雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

きみは虹を見たか   第五回

2010-11-02 10:39:45 | きみは虹を見たか
          ( 3 - 2 )

正雄くんがお父さんを待ち続ける日が、何日も続きました。

学校は休まず行きましたが、友達と遊ぶことは少なくなりました。宿題を時々忘れるようになりましたが、先生はきつくは叱りません。
少し前から、正雄くんもお姉ちゃんも自分たちの部屋で寝るようになりました。お母さんだけがお仏壇のある部屋で寝ているのですが、お姉ちゃんは、時々お母さんの横で寝ているようでした。
しかし正雄くんは、一人で自分のベッドで寝る方がいいのです。布団の中にもぐりこんで、お父さんに謝ることが出来るからです。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と、声に出して謝るのです。いつか、きっとお父さんは許してくれて、優しい笑顔で姿を現してくれると、正雄くんは信じていたのです。

やがて、年が変わりました。
クリスマスもお正月も、お父さんがいないと寂しいだけです。お年玉をいつものようにたくさんもらいましたが、正雄くんには買いたいものがありません。テレビゲームはお父さんが亡くなってからはあまりしないし、おもしろくなくなってしまったのです。

一月の中頃から、お母さんが勤め始めました。
朝は、正雄くんたちが学校へ行く時にはまだお母さんは家にいますが、夕方は四時半頃になります。正雄くんもお姉ちゃんも、家の鍵を持つようになりました。

お父さんが亡くなったあと、お母さんは泣いてばかりでしたが、クリスマスの頃から突然元気になりました。正雄くんにも、お父さんがいた頃よりもっと大きな声で叱るようになりました。お風呂の掃除が正雄くんの仕事だと決められたのも、その頃からです。

「お父さんがいなくなったのだから、みんなで家のことをしていかなくてはならないのよ」
と、お母さんが決めたのです。お父さんがお風呂の掃除をしているのを見たことがなかったので、正雄くんは不満でしたが、なぜだか引き受けてしまいました。

正雄くんがベッドの中でお父さんに謝ることも、少しずつ減っていきました。
お父さんはまだ怒っているのだと初めのうちは思っていたのですが、そうではないのかもしれないと少しずつ思うようになりました。
死んでしまうということが、かくれんぼうや出張とは違うのだということに、正雄くんは気付きはじめていました。

いくら正雄くんが悪かったとしても、お父さんがこんなに長い間許してくれなかったことはなかったし、こんなに長い間帰ってこないのはおかしいと思い始めたのです。
もしかすると、お母さんやお姉ちゃんが言うように、お父さんは遠い遠い所へ行ってしまったのかもしれないと思うこともありました。

正雄くんの心の中で、少しずつですが変化が起きていました。
それは、お父さんはもう怒っていないかもしれないと、少しだけ思えるようになったことですが、それと同時に、お父さんはもう帰ってこないのかもしれないという思いが、どんどん膨らんでいきました。
そして、その原因は自分のわがままのためだ、という思いは大きくなるばかりでした。

その考えは、お父さんが倒れたということを聞いた時から正雄くんの心の中にあったものでした。
正雄くんはそのことがつらくて、何とか消そうと思っていました。お父さんに謝ることで、そのつらさを消すことが出来ると考えていました。お父さんが帰ってきてくれさえすれば、いくら叱られても絶対に許してもらえると思い、帰りを待ち続けていたのです。
しかし、お父さんは帰ってきてくれないのです。


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