今日は、昨日と打って変わって快晴!
雨雲は東の方に移動したようだ。
お天気や自然の力には抵抗できない。
さて。
わたしが大好きな番組の一つに、NHK TV「ファミリーヒストリー」がある。
父方、母方のルーツを辿る。
概ね、地方から都会に出てくるには理由がある。
居住地を変わるには背景がある。
現状を打破したい派(マイナスをリセット)と、出る杭をもっと出す派(立身出世、さらにプラスに)。
海外に移住したい人は、それに加えて、未知なものに対する「夢」がプラスされ、原動力となる。
江戸時代は転居禁止だったため、社会に大きな変化や摩擦が生じず、徳川幕府は長く続いたのか。
ルーツの源には、付近にその子孫(親戚)が住んでいたり、逆に、跡形もなかったりする。
「今は両親は○○に二人で住んでいます」などというのもあるが、場所は明かされていないこともある。
番組の特徴としては、さらっとルーツを遡り、深掘り出来る箇所を探す。
あまり見当たらない場合は、両親のエピソードに焦点を当てる。
番組制作側の苦労が見え隠れする。
どこにスポットライトを当てるかで、印象はぐっと変わる。
視点に左右される。
由緒ある名家だとしても、今もその名残りや伝統を引き継いで現存している家は、ぐっと少なくなる。
別に名家である必要は全くないが、ある程度、活躍していないと、歴史的資料が残っていない。
無名の人は、当時の新聞か、勤務先、出身校(学籍名簿)、
商売をしていたら、地図、街の写真に残っていることがある。
いずれにしても、全く無名で何にも足跡を残していない人は過去を辿りようがない。
親戚から話を聞いて回るぐらいだが、昔、おばあちゃんから聞いた話だとか、話をする人自身が高齢で記憶が曖昧だったりする。
番組の1回放映分に成り立つように資料を集め回るのはかなりの労力を要するだろう。
客観的事実が提示できない場合は、見聞きした人からの証言に頼るしかない。
見聞きした人が言っていたことを聞いた、となると、伝聞リレーをしているうちに、真実がズレてくることもある。
一番の難題は、番組出演を承諾してくれる有名人がどれだけいるか?である。
政治家や産官人は敬遠すると思われるし、どうしても芸能人の出演が多くなる。
わたしを含め、世の中にいる、ほとんどを占めるのは多くの無名の民間人だ。
犯罪史に名を残すのは名誉ではないにしても。
無名の人々の命、暮らしが繋がって、今日がある。
出生率がこんなに激減するなど、昔の人は想像しただろうか。
AIを規制する法律が必要だなどと思っただろうか。
世の中は激変する。
便利なもの、発展の後には弊害がある。
メリットとデメリットは、表裏一体。
ちょうど良い頃合いを見つけるのは困難だ。
と、ファミリーヒストリーから脱線。
上岡龍太郎氏なら、どう締めくくるか。
ウィキペディアで色んな人を調べると、ファミリーヒストリーを見ているかのごとく。
自分の残り時間を大切にして生きたいと、しみじみ思う。
その割には、日々、眠いが。
緊張と緩和のバランス。
昨日の豪雨から解放されて、再脱力の喜びを味わっている。