瘤ゆえの極楽往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 6 )
今は昔、
比叡山の東塔に一人の僧がいた。
首の下に瘤(コブ)があり、長年の間、医師(クスシ)の教えに従って、医術をもって治療にあたってきたが治癒しなかった。そのため、衣の襟でその所を覆い隠していたが、やはり気おくれがあり、人との交際を避けて、横川(ヨカワ)の砂磑の峰(スナウスノミネ・砂碓院という寺院らしい。なお、院のことを峰と表すことはよくあるらしい。)という所に行って籠って生活していた。
その場所で、日夜寝ても覚めても念仏を唱え、尊称陀羅尼、千手陀羅尼などを誦して、ひたすら極楽往生を願いながら年月を重ねていたが、その瘤は[ 欠字あるも内容不明。]仏力によってすっかり治癒してしまった。
しかしながら、僧は「たとえ治癒したといっても、もとの所に戻って前の生活を営むとしても、たいして長いことではない。それより、死んで悪道(アクドウ・・地獄・餓鬼・畜生道を指す。)に堕ちるよりはひたすら念仏を唱えて後世の極楽往生を祈って、ここから出て行かないことにしよう」と思い至って、籠居生活を続けた。
ところで、同じ比叡山に普照(フショウ・伝不詳)という僧が住んでいた。普照は先の僧が住んでいたのと同じ院に住んでいたが、「麦の粥を煮て、院内の人に食べさせてやろう」と思いついて、その粥を煮るために、ある夜、浴室の釜の近くにいると、にわかに何ともいえぬほどかぐわしい香りが山に満ち、妙なる音楽が空から聞こえてきた。
普照はそれを不思議には思ったが、何事であるかは分からず、そこでうたたねをしていたが、その夢に、宝物で飾られた一つの輿が現れ、砂磑の峰より西方を指して飛び去って行った。
大勢の法服を着けた高僧たちや、大勢の音楽を演奏する様々な天人のような人たちが、皆この輿の周りを囲んで、前後左右にいて、輿に従って[ 欠字あり。「行く」といった言葉らしい。]
遥かに輿の中を見れば、あの砂磑の峰に住む僧が乗っている、と見たところで夢から覚めた。
その後、普照はこの夢の虚実を知りたいと思っていると、ある人が、「あの砂磑の峰に住む僧が、昨晩死んでしまいました」と伝えた。
普照はそれを聞いて、まことに、あの僧が極楽に向かう姿だったのだと知って、仲間の僧たちに、「私はまさしく昨夜極楽に往生する人を見た」と語って尊んだ。これを聞く人も、また感激して、尊ばない人はいなかった。
これを思うに、極楽に往生する人というのも、みな因縁のあることなのである。あの僧は、身に疾患があって、それを恥じて籠居し仏道修行をして、このように往生したのである、
となむ語り伝へたるとや。
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* 文中の、「陀羅尼(ダラニ)」というのは、「よく善法を持して散失せず、悪法をさえぎる力」といった意味の梵字の呪文を翻訳せずそのまま読誦するもの。これを誦すれば諸々の障害を除いて、種々の功徳を受けるとされる。
一般に、短いものを「真言」、長いものを「陀羅尼」という。
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