雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

余五将軍合戦記 (4) ・ 今昔物語 ( 25 - 5 )

2017-08-13 09:01:09 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          余五将軍合戦記 (4) ・ 今昔物語 ( 25 - 5 )

     ( (3) より続く )

さて、反撃の体制を整えた余五(平維茂)軍は、沢胯(藤原諸任)軍の跡を尋ねつつ追って行くと、かの大君の屋敷の前を通り過ぎるので、使者に挨拶をさせた。「平維茂、昨夜打ち破られて落ちて行くところでございます」と。
大君はかねてより「もしかすると襲われるかもしれない」と思っていたので、使者の挨拶を聞くと、屋敷内に郎等二、三十人ばかり置き、数人を櫓に登らせて遠見をさせ、門を固く閉じさせた。
そのうえで大君は、郎等たちに「何も答えるな」と命じたので、余五の使者は、声をかけただけで戻っていった。

大君は、櫓に登っている者を呼んで、「どのような様子であったか。よく見定めたか」と訊ねると、「見定めました。一町ほど先の大路を過ぎると、軍勢百人ばかりが、駿馬に鞭打って、飛ぶようにして過ぎ去りました。その中に、ひときわ大きな葦毛の馬に乗り、紺の襖に山吹色の衣を着た者が、綾藺笠をかぶり、鹿の夏毛の行縢をつけた者が、とりわけ優れていて、大将と見受けました」と答えた。
大君は、「それは、余五であろう。彼が持っている大葦毛に違いない。それは格別の逸物と聞いている。余五がそれに乗って押し寄せたなら、誰が手向かい出来ようか。沢胯はひどい死に方をする奴だ。わしの言うことを馬鹿にして、大勝利したと得意顔であったが、きっと、あの丘の辺りで戦いに疲れて寝ているのであろう。そこに、あの軍勢が襲いかかれば、一人残らず射殺されてしまうだろう。よいか、よく聞け。よもや、わしの言うことに間違いはあるまい。されば、門を固く閉じて、鳴りを静めておれ。よく分かったな。ただ、櫓に登って遠見は続けよ」と言った。

さて、前方に物見を走らせ、「沢胯の居場所を正しく突き止めて知らせよ」と命じていたが、その物見が走って帰ってきて、「これこれの丘の南側の沢のような所で、物を食い、酒を飲みなどして、ある者は寝込み、ある者は病人のようになっています」と報告した。
余五はこれを聞いて喜び、「さあ、すばやく攻め込め」と急き立てて、飛ぶように走り出した。
その丘の北側に馬を乗り上げて、丘の上より南の斜面を馬を駆け下らせた。下り坂なので馬場のような野を、笠懸(カサカケ・騎射の一つ。馬上から的を射る。)を射るように、雄叫びをあげ鞭を打って、五、六十騎ばかりで襲いかかった。

その時、沢胯四郎をはじめ兵士たちは驚いて起き上がり、敵勢を見て、ある者は胡錄(ヤナグイ)を取って背負い、ある者は鎧を取って着、ある者は馬の轡をはめ、ある者は倒れ惑い、ある者は武器を棄てて逃げだし、ある者は楯を取って戦おうとしていた。馬たちは混乱に驚き走り騒ぐので、しっかりつかまえて轡を付ける者もいない。中には、舎人を蹴倒して走る馬もいる。
瞬く間に三、四十人ほどの兵士がその場で射倒された。中には、馬に乗っても戦う気力がなく、鞍を打って逃げ出す者もいた。
そして、沢胯を射倒して首を切った。

その後、余五は全軍を率いて、沢胯の屋敷に向かった。
沢胯の家の者たちは、「主君が戦いに勝って帰ってくるぞ」と思って、食物を準備して喜んで待っているところに、余五の軍勢がしゃにむに攻め込んできて、屋敷に火をつけ、手向かう者は射殺し、家の中に兵士を入れて、沢胯の妻を侍女一人と共に引き出して、妻を馬に乗せて市女笠(イチメカサ・女性が外出時に用いた笠)を被らせて顔を隠してやり、侍女も同じようにして余五の馬のそばに立たせ、すべての建物に火を放って、「女であれば、身分の上下を問わず手をかけるな。男であれば、見つけ次第すべて射倒せ」と命じたので、片っ端から皆射殺してしまった。なかには、寄せ手の目をくぐって逃げおおせた者もあった。

焼け落ちて後、日暮れ頃になって引き上げたが、かの大君の屋敷の門に立ち寄り、使者をやって、「自らは参上いたしませんが、沢胯の君のご妻女には、いささかも恥を見させておりません。貴殿の御妹でおありなので、それにはばかり申して、確かにお連れ致しました」と伝えさせたので、大君は喜んで門を開き、妹君を受け取り、確かに頂戴した旨を伝えたので、使者は返ってきた。

これより後、維茂は東八ヶ国に名を挙げ、いよいよ並ぶ者のない武者と称せられた。
その子の左衛門大夫滋定の子孫は、今も朝廷に仕えている、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆



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