雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

源頼光の武勇 ・ 今昔物語 ( 25 - 6 )

2017-08-13 08:47:42 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          源頼光の武勇 ・ 今昔物語 ( 25 - 6 ) 

今は昔、
三条院(三条天皇)が春宮(トウグウ・東宮。皇太子。)でいらっしゃった頃、東三条殿にお住まいであったが、寝殿の南面(ミナミオモテ・正面にあたる)を春宮が歩いて行かれたところ、西の透渡殿(スキワタドノ・寝殿造りの回廊部分)に殿上人が二、三人ばかり伺候していた。

その時、辰巳(タツミ・東南)の方角にある御堂の西の軒に狐が現れ、丸くなって寝ているのが見えた。源頼光朝臣(ミナモトノヨリミツアソン・酒呑童子退治などで有名)は、春宮大進(トウグウダイシン・春宮職の三等官)として仕えていたが、この人は多田満仲入道の子で、大変優れた武者だったので、朝廷もその分野でお使いになり、世間からも恐れられていた。その頼光がこの時伺候していたので、春宮は御弓とひきめの矢(うなりを立てて飛ぶように細工された矢で、魔よけの力があるとされた。)を与えられ、「あの辰巳の軒にいる狐を射よ」と仰せられた。
頼光は、「かたくご辞退申し上げます。他の人であれば射はずし(この部分欠字あり、一部推定。)ましても、どうということはございません。しかし、この頼光が射はずしましては、この上ない恥辱でございます。さりとて、射当てるということも出来そうもありません。まだ若かりし頃には、偶然鹿などに出合い、まがりなりにも射たことはございますが、最近では久しくそのような事も致しませんので、このような的を当てるなどと言うことは、今では矢がどこへ飛んでいくかも分らぬほどでございます」と申し上げながら、「しばらく射るのを控え、このような事を申し上げているうちに、狐は逃げていくだろう」と思っていたが、憎らしいことに、西向きに伏してよく眠っており、逃げようとはしない。

それに、春宮は、「真剣に射よ」と厳しく命じられるので、頼光はご辞退申し上げることも出来なくなり、御弓を取り、ひきめの矢をつがえて、また申し上げた。「弓に力がありさえすれば、射当てることが出来ましょう。しかし、このように遠い的には、ひきめの矢は重うございます。征矢(ソヤ・ふつうの矢)でなら射当てることが出来ますが、ひきめの矢ではとても無理でございます。矢が途中で落ちてしまうようでは、射はずしますより情けないことでございます。これは、何とすればよいのでしょうか」と言いながら、紐を結んだままで上衣の袖をまくり、弓の先端を少し伏せて、弓の竹の部分一杯まで引き絞り、矢を放つと、矢の行く先は暗くてよく見えないと思った瞬間、狐の胸に命中していた。
狐は頭をのけぞらせ、転び回って池の中に落ちた。
「力の弱い御弓に重いひきめの矢で以って射れば、非常に強い弓を引く者であっても、命中はおろか途中で落ちるはずだ。それを、見事狐を射落としたとは驚くべきことだ」と、春宮はじめそこに伺候していた殿上人たちは皆驚嘆した。
狐は池に落ちて死んでしまったので、すぐ人をやって取り棄てさせた。

この後、春宮はたいそう感嘆なさって、早速主馬署(シュメノツカサ・春宮関係の乗馬・馬具などを管理する役所)の御馬を引き出させて、頼光にお与えになった。
頼光は庭に下りて御馬を頂戴し、礼拝して御殿に上がった。そして、「これは頼光が射た矢ではございません。先祖の恥になるようなことはさせまいと、守護神(シュゴノカミ・源氏の守護神を指し、石清水八幡神のことであろう。)が助けて射させてくださったものです」と申し上げて、退出した。

その後、頼光は親しい兄弟や親族に会っても、「決して私が射た矢ではない。すべて神の力によるものだ」と言った。また、世間にもこの事が伝わり、たいそう頼光を褒め称えた、
となむ語り伝へたるとや。

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