虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

大阪市立科学館に行ってきました♪

2013-07-14 17:12:25 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

小1グループの子たちと大阪市立科学館に遠足に行ってきました。

催し物の『ブラックホール』という映像作品とプラネタリウムも見てきました。

『ブラックホール』は、小学生も楽しめるようにユーモアたっぷりに

作られていました。

「危ないからくれぐれもブラックホールに近づかないように……」という注意が流れると、

背後から「こわい~」という子どもの声が聞こえました。

 

 

科学館の展示物は、どれもとても魅力的です。

いっしょに出かけた年少さんの●ちゃんも夢中になって

いろいろな展示物で遊んでいました。

●ちゃんはとてもしっかりした工作好きの女の子ですが、

これまでは科学的な原理を利用した工作やからくりのある工作には

あまり興味がありませんでした。

 

が、科学館での●ちゃんの様子を見ると、

これからの物作りの仕方や実験への参加の仕方が変わってきそうです。

 

 

面白いボールスロープがたくさんあったので、教室でもできるだけ

再現してみたいです。

科学館の展示物は、誰でもすぐに触りたくなるような魅力にあふれているけれど、

何度が触ると、「やったことがあるから」と飽きてしまうものでもあります。

それに対して、空き箱やペットボトルで同じ原理を再現する工作や実験は、

見栄えはよくないけれど

自分で工夫を加えて改良できるので、

すればするほど発展していくし、理解も深まります。

科学館で本物に触れてワクワクした後で、

教室では、自分たちで扱えるサイズで科学館にあった実験をもう一度やりなおしたいと思っています。

 

磁石コーナーに関心がある子が多かったので、

大阪市立科学館で作っている小冊子の『磁石と自発的対称性のやぶれ』 (斎藤芳吉彦著)を

買ってきました。(200円)

↑ 心霊写真……!?と子どもたちは大はしゃぎ。

ゴキブリではなく、ラックカイガラムシという昆虫です。

この虫の分泌物から、シェラックという天然のプラスチックができるそうです。

 

かみなりの赤ちゃん。

つまみあげた円柱を落とすことで音を出す面白い楽器。

教室にある木琴や鉄琴にこんな工夫が加えられないか……と思って

写真を撮ってきました。

★くんが夢中になっていたスイッチやコイル。

はんだ付けが必要な電子工作は、1年生の子たちとは

していなかったのですが、

★くんの様子を見て、次回のレッスンででも体験させてあげることにしました。


子の夢 親の夢 子の人生 親の人生

2013-06-24 23:08:18 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

(過去記事です)

わが子が幼い頃や小学生時代、いっしょに交わす会話が面白くてよく記録に取ったものでした。
それが子どもが成長するにつれ、学校、通学、趣味、友だちとのつきあい、バイト……と親より慌ただしい生活をするようになって、
顔を合わせて話をする時間が激減していました。

それが、受験生になった息子が学校が休みの日も 遊びに行かずに家で勉強するようになって、勉強に疲れると気分転換に家族としゃべる機会が増えて……。

そうするうちに、自分の中にむくむくと「子どもとの会話を記録しておきたい」という思いが復活してきました。
「なぜ?」と問われたら困るのですが、カメラ好きの方が わが子の姿を写真に残しておこうとするのと近いものだと思います。



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先日、進路について悩む息子から相談を受けました。
進路といっても、大学や学部選びはもう自分の中で決まっているようで、
迷っているのは将来の仕事に向けて 
これから何を学んでいくべきか、
就職する会社はどのような職種から選んでいけばいいのか
といったことでした。

途中で現われたダンナが、
「先のこと考えて御託並べてないで、まずしっかり勉強しろ!」
と雷を落とし、
息子が「受験勉強はしてるさ。でも闇雲に勉強するだけでは、大学卒業時にそこから4,5年かかる勉強をスタートすることになって、出遅れるよ。ビル・ゲイツが成功したような まだネット社会が未完成だった時代じゃないんだからさ」と言い返すシーンもありました。

夕食後に3時間近く話しあって、
最後には、「話をしてみてよかったよ。おかげで行きたい方向がはっきり見えてきた」と言われて胸が熱くなりました。
息子の進路について相談に乗っているつもりが、
私自身の進路というか……これから自分が歩んでいく方向性のようなものを考えるきっかけにもなった会話でした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
息子 「最近、ただIT関連の仕事がしたいと漠然と考えて、
大学で情報工学を学ぶだけじゃ、
本当にやりたい仕事からずれていくような気がしてさ。
ITといったって、今はひとつひとつの分野が専門的に進化しているから、
それぞれの先端じゃ互換性はないはずだよ。

だからといって念のためにと あれこれつまみ食いするように学ぶんじゃ
1しっかり学べるところを、2分の1、3分の1ずつしか学べなくなってしまう。
今、一番迷っているのは、ソフトを作る力を蓄えるか、ハード面で強くなっておくかということなんだ。
もしこれまでのネットのあり方を根源から変えるようなものを作りたいとすれば、大学を卒業しても、そこから研究生活に入ってく形になる。
それがぼくが本当にやりたいことなのか、自分にあっていることなのか迷っているんだ」

私 「今後、ネットの世界は飽和状態に向かうと考えているんでしょ。
ただプログラミングを学ぶだけでは、いずれ、どんなに質の良いものを作り出しても、競争の中で消えていくだけかもしれないわ。
だったら、時間や手間がかかってもハードそのものを扱う勉強をした方がいいんじゃないの?」

息子 「勉強や研究が嫌なわけじゃないんだ。」

私 「早く働きたいの?」

息子 「それもあるけど、それより自分が本当に創りだしたいものは何なのか、そう考えていくと、今 立ち止まってじっくり考えておかないと、
何となくそっちの方が良さそうだという気分に流されるうちに、自分自身を見失いそうな気がしているんだ。
それで、ぼくの、ぼくだけの特技ってなんだろう? 
将来の仕事の決め手になるような他のみんなより誇れるところって何だろうって煮詰めていくとね、
『みんながみんな左に向かっているときにも、右に向かうことができる』
ってところだって思い当たってさ。
じゃあ、そんな自分が活かせる仕事、いきいきと働き続けることができる仕事は何だろう
……それとぼくが創りたいものの本質は何だろうって考えていたんだ」


「『みんながみんな左に向かっているときにも、右に向かうことができる』能力って、単にひねくれ者ってわけじゃなくて、
多くの人がいっせいに左に向かっているときって、
その時点で もう本来の左に進むべき目的が見失われているときがあって、
みんな薄々、それには気づいてるんだけど、
動きが取れなくなっていることがあるよね。

そんなときにぼくは
潜在的にそこにある大切そうなものを汲み取って、
ひとりだけでも右に方向転換することができるってことだよ。

そういう能力が将来、活かせるかもしれないって気づいたのは、
プログラミングを自分で学んでいたときなんだ。

学べば学ぶほど、より優れた技術、より精巧な動きっていうのを、
無意識に求める気持ちに呑まれていくんだけど、
一方で、より面白く、よりすごいものを作ってくって
技術面だけにこだわってていいのか? って考えたんだ。

もちろん、技術の向上が大切なのはわかっている。
でもね、もし技術ばかりがひとり歩きして、こんなものが欲しいという人の欲望みたいなものから離れてしまったら、
それは死んだ作品じゃないだろうかって。

ほら、3Dテレビって今どんどん進化しているじゃん。
100年前の時代だったら、
3Dテレビを作り出すために一生かけてもいい、
3Dテレビをどんな苦労してもひと目見たいって、願った人もいると思う。
で、今、3Dテレビがそれほど求められているのかっていうと、
100年前と比べると、それに対して人々が抱いているロマンのようなものが変質したと思うんだよ。
それでも技術革新は必要なんだろうけど、
同時にどうしたら生きた作品を生み出せるのかって考えるときが
来たんじゃないかな?

それで、ぼくは技術を身につけて、自分で制作に入りたくはあるけど、
その一方で、『プランナー』といった面を持っている仕事も
自分にあってるんじゃないかと思いだしたんだ」

私 「生きている作品ってどんな感じのものなの?」

息子 「感情を揺さぶるライブ的要素も持った作品かな?

今の世の中がこんなにも『うつ』っぽくなっちゃった理由は、
何でもかんでも、そうしてはならないものまで、
品物化していった結果だと思うんだ。

ほら、エンデの『モモ』って童話があるじゃん。
あれを子どもの頃に読んだとき、
みんな何日で読んだ~何ページも読んだ~
他の本と比べてどのレベルで面白かったかってことばかり話題にして、

どうして、自分自身の今の生活が、
時間泥棒に奪われているモモの世界の出来事と
同じことが起こっている事実について考えてみないんだろうって

不思議だったんだ。

みんなはどうして人間としての自分の感情を通して、
物と付き合わないんだろうっさ。

いろんなものを品物として見るって、
高級料理にしたって、勉強の授業のようなものにしたって、品物化されて、
数値化されてるよね。

友だちのようなものまで、
ネット内でボタンひとつで友だちかどうか選別したり、
グループ内で友だちを格付けしたり、友だちを数でコレクションしたりする
ようになってくる。
でも、本当は、そんな品物化した『友だち』を、誰も求めちゃいないはずだよ。
友だちを欲するのは、友だちという人を求めているというより、いっしょになって団結して何かしてみたり、
冒険したり、共感しあったり、
そこで動く感情を欲しているはずなんだから。

みんな感情を求めていて、それに気づいていないんだよ。
何でも品物化したあげく、これは品物にしようがないっていう感情でしか処理しようにない『死』を、偏愛する人も増えている。

もし、IT産業で何かを作っていくにしても、
そんな風に物を求める根底になる感情の流れを揺さぶる生きた作品を作ることを目指していきたいんだ」


息子 「ぼくはずっとゲームクリエイターになる夢を抱いてきたけど、
ゲーム好きの人たちと自分の間には、
かなり感性の違いがあるのはずっと感じてきて……
最近になって、本当にぼくはゲームが好きなんだろうか?
って思うことが増えてきたんだ。

ぼくがゲームに対して感じている面白さって何なんだろう
って突き詰めてみると、
さっきお母さんが京都の巨大鉄道ジオラマの話をしていたから
閃いたんだけど、

『仕事の遊び化』って部分に

惹かれているんじゃないかと思うよ。

ぼくがゲームを面白いって感じている基盤の部分に、
この『仕事の遊び化』を生み出したい気持ちがあると思ったんだ。

ジオラマ作りに参加した職人やアーティストは、
退屈で苦しいはずの作業の中に、わくわくする楽しい気持ちやフローの感覚を抱いていたはずだよ。

この『仕事の遊び化』って、昔から人が苦しいものを喜びに変えたり、
辛い作業から楽しみを抽出する知恵として
存在しているものだと思うんだ。
たとえば、プラモデルなんかも、設計の仕事から、
楽しい部分だけを抜き出したようなおもちゃだよね。

ぼくがゲーム作りをしたかった一番の理由は、
ゲームという媒体を使って、
人間の営みをいろんな視点から眺めたり、そのユニークな一面に光を当てる
のが楽しいからなんだって気づいたんだよ」

私 「『仕事の遊び化』……そうね。日本が豊かになって、
物ではうんざりするほど満たされた後に、
きっと人はそうしたものを求めだしているように感じるわ。

遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき
そうしたものを感じることができるのよね。

人の営みの面白い面を再体験したいって思いから
ゲームは生まれたのかもしれないわね」

そう言いながら、私は息子が小学生のとき 
モノポリーが好きでたまらなかったことを思い出しました。
何度やっても、いつも息子の一人勝ち。

どんなに他のメンバーの情勢が良いように見えるときも、
なぜか最後には息子の戦略にまんまとはめられて、
お金をほとんど奪い取られてしまうのでした。
手作りモノポリーもたくさん作っていました。

モノポリーは投資のゲームですから、それもおそらく『仕事の遊び化』という一面で惹かれていたのでしょう。

息子 「現実に体を動かしてやった方が面白いものを、
ゲームにするのは好きじゃないんだ。
どんなにリアルさを追求しても、実体験には負けてしまうから。

でも、そこのゲームの世界も、より美しい画像で、より高い技術でってことを追いかけていくうちに、人間的な部分が置いてけぼりになっている気がしてさ。
人が何を面白く感じ、何に心が動かされるのか……って所を見失ったまま進化が進んでいるようだよ。

それで、そうした世界でぼくは本当にゲームが作りたいんだろうか?
面白いものが作れるんだろうか? って思いだしたんだ。

先々、ゲームを作るにしろ、作らないにしろ、
まずゲーム会社とは全く職種の違う世界で働いて、
そこでの仕事に熱中しながら、自分の作りたいものを捉えなおした方が
いいような気がしているんだ」


私 「どんな職種を考えているの?」

息子 「アプリケーションの制作会社とか、
それか、シンセサイザーなんかといっしょに新しい音響機材を作る会社なんかも考えている。

ゲームを作りたいから、
新しいエンターテイメントを生み出したいから、
ゲーム会社に入るというのは、ぼくにはあっていない気がするんだ。
そんなことを思いだしたのは、マンガを読んでいたときなんだけど。

今さ、たくさんマンガの勉強をしたんだろうな
という技術レベルの高いマンガ家がたくさんいるんだけど、
そりゃぁたくさんの人がマンガを描いているんだ……
でも、どれを読んでも面白くないんだよ。
生きている作品がないって感じ。

一方で、ある時期までマンガとは全く関係ない異分野の仕事をしていて、
途中でマンガ家になった人たちが描く職業マンガが、
けっこう面白くって、このごろ気に入ってるんだ。

単純に考えると、少しでも早い時期からマンガを描き始めて、
それだけに打ち込んだ方が、良いものができるに決まってるって思うじゃん。

でも、マンガの世界もある程度
成熟し終えた面があるから、
無意識のうちに すでにできあがった価値観の影響を受けながら、
その世界でよりすばらしくって技術を向上させるだけじゃ、
人の心が動くような作品は生まれにくいんだよ。
その点、異業種から遅れて参入してきた人の作品は、
多少いびつなところがあっても、
思いもかけない斜めからの視点があって
新鮮で読みたい気を起させるんだ。」

私 「そうね、ものづくりの現場でも
そうした異業種同士の連携が、
不況を超えるカギになっているようだものね。」

息子 「ぼくも、自分が抱いている面白さを追求する道を、
既存のイメージができあがっている世界ではなくて、
ストレートにそのまんまじゃない……
別の職種の枠の中で探求していく方がいい気がしてきててさ。

そう考えだしたのには、受験勉強の影響もあるんだ。

受験って、ランキングで格付けされて、合格の道筋がマニュアル化されて、
いかにも品物化が進んでいる分野でもあるけど、
でも勉強していると 意外なんだけど、どの勉強も人間的な性格的なものが
その底にあるんだなって気づかされることがよくあったんだ。

かしこさって、いかにもIQや頭の回転のよさだけで測られるように思うじゃん。
でも、国語を学ぶって、結局は、そこにあるのは人間の営みや生きていることへの理解を深めることに過ぎないんだって学ぶほどにわかってくる。
文章のすばらしさをただ公式を当てはめて、答えをはじきだす作業じゃなくて、
読む文章から生きていることの何かを受け取ることが国語なんだなって。

数学のように、人間的なものからかけ離れているように見えるものでも、
生きていることのすばらしさを放っておいて、存在しないんだよ。
数学がすばらしいのは、そこに
人間的な評価が潜んでいるからでもあるんだから。
それで勉強するうちに、自分が表現したいものは、この人間的なことや
生きる営み、人の感情を揺さぶることを抜きにして考えられないなって。
そうした本質的なものを含んだ作品は、小さな枠の中で近視眼的に
他人と技術を競うだけでは生まれてこないと思ったんだよ」

私 「さまざまな物や行為と『生きて存在していること』の関わりを考えていくのって、哲学の世界では大事にされていることよね。
哲学って難解なイメージがあるけど、実際には幼児が考える疑問のように……ごく基本の基本みたいなことを扱っているわよね」

息子 「うん、そうそう。哲学って、存在する全てのものを意味でつないでいるものだと思うよ。
それは勉強を極めていった選択肢の先っぽにあるんじゃなくて、
もっと身近な……人が手にするひとつひとつの物……えんぴつでも服でも何でもいいんだけど……や、
『生活の営み』全般の芯の部分にあたるんだろうな。

だから、特別にかしこまらずに、もっともっとみんな
普通に哲学に触れればいいのにって思っているよ。
自分の中に持っておくというか……。

哲学だとハードルが高いんなら、詩のようなものでもいいんだ。

哲学にしても詩にしても、
形容できないものを、文字の媒体で表そうとすることじゃん。

形容できないものを形容しようとする試みがなかったら、
『友だち』というのを数や格付けとイコールで結ぶようなもので、
人の行為は、
『名前を付けられた空のパッケージ』ばかりになってしまうよ。」

私は息子の口から詩という言葉が出たのでとても意外な気がしました。
詩を読んでいる姿を見たことがなかったので。成長すると、身近にいても親が知らない面がいろいろあるもんです。

息子 「詩なんていうと、デザートのように思っている人もいるだろうけど、
『生きる糧』のようなものじゃないかな?

そうした自分の内面の芯のようなものがないままに、
どんどん勉強して、どんどん知識や技術を吸収して何を得たとしても、
それは人としての『基盤の幸せ』を失うリスクを犯すことに
ならないのかな?

生きていくことの手段に過ぎないものを
全てであるように錯覚している人がたくさんいるから、
そこで暮らしている子どもたちにしても、
もう本来の『子ども』って存在じゃないように見えるよ。

他人の評価に依存するものに、
自分を全て明け渡して、
自分の中にある形容できない何かを、
まったく無いもののようにしているんだから。
じゃあ、もうそこには自分がないってことじゃないの?」

息子の言葉を聞いて、私は昔、自分が書いた詩のことを思い出しました。
それで詩画集を持ってきて、次のような詩のページを広げて
息子に差し出しました。「同じようなこと考えるもんでしょ。やっぱり親子よね」
そういえば、息子に自分の詩を見せるのは初めてでした。

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    ハーメルンの笛吹き

もしも君たちが   自分の言葉を裏切るなら
もしも君たちが   平気で夢を枯らすなら
もしも君たちが   太陽と風を忘れるなら
もしも君たちが   本当は誰も愛していないなら

ハーメルンの笛吹きがあらわれる   子どもを連れにあらわれる
遠ざかる笛の音をつかまえても    もうおそい

まちじゅうどこにも 子どもはいやしない
赤ん坊は赤ん坊じゃないんだ
子どもは子どもじゃないんだ
ちいさくたって同じ
のっぺりした顔の 大人ばかり

そののっぺりが 世界中を埋めつくしても
みんな平気の平左さ
だって ほら 世界中  もう大人しかいないからね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
息子はえっ? と驚いた様子で、
「あっそうだ。お母さん、詩を書いてたんだったよね」と笑いながら読んで、ちょっと真剣な口調で、
「あ~わかる。いいな~。」と言ってから、
次のように付け加えました。
「親子だからどうって言えない面があるんだけど、
もし、これがお母さんの詩じゃなくて、目にしたとしたら、すごく好きになってた可能性があるな。」
と本当に感動している様子で言ってくれました。

「いつ書いたの?
詩集を作ってたのは見たことがあるから、その時?」

「絵はね。でも、詩はもっと前よ。★(息子)とそれほど変わらない年齢の時のものもあるわ。
ほら、これ。」
私はすっかり舞い上がって、別のページも
息子に見せました。

環状線 
という詩です。

「ほら、さっき★(息子)が言ってた……
何となくそっちの方が良さそうだという気分に流されるうちに、自分自身を見失うってあるじゃない。
褒められたり、期待されたりして、
ちょっといい気になってそれを続けるうちに、環状線に乗ってぐるぐる回り続けているってことがね。そのうち、本当はどこに行きたかったのか忘れちゃうってことが……。」

息子 「そうだよ。ほとんどの人が、人からえらいとか、目立ちたいとか思ってがんばっているうちに、気づかない間にその詩の環状線に乗っていると思うな。」

私はすっかりうれしくなって、
出逢い 
小さな友へ の詩も見せました。

すると、息子は笑いながらこう言いました。

「お母さんの詩、いい詩だよ。ぼくは好きだな。
お姉ちゃんが、いい詩が読みたいって探してたけど、意外に
お母さんの詩を読んでもいいんじゃないかな?」

私 「気に入ってもらってうれしいわ。
お母さんの詩が良い詩かどうかなんてわからないけど、
でも、今そうした詩を書こうと思っても、もう書けないから、お母さんにとっては貴重な詩なの。

だって、それはその時のお母さんの心の軌跡でもあるから。

環状線を書いたときは、
自分がいつのまにかそうした不安な状況に呑みこまれてて、降りたくてもどうやって降りたらよいのか見当がつかなかったのね。

それがきれいな詩を書くために、
過去を振り返りながら、上手に言葉を組み合わせるように書くんだったら、
お母さんにとってはあまり意味がないのよ。

その時、その時の心が抱く思いは、普遍的なところがあると思うの。
お母さんの心が感じる体験は、世界中のさまざまな人が同じように感じているだろうってこと。

出逢いの詩で書いたような心の体験が、人と真剣に出逢うときには
必然と言っていいほどあって、
たとえそれが苦しいものだったとしても、
そうした普遍的なものに触れて、
自分の目にどう映り、どう感じたのか……
『その時』を言葉にできたことが うれしいのよ。

評価されるかとか、認められるかなんてこととは別の問題でね。
どんな出来だって、作るのは楽しいものよ。

そしてこうやって、ちゃんとひとりでも読んでくれる人がいると
すごく感激するものだしね。
そうだ、★が11歳の時の姿をスケッチしたものと詩があったわ。
ほら、これよ」

11歳の孤独
息子は面白そうにそれを読んでから、懐かしそうに笑い出しました。
「ああ、この時のぼくは、ぼくで、今とはまったく違う心で、いろんなことを考えていたんだよな……今思い出すと面白いな」

私 「お母さんは子どもの頃からずっと児童文学の作家になりたいって夢みてきて、いまだに夢はずっと持ち続けているのに、遠回りばかりしているわ。

今の仕事が大好きだしね。
その時、その時、★が言ってたような『生きている』って実感を味わいながらきているから、
思い通りにいかないときも、それなりに満足しているの。
それに、自分を生きているとね、どの道を歩いていたとしても、やっぱり夢に近づいているように感じるわ」


アメンボ と カメ に 元気をもらいました ♪

2013-05-30 17:21:53 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

知人に頼まれた用事で大阪天満宮駅まで行ったついでに、

天満宮にお参りしてきました。

お宮に向かう小さな橋の上から覗き込むと、えさでもくれると思ったのか

カメたちがワラワラ寄ってきました。

思わず、カメラのシャッターを押しました。

 

沼の上をアメンボがすいすい泳いでいたんですが、

それがあんまり面白くて可愛くて、

教室の子たちに見せてあげたいな~という思いがうずうず……。

 

よっぽど近くのコンビニで容器になりそうなものを買ってきて

捕獲して帰ろうかと思ったのですが、

「沼に近付かないでください」という張り紙を無視してまで

勝手なことをするわけにもいかず、後ろ髪を引かれつつ帰宅しました。

 

アメンボって、実物を目にすると、

本当に不思議で魅力的な生き物なのです。

ホームセンターにいる熱帯魚や爬虫類なんかと比べ物にならないほど

子どもの心をそそるようなところがあるんですよ。

水の表面を針金のような足で忍者のように移動していくんですから。

時折、信じられないほどの猛スピードで滑って行きます。

きっと、幼稚園児や小学生といっしょにそれを眺めていたとしたら、

アメンボがダッシュした瞬間、テンションが上がりすぎて悲鳴を上げて喜んでいるはずだわ……と感じました。

 

教室で、細い針金を使って、水面に浮かぶアメンボの作り方を教えてあげたいけれど、

本物のアメンボを見たことがない子が多いのでしょうね。

子どもの頃、夢中になって、アメンボを捕まえていたのを

懐かしく思い出しました。

 

そんな風にカメやアメンボを眺めるうちに、妙に元気が湧いてきました。

 

教室をしていると、「こんなものを子どもたちに見せてあげたいな」とか、

「こんな触感を味あわせてあげたいな」とか「この面白さは伝えておきたい」とか

「こんな体験させてあげたいな」ということがいっぱいあるのです。

そのどれもが、わたしが子どもだった頃に、ワクワク心を躍らせて、胸がいっぱいになったことばかりです。

 

大人になると、普段はそんなことすっかり忘れて生活しているのですが、

図書館の児童書コーナーに足を踏み入れたり、遊歩道を散策したり、

小さな生き物を眺めたりしながら、

「子どもたちにこんな体験をさせてあげたいな」と考えていると、

何十年も前の子ども時代の体験の生々しい感覚や感動が戻ってくることが

よくあります。

子どもの頃、見たり触れたり感じたりした記憶って一生の宝物ですね。

 

今、算数を中心にした教室をしている理由にしても、簡単な理科実験を子どもたちにさせているのにしても、

小学生だったわたしが、中学入試用の算数の問題を解いた時のわくわくした気持ちとか、

夏休みの自由研究でした理科実験の面白さなんかが、今も心に残っているから

でもあります。

子どもたちに同じ楽しみを体験させてあげたいというおせっかいと

自分自身が、もう一度、それを味わいたいという気持ちが

混在しているんです。

 

そうやって自分が子どもの頃に本当に面白いと感じたことは、

子どもの心にも面白いこととして響く場合が多いです。

 

出かけたついでに、少し前からうちの子らの話題に上っていて気になっていた

『カラスの教科書』という本を買って帰りました。

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下の写真は、2歳と3歳の女の子ふたりのレッスンの様子です。

 

スライムを作って遊びました。黄色い色のビー玉を入れて、

卵作り。

白身と黄身の感じが面白いです。

算数タイムに、自分の言った数だけアヒルを浮かべて遊びました。

水を糊の代わりにして、ガラスにあれこれ貼りつけるも

楽しくてたまらなかったようです。

このふたりのうち、ひとりの子は『理科の箱』を開けて

あれこれ実験して遊ぶことと、ピタゴラ風のビー玉転がしの遊びが大好きで、

もうひとりの子は、ブロックでお家を作ってごっこ遊びをするのが大好きです。

 

そんな風に好みが異なるふたりですが、

打ち解けて親しくなるにつれて、

それまでは無関心だったり、頑なに「やらない」と言っていたことでも、

相手の子が遊んでいた後には、自分もやってみて、

熱心に遊び込んでいました。

 


番外  だーれが、殺したクックロビン?

2013-05-23 18:23:28 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

私が子どもの頃、パタリロというマンガの影響で
「だ~れが殺した クックロ~ビン~」と歌いながら
振り付けをつけて踊る友達が何人かいました。
このフレーズはいつも私の耳に残っていて、
あるひとつの事件を思い出さずにはいられなくなります。

それが起こる数ヶ月前から、
「ハト公害」と言う言葉が、激しい怒りを伴って世間を賑わせていたように思います。
私の住んでいた団地でも、

「ベランダに干したふとんにハトが糞をする」という理由で、
ハトを徹底的に排除しよう!!
という意見が飛び交っていました。私の両親も同様の理由で、ハトを嫌がっていました。

ところが、ベランダに出していた家具と隣のベランダとの境界にある隙間に、
ハトが巣をつくり
ヒナがすでに孵ってしまっているのに気づいた時、
ピィピィ鳴く愛らしい姿を前にして、
それらを殺すことまではできなかったようです。
そこで、家の中でまで小声になって、
「どうせ鳥のヒナなんて、すぐに飛べるようになる。あれらが巣立ったら、
あの隙間を埋めてしまおう」と相談していました。

ところがある日、近所からの通報があって、
家の中に乗り込んできた団地の世話役の方の手によって、
私と妹という幼い子どもの目の前で、ハトのヒナの首をへし折られる…
という残酷な出来事へと発展してしまったのです。

この団地の世話役の方は、
礼儀正しくまじめな会社員の方で、
2人の、私と妹より年下のお子さんの父親でもありました。
そうした方が、なぜ、
もしハトのヒナを処分するにしろ、そっと、見えない場所ですることができなかったのか?
なぜ 見せしめのように、ハトのヒナの首はへし折られたのか?
そこから感じた強い憎悪のエネルギーは
何であったのか?

私は何度か そのことについて考えたことがあります。

私の住んでいた団地というのは、
美しい桜の並木で有名な場所で、
毎年お花見シーズンには、テレビ局も訪れる場所でした。
そうした良い環境のイメージのおかげで土地は高騰し
団地に住んでいるものですら、
どこかで高級住宅街にすんでいるという特権意識を抱いて暮らしていました。
しかし桜と言うのは、一時期、目を楽しませてくれるけれど、
害虫も多く、害虫駆除の薬の散布や、毛虫の大量発生やらで、
常にストレスを生じさせる木でもありました。
それで、誰もが、桜に敵意すら抱いていたのですが、
それを表に表現する人はいませんでした。

当時、団地に住んでいる人と言うのは、四国、名古屋、沖縄…など
地方から来た人の寄せ集めでした。
ですから、当然、それぞれ、考え方も感じ方も違います。
しかし団地という、あまりにも密接した空間を共有しているため、
お互いに何か不満があっても、
それを口にする人もなければ、
ささいな口論というのも見かけたことはありませんでした。
しかし一見仲がよく、
会えばあいさつする間柄の中で、
お互いへの不満や憎悪は、多々存在していたようです。

田舎者の母は、近所の子にねだられれば、
ホットケーキやおやつを焼いて食べさせたりしていましたが、
食事前に甘いものを食べた…という理由で、
そのうちの子が外で立たされているのを見た時、
母に告げることもできず、
私は悲しくなって団地の陰で泣いていました。


私の住んでいる団地の向かい側の団地に
変質者とうわさされる男性が住んでいました。
年は20~30歳くらいの見るからにもっさりした外見の男性で
いつも近くの公園のブランコの近くにいたように
思います。
私自身が被害にあったわけではないので
あくまでもうわさなのですが、
何人かの幼女がブランコの後ろから抱きすくめられた…という
話をよく耳にしていました。

そこで私が公園に行くときや夕方の習い事に行くときは
近所の男の子をまるで護衛のように
あてがわれていた(?)記憶があります。
男の子と言うのは、2人いるんですが、ひとりは本当の仲良しで
小学校の高学年になるまで気持ちの通い合う子だったんですが、
もうひとりは少し年上の苦手な子…。
親同士の気遣いが重かったです。

今の時代なら、近所の人がそんな事件を起したとなれば、
住民同士で団結して追い出しにかかると思うのです。
ですがその時代は、
いつもその男性を警戒しながらも
誰も何も言い出せずにいました。

また そんな折、
近所の年上の女の子のお父さんが
近くの路上に車を止めていた男性に殺害されるという
痛ましい事件がありました。
そのお父さんはごく普通のサラリーマンで
また殺害した男性もごく一般的な男性だったと記憶しています。
殺害の理由は おそらく誤解で、とてもささいなものでした。
いつも車をいたずらされて腹を立てていた男性が
たまたま通りかかって車に触れてしまった
女の子の父親を刺してしまったようなのです。
(子どもの時に聞いた話なので正確なことはわかりません。)

あまりの突然のことに
事件前の口げんかひとつない住宅街のクリーンさと
事件後の何事もなかったかのような静かな(うわさに忙しい人こそいましたが)
光景が
どこか異様な風景として記憶に刻まれています。

そんな中で いつも悪口を言われ 憎まれ 毛嫌いされ
何とかしよう!という住民の話し合いの対象となっているのは
農薬の匂いでも 近所の人の嫌なところでも 変質者でも
女の子の父親を奪っていった殺人者でもありませんでした。

ハト!
ハト!
ハト!
ハト!

団地の人々は、ハトに怒ってました。
ハトをののしり、憎み、いつも何とかして駆除しなければと
頭を悩ませていました。

ハト!

そんなある日、
2羽の小さなハトは、首を、ふつうの人の手で、
へし折られたのでした。
それを残虐だと感じる人は、いないかのようでした。 
子どもの目の前で、そうした行為に走ることを
とがめる人もありませんでした。

その後も平和で、
会えばみなにこやかに挨拶する
団地暮らしは続きました。

しばらくして
「だ~れが殺したクックロ~ビン~」という歌が
友達の間ではやりはじめた時
私は何度も
プラン~と垂れた小さな首のことを思い出しました。



やる気のない態度 と あとから振り返る子育て

2012-11-29 16:48:26 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)
2歳、3歳のころから接してきた子どもたちが、
5歳、6歳、7歳と成長してから、
数年前の姿を思い返すと、教育にとって大事なことに気づきます。
わが子なんて0歳からいつも見てきて、もうすぐ社会に出て行こうという年に成長した年してるのですが、
そこから十数年前の姿を思い出すと、
そこで気づく大事なことというのも、それと同じです。

大事なこと……というのは、子どもの態度やノリについてです。
幼児を持つ親御さんは、
何か働きかけるたびに、特に教育的なことの場合、
目をキラキラさせて、意欲的で積極的で熱心な姿をしるすことを望んでいます。
そうして子どもからそういう態度が得られたときだけ、
価値がある時間を過せたと感じがちです。

また教えたことが、すぐさま結果としてあらわれて
何かを覚えたり、周囲を驚かせたり、目に見える数値で成果を確かめられる場合のみ、
子どもに正しいことができた、良いことをしてやれたと思いがちです。

とても短い期間に、子育てに近視眼的になればなるほど
そう感じがちです。

けれど、いったん、子どもがある年齢まで成長して
さまざまな年齢の子どもの姿を振り返ると、
何をするのも乗り気ではなくぐずぐずしていた時期も、
反抗ばかりして少しも成果が見えなかった時期も、
どちらも非常に重要で、

大人が食いついた~と評する状態で学んでいる時期
同様に

子どもを大きく成長させていたことがわかります。子どもにはさまざまな成長段階もあるし、
個性もあります。物との関わり方も、無関心を装いつつ、実は熱心に観察している子、頭の中ではあれこれ考えている子がいます。

たとえば、虹色教室には、5~6歳の3トリオさんが通ってきていますが、
この3人のうち、TくんSくんが3歳、4歳のときのレッスンなんて、
2時間、私のすることに1から10まで反抗して、
レッスンとしてなりたたないときもよくありました。かなりのやんちゃさんでしたから……。

それでも私は淡々とその時期の子の心にひびく
体験を用意していきました。子どもの態度にまどわされず、
その子に必要なものを与えていくのです。

反抗期がひどくなると、部屋にいることすら嫌がってかんしゃくをおこすので、
TくんとTくんのお母さんと私とで
外を散歩しながら、花を見たり、建物を見に行ったりしてレッスンとした日もありました。
それでも泣きつづけて機嫌をなおさないTくんに、根気良くつきあうTくんのお母さんの姿を見て、今さえ乗り越えれば、
1年もすればこの子はとてもしっかりしたお兄ちゃんになるだろうな~と感じました。

なぜそう感じたかというと、
Tくんを見てそう思ったのでなく、
Tくんの態度に動じないTくんのお母さんの姿を見てそう感じたのです。

そして、私が推測していた通り、1年たたないうちに、
Tくんの中から、自立していて、意欲的で、まじめで、がんばりやで勉強好きの性質がどんどんあらわれてきました。
お友だちとのグループのレッスンになってからは、
リーダーシップを取りながら、お友達の意見をよく聞き、自分の意見をきちんと表現し、大人の話にも集中して耳を傾ける「できすぎくん」となっていました。
態度が悪くて聞いていないように見えた時期の学習は、
なぜかすべて覚えていて、まじめに取り組んでいた子以上によくできます。
しっかり反抗期を超えているので、
依存的なところや、赤ちゃん返りがあまりなくて、
学んだり、何か技術をマスターすることにいつも心が集中しています。
幼稚園でも「根っからの優等生」と先生から評されているのだとか……。

Sくんも同じような経緯をたどっています。

またうちの子の子育てを振り返っても
娘はフランス語の暗唱でも英語の暗唱でも、4歳のころには、教えればすぐさま吸収して、アウトプットし、手先も器用で幼稚園時代から絵画で賞をもらったりしていました。
息子は、わが道を行く子で、私がすることをいっしょに楽しむものの、ふざけるだけで幼児期にはアウトプットはなし。
絵なんか、卒園時に棒人間でしたけど……。

でも大きくなれば、娘も息子も
私が働きかけたことは、その時期の子の態度や外からみえる成果にかかわらず
同じようにすべて吸収されていたんだな~と感じることが多々あります。

あとから振り返ると、子どもの中に生き続け
芽を出し、成長し続ける幼児体験というものがあるのです。

それは、子どもがどんな態度だったとか、乗り気かとか、何ができるようになったとか評価しないで、
ただ子どもの周辺を「質の良い学ぶことの喜びと美しさ」で彩る行為です。

子どもの環境を知的なものと友だちになれるように整える

ただそれだけです。

また子どもの中から、肯定的で前向きで好奇心あふれる姿勢があらわれてくるまで、
急いで評価を下したり、大人がふらふらせずに、
気長に楽しみながら待つことです。


中学入試の動点の問題を解くための教具を作りました。

2012-11-17 15:52:47 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 

動点Pが移動していく時、ABPの点をつなぐとできる面積を問う問題は

イメージできないために、どうしても解けないという子がけっこういます。

そこで、

動く点によってできる三角形をイメージするための教具を作りました。

移動する点に穴をあけた問題用紙は、自由に変えることができるので、さまざまな動点の問題を考えるのに

役立ちます。

 

材料は、発泡トレイ つま楊枝  帽子用のゴム、(折り紙、紙)です。

 

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↑の教具を作っていたら、ダンナが感心したように、

「そりゃ、いいな。

最近の子は、国語力が足りないって言われているから、

算数の問題でも、長い文章になったら何が書かれているのか、

理解できないだろう?こういうの作ってやるのはいいよ」

と言いました。

 

すると傍らにいた息子が、こんなことを言いました。

「そうなのかな?

算数の問題の場合、文章が長くなると解けなくなる理由は

国語の読解力の問題じゃない気がするよ。

言葉を言葉に置き換える能力、つまり記号を記号のまま解釈していく力は

最近の子だからってそれほど落ちてないんじゃないかな。

 

弱くなっているとしたら、

言葉をイメージに変換する力の方じゃないかな。

 

子どもに限らず現代人一般が

記号に頼りすぎているからね。

よく子どもの読解力を上げるために低学年にうちから辞書を引く習慣をつけようって

となえている人がいるけど、

算数に限って言えば、そうやってつける読解力とか国語力は

あんまり役に立たないと思う。

 

算数や数学は、記号をグラフや図や具体的な実体験の中にあるイメージに

いかにして変換するかが問題でさ。

 

イメージをせずに記号の組み合わせだけで答えをだそうしても

うまくいかないからね。」

 

私 「確かにそうよね。国語の文章問題を解く力と算数の文章題を

解く力は、質的な違いがあるわよね。

 

話がちょっとずれるけど、今日、スーパーの雑誌コーナーでeduを立ち読みしたら

蔭山先生が、算数は丸暗記する教科、解く際に、暗記したどの解き方が合っているのか選ぶゲーム、と言いきって

いるのをみて、何か違うな~ともやもやしてね。

もちろん、算数は丸暗記して覚えるという一面もある、

どの解き方が合っているか選択するゲームのようなものもある、

とおっしゃっているのなら、わたしも算数にはそういう一面があるし、そうした解き方があっている問題もあれば、

一時期、そうした解き方をした方がいいこともあると思うんだけど、

算数とは丸暗記と例外を認めず、それ以外の見方や考え方を含めずに言いきっちゃうと、

どうなのかなっていい気がしなかったわ」

 

息子 「問題をパターン暗記で乗り切ってばかりいたら、問題が少し複雑になったり、複合して出てきた時に

まったく対処できないよ。

今の教育者には、算数の計算速度ばかりを重要視している人がいるけど、本当に大事なのは

速度ではなくて、どれだけ明確に問題がイメージできたかだよ。

たとえば文章題の問題があったとき計算式だけで即座に答えをだせるようになったら

ダメなんだ。

たとえ時間がかかってもグラフや図や絵を描いて

問題の理解を深めて、

具体的なイメージから答えを出すようにしていたら、応用がきいて、

難しい問題を解く力がつくからね。

 

記号の解釈に時間をかけるんじゃなくて記号の元となる本来のものに触れさせることが大事だと

思うよ。

お母さんが作っているような教具とかレゴでの遊びも

そういうものなんだろうけど。」

 

次回に続きます。

 

 

 

 


バランサープラスの使用レポートを、レデックス(株)のホームページに載せていただきました

2012-09-28 12:18:24 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

レデックス(株)のホームページにバランサープラスの使用レポートを載せていただきました。

 

「虹色教室」からのメッセージ 1

 

「虹色教室」からのメッセージ 2

 

です。

よかったら読んでみてくださいね。

 


政治と社会システムについて考えること (息子とおしゃべり) 

2012-09-23 18:42:33 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

過去記事です。

 

 

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 1

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 2

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 3

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 4

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 5

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 6

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 7

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 8

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 9

の続きです。

 

 今日は息子とわたしだけの寂しい夕食。食事中に、殺戮系の小説

(むごたらしく多くの人を殺す内容の小説)の流行と、ネット上でしょっちゅう起こっている

いざこざについて話題がのぼりました。

 

息子が、こんなことを言っていました。

「中高の友だちのなかじゃ、親に良い悪いを決められて、何を見るか、何をするかで

制限を受けてることが多いやつほど、くだらないものに

はまってたよ……殺戮系のゲームとかマンガとか。

高校生くらいになってああいうものに極端にはまる友だちって、聞いてみると、

それまでに楳図かずおのマンガとかサイコホラーの小説なんかは、

一度も読んだことがなかったりするんだ。

大人が子どもに良いものと悪いものを見分けて分析して、

良いものを与えよう、良い物を与えようってするのも程度ものだと思うな。

だって、どんなに『子どものため』という大義名分のもとでそうしたところで、

良いものを選ぶ過程で、絶対、選ぶ大人の私利私欲が含まれてくるように思うんだ。

国がそういうことする場合、人類全体の私利私欲ってものに関わっているのかも

しれないけど。」

 

母 「そうよね。幼い子の世界でも、何もかも大人が選んであげることが

当たり前のようになっているけれど、そこで知らない間に

大人の利己的な面に傷ついていってる子も多いと思うわ」

 

息子  「もちろん、商業主義の世の中だから、大人がある程度見分けてあげないと、

くだらないものを勧められやすいってのはあるし、実際、危険と隣り合わせのものに

子どもが接触する機会も多くなるんだろうけど。

 

でも、前提として毒を知らないと、きれいな話やまじめに人生を考えていこうとするような話が、

薄っぺらくてあほらしいものにしか感じられないもんだよ。

毒といったって、くだらない大量殺人の話なんかじゃなくて、

社会や人のダークで醜い一面……犯罪や死を扱っていながら、そこで作者が

真剣に生きる意味と格闘しているような作品にある毒なんだけどね。

ぼくにしても、筒井康隆の毒のある小説を読んではじめて、小学生のころ読んだ

『あすなろ物語』のいい部分がやっとわかったからね」

 

母 「子どもの世界をすべて光ばかりにしてはいけないって意見……光のもとでだけ育てちゃいけない

だったかな? とにかく暗闇というか影の部分も必要だって話を

目にしたことがあるわ」

 

息子 「大人が子どもに良いものだけ、頭を良くするものだけ、きれいなものだけ選んで

与えていたら、嘘に出会わないし、それが進めば進むほど、頭が悪くなる気がするな。

世間一般に流されやすいか、周りの人や世論に流されやすくなると思う。

そんな風に自分で取捨選択するのが苦手になるだろうな。ぼくが学校で見たことがある

いじめの先導者は、そんな風に自分の意見を保っているのが難しいタイプだったよ」

 

母  「子どものためにって、いいものを見分けて与えるのって、誰もがいいことだと感じているから、

そこにある問題が気づかれにくいのよね」

 

息子 「殺戮系の本がぼくらの世代に流行っているのって、確かにいい感じがしないかもしれないけど、

そういう事実を無視せず、確認しておくのって大事なんだと思う。

ほら、ネット上で、しょうもないことで悪口が飛び交って揉め事が

しょっちゅう起こっているけど、そういうのも、そんな馬鹿な人がいる、

そんなのやめろ、と言って済む問題じゃないと思うんだ。

そんな風にあちこちで、無駄に殺意や怒りが吐き出されているって、

それはひとつの現象として、背後にもっと重要な何かが隠れているように感じるんだ」

 

母  「わかる、わかる。お母さんの子どもの頃のハトにしたって、そうだったんだから」

 

息子 「ハト?」

 

母  「あ、前に話したかな?お母さんの子どもの頃は、団地中の人が、

ハトハト無駄にうるさかったのよ。怒りの矛先は常にハト公害に向けられていたけど、

それで平和を保っていたけど、みんな表現できていない怒りやイライラを抱えていても、

本当にぶつけるべき相手にぶつけることができなかったのよ。

それでハトに対する執念はすごかったわよ、わたしの目の前でムギューッて子バトの首が

へし折られたんだから。あの光景を忘れたことはないわ」

 

息子 「そうか、急にハトが出てくるから驚いたよ。

そうだよね。無意味な殺戮ものを求めたり、何の得にもならないネット上のののしりあいに、

たくさんの人が夢中になるのは、

攻撃のやり方が間違っているか、攻撃対象が間違っているか、そのどちらかか、どちらもなのか、

とにかく本当に自分が戦う相手を見失っているんだと思う。

 

これはぼくだけの考えだから、ちょっと変な意見なんだけど……

そういう現象見ていると、日本も海外みたいにスラム化していく地域

が増えていくのかなって思うんだ。

今は、生活保護に対して不満を持っている人が多いし、確かに

不平等でおかしなことになってる面も大いにあるけど、これで支給が大きく減らされたら、

今度は刑務所の食事を当てにして、犯罪を犯す人が増えてくるんだと思うよ。

そんな風にして、近いうちに、

ちょっとした政策の変化で、いろんな場所でスラム化が進むんでいくんじゃないかと

思っているんだ」

 

母  「確かに、いろんな地区がスラム化していないことの方が不思議なぐらい

経済的に危うくなってるものね」

 

息子  「大阪に住んでるとさ、ほんと、いつここがスラム化してもおかしくないって

感じるよ」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

息子  「潜在的な部分で、無駄に殺意や怒りが吐き出されているって状態は、

今の表面的な平和がちょっと崩れただけで、

いつ海外で起こっているストライキのようなものが日本中で頻発するようになったって

おかしくないってことだと思う。

戦ってはいけない、平和でなければいけないって、論理とか法律とか、メディアの力で

押さえつけるだけじゃ、これからはダメなんだろうな。

 

経済的な発展が遅れている国に比べたら、日本は自由で豊かで恵まれた国だよ。

職業選択や生き方は自由だし、遊技場にしても、

買って楽しめるものにしてもたっぷりあるにもかかわらず、

幸福度指数が低くて、心を病んだり、生きることに疲れていく人が多いよね。

それって、もっと国が豊かになってお金の悩みがなくなったら

解決するほど単純な問題じゃないと思う。

日本の経済を潤してくれるような成功者が出てくるとか、

新技術が発見されて経済が好転するといった商業主義にのっとっものじゃ

解決しないってこと。

 

オーバーなようだけど、革命というか……社会全体のシステムを一新するような

革新的な解決が必要なんじゃないかな?

お金では得しなくても、精神的によくなるシステム作りというか。」

 

母  「経済的な豊かさ以外に、どうな解決法があると思うの?」

 

息子 「今、何が苦しいのか、何が社会を暗くしているのかというと、

一番にあるのは、仕事の問題なんだと思うよ。

豊かなはずの日本なのに、正当に働けば働いただけの見返りがあるわけじゃない。

物作りに関わる仕事なら、実際に物を作っている側、汗水流して働いている側が

低い賃金で過剰に働かされて、

作らせている側、ある意味、本当に必要ではない仕事に従事している側がたくさん儲かる仕組みに

なっているよね。

いろんな場所でそうしたことが言われているし、怒りを駆り立てているけれど、

でも、社会の仕組みが複雑すぎて、

いったい何をどう変えたら個人個人にとってよくなるのか、

わかりにくい。

それで、問題を糾弾して騒いだり、本質的な問題からずれた敵を

攻撃するだけで終わりがちなんだと思う」

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

母  「日本に住んでいても、少しも豊かさを実感できないのって、

仕事から生きがいや自信や喜びを得にくいことが大きいんでしょうね。

一生懸命勉強して憧れの仕事についても、就職してから辛くなっていく人が多いしね」

 

息子 「ひとつ変えるとすれば、本当は必要のない仕事や意味のない仕事を減らすこと

じゃないかな。

社会のシステムを見直して、間接的に関わるだけでお金を動かしている人よりも、

ちゃんと働いて何か価値を生み出している人にお金がたくさん行くようにしないとさ。

でも、そうなると、これまでの資本主義の問題点を

さまざまな職種の人に不公平が出ないような形で検討しなおしていかなきゃならないん

だと思うよ。

もちろん社会主義を見習うのは問題が多いし、実際、社会主義の国っていうのは

『行き過ぎた資本主義』みたいになっているから、

資本主義を推している側は、北朝鮮みたいな国を敵対視して、社会主義のあり方への

嫌悪感をあおって、だから資本主義は正しい……って結論づけているように見えるよ。

でも、そこで、さまざまな今の社会へのいらだちや不満を攻撃の的にした国

をバッシングするこで

うやむやにしちゃいけないと思うんだよ。もちろん、北朝鮮の問題は問題としてきちんと対処

しなきゃならないんだろうけど。

でも、怒りの矛先を向けるものができたからって、今の資本主義のあり方に改める点がないって

ことにはならないはずだよ。

 

真剣にまじめに働いたら損したり、

働きたい人が働けなかったり、働けたら働けたでサービス残業をしまくらなきゃならなかったり……

法律の抜け道がそうした社会システムを温存させているなら、

戦う相手は、漁夫の利を狙うように攻撃を一方向に向けさせては

利益を得ている人が作りだす架空の敵じゃないはずだよ」

 

母 「そうよね。いろいろなものに対してイライラして過ごすうちに

本当の問題が見えなくなっているけど、でも、問題が見えてきても、

どう改善していけばいいのか見当もつかないわ。難しい問題ね」

 

息子  「ぼくは頭が良ければ、勝ち組になってお金が儲かるってシステムは、

安易に肯定しちゃいけないと思っているよ。

ドラゴン桜とかのマンガじゃ、お前も勉強してかしこくなって金持ちになって、成功者の

人生を歩めって言葉で、子どもたちのやる気を引き出して、

受験勉強に向き合わせようとしているけど、

そもそも学問って金儲けをするための道具じゃないしね。

そういう考えが、悪知恵が働く人、うまくごまかせる人

が儲かるシステムを作ってるようでさ。

携帯電話の販売にしても、世間でうまくいっている多くのものごとが、

わざとややこしくして人の盲点をついて騙して売るような形を取っているじゃん。

 

政治に何か期待するとしたら、

法律でくだらないことを規制しなくていいから、もっと経済全体を見渡して

これはおかしいって点を正して、人がまじめに正直に働く意欲があれば、

働いた分だけはきちんと返ってくるような健康的な社会になることを考えてほしいよ。

でも、もしそれを目指すとすると、一部の上層部とされる人々が議論するだけじゃ無理で、

精神的な面で大衆全体の意識が変わらなきゃ難しいんだろうけどね」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

母  「精神的な面で大衆全体の意識が変わる必要があるというのは、具体的にいうと、

どのような変化が必要だと思っているの?」

 

息子 「知識も産業も最先端まで行くと、その先は退化していくだけって印象があるよね。

さまざまな分野で、もう発展しつくしているから、ここから先は欲求を抑えていくだけ、

我慢していくだけのように見えるというか……。

自分には、戦う相手を定めて、本気で格闘していく必要が与えられていないというか、

何か自分がやったら国に迷惑がかかるから、ひたすら国のために働いて死んでいかなければならない

と信じこんでいるというか。

確かに、知識の面でも産業の面でも乗り越えなければならない大きな山とか、

突破して打ち倒さなければならない相手とか、そういう自分の戦士の部分、ヒーローの部分を

燃え上がらせて、向かうべきものが定めにくくなっているよね」

 

母 「電化製品の製造も、みんなが本気で欲していた技術は達成されて、

今はデザインやネーミングで差別化をはかってたりして……確かに

自分を燃え上がらせて何かを打破するって時代じゃないわね。」

 

息子 「戦後のどさくさを生きてきたとか、学生運動してたとかいう人が、

今よりずっと苦しかったはずの過去を振り返って、あの頃は活気があったって、

肯定的に話すのを聞いていると、

人は冒険心とかヒーローになりたい気持ちとか、そういうものを外に出していける場が

あると、生活はどうであれ生きている実感が湧きやすいんだなと思うよ。

 

それで今、自分たちは最先端に近づいていて、これから先は小手先で見た目をいじるだけだとか、

我慢していくだけだとか、退歩していくだけだとか考えて、

理由もなく生きることに疲れてくる人が増える気がする。

 

今日、現代文の勉強していてさ、西洋医学の病名をつけてそれを重視する

医療と、東洋医学のホリスティック(全体的)医療について書いてある文を読んだんだ。

その文でしている批判は、病名をつけてそれを根絶する今の医療が、

病気は自分を超えた存在から与えられた試練で、生き方を考える

きっかけとみなすような感覚とか想像力や治る力を弱めているんじゃないかって話なんだけど。

 

それ読んで、現代に必要とされている意識の変化ってのは、

西洋医学の先っぽまでいって、先に進めなくなっていた医学の世界が、

東洋医学のホリスティック(全体的)医療の考えを認めていくのに

似ているんじゃないかと思ったんだよ。

 

最先端で、これ以上先がないように見えるものの先に目を凝らして、

ため息をつくんじゃなくて、

それ以外のもっと全体的な見方があるんじゃないかなと考えるってことだよ」

 

母  「ホログラフィックユニバースを書いたマイケル・タルボットがしたような見方を

取り入れるってこと?

今の政治や社会のあり方に?」

 

息子 「そうだよ。どの分野も最先端に向けて進歩し続けているって

捉えられている一本の道筋があって、

その道上の進退にばかり目が奪われているけれど、

同時にもっと全体的な見方で、医療の世界でいう東洋医学的な捉え方で、

それを見直す必要があるんだと思う。

そういう意識の転換が、これからは求められているんじゃないかな?」

 

母  「仕事の面で、最先端に向かっているという一本道以外に、

もっと全体的な見方でそれを捉えるって、

たとえば、どんなことが挙げられるの?」

 

息子  「ぼくは、将来、仕事と遊びを分けて考えたくないというか、

遊びというより、生きている感じといった方が正確かな……

どんな短い一時間でも、仕事をしている間、生きている実感を全く感じないで

働くなんて嫌だと思っているよ。

 

ぼくたちの世代は、ゆとりゆとりって、ずいぶんひどい言われようだけどさ、

確かに他の世代の人たちとは価値観がずいぶん異なるかもしれないけど、

必ずしも悪い面ばかりじゃないと思っているんだ。

クオリティ・オブ・ライフって言葉をキーワードに

人生の内容や質を模索していくことがマンガ世界で描かれていて、

同年代の間で共感を呼んでるよ。

確かに裏を返せば、世間知らず、何もできないくせに大きな夢ばかり見ているって

ことになるんだろうけど、

マズローのいう五大欲求の生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、

自己実現の欲求の全てを、最初からどの段階もだいたい充足された状態だからって理由で、

本当の意味でのクトリティ・オブ・ライフを自分の人生で実現したい、

命の質について真剣に考えながら生きていきたいと思っている仲間は多いよ」

 

母  「そう、☆(娘)や★(息子)や事務Kちゃんや●ちゃんたち

(以前の勉強を見ていた女の子たち)としゃべっていると、

真剣に生きることについて考えるもんね。お母さんの若い頃なんて、

新人類、新人類ってバカにされているわりに、どこでも若いってだけで

引っぱりだこでちやほやされていたから、そりゃ気楽に人生を捉えていたものよ。

今の時代も、フワフワと暮らしている子もたくさんいるんでしょうけど、

一生懸命、考えている子たちもけっこういるよね」

 

息子  「話が変わるけど、ぼくは受験勉強始めるまで、ずっと、どうして古文なんて勉強するんだろうって

思っていたんだけど、ほんと無駄だって考えてたわけだけどさ……

受験で仕方なく勉強していると、昔の日本人が大事にしていた『趣』ってのを

面白いなって感じるようになって、

現代の人々の心が何を失っているのか知る意味で、古文なんて古臭い文章を勉強する

価値があるんだな~なんて考えたんだ」

 

母 「趣?」

 

息子 「そう。そう思うとさ、今のぼくらの世代は頼りないとか、がんばりが足りないとか、

女々しい性質のように思われているけど、

ある面、古典の時代にあった日本人の心のようなものを取り戻しつつあるとも

いえる気がしてさ。

欲望のままにお金を求めて猛進するように生きていた時代から、

もっと情緒的なものを求めて、古文にある趣のようなものを漂わせて

暮らしはじめているというかさ」

 

ゆとり世代はひどい、ひどいとあまり耳に入ってくるものですから、

具体的にどんな点が職場の人々をあきれさせているのかと

ネットで意見が飛び交ってる場を覗いてみました。

すると、意外にも、不真面目で怠けるとか、知識がないという面でばかり攻撃されているわけではないようです。

どの世代も、若い時はみんな知識も常識も足りないもの。

それに対しては多少甘めに見てもらえるようなのです。

 

それなら、「ゆとり世代の言動には開いた口が塞がらない、信じられない!」と、

激しい違和感と嫌悪感を感じさせて怒りを引き出しているのはどんな言動なのかというと、

どうも、学習内容の削減からくる無知から出てくる言動というより、

つまりわかってない内容自体は、昔も今も変わらなくても、

以前なら、こういうことを聞いたら恥ずかしいかなと思うわからないこと……初対面の取引先の人と

どんな会話をしたらいいのかといったことを、

堂々と上の人にたずねてしまう態度、

まるで上司を、塾の講師や学校の先生や

ネット上の質問の掲示板と勘違いしているような態度なんだな

とわかりました。

それって、学校現場でも家庭でも習い事先でも、わざわざってくらいに

徹底して子どもに刷り込んで教えてきたってことで、今もさらに強化して

やっていることでは? と戸惑ってしまいました。

「どんな小さなことでも自分で判断して動いちゃダメで、大人にたずねて

指示を仰いでからしなさい」というのは、集団教育が始まったら最後、

日本の子どもが徹底して叩きこまれることで、私のようなルーズで適当な親が

「最近の学校は小うるさいな~」とぶつぶつ言いながら、適当に風穴開けていかない限り、

世の中と歩調合わせていれば、当然の結末として、

ゆとり世代の特徴とされる『社会人としては困った面』が一式、装備されるのではないかと

感じました。

幼稚園から自由に自分の意志でする遊びが減ったり、

受験どころか、学校のテスト勉強も大人の手を借りてするのがあたり前だったり、

それこそ、中学生に配る夏休みのプリントに、

外に遊びに行く時は、親に、誰とどこで何時間過ごすつもりか説明してから出かけるように

って指導している国で、

どうでもいいことまで、上の人にたずねてしまうって態度は、ゆとり教育を廃止して、

授業量を増やしたところでよくなるもんなのか、疑問の残るところ。

わたしやわたしの友人宅のようにちょっとルーズなところがある家庭では、

周囲が子どもを学校で指導するようにきちっと育てようって時に、

多少手を抜いて、子どもの自由にさせて遊ばせてきたので、

大きくなった今となると、バイト先や年上の人たちと接する場で、

しっかりしているって褒められることが増えてきたけど……

それって社会や学校が子育てに求めてくるものに対して、

手抜きを心がけたら、ちゃんと子どもが育つということなのでしょうか。

 

 叱られなれていない子が社会に出て耐性がなくって困るっていうのなら、

高校生の校則を少し緩めて、アルバイトするのを許したら、しっかり叱られてくるでしょうし、

子どもなんて自由にさせたら、すぐに失敗するから、失敗から学べるでしょうに、

そうやって、ほんの少し大人が『教えたい病』を我慢すれば、

今、一番、問題になっているゆとり世代の何でも人に教わろうとする癖は減るのではないか

と、息子と話をした後で考えこんでしまいました。

 

 ↓の記事で、わが子を育てていくなかで、子どもが自分からしてみたいと言い出したことに

チャレンジさせることがいかに難しいか、

失敗することを覚悟して何かさせる場合、

どれほど激しく周囲から攻撃されるのか、体験したことを

書いています。

 

子育てって、より偏差値の高い学校に進ませるための競技なの? 1

子育てって、より偏差値の高い学校に進ませるための競技なの? 2

 

社会に出てから、言われたことしかしない、チャレンジ精神が乏しいと

嘆かれることの多いこの世代の子どもたちは、

育ちのなかでは、言われたこと以外することを許されていないという現実があります。

大人の付き添いなしに校区外に出ることも、

公園で友だちと球技をすることも禁止されて育っています。

社会に出ていく子たちの弱さを責め立てる声に矛盾を感じています。

 

苦手な政治の話になるとつい投げやりな意見になるわたしが、こんなことをつぶやきました。

 

母 「政治は難しいわ。もし、もっと地方や大衆の意見が反映されるようになったところで、

その時、その時の個人的な利益が優先されて、

国が上から何でも決めていたときより、もっと始末が悪いことになりかねないんだから。

児童文学館の廃止案が可決された時は唖然としたけど、

今自分に得になりそうなことをしてくれそうなら、子どもの未来なんてどうでもいい、

日本の文化なんてどうでもいい、

現金が儲かりそうなことなら治安が悪くなりそうなものでも何でも作ってしまおうって考えが

支持されたりするんだから。

社会が新しいシステムに変わっていくには、どうしたらいいのかしらね」

 

息子 「労働者自身が何が辛くて、何が欲しいのか、

政治的に利用されないで考えていけるようなツールが必要だと思うよ。

お金がある人がお金のない人を利用して、さらにお金を得て、

お金のない人はお金のある人に利用されるだけで、されるがまま、なすがまま。

そうして我慢したり、病気になったり、関係ない相手にイライラをぶつけたりするのではなくて、

ここまでは自分で守れるという一線を見極めておく必要があると思うんだ」

 

母 「どうやって?ツールってどんなもの?」

 

息子 「働くってことは、多くの人に共有されていることなのに、

それに関わる重要な知識は、知っている人と知らない人で大きな差があるよね。

特別な教育を受けた人じゃなくても、社会に関わる物事を、総合的に分析することが

できるような道具が必要だと思うんだよ。

そういう意味で、パソコンは今でこそ使い方が悪いけれど、

みんなを幸福に導いてくれるツールのひとつになりえるものだと思う。

数学の世界でも、関数電卓ができただけで、それまで複雑すぎて一部の人しか

できなかったような数学的な思考実験が簡単にできるようになっているんだ。

同じように、経済や社会の仕組みにしても、全体像を目で見てわかりやすい媒体で、

誰でも総合的に分析できる道具ができたら、

大衆全体の考える力が向上するはずだよ。

複雑になりすぎた世界が、完全にブラックボックス化する前に、

もっと誰からも中身が透けて見ることができるようなツールが必要なんだと思う。

昔、家族でよくシムシティーで遊んだよね。

ああいうものも、社会がどんな原因と結果でつながっているのか理解するのに

面白いツールだった。

ぼくも大学に入ったら、そうした社会のあり様をシュミレーションできるようなツールを

作ってみたいと思っているよ」

 

夕食中、ニュースで、アメリカの「99パーセントの私たち」をスローガンに掲げたストの様子が流れていました。

黙ってテレビ画面を見つめていた息子は、少し沈んだ様子でこんなことを言っていました。

 

息子 「こうしたストが創造的な解決法に結びついていくのは難しいよね。

こんな時代だからこそ、働く意欲のようなお金とは別の次元の価値を見直していく

必要があるんだろうな。

今はさ、お客にはどんなにサービスしてもし足りないくらいサービスするのは当たり前で、

働く側はどんなに苦しくてもいいと思われている半面、多少、詐欺的な面があっても、客を騙すような儲け方

をしても構わないって風潮があると思う。

 

でも、多くの人が、自分は99パーセントの被害者だって感じるような経済なら、

そろそろ、仕事観を改める時期が来ているんじゃないかな。

働くことから得る精神的なものの価値について、それぞれが考えていく時期が来てるっていうかさ。

経済とか社会の仕組みを、個人個人の感情の面からも捉えなおすのも大事だよ。

人の幸せはお金と等価交換できないからさ。

 

働くからには辛くなくちゃいけない、命をけずっていかなくちゃならない、

時には自分の道徳心を裏切って詐欺的なこともしなくちゃならない……それが社会で、

それが仕事ってものだって考えを、社会全体で見直して、

みんなが幸せを感受できる社会システムを作っていかなくちゃ

お金を持っている人と貧しい人の衝突は、これから激しくなる一方だと思うよ。

それぞれの人にしても、仕事は単にお金を得る手段と割り切るのではなくて、

仕事そのものに魅力を感じる能力がいるんじゃないかな」

 

息子が仕事と遊びを分けたくない、生きている実感を持って仕事がしたいと

いう願いは、おそらく息子が小学生の頃から惹かれていた

『仕事の遊び化』というテーマとつながっているのでしょう。

以前も、息子とそうした話題で話をしたことがあって、

わたしは、「(仕事の)遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、

プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき

そうしたものを感じることができるのよね」と息子がいわんとすることを受けたことがあったのです。

 

↓は、その時の息子との会話です。 

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息子 「ぼくはずっとゲームクリエイターになる夢を抱いてきたけど、
ゲーム好きの人たちと自分の間には、
かなり感性の違いがあるのはずっと感じてきて……
最近になって、本当にぼくはゲームが好きなんだろうか?
って思うことが増えてきたんだ。

ぼくがゲームに対して感じている面白さって何なんだろう
って突き詰めてみると、
さっきお母さんが京都の巨大鉄道ジオラマの話をしていたから
閃いたんだけど、

『仕事の遊び化』って部分に

惹かれているんじゃないかと思うよ。

ぼくがゲームを面白いって感じている基盤の部分に、
この『仕事の遊び化』を生み出したい気持ちがあると思ったんだ。

ジオラマ作りに参加した職人やアーティストは、
退屈で苦しいはずの作業の中に、わくわくする楽しい気持ちやフローの感覚を抱いていたはずだよ。

この『仕事の遊び化』って、昔から人が苦しいものを喜びに変えたり、
辛い作業から楽しみを抽出する知恵として
存在しているものだと思うんだ。
たとえば、プラモデルなんかも、設計の仕事から、
楽しい部分だけを抜き出したようなおもちゃだよね。

ぼくがゲーム作りをしたかった一番の理由は、
ゲームという媒体を使って、
人間の営みをいろんな視点から眺めたり、そのユニークな一面に光を当てる
のが楽しいからなんだって気づいたんだよ」

私 「『仕事の遊び化』……そうね。日本が豊かになって、
物ではうんざりするほど満たされた後に、
きっと人はそうしたものを求めだしているように感じるわ。

遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき
そうしたものを感じることができるのよね。

人の営みの面白い面を再体験したいって思いから
ゲームは生まれたのかもしれないわね」

そう言いながら、私は息子が小学生のとき 
モノポリーが好きでたまらなかったことを思い出しました。
何度やっても、いつも息子の一人勝ち。

どんなに他のメンバーの情勢が良いように見えるときも、
なぜか最後には息子の戦略にまんまとはめられて、
お金をほとんど奪い取られてしまうのでした。
手作りモノポリーもたくさん作っていました。

モノポリーは投資のゲームですから、それもおそらく『仕事の遊び化』という一面で惹かれていたのでしょう。

息子 「現実に体を動かしてやった方が面白いものを、
ゲームにするのは好きじゃないんだ。
どんなにリアルさを追求しても、実体験には負けてしまうから。

でも、そこのゲームの世界も、より美しい画像で、より高い技術でってことを追いかけていくうちに、
人間的な部分が置いてけぼりになっている気がしてさ。
人が何を面白く感じ、何に心が動かされるのか……って所を見失ったまま進化が進んでいるようだよ。

それで、そうした世界でぼくは本当にゲームが作りたいんだろうか?
面白いものが作れるんだろうか? って思いだしたんだ。

先々、ゲームを作るにしろ、作らないにしろ、
まずゲーム会社とは全く職種の違う世界で働いて、
そこでの仕事に熱中しながら、自分の作りたいものを捉えなおした方が
いいような気がしているんだ」

 

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経済的に不安定な世の中になってくると、

これから先どうなるのか、さっぱり見えないけれど、

息子をはじめ家族の誰もが、クリエイティブにそして真摯に生きていきたいなと望んでいます。

そうして生きて、働いていく限り、

どんな経済状況に陥っても幸せだなとも感じています。

以前、息子と「クリエイティブに生きる」ことについて交わした会話をリンクしておきます。

 クリエイティブに生きる 1

クリエイティブに生きる 2

クリエイティブに生きる 3

クリエイティブに生きる 4

クリエイティブに生きる 5

クリエイティブに生きる 6

 

勉強のこと 教育のこと 親子の会話 1

 勉強のこと 教育のこと 親子の会話 2

 


家族の暇つぶし? 協力?

2012-09-20 23:30:30 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 教室用の電池で動くおもちゃ類はたいてい、自主的に……勝手に教室内を漁って……

ダンナが電池の交換をしてくれています……。

 

「それは音がうるさいから電池切れたままでいいよ」と言っているものまで

電池交換をし、動作確認しているんだか、

ただ遊んでいるんだか、しばらく動かしています。

 

おもちゃって大人も童心にかえって触れたくなるような形をしていますよね。

 

夕食後の暇つぶしにテーブルに輪っかのパターンプレートを広げたら、

うちの子らまでちょいちょいと変なものを作りだしました。

平面用のプレートなのに、立体のオブジェ風?

私の負けじと平面用のおもちゃを立てて、公園風?のものを作りました。

 

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話は変わって、6年生の★ちゃんが

休憩時間にせっせとかわいいものを作りたい子たち用の工作素材の箱を整理してくれました。

★ちゃん、ありがとう♪ きれいになりました。

 

 

 


わたしの作った童話です。よかったら読んでくださいね♪

2012-05-17 17:39:53 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 

私の書いた童話を紹介させていただきますね。
この童話 私がはじめて書いた童話です。(ずいぶん昔に書いたものなので、読者が楽しめるように書く技術はなくて、自分の中から湧いてくる言葉を素のままに写し取ったような文章ですが、よかったら読んでくださいね。)

実は 未来奈緒美 というペンネームはこの童話からもらいました。
ちなみに 私の通っていた幼稚園は「ナオミ幼稚園」でした。
ピアノを習いたての頃 弾いていた曲が「ナオミの夢」!!
なおみ という名前に 特別な親しみを覚えて 
童話に ペンネームにと使いまわしています.
イラストはこの童話を絵本にするために描いたものです。

おひま組のなおみちゃん


なおみちゃんは おひま組の一番うしろの席で
おかっぱ頭をちょっとかしげて
「はて 頭の中には どのくらいいっぱい入るのかしら?」
と考えていました。
なおみちゃんの頭の中には もうすでに
お誕生日のケーキをはじめ 色鉛筆のセット 赤いポスト 雪だるま
お花畑とサーカスの動物たち ゆかいなピエロが一ダース
つまっていました。
さらに プールと 大きなくじら 山が三つ
サンドイッチと果物が入ったバスケット 
象の親子とハムスターの赤ちゃんが加わりましたが
まだまだ入りそうです。

担任の丸めがね先生は 度の強いメガネをかけていましたが
なおみちゃんの頭の中まではのぞけません。
そこでおひま組みの生徒のなおみちゃんが頭をしぼっているのなら
きっと黒板の問題だろうと
思いました。
‥‥‥きっと りんごが二つと三つを合わせていくつかなぁ?
って悩んでいるんだわ。

いかにも 丸メガネ先生の思ったとおり
なおみちゃんだって 白いチョークの色をしたりんごのことなら
考えていましたとも!
ただ あんまりあれこれ思いついたものですから 
ちょうど散らかし放題の部屋で なくし物をするように
算数の問題を一問 頭の中のどこかへやってしまっただけのことです。

一年おひま組の教室は いいにおいの春の光でいっぱいでした。
姿勢はしゃっきり 手はおひざの
行儀の良い一年生たちの口元には
シャボン玉のようなかわいらしいあくびが 浮かんでいました。
半分開いた窓からは 青い青い空が 自由に向かって
どこまでも手を広げていました。

思わず軽いふし回しで なおみちゃんの心に歌が生まれました。

     私はいっぱい いっぱい
     空を食べちゃう
     それから空の上の星と
     星の上の空も
     まだまだまだまだ 食べちゃう


それにしても 授業中はなんとゆっくり過ぎていくのでしょう。
あきれたことに
時間というのは 授業がはじまればいねむりをして
終わりの鐘が鳴ったとたん
まるで耳元でヨーイドンの鉄砲の音をきいたみたいにあわてて動き出すのです。
ですから なおみちゃんは 
授業の合間にちょっと恐い顔を作っては
時計の針が怠けないように見はっていました。

見はっている間 時計の一番細い針は 
まじめにカッチカッチ進んでいましたが 
なおみちゃんの手の方は すっかりおるすでした。
そして なおみちゃんがエンピツの先に気持ちを集中して
2+3とか5+4とか つづる間は
今度は時計の方が
(なおみちゃんは見ていないので はっきりしたことは言えませんが)
ぼんやりしているあんばいです。
なおみちゃんは 3+3とノートにつづってから
アリの行列を眺めるときのように
まじまじとエンピツの線を見つめました。
いったいいつから 3とか4とか5とかいう数字が
エンピツの中に入ったんだろう?
と不思議に思ったのです。

なおみちゃんが 幼稚園のとき
エンピツから出てくるのは
友だちの顔や花 それから動物だけでした。
かいても かいても 一度も数が出てきたことは
なかったのです。

だれがどうやって なおみちゃんのエンピツに数を注ぎ込んだのか
なおみちゃんは先生にたずねたくなりました。
けれどもなおみちゃんは 
学校は 生徒が知りたいことを先生にたずねるところではなくて
先生が知りたいことを生徒に教えてもらうところだと
承知していました。

3たす7はいくつですか?とか
この漢字は何と読みますか?とか
丸メガネ先生が知りたがれば
親切なおひま組の生徒は ていねいに教えてあげました。
でもなおみちゃんが
「ミツバチが花のみつをもらうとき 花はどんななぞなぞをミツバチに出すの?」
とたずねても
「雨の日 空はどんな悲しいことがあったの?」
とたずねても先生は答えてくれません。
「その質問は 後にしましょうね。」とたしなめるだけです。

ですからなおみちゃんは だれにもきこえないくらい小さな声で
自分で自分にたずねて
自分で自分に答えることにしました。

     どうしてエンピツの中に3や5が入っているかといえば
     エンピツも学校に通っているからよ
     学校に来れば
     今日のわたしが 昨日のわたしより
     かしこいように 
     今日のエンピツは 昨日のエンピツより
     おりこうになっているから‥‥‥
     どれくらいたくさん 頭の中に物が入るかといえば‥ね
     わたしの目で見えるものをぜーんぶと
     見えないもののぜーんぶだわ‥わかったでしょ なおみちゃん

そのとき 丸メガネ先生のメガネに
ぼんやり窓の外を眺めているなおみちゃんの姿が映りました。
丸メガネ先生は たいていの先生と同じように
おひま組の生徒がもぞもぞしたり そわそわしたり
ぼんやりよそ見をしたりするのが
好きではありません。

そこで先生は 厳しい声でなおみちゃんを叱ろうとして
すんでのところでやめました。
いたずらな春風が 子どもたちの耳元をくすぐり
先生の教科書をパラリとめくり
チョークの粉を 少しだけ吹き上げていきました。

先生がどうして叱るのをやめたかというと
先生はなおみちゃんたちよりずっと年をとっていたけれど
心の中のそのまた中には
小さな六才の女の子が住んでいたからなのです。
その女の子は 丸メガネ先生の心の中で
「算数の時間に算数の勉強をするのは大事なのは 百も承知。
でも たまには楽しいことをするのも悪くないわ。
こんな気持ちのいい春ですもの。」
とつぶやきました。
丸メガネ先生は ぽんぽんと手を打って
みんなの注意を集めました。
「あと 少し時間がありますが 算数の授業はおしまいです。
さあ みんな目を閉じて 何でも好きなものを想像してみましょう。」
目を閉じると おひま組の生徒たちの心には
どこまでもつづく黄色や赤のお花畑が広がりました。
鳥たちが はばたきながら飛びかい
動物たちが はねまわりました。

キーンコーンカーンコーン

と休み時間をつげる鐘がなり始めたとたん
おひま組みの生徒たちみんなの 夢という夢はすべて
あっという間に 春の光の中に溶けてしまいました。


おしまいです。ここまで読んでくださった方
本当にありがとうございました.