叫ぶこともせず、私は何を…。

母方の叔父が教師を目指して広島の学校で学び始めた。東京から広島へ、そのあたりの経緯を詳しく知らないが、被爆したと聞いたことがある。
子どもがなかったが夫婦それは仲良く、叔父も定年まで福島県いわき市の高校で教諭として勤めあげた

福島県や宮城県に住み着いた二人の叔父を頼って、大学の夏休み中に幾度か訪れている。
原爆の日。仙台の七夕を見に寄ったこともあった。

     その時に買い求めたものが今に残る。

時を経て、今度は娘が大学の夏休みで帰郷した折、連れだって広島を訪問したことがあった。娘にも見ておいてほしい。
広島への思いを行動に移した唯一のことだったなと、昨夜は、ニュースを見ながらあれこれを思いだしていた。
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口伝のレシピ (再)

2023年08月04日 | 日々の暮らしの中で

散れば咲き散れば咲きして咲き継ぐサルスベリ。
折しもの風で散り花がいっせいに路上をほろほろ、ほろほろところがり始めた。
青い空に白い花を手向けるサルスベリの木を見あげながら、家までの道をいっぷく。
暑かった!!


農家さんからゴーヤを分けてもらったからと分けて下さる人がいて、有難く3本いただくことにした。念頭にあるのは、ゴーヤの酢漬けだった。

娘家族が大阪の地に住まいを移していたころ。末の孫を預かる日に向かう先は公園と決まっていた。その公園の近くに住む女性と親しくなって、それを娘に話すと、畑の野菜や、できあがりの一品を持たせてくれるなど、よくしていただいている方だと知った。
〈ゴーヤの酢漬け〉もそうしたときの一品だった。

公園で作り方を訊ねると快く教えてくれたが、それを覚えて帰った私の頭もやわらかだったということよ。
3年前になった。お元気にされてるかしら。


【口伝のレシピ】
①氷砂糖 250g
 酢、薄口醤油  各200mℓ 
 を合わせて煮溶かし、漬け汁を作る。
②綿をとったゴーヤ2本をスライスして、水にさらす。
 2回ほど水を換えて苦みを抜いたあとは、よく水切りする。
③①が冷めたら、②を漬ける。

漬け汁は再度使えるので、さらに2本ほどのゴーヤを処理して漬ける。

お試しあれ~。たくさんの人に宣伝してまわり、好評の一品です。
今夕は暑さでちょっと疲れを感じていたので明日回しにした。
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夏の初挑戦

2023年08月02日 | 日々の暮らしの中で

「門涼み」なる語を目にした朝だった。

昼から一寝入りしたご近所さんたちが一人二人とやってきては本堂にあがる階段に腰を下ろし、夕飯前のひとときを涼んで帰っていく。
畑帰りの人もいて、取り立ての野菜のお裾分けにあずかった。「実はさっきもいただいて…」、などとは言わない。
寺の境内は人が出会い、話し、結びつく場となっている。

このところの暑さは人を家に籠らせる。
日中のバカみたいな暑さは、午後4時を回っても熱気がたまり、砂利の照り返しもきつい。
ほんのひと昔前、こんなんじゃなかった。薬缶に冷えたお茶と湯飲みを用意して、町内の出来事はくまなく耳に入るような場でもあったのに。
 ー 暑かった一日の夕刻、ほっとするひとときが浮かんでくるのだった。

点訳グルーㇷ゚の会合に参加した。
今村翔吾ファンだという方から『火喰鳥(ひくいどり) 羽州ぼろ蔦組』の点訳依頼があったという。してみたいと思ったが、これまで時代小説だけは点訳したことがなかった。

点訳者が説明を加える必要のある語句など多そうに思うが…。本文の流れを中断することになるので、あっても簡潔に、最小限にとどめなくてはならない。一人では無理だ。相談する相手が欲しい、2人、3人ぐらいでならやってみたい。点訳しながら読めるという思いがちらつく。
一石二鳥? いや、二兎を追うものの惨めさだけは避けたい。思い切って受けることにした。
始める前には共通に抑えておくべき諸々があるが、この3人の組は心安い仲なので、安心して学ばせてもらおう。


私のこの夏の初挑戦。


Lukas、うまく着地!


 (葉の繁りの陰に、茶色く色づいたたくさんのオニグルミがのぞけた)






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