極楽往生を伝える ・ 今昔物語 ( 15 - 5 )
今は昔、
比叡山の定心院(ジョウジンイン・比叡山東塔南谷の一院。)という寺の十禅師(ジュウゼンジ・宮中の内道場に奉仕して、天皇の安泰を祈念する十人の高僧。)である成意(ジョウイ・伝不詳)という僧がいた。心が清らかで、物事に執着するところがなかった。
ところで、この成意は、もともと持斉(ジサイ・食事に関する戒律を守ること。僧は午前中に食事をとることが決められている。)を好まず、心のままに朝夕に食事をした。
ある弟子が、師の成意に尋ねた。「この比叡山の高僧方は、概ね持斉をされています。[ 欠字。「どうして」といった言葉か? ]私のお師僧様だけが持斉をされず、朝夕に食事をなさるのでしょうか」と。
師は、「私は、もともと貧しくて、この院の日々提供される食事以外に、得られる食べ物がない。されば、ただ有るに従って食べるのだ。ある経文に、『心は菩提を妨げるが、食物は菩提を妨げない』とある。それゆえ、食事によって後世の菩提(成仏すること)が妨げられることはない」と答えた。
弟子はこれを聞いて、「なるほど」と思って引き下がった。
その後数年を経て、成意が弟子に言った。「今日の私の食事の量を、いつもより増やして食べさせてくれ」と。弟子は師の言葉に従って、食事の量を増やして用意した。
師はこれを食べ、またすべての弟子たちにもこれを分け与えて、そして言った。「お前たちが、私が用意した食膳の物を気ままに食べるのも、もう今日で終わりだ」と。
そして、一人の弟子に、「お前は、無動寺(ムドウジ・比叡山東塔の一寺)の相応和尚(ソウオウカショウ・(831-918))の御房に行って申し上げよ。『成意は只今極楽に参ります。お目にかかりますのは、彼の極楽に致しましょう』と」と命じた。また、別の弟子を呼んで、「千光院(センコウイン・比叡山西塔の一院)の増命和尚(ゾウミョウカショウ・増命は諡号。正しくは静観。のちに第十代天台座主。)の御房に行って、前と同じように申し上げよ」と命じた。
弟子たちはそれぞれこれを聞いて、「このお言葉は、きっとご冗談なのでしょう」といったが、師は、「私が言ったことが虚言で、もし今日死ななければ、私が正気を失っていたのだと思いなさい。お前たちは、嘘を言いに行くのではないから、何も恥じることはないのだ」と言う。
そこで弟子たちは、それぞれ命じられた僧房に向かった。弟子が命じられた二か所に出かけて、まだ帰って来ないうちに、成意は西に向かって掌(タナゴコロ)を合わせて、座ったままで息絶えた。弟子は帰ってきて、その姿を見て、泣いて悲しみ尊んだ。また、院の内の人もこれを聞いて、皆その所に集まって尊び、感動しない者はなかった。
「病気もしていないのに、今すぐに死ぬということを知って、高僧たちにそれを告げて、西に向かって死んだのは、必ずや極楽に往生した人だ」と人々みんなが言い合った、
となむ語り伝へたるとや。
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