筆者はカナダ系2世の両親を持ち、青山ではアメリカ料理を敗戦後すぐに食べていたという思い出が郷愁となって本書の骨子となっている。特にアメリカ式グレイヴィソースが特徴で家庭のアメリカの味だ。
本書のテーマはアメリカ料理、その中で家庭料理の位置付け、それを検証するアメリカで便利な自動車での旅の3つのようだ。読んでいて散漫な文章、図が見にくい、地図や模式がないといった欠点があるが楽しめる。注目できるのは:
・アメリカは土着のコーン(玉蜀黍)が主食だった、独自の発達
・聖三位一体:ケイジャンでは玉ねぎ、セロリ、ピーマン
・食のクレオール化:マカロニ・チーズ・グラタン(イタリアのマカロニ、パルメザン・チーズ、フランスのグラタン)
・チャプスイ(中華の五目御飯)とチャッチャトリー(イタリア:漁師風)はアメリカ独自に発達
・イタロ・アメリカーナ:ミートボール・スパゲティ(シェフ・ボイアルディの缶詰もある)
・ホット・パストラミ・オン・ライとルーベン・サンドイッチは独自の両極、クラブハウス・サンドイッチも味わいがある
・アメリカの朝食:ダラー・パンケーキにソーセージ・パティ、オヴァー・イージーの目玉焼き
・ホット・アンド・サワー・スープは中華のシンボル
・アメリカに発酵食品は少ない、タバスコ位しかないのは衛生問題からか
・遅い夕食をディナー(The chief meal of the day)、早い夕食をサパー(The last meal of the day)
・「線路は続くよどこまでも」:ダイナの吹くラッパで食事が始まる移動工区→ダイナは飯盛女という説もある
・缶詰がアメリカ:キャンベルのスープ、ボイ・アル・ディのラビオリ
・アメリカ料理はプロとアマの差がない
・アメリカのケーキ類の甘さは打ちのめされる→本当、たまらん、塩、砂糖、油・脂のハンバーガー・セットと同じで肥満のもと
・アメリカ料理には本物がない、移民の料理が融合、特色が薄まる、個人経営よりもチェーン店が幅を利かす、手間を省く
・時計が生んだ規則正しい生活→アメリカ近世はClock Tower Age(主たる建築には時計台があった)とMITのDenis Frenchmanが言っていたのを思い出す(1988年)→アメリカは1950年のハイウエイ時代前は鉄道が基幹だった、それが自動車の高速道路に代わった。当時鉄道が主体なら時刻表の基本となる時計があるのもむべなるかな。
・グラハム・ブレッドからグラノーラ、そしてケロッグのコーン・フレークに
・アメリカの食は悲しい、それを食べるアメリカ人になるのも悲しい
・ぼくのアメリカの旅は「ひたすら車を走らせる旅」、アメリカを旅するのは自分の「内」を旅して知ること
・移民の多彩な食の「文化」をアメリカ中に通用する「文明」に転換
・アメリカの食は「ホームッシックという気分」で望郷の思いを誘う
エッセイとして、アメリカの食の分析として楽しめる