文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:θ(シータ)―11番ホームの妖精

2017-10-13 10:17:15 | 書評:小説(SF/ファンタジー)
θ(シータ)―11番ホームの妖精 (電撃文庫)
クリエーター情報なし
アスキーメディアワークス

・藤真千歳

 舞台は未来の東京。不穏な国際情勢のなか、世界の隅々は、C.D.(high Compress Dimenssion transport:高密度次元圧縮交通)という技術で結ばれていた。この技術は、鏡色の門から異次元空間を通って、目的地に短時間で移動するというものだ。

 東日本旅客CD鉄道株式会社東京駅の上空2200mに浮かぶ11番ホーム。ここを、相棒の義経(狼型サイボーグ)と共に任されているのが、東京駅の三等駅員である主人公のTB。鏡色の髪と瑠璃色の瞳を持つ少女のような外見の女性である。このTBはピーターパンに出てくる妖精ティンカーベルのことらしいが、自らのイニシャルにもなっている。本名は、紡防躑躅子(ぼうさきつつじこ)。しかし、ある理由から、この名前は抹消されている。

 彼女がここにいるのは、150年前のある悲惨な事件により消えてしまった、同じ島の人々の帰りを待ち続けているからだ。当事中学生だった彼女はその時のたった一人の生還者なのだが、全身は生体サイボーグとなってしまった。しかし、彼女は島の仲間との「東京駅の11番ホームで合おう」という約束を信じ、これだけの年月、律儀にこのホームを守り続けてきたのだ。

 要するに彼女所の実年齢は160歳を超えているはずだが、全身義体のサイボーグなので、見た目はずっと可愛らしい少女のままである。本人の性格ものほほんとしたお人よしという感じで、とても160歳超とは思えない。体が歳を取らないと、脳も歳を取らないということなのだろうか(笑)。彼女の天然ぶりに対する、相棒の義経の突っ込みぶりがなんとも面白いのである。

 そんな11番ホームには、訳アリの人が訪れたり、訳アリな貨物が届いたり。そこに複雑な国際情勢が絡んできてストーリーはどんどん不穏な方向に。

 このシリーズ、作者は「スワロウテイル」シリーズの藤間千歳。θも、竹岡美穂のイラストによるものが新版で出ているが、このくらぽん版のイラストもなかなかいい。
 
 ところで55頁に「高圧電流」という表現が出ていたが、最近の理科オンチの大繁殖により、もはや普通に見られる言葉になってしまった(最近は、中学レベルの理科が身に付いていない人間が多すぎる。特にマスコミ関係は酷い!)。でもこれだけは電気工学を学んだ者としては許せない表現だ。機会があれば、「高電圧」といったような単語に直すことを強く希望したい。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。
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書評:ユージニア

2017-10-11 10:55:09 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
ユージニア (角川文庫)
クリエーター情報なし
角川グループパブリッシング

・恩田陸

 舞台はK市。日本三庭園の一つがあり、富山からも遠くないという設定から、明らかに金沢市と分かるのだが、恩田作品には時にこのように場所を明記しないものがある。

 この作品のキーとなるのは、「白い百日紅」、「青い部屋」そして「ユージニア」という言葉。

 始まりは、地元の名家で起きた、17人もの人間が毒殺された事件。ただ一人生き残ったのは、青澤緋紗子という盲目の神秘的で美しい少女。実行犯の男は自殺し、この事件は終わったかに見えた。

 しかし、緋紗子の友人だった雑賀満喜子は、大学の卒論代わりに、「忘れられた祝祭」を書いて、あの事件を掘り返す。

 本作のストーリーは、関係者の事件に関する証言を集めた形で進んでいく。そして、事件の裏に潜む真犯人は緋紗子であると示唆していくのだ。しかし、結末は恩田作品らしく、結論は明記されないままに終わっている。もしも、彼女が真犯人だとすると様々な疑問点が首をもたげてくるのだ。

 もう一人真犯人候補を挙げるとすれば、ストーリーの流れからは、緋紗子の母親ということになるのだが、これとて母親をサイコパスのような人物にでもしない限り無理がある。結局最後はスッキリしないまま、色々な解釈だけが残る。

 これが、プロットを書かないタイプの作家なら、作品を書いていった結果、最後にこのような結末になってしまうようなこともあるだろうが、もし、最初にプロットがあったとすれば、あの結末にこのようなストーリーを置くというのも、ある意味とても凄いような気がする。恩田さんは、いったいどちらのタイプなんだろうか。読後感としては、前半飛ばし過ぎて、後半失速してしまった観もあるのだが。

 しかし、光を取り戻した緋紗子が、代わりにその神秘さを失って、普通の中年のおばさんになってしまっていたというのはなんとも・・・(以下略)。

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。
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書評:週刊ダイヤモンド 2017年 10/7 号

2017-10-10 12:26:22 | 書評:その他
週刊ダイヤモンド 2017年 10/7 号 [雑誌] (これなら続けられる! 「独学力」)
クリエーター情報なし
ダイヤモンド社


 実家に帰る際に、駅に併設されている書店で、特集が目についたため購入した本誌。その特集とは、<これなら続けられる!「独学力」>というものだ。

 私自身、何かを勉強したいと思ったら、独学しかないと思う。最近のように、何から何まで教えてもらうという風潮には正直眉をひそめている。小さなころから塾でお勉強を教わって、大きくなっても、何か分からないことがあったら誰かに教わって・・・。そんなことで、どうして独創性が育つのだろう。

 さて、特集の方だが、最初に総論があって、そのあと各論が続いているという感じだ。東大教授の柳川範之さんがなかなか興味深いことを書いている。柳川さんは、大学までは独学で学び、その後東大の教授になった人だ。<僕の場合、本を端から端まで全部読むことは少ないかもしれません。 (中略)  本を読むのはあくまで自分の思考を深めるためで、全部読むことが目的ではないと割り切っているからです。>(p34)

 本を買ったら、一応全部読まないともったいない気がする貧乏性の私としては耳が痛いところだが、これは、読書を勉強のためにするか、楽しみのためにするかということも関係してくるように思う。振り返ってわが身を考えると、どうもそのどちらでもなく、中間あたりをうろうろしているような感じで、それなら今のような貧乏性の読書を続けてもいいのかなと思ったりもするのだが。

 ただ、柳川さんが独学するテーマ選びの指針として示している3つの項目には異論がある。理系分野が全く入っていないのだ。我が国の理科オンチの蔓延ぶりは、「1万ボルトの電流が流れている」といったようなバカな表現をあちこちで目にするくらいひどいものだ。理科の教養こそ、待ったなしで社会人が真っ先に身につけなければならないものだろう。柳川さんは、ものの見方を広げるために学ぶものとして「哲学」などを挙げているが、何の役にも立たない「哲学」(これはハイデガーの研究者で知られる故木田元さんが、著書の中で明記しておられた)なんかを学ぶ暇があるのなら、その前に色々な場面で社会に役立っている「理工学」を学ぶべきだと思う。

 そのほか、本は3回読むことや、アウトプットの大切さなど、勉強のやり方をあまり身に着けていない人には参考になることが多いだろう。ただ、勉強のできる人は、自然に身に着けていることも多いだろうから、それほど参考にはならないかもしれない。

 最後に強調したいのは、勉強の仕方について色々と人に聞いても良いが、学ぶ内容は誰かに教わるのではなく自分で勉強していくということと、学んだことをそのまま鵜呑みにするのではなく、自分が考えるための材料にすることが大切だということである。

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。


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書評:ビジネスと生活を100%楽しめる! 陰山手帳2018

2017-10-09 09:43:59 | 書評:ビジネス
ビジネスと生活を100%楽しめる! 陰山手帳2018(黒)
クリエーター情報なし
ダイヤモンド社

・陰山英男

 今年もそろそろ来年の手帳を入手する時期になってきた。ということで、昨年も紹介した陰山手帳の2018年版。基本的には、昨年版とほぼ同じだが、2018年版の一番の特徴は、アイボリー版が発売されたことだろう。黒表紙、茶表紙、ライト版は昨年もあったが、今回もう一つ付け加わったこととにより、ユーザにとっては選択の幅が広がった。もちろん中身は、どれを使っても同じなのだが。

 私は暇があれば本を読んでいる、重度の活字中毒であるが、最近どうも一度読んだだけでは、内容が頭の中にうまく残っていないことが多いような気がしてきた。この手帳をうまく使えば、読書管理もできるのではないかと期待している。

 もちろん、ビジネスに必要な、週間、月間、年間のスケジュール管理も、この手帳を使えば、ばっちりできるだろう。標準的な使い方はあるが、それ以上にどのような使い方をするかということも、ユーザーが工夫すればいいと思う。どのように使うかは、あなた次第ということなので、色々と工夫を試みて欲しい。

 ただ、通常版は重いという欠点がある。もっと軽くて持ち運びに便利な方がいいという方は、ライト版の方をお勧めしたい。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。
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新山口駅付近のマンホールの蓋2題

2017-10-08 20:44:37 | 旅行:山口県

 面白いマンホールの蓋を見つけたら、写真を撮るのが常だが、下の写真は、新山口駅近くで見つけた汚水用マンホールの蓋。山口線を走るSLと種田山頭火の句がデザインされている。




 上のものはカラー版だが、同じデザインで彩色されていないものもあった。






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書評:確率捜査官 御子柴岳人 ゲームマスター

2017-10-07 10:19:02 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
確率捜査官 御子柴岳人 ゲームマスター (角川文庫)
クリエーター情報なし
KADOKAWA

・神永学

 大学の准教授である数学者・御子柴岳人が、警察の特殊取調対策班の一員として、その数学の知識を活かして事件の解決を図るというシリーズ(らしい)。

 今回は、大物政治家である大泉恵一郎宅に泥棒が入ったのだが、盗んだのがなぜかUSBメモリ。ところが大泉はそんなものは知らないという。特殊取調対策班の面々が事件の調査を進めるうちに浮かび上がってきたのは、13年前に起こった殺人事件との因縁。

 ところで、この作品に登場している数学者という御子柴岳人なる人物が、飛び切りの大変人。いかにも、文系人が、理系人を作品に登場させる際にステレオタイプ的に描いた人物そのものという感じだ。

 なにしろ、チュッパチャップスを嘗めながら、二言目には同僚女性刑事の新妻友紀をアホ呼ばわりして、デコピンを喰らわす。「お前は好きな女の子をいじめる小学生か?」とつい突っ込んでしまう。おまけに、何かあるたびに、支配戦略とかトリガー戦略だとか叫ぶ。さすがに、「こんなやついねーよ!」と声をあげて叫びたくなってくる。

 とつぜん、事件の解決に際して、訳の分からない計算式を書きだす物理学者が現実にはいないように、こんな変人(変態)の数学者もまずいないだろう。いや、いないことを証明するのは、これからもどんどん数学者が生まれてくることを考慮すれば、悪魔の証明に近くなるなるので無理だが、さすがに今のところは見聞きしたことはない(笑)。

 それに、いまどき、数学者で「ゲーム理論」をやっている人間なんて、そんなにいるのだろうか。最近は、なぜか経済学者が「ゲーム理論」をお気に入りなようだ。経済学の教科書には、必ずといっていいくらい出てくるので、この程度のゲーム理論の応用なら、別に御子柴を数学者にする必要もなかったのではと思う。(確かに私が学生のころは、「ゲーム理論」の教科書と言えば、面倒臭そうな数式が沢山出ていたように記憶しているが、今は、マトリクスが書いてある程度のものが多い。)

 ところでこの御子柴の身分だが、作中には「オブザーバー」と明記されている。しかしタイトルに「捜査官」とあるように、実際には、捜査や取り調べにかなり関わっているのだ。「オブザーバーがそんなことしていいいんかい!」

 そして、御子柴は、大学の准教授というから若くともアラサーくらいの年代だろう。ところが、新妻友紀の同期だという二十代半ばの警察官の水島薫が、御子柴に対して、(たとえどんな大変人だとしても)タメ口というのは、かなり違和感がある(もっとも水島が単なるアホで、口の利き方を知らないという可能性もあるが)。

 まあ、話としては、最後の扉だと思っていたその奥にもう一つ扉があったという感じでなかなか面白かったのであるが。 

☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:いまさら聞けない! 「経済」のギモン、ぶっちゃけてもいいですか?

2017-10-05 09:49:23 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
いまさら聞けない! 「経済」のギモン、ぶっちゃけてもいいですか?
クリエーター情報なし
実務教育出版

・高橋洋一


 本書は、経済数量学者だという著者が、焼き鳥屋で出会った家具メーカー勤務の経子の疑問に、経済学的な観点から答えていくというものだ。さわりの部分がマンガ形式で、その後は焼き鳥屋の大将や従業員の金田も含めた対話形式で進んでいく。

 解説されているのは、「三面等価の原則」やGDPと景気や失業率の関係、市場での需要と供給の関係、外部経済や外部不経済と言った概念、銀行の役割や信用創造のプロセス、日銀の金融政策や、比較優位による国際分業の考え方など。本書には、マクロ経済学の初歩的な部分はほぼ網羅されているものと思う。

 著者は、巻末の略歴を見ると、最初に数学を学んだ後に、経済学に鞍替えしたようだ。旧大蔵省出身で、現在は株式会社政策工房代表取締役会長、嘉悦大学教授も務めているという。

 元々は数学出身ということからだろうか、感覚的な話ではなく、数量的なことを大事にしているようだ。我が国は国の借金が莫大だとか、年金が破たんするとかよく言われるが、本書によれば前者は、収入と支出のみを見ても仕方がなく、どのくらいの資産を持っているかといういわゆるバランスシートも併せて見ないといけないという。また後者については、破たんしないような制度設計をしているから大丈夫だということらしい。どちらも、増税をしたいお役人(財務省)に騙されてはいけないということのようだ。

 確かに、あれだけの天下り先が用意されている国なんて、そうあるものではない。増税よりは、あれを始末する方が筋だという論調には賛成だ。ただ、示されているバランスシートは、通常の企業でいえば債務超過状態にあるので、あまり安心という訳にはいかないのだが。

 著者は、元官僚だが、お役人には厳しい。確かに、著者の言うように、許認可だけ行っているお役人に、まともなビジネス活動ができる訳がない。だからこそ「民活」などという言葉ができるのだろう。

☆☆☆☆

※初出は、「本が好き!」です。
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書評:アメリカを動かす「ホワイト・ワーキング・クラス」という人々

2017-10-03 09:23:32 | 書評:ビジネス
アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える
クリエーター情報なし
集英社

・ジョーン・C・ウィリアムズ、(訳)山田英明、井上大剛

 2016年度のアメリカ大統領選挙では、大方の予想を裏切りトランプ氏が当選した。いまいったいアメリカでは何が起きているのか。なぜトランプ氏は大統領に選出されることができたのか。本書は、その疑問を、「ホワイト・ワーキング・クラス(白人の肉体労働者)」という観点から解き明かそうとするものだ。

 本書を読む限り、我が国と比較するとアメリカは階級意識が強いようだ。本書ではあちこちに「階級」という言葉がちりばめられている。この階級というのは、エリート層(専門職・管理職層)、労働者層、貧困層に分けられるようだ。

 アメリカの労働者階級の価値観は、エリート層とは異なっている。彼らは変化を嫌い、自らのコミュニティに軸足を置いた生活をしている。そして、政府は、貧困層にばかり目がいっているという不満を抱えているのだ。これが日本となると、一部を除いては階級意識を今でも持っている人は少ないだろう。我が国では出自が労働者階級だが、階級の壁を乗り越えて専門職になったなどという言い方はまずしない。

 また、大学の学位に関しての価値観も日本と大分異なるようだ。エリート層は、当然のように一流大学を目指すのに、労働者階級は大学というものをそう重要視してはいない。猫も杓子も大学に行きたがるが、その一方で大学教育に対してあまり信頼を置いていない我が国とは大分事情が異なっているようだ。

 本書を読んで感じるのは、アメリカという国に広がる病理である。自由の国であるはずのアメリカに「階級」というものがふさわしいとは思わないが、それがかの国の現実でもあるのだろう。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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書評:一茶の相続争い 北国街道柏原宿訴訟始末

2017-10-01 11:26:32 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
一茶の相続争い――北国街道柏原宿訴訟始末 (岩波新書)
クリエーター情報なし
岩波書店

・高橋敏

我と来て遊べや親のない雀
雀の子そこのけそこのけお馬が通る
やせ蛙負けるな一茶是にあり


 いずれも小林一茶の句である。この俳句からは、一茶とは、小さきもの、弱きものに対しても優しいまなざしを向ける好々爺のような人物を思い浮かべてしまうのではないだろうか。

 しかし一茶の本名である百姓弥太郎としての姿は、このような句からは想像できないようなものだろう。何しろ、実の弟と父の遺した遺産を巡って十数年もの争いを繰り広げたのだから。本書は、この弥太郎としての一茶を描いたものである。

 一茶は、1763年(宝暦13)北信濃柏原宿の百姓弥五兵衛の子として産まれた。3歳の時、実の母と死に別れて、8歳の時に入って来た継母との折り合いも悪く、弟仙六(弥兵衛)も生まれたため、15歳で江戸に奉公に出される。江戸で俳諧師となった一茶だが、殆ど実家には帰っていない。

 ところが、1801年(享和元)に実家に姿を現したところ、そこには病に倒れた父弥五兵衛の姿があった。一茶は、この父を献身的に看病したようだ。おそらく弥五兵衛の方にも、一茶に対する色々な負い目のようなものがあったのだろう。遺産を一茶と弟弥兵衛に分割するという遺言書を遺したのだ。

 一茶はこの遺言書を盾に、血を分けた弟を相手に、遺産分割に関する訴訟を起こすのである。人は歳を取ると、故郷への思いが強くなるのだろう。一茶の気持ちも分からなくもない。しかし、これまで村に対しても実家に対しても一切の貢献をしてこなかった一茶に対する村人の目は冷たかったようだ。

 驚くのは、この訴訟が、公平に処理されたということと、文書により色々な手続きが行われているというところである。結局、一茶は遺産の半分を受け取ることになった。

 帰村した一茶は、24歳年下の娘菊と結婚するも死に別れ、生まれた子も次々に亡くなり、自らも中風を発症してしまった。再婚した妻雪にも逃げられ、再再婚した妻やをとの間にようやく娘やたを遺すことができたのである。しかし一茶はやたが生まれる前に既にこの世の人ではなかった。

 人は誰でも二面性を持っている。俳人一茶もその例外ではなかったのだろう。後に柏原宿の入り口に一茶の句碑を立てた際に先頭に立ったのが、かって父の遺産を巡り骨肉の争いを繰り広げた弟弥兵衛だったということが、なんだかほっとするような読後感を残す。

☆☆☆☆

※初出は、「風竜胆の書評」です。

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