雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

きみは虹を見たか   第六回

2010-11-02 10:38:49 | きみは虹を見たか
          ( 4 - 1 )

道子さんは、弟の正雄くんのことが心配でした。
お父さんが亡くなったことを、なかなか納得することが出来なかった道子さんですが、泣いて泣いて泣き疲れた時、良子おばさんの言葉を思いだしました。
「道子ちゃん、これからは、あなたがお母さんの力になってあげるのよ・・・」と、良子おばさんは道子さんの肩を抱いて言ったのです。

良子おばさんは、お母さんのお姉さんです。お父さんがいなくなれば、お母さんが一番頼りにするのは良子おばさんです。
「あたしなんかが、お母さんを助けられるはずがないわ」と、その時は思いました。
第一、こんなに悲しい自分こそ、お母さんに助けてもらいたいのだ、と道子さんは思っていたのです。

しかし、七日ごとのお参りがあり、その最後にあたる四十九日の法要が終わると、お母さんの一番近くにいることが出来るのは自分だと、道子さんは気づきました。良子おばさんだけでなく、近所の人やお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも助けてくれますが、いつもお母さんのそばにいることが出来るのは自分だと、道子さんは思うようになったのです。

お父さんが亡くなってからしばらくの間は、道子さんは泣いてばかりでした。お母さんも同じように泣いてばかりでした。道子さんのように声を出して泣くようなことはあまりありませんでしたが、本当は、お母さんの方がたくさん泣いていたことを道子さんは知っています。

その頃の正雄くんは、時々は泣いていましたが、大きな声で泣くようなことはあまりなく、小さくても男の子は強いのかな、と道子さんは思っていたのです。
しかし、お母さんや道子さんが少しずつ元気を取り戻してきているのに比べて、正雄くんは、少しも元気を取り戻すことが出来ず、反対に、ますます元気を失っているように感じられるのです。道子さんには、それが心配でした。

正雄くんがおかしいと、道子さんがはっきりと感じたのは、お正月が終わり三学期が近付いた日のことでした。
冬休みの宿題はそれほど多くないので、道子さんはとっくに終わっていましたが、正雄くんはほとんどしていませんでした。正雄くんが夏休みや冬休みの宿題をぎりぎりまでしないのはいつものことなので、道子さんは別に驚きもせず手助けをしたのです。
ところが、全部終わっているか確認していた時、すでに描きあげていた正雄くんの絵を見て道子さんはびっくりしました。

「マーくん、この絵、なに?」
「うまく描けなかったんだ・・・」

道子さんの大きな声に驚いた正雄くんは、恥ずかしそうに、広げた絵を隠そうとしました。
道子さんは、はじめは、正雄くんがふざけて描いた絵なのだと思いました。しかし、正雄くんの悲しそうな顔を見ていると、そうではないことが分かりました。

この前展覧会で入賞したからというのではなく、もっと前から正雄くんの絵はすばらしいと道子さんは思っていました。幼稚園の頃から、画用紙からはみ出すようにのびのびとした絵を描き、何よりも色の使い方がすばらしく、大胆に多くの色を使うのです。
しかし、正雄くんが隠そうとした絵をむりやり広げてみると、画用紙の真ん中の半分くらいに、弱々しい絵が描かれているのです。おそらく、近くにあるお城のお濠を描いたのだと思われる絵です。石垣と、その上いちめんに茂っている樹木と、お濠の水が描かれていて、端っこの方に水鳥が二羽います。
首が長いので白鳥だと思うのですが、いかにも小さく、それも白というより黒に近いような灰色なのです。水の色も、水鳥より少しだけ明るい灰色、樹木は黒みがかった緑が単調にぬられているだけなのです。

石垣の感じや樹木などはうまく描けていると思うのですが、黒っぽい水鳥はなんだか悲しげで、絵全体が肩をすぼめているように道子さんには見えました。
「画用紙を飛び出してくるような色づかいでなくちゃあ、マーくんの絵じゃない・・・」と、道子さんはとても悲しい気持ちになりました。

「あと一日あるから、もっと元気なのにした方がいいわ・・・」
道子さんは、やっとそれだけ言って絵を正雄くんに返しました。これ以上話すと自分が泣きだすかも知れないと、道子さんは思ったのです。

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