本書で扱われるのは、戦時中の因縁に繋がる事件だ。永遠の33歳である光彦が34歳になって、これまでの事件で出会ったヒロインたちから上巻でお誕生会をしてもらい、「平家伝説殺人事件」に出てきた、稲田佐和と再会する。稲田佐和との愛は、殆ど婚約寸前までいったのに、内田センセイの大人の都合でなかったことにされた。
この下巻では、飛行機嫌いの光彦が、なんと飛行機に乗ってドイツに行く。そこで出会った兄の陽一郎が関係する過去の因縁。これまで光彦は、国内で飛行機に乗ったことはあったし、船で外国に行ったことはあったが、私の記憶にある限りは、たぶんこれが飛行機で外国に行った初めての体験だ。そしてこの事件には兄の陽一郎だけではなく、祖父の陽介も絡んできている。キーワードは、「ヒトラーユーゲント」と「退廃芸術」。
やはり、光彦にとって、稲田佐和は特別なようで、この巻では佐和のことを考えていることが多いし、神戸で就職した佐和とデートしたりしている。他のヒロインも本作には出ているし、他の事件では佐和のことは全く出てこなかったにも関わらずだ。これはもしかすると、「焼け木杭に火が付いた」というやつだろうか。2人の今後ははっきりとは書かれていないが、どうも光彦は佐和との結婚を意識しているようだ。次の光彦と母の雪江との会話を見て欲しい。
「そう、それなら安心ね。でも佐和さんは神戸の会社に入ったばかりって書いてありましたよ。そんなに急にお辞めになるわけにもいかないと思うけど、どうなさるおつもりかしら?」「それも心配無用です。いざとなったら、僕が神戸に住めばいいんですから」(p329)
なぜか「年貢の納め時」という言葉が浮かんだが、順調に外堀が埋められているようだ(笑) 光彦より一回り以上も年下の佐和のこと、結婚したら可愛くって仕方がないと思う。内田センセイも、いったんは大人の都合から光彦と佐和の中はないことにされたが、やはり心にはひっかかっていたんだろう。
最後に、細かいことだが、わらび餅について異論がある。
「(前略)昔はこの辺りの山にもわらびが出ましてね。子供の頃は母親と摘みに来て。わらび餅を作ってもらったものです。(後略)」(PP259-260)
内田さんはわらび餅は、摘んだわらびから作ると思っている節があるが、あれはわらびの根から採れるデンプンから作るもの。そしてデンプンの採れる量は少ないので、普通は家ではわらび餅にはせず、山菜として食べると思う。実は私の故郷はわらびが沢山取れて、私も子供のころ摘んだ覚えがあるが、わらび餅にするというのは聞いたことがない。蓬餅じゃないんだから。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。