雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

きみは虹を見たか   第四回

2010-11-02 10:40:29 | きみは虹を見たか
          ( 3 - 1 )

お通夜からお葬式と、お父さんとのお別れはあわただしく行われました。
山下のおじさんが中心になって、みんなに指示をしてくれました。良子おばさんは、ずっとお母さんの横についてくれていました。近所の人たちや、お父さんの会社の人も手伝いに来てくれました。
お葬式の日には、正雄くんやお姉ちゃんのクラスの人たちが、先生と一緒にお参りしてくれました。

お母さんとお姉ちゃんは、ずっと泣いていました。田舎のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんや、京都のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも泣いていました。近所の人たちや、会社の人たちも泣いていました。学校の友達や、先生も泣いていました。

山下のおじさんは泣いていませんでした。みんなを励まして、時々は厳しい口調で命令していました。
良子おばさんは、少しだけ泣いているみたいでしたが、ずっとお母さんを抱きかかえるようにしていました。正雄くんやお姉ちゃんにも、優しく声をかけ続けてくれていました。
正雄くんも、少し泣きました。でも、本当は、お父さんが死んでしまったということが、どういうことなのか、よく分かりませんでした。

死んだということは、分かっていました。死ぬということがどういうことなのか、テレビや漫画などで知っていましたから、もうこれからはお父さんと会えなくなるのだということも、分かっていました。
でも、お父さんが死んだのは、テレビでも漫画でもありません。お父さんがいなくなってしまうなど、どうしても信じられません。

これまでにもお父さんは、出張で何日も帰ってこないことがありました。それでも何日かすると、必ずお土産を持って帰ってきてくれました。
正雄くんがもっと小さい頃、かくれんぼうをするとお父さんは上手に隠れました。家の中でしていても、なかなか見つからないことがよくありました。お父さんがいなくなってしまったのではないかと、正雄くんがべそをかきそうになると、どこからか現れてくるのです。
お通夜やお葬式の間中、正雄くんは、お父さんがどこかから現れるのを、ずっと待っていたのです・・・。

やがて、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんたちも帰ってしまいました。
お父さんのいない家は、何だか、がらんとしています。お父さんは会社から帰るのが遅くなることもあったので、夕食は三人だけで食べることが多かったのですが、その時は何とも感じなかったのに、お父さんが死んでからの食事は、食卓が広すぎるのです。

夜は、これまでは、正雄くんもお姉ちゃんも自分たちの部屋のベッドで寝ていたのですが、お祖父ちゃんたちが帰って行ったあとからは、お父さんのお仏壇のある部屋で、三人一緒に寝ることにしました。
良子おばさんは、一日おきぐらいに来てくれて、たまには食事を一緒にすることもありました。

長い間休んだあと、学校へ行くことになりました。
友達や先生が、いろいろと優しく声をかけてくれました。しかし正雄くんは、前とは違うみんなの優しさが、すごく嫌でした。お父さんが死んだから優しくしてくれているのだと思うと、すごく嫌で、みんなが憎らしく思うこともありました。

「優しくなんか、してほしくないんだ!」と、正雄くんは、時々心の中で叫びました。だって、正雄くんは、お父さんが帰ってくるのを待ち続けていたからです。
どうしてもお父さんには帰ってきてもらわなくては困るんだ、と正雄くんは思い続けていました。そして、お父さんに謝らなくてはならないと思っていたのです。
図書カードのことでわがままを言ったので、お父さんは怒って、どこかへ行ってしまったのだと正雄くんは考えていました。もう何日も経っているのに帰ってこないのは、お父さんがまだ怒っているからだと思うと、正雄くんは、とても悲しくなるのです。


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