雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

愛欲に勝てず ・ 今昔物語 ( 13 - 4 )

2018-12-18 14:00:37 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          愛欲に勝てず ・ 今昔物語 ( 13 - 4 )

今は昔、
下野(シモツケ)の国に一人の僧がいた。名を法空(ホウクウ・出自等不詳)という。法隆寺に住んで顕教・密教の法文を学んでいた。また、法華経を受持(ジュジ・教えや戒律を受けてそれを守ること。)して、日ごとに三部、夜ごとに三部読誦して、怠ることがなかった。

ところが、法空はある時突然を世を厭い、仏の道を求めようという心が生じ、本の寺(法隆寺)を棄てて生国に帰り、東国の山々を廻って修業を重ねていたが、「人跡絶えた山の中に古い仙人の洞がある」と伝え聞いて、その場所を尋ねていき、その祠を見ると、五色の苔で祠の上を葺き、また扉とし、また部屋の仕切りとし、板敷や敷物としていた。
法空はその祠を見て、「これは私が仏道を修行するのにふさわしい所だ」と喜び、この洞に籠居して、長年にわたってひたすら法華経を読誦していた。
そうした間に、ある時、突然端正美麗の女人が現れて、すばらしい食物を捧げて持経者(法空を指す)に供養した。法空はこれを怖れ怪しんだが、恐る恐るこれを食べると、その味は甘美なることこの上なかった。
法空は女人に尋ねた。「あなたは、どういうお方ですか。どこから来られたのですか。ここは世間から遥かに離れた所です。全く不思議なことです」と。
女人は答えた。「私は人ではありません。羅刹女(ラセツジョ・法華経受持者を擁護する十人の羅刹女。羅刹は、もとは古代インドにおける悪鬼で、後に仏法の守護神となる。)です。あなたの法華経読誦が長年の功徳を積んだものなので、自然に私はやって来て供養させていただくのです」と。
法空はこれを聞いて、限りなく尊いことと思った。やがて、諸々の鳥・熊・鹿・猿等がやって来て、前の庭で常に経を聞くようになった。

その頃、一人の僧がいた。名を良賢(ロウゲン・出自等不詳)という。[ 欠字あり。寺院名等が入ると思われるが不明。]の僧である。一つの陀羅尼(ダラニ・原語である梵語のまま読誦する呪文)をひたすら誦して、諸国の霊験所を廻り歩いて、住居を定めることなく修行していたが、たまたま道に迷ってこの洞にやって来た。
法空は良賢をみて、「不思議なことだ」と思い、「あなたはどなたで、どこから来たのでしょうか。ここは山は深く人里から離れています。たやすく人が来ることができる場所ではありません」と尋ねた。
良賢は、「私は山林に入って仏道を修行していますが、道に迷っていつの間にかここに来てしまったのです。それにしても、聖人は、どういうお方で、どうしてここにおいでなのですか」と言った。
法空は、良賢にこれまでの事を詳しく話した。

このようにして、数日の間この洞で一緒に住んでいたが、あの羅刹女がいつもやって来て法空に供養するのを見て、良賢は法空に尋ねた。「ここは、人里から遥かに離れています。どうしてあのような端正美麗な女人がいつもやって来て世話をされているのでしょうか。あの女はどこから来ているのですか」と。
法空は、「私もあの女がどこから来ているのか知りません。法華経を読誦するのを心から有難がって、このようにいつもやって来るのです」と答えた。
ところが良賢は、女の端正美麗な姿を見ているうちに、「あの女は、近くの里から法空を尊んで食物を運んできているのだ」と思ったのであろうか、急に女に対して愛欲の心を起こしたのである。

その時、羅刹女はたちどころに良賢の心を察知して、法空に告げた。「破戒無慚(ハカイムザン・戒律を破っても心に恥じないこと)の者が寂静清浄の所にやってきました。すぐに罰を与えてその命を断ちましょう」と。
法空は、「この場所で罰を与えて殺してはなりません。命だけは助けて、人間界に帰してやるべきです」と答えた。
すると、羅刹女はたちまち端正美麗の姿を棄てて、本来の忿怒慕悪(フンヌボアク・怒りの表現であるが、慕悪は暴悪が正しいようだ。)の姿になった。良賢はその姿を見て怖れまどうことこの上なかった。すると、羅刹女は良賢を宙に引っさげて、数日かかる道を一息で人里に連れて行って、棄て置いて返ってきた。
良賢は死んだようになっていたが、しばらくして気が付くと、「自分は凡夫の身から離れていないから法華経守護の羅刹女に愛欲の心を起こしてしまったのだ」と自分の罪を悔い悲しんで、たちまち道心を起こした。
身も心も傷ついて、僅かに命だけ助かったという状態であったが、何とかもとの里に帰り着いて、これまでの事を人に語り伝えて、改めて法華経を信じ学んで、心を込めて読誦するようになった。

これを思うに、良賢の愚痴(グチ・無明と同意。煩悩に惑わされて理非を悟らないこと。)が招いた結果である。
それゆえに、羅刹女は法華経守護の善神であることを知るべきである、
とぞ語り伝たるとかや。 (本稿は、最終部分が少し違う形になっている。)

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