雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

比良山の仙人 ・ 今昔物語 ( 13 - 2 )

2018-12-18 14:02:17 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          比良山の仙人 ・ 今昔物語 ( 13 - 2 )

今は昔、
葛川という所に籠って修行する僧がいた。
穀物を断って山菜を食って、何か月も熱心に修行をしていたが、ある時、夢の中に気高い僧が現れて、「比良山の峰に仙人がおり、法華経を読誦している。お前は速やかにその所に行って、その仙人に結縁(ケチエン・仏道に縁を結ぶこと。)するが良い」と告げた。
夢が覚めたあと、すぐに比良山に入って尋ねたが、仙人の姿はなかった。

何日も何日も捜し回っていると、遥か遠くから法華経を読む声だけが微かに聞こえてきた。その声は貴くて、例えようもないほどである。
僧は喜んで、その声を尋ねてあちらこちらと走り回ったが、経の声だけが聞こえて、声の主の姿は見つからなかった。力の限りを尽くして終日探し求めていると、岩の洞窟があった。傍に大きな松の木があった。その木は笠のような形をしている。洞窟の中を見ると、一人の聖人が座っていた。
その身体には肉がなく、ただ骨ばかりである。青い苔を着物にしている。
その聖人が僧を見て言った。「どなたが此処に参られたのか。この洞は、未だ誰も来たことがないような所なのだ」と。
僧は、「私は葛川に籠って修行している僧です。夢のお告げにより結縁のために参ったものです」と答えた。
仙人は、「そなたは、しばらくは私に近付かず、遠く離れて居りなさい。何とも、人間臭い煙が目に染みて、涙が出て堪え難い。七日経ってから近付いて来るがよい」と言った。

そこで、僧は仙人に言われたとおり、祠より一、二段(10m~20m程か)ほど離れて、宿ることにした。
その間、聖人は昼夜分かたず法華経を読誦し続けた。
僧はこれを聞いていると貴く有難く、「無始(ムシ・限りなく遠い過去)以来の罪障が消えていくかのようだ」と思った。そして、見てみると、多くの鹿・熊・猿やその他の鳥獣たちが、それぞれ木の実を持ってきて、仙人に供養し奉っている。すると、仙人は一匹の猿を使いにして、木の実を僧の所に届けさせた。
このようにし、七日が過ぎたので、僧は仙人の洞に詣でた。

すると、仙人は僧に語った。「私は、もとは興福寺の僧です。名は蓮寂(レンジャク・出自等不詳)といっていた。法相大乗の学者として、法相宗の法文を学び親しんでいた頃、法華経を見奉ったところ、『汝若不取 後必憂悔』(ニョニャクフシュ ゴヒツウケ・・法華経の中の一部分で、もしも汝が法華経を取らなければ、後に必ず後悔するだろう。)という文を見て以来、はじめて菩提心(ボダイシン・悟りを開いて往生を願う心)をおこしたのだ。そして、『寂寞無人声 読誦此経典 我尓時為現 清浄光明身』(ジャクマクムニンジョウ ドクジュシキョウデン ガニジイゲン ショウジョウコウミョウジン・・法華経の中の一部分で、静寂で人声一つしない所で、この経典を読誦すれば、我(釈迦)はその時に、清浄で光り輝く身をあらわそう。)という文を見て以来、永らく興福寺から離れて、山林に入って仏道を修行し、功徳を重ねて、おのずから仙人となり得たのだ。今、前世からの因縁によりこの洞に来ている。人間界を離れてからは法華経を父母とし、戒律を身の防護として、一乗(イチジョウ・唯一の乗物という意味。つまり、一切衆生を迷い(此岸)から悟り(彼岸)へ運ぶ乗物。)を眼(マナコ)として遠くの物を見ることが出来、慈悲を耳として諸々の音を聞くことができる。また、心の中で一切のことを知ることができる。
また、兜率天(トソツテン・天上界の一つで、内院には弥勒の浄土があり、外院はその眷属の天人の遊楽の場所。)に昇り、弥勒菩薩にお会いしたり、また、様々の所に行って聖者に近付いたりする。恐ろしい悪魔も私には近寄らない。恐ろしい災厄もその名を聞くこともない。仏を見、法を聞くことは思いのままである。
また、この前にある松の木は笠の如くして、雨が降っても祠の前には雨が来ない。暑い時には陰をつくり、寒い時には風を防いでくれる。これらのことも又、自然にそうなっているのだ。
そなたがここに尋ねて来られたのも、前世からの因縁がないわけでもない。さすれば、そなたはここに住みついて、仏法を修行するがよい」と。

僧は仙人の言葉を聞いて、仙人を敬うとともに、その生き方を好ましいことだと思ったが、とても修行に堪えられる身ではないと思い、礼拝恭敬して帰って行った。
仙人の神力を以て、その日のうちにもとの葛川に帰り着いた。この話を、志を同じくする僧に詳しく語った。話を聞いた僧も、尊ぶことこの上なかった。

誠の心を込めて修行する人は、仙人になることかくの如し、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

 

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