デミアン (新潮文庫) | |
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新潮社 |
ヘルマン・ヘッせの代表作のひとつに数えられる「デミアン」(新潮文庫)。なかなかに不思議な小説である。
デミアンは、作品の主要な登場人物であるが、物語の主人公ではない。主人公は、シンクレールという少年である。ラテン語学校に通っていた10歳の彼は、ちょっとした嘘のために、フランツという不良少年から強請られていた。ところが、デミアンという転校生によって、窮地を救われる。
この物語は、シンクレールの精神の遍歴を描いたものだ。彼の周りには、明るい世界と暗い世界があった。彼の心は二つの世界の間を揺れ動く。彼が描いたハイタカの絵をデミアンに送った時に、帰って来た返事にはこうあった。
<鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれ出ようと欲すものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという>
ここで、アプラサクスとは、古きエジプトの、悪魔的な面も備えた神であった。それは、明るい世界と暗い世界との統合を意味するのだろう。以前、著者の「シッダ―ルタ」を読んだ時に、そこにニーチェの影響を感じた。しかし、この作品においては、ニーチェはもっと明確な存在感を示す。何しろ、シンクレールの愛読書として登場するのだから。
二ーチェは、その著書「悲劇の誕生」の中で、光の象徴であるアポロと、闇の象徴であるディオニュソスが統合したギリシア悲劇に理想をみいだした。この作品においては、アプラスクスこそが光と闇を統合するものなのだ。
デミアンは、シンクレールに「しるし」があったからこそ、彼の友人になったという。「しるし」とは、旧約聖書に登場するカインのしるしのことを意味する。しかし、作品におけるそのしるしがとは何であるかについては、具体的に示されていない。だが、シンクレールは次第に「しるし」を持った人として目覚めていく。その力は、一種のテレパシーのようなものを思わせる。
シンクレールは、デミアンによって「しるし」を持った者として見出された。彼は特別な存在なのだろうか。それはある意味で当たっていると言えるし、そうではないとも言えるだろう。多かれ少なかれ、だれもが、自らが主人公を務める人生の中で、それぞれの「しるし」を探して、もがいているのではないだろうか。
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※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。