雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一条帝 彰子を寵愛 ・ 望月の宴 ( 77 )

2024-03-13 20:08:39 | 望月の宴 ②

      『 一条帝 彰子を寵愛 ・ 望月の宴 ( 77 ) 』


帝(一条天皇)が藤壺(彰子の御所)にお渡りになられると、御部屋の設えの有様は、ご実家(道長家)の勢力を考えると当然とはいえ、女御(彰子)のご様子も、おもてなしも、まことにすばらしいと思い御覧になっておいでである。姫宮(脩子内親王。生母は定子。)をこのようにお育てしたい思っておいでのことであろう。
他の女御方は、皆お年を召していてきちんとされていて、大人らしい振る舞いをなさっていらっしゃるので(中宮や他の女御は二十代が多く、彰子は十二歳で入内している。一条天皇は二十歳。)、今は、この女御を、我が姫宮を大切に養育なさるようにして、大切になさっていらっしゃる。ここ数年、お仕えしている女御方を見慣れておいでの御目には、そうした方々とは比べようのないこの御方を、格別に愛らしく思われているのであろう。

打橋(取り外しのできる橋。)をお渡りになる頃から漂ってくる、この御方の御部屋の香の薫りは、何処にでもあるような薫物(タキモノ)ではないので、あれこれどのような香なのかと思いめぐらすが、その薫りをそれとなく漂わせているので、帝が御部屋にお入りになった後の移り香は、他の方々の所とは格別だとお感じであられた。
ごく普通の御櫛の箱、硯箱の中に入れてある物を始めとして、風情ある珍しい品々の有様を、帝はすっかり気に入られ、夜が明けると、すぐにお渡りになり、御厨子(ズシ・戸棚の一種。ここでは書物を収めている物。)などを御覧になられると、いずれも御目にとまらない物はない。弘高(ヒロタカ・巨勢氏。当時の代表的な画家。)が歌絵(歌の内容や情景を絵に描き、そこに歌を添えた物。)を描いた冊子に、行成(ユキナリ・藤原行成。当時の書の第一人者。)卿が歌を書いた物など、たいそう興味深く御覧になられる。

「あまりにも興味深く引き込まれているうちに、すっかり政(マツリゴト)を忘れた愚か者になってしまいそうだ」などと仰せになりながら、お帰りになるのであった。
昼間などにこの女御(彰子)のもとでお休みの時など、「あまりに幼い様子なので、側に近寄ると、自分が翁かと思ってしまって、私は恥ずかしくなってしまう」などと仰せになられるが、帝は現在二十歳ばかりでいらっしゃるのである。
同じように帝と申し上げても、さていかがなものかと未熟で物足りない御方もおいでだが、この帝は、御容姿を始めとして、たいそう気高く御立派で驚くばかりである。
御酒は少しばかりお飲みになる。御笛を、えもいわれぬほど優美に吹奏なさるので、お側にお仕えする人々も、感嘆しながら拝見申し上げる。

女御が、まだ緊張なさって打ち解けないご様子なのを御覧になって、「この笛を、こちらを向いてご覧なさい」と帝が申されると、女御殿は、「笛はその声を聞くものですが、それを見るなどと言うことがあるのでしょうか」と言って応じなさったので、帝は、「ですから、あなたは幼いのですよ。七十の翁の言う事を、このようにやり込めておしまいとは、なんと恥ずかしいことか」と冗談を申されるご様子を、お側の人々は、「何とすばらしい事かな。この世のめでたいことと言えば、ただ今の私たちの宮仕えを超すものなどありますまい」などと、語り合い思うのであった。
何事につけて、並ぶ者とてない御有様でいらっしゃる。

     ☆   ☆   ☆



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