![]() | 氷雪の殺人 (文春文庫) |
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文藝春秋 |
・内田康夫
本作は、内田康夫氏による旅情ミステリー、「浅見光彦シリーズ」のひとつだ。舞台は、北海道の利尻島。5月といってもまだ寒い利尻山中で男が凍死する。男の名は、富沢晴之。日本有数の通信機メーカー、西嶺通信機のエリート社員だった。
警察が自殺として幕引きをしようとしていたこの事件に光彦が関わることになったのは、警察庁刑事局長である兄の陽一郎を通じて、北海道沖縄開発庁長官の秋元康博から依頼があったためである。
富沢が死ぬ前に、利尻カルチャーセンターに残した「プロメテウスの火矢は氷雪を溶かさない」という言葉。それはいったい何を意味するのか。当初は単なる殺人事件を扱ったミステリーかと思っていたら、物語は次第に国防を揺るがすような、なんともスケールの大きな話に発展していく。「龍頭蛇尾」という言葉があるが、これはその逆。「蛇頭龍尾」といったところか。
それもそのはず。巻末の自作解説によれば、当初は、この作品として、旅情ミステリーの利尻版のようなものを考えていたようだ。ところが、執筆中に、テポドン事件が起こり、防衛庁(当時)の危機対応のお粗末さが露呈される。更には、防衛庁幹部職員の起こした汚職事件。我が国の国防はいったいどうなっているのか。そのような作者の憤りが文章の端々から感じられ、社会派のミステリーとしてよく仕上がっている。
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※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。