雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

余五将軍合戦記 (3) ・ 今昔物語 ( 25 - 5 )

2017-08-13 09:02:05 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          余五将軍合戦記 (3) ・ 今昔物語 ( 25 - 5 )

     ( (2) より続く )

さて、夜討ちされた余五(平維茂)は、その家の中で、夜が明けるまで走り回って、下知しながら奮戦し、敵を多く射殺したが、遂に矢も尽きて、味方の人数も少なくなってしまったので、「これ以上戦っても無駄だ」と思って、自分が着ている着物を脱ぎ捨て、下女が着ていた襖(アオ・あわせの着物)というそこにあった物を引っ被り、髪を乱して下女のような姿になって、太刀だけを懐に入れて、煙がくすぶっている中に紛れ込んで、飛ぶようにして脱出し、西側に流れている川の深みに飛び込み、向こう岸近くの葦などが生い茂っている所に慎重に泳ぎ着いた。そして、倒れている柳の根のあたりに掴まっていた。
やがて家が燃え尽き、沢胯(藤原諸任)の軍勢が焼け跡に打ち寄せて、焼け死んだり射殺された者たちの数を数え、「余五の首はどこだ」などと言い、「これがそうだ」などと言う奴もいる。そうしたうえで、全員が引き上げていった。

もはや敵勢は四、五町も行ったかと思われる頃、屋敷の外に住んでいる余五の郎等たちが三、四十騎ばかりが駆けつけてきた。そして、この焼け焦げた首などを見て、声を合わせて泣き叫んだ。
騎馬の武者が五、六十人ほども集まってきたと思われる頃、余五は大声で叫んだ。「わしはここに居るぞ」と。
武者たちはその声を聞いて、馬から転げ落ちて、嬉しき泣きする声は、先ほどの泣き叫ぶ声に劣らなかった。
余五が岸に上がると、郎等たちはそれぞれ自分の家に人をやり、ある者は着物、ある者は食物、ある者は弓矢や太刀など、ある者は馬や鞍などを持ってきたので、余五は、皆が衣裳を改め、食事を終えるのを待って言った。
「わしは昨夜襲われた時、初めは山に逃げ込んで命を長らえようと思ったが、『逃げたという汚名を世に残すまい』と思って、その結果、このような目に遭ってしまった。お前たち、これからどうすれば良いと思うか」と。
郎等たちは、「敵勢は多く、四、五百人ほどもいます。こちらは、僅かに五、六十人しかおりません。この人数をもって、今すぐどうすることも出来ません。ですから、後日、武者たちを集めて、存分に戦うのがよろしいと思います」と答えた。

余五はこの進言を聞いて、「お前たちの言うことは全くその通りだ。だが、わしが思うには、『わしが、昨夜家の中で焼き殺されていれば、今まで命があっただろうか。何とか策を弄して逃げ出したのだから、もはや生きているとはいえまい。一日でもお前たちにこのような姿を見せたことは、大変な恥である。されば、我が命は露ほども惜しくない。お前たちは、後日、軍勢を集めて戦うのがよい。ただ、わしは、わしはただ一人で奴の家に向かい、「わしを焼き殺した」と思っている奴らに、「わしは、このように生きているぞ」と姿を見せてやり、一矢なりとも射かけた上で死にたい』と考えている。さもなくば、今回のことは、子々孫々までのこの上ない恥辱ではないか。後日に軍勢を整えて攻撃するなど、実に愚かなことだ。命の惜しい者はついて来るな。わし一人で行くぞ」と言って、すぐさま出立しようとする。

そこで、「後日戦おう」と進言していた郎等たちも、余五の決意を聞いて、「ごもっともなお考えです。このうえ何も申し上げることはございません。ただちに出立なさいませ」と賛同した。
余五は出立の前に、「わしの言うことに、間違いはあるまい。奴らは、一晩中の戦いに疲れ果てて、何々の川のほとりか、あるいは、これこれの丘の向こう側の櫪原(クヌギハラ)の辺りで、死んだようになって寝ているだろう。馬なども轡(クツワ)をはずし、まぐさを与えて休ませているだろう。弓などもみなはずして油断しているだろうから、そこに喊声(カンセイ)をあげて襲いかかれば、たとえ千人の軍勢といえども何ほどのこともない。もし、今日やらなければ、いつやれるというのか。命の惜しい者は留まるがよい」と言って、自らは、紺の襖(アオ・ここでは、狩衣に裏を付けた物らしい)に山吹色の衣を着て、鹿の夏毛の行縢(ムカバキ・腰から脚にかけての覆い)をつけ、綾藺笠(アヤイガサ・いぐさの茎を綾状に編んだ笠)をかぶり、征矢(ソヤ・ふつうの矢)三十本ほどに雁股の矢(カリマタノヤ・先が又の形に開き、その内側に刃のある矢尻をつけた矢)を二本上に差した胡籙(ヤナグイ・矢を入れる武具)を背負い、手には所々に革を巻いた太い弓を持ち、打出(ウチイデ・新刀)の太刀を佩き、腹葦毛の馬で丈が四尺七寸ほどもある、ひときわ背が高く進退自由の逸物にまたがって、軍勢の数を数えると、騎馬武者七十余騎、歩兵三十余人、合わせて百余人が集まっていた。
これらの者は、屋敷に近い者たちが急を聞いていそぎ馳せ参じたのであろう。家が遠い者たちは、知らせが届かず到着が遅れているのであろう。

                                  ( 以下、(4)に続く )

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